6話
「アトレ、どうしたのだ。頬が緩みきっているぞ」
「バレてしまいましたか」
夕食の席、父上が僕を見つめそう言った。シェリが名を読んでくれたのだと話すと、母上は拗ねたように口をとがらせた。
「ほらやっぱり、アトレばかりが世話をするから1番が取られてしまったわ」
「心配していた通りになったな」
どうやら母上は1番最初にシェリから呼ばれたかったらしい。すぐに拗ねるのをやめて、自分を指差しながらにこりと微笑んだ。
「お母様よ、シェリ。よかったら呼んでみてくれないかしら」
「おお、なら私はお父様だな。どうだシェリ、お父様、言ってみてくれ」
話たての赤子にするように、2人は少し身を乗り出し、シェリに詰め寄っていく。隣に座るシェリは、困ったように目を動かし、僕の服を掴んだ。
「あ、あとれ……」
「大丈夫、無理しなくていいんだ。あとで一緒に練習しようね」
恥ずかしいのか怖いのかはわからないが、シェリはお父様もお母様もいまは言うつもりはないらしい。しかし、小さく僕の名を呟いた声は2人に届いたようだ。
「ほう、可愛らしい声をしているな」
「想像以上だわ。シェリ、早くたくさんお喋りしましょうね」
可憐な鈴の音のようなシェリの声に、父上も母上も夢中のようだ。たしかに、シェリの声を聞いているととても落ち着くし、愛おしさが増す。シェリに対して過保護になってしまう未来がさらに現実味を帯びてきた。
そのうち、名前だけではなく、家族への敬称も教えてやらなければいけないな。僕個人としては、アトレと呼び捨てにされても構わないが、他の派閥の貴族たちに学がないなどと馬鹿にされるのは耐えられない。きっと、シェリならすぐに覚えてくれるだろう。
シェリの学習能力は予想以上だった。ルッツは本人の意欲があるため、スムーズに授業が進むと考えていたようだが、まさにその通りと言える。シェリの興味はやはり話すことにあるようで、授業はしばらく、対話を軸に進められた。
1週間も授業を行えば、シェリはずいぶんとスムーズに話せるようになった。これは本人の耳がいいことも関係しているそうだ。確かに、シェリはいつも僕たちの声に必死に耳を傾ける。聞くことに集中している。あまりに真剣に見つめられるから、時々戸惑ってしまうけれど、嬉しさの方が強い。
「シェリ、アトレ、にいさまとおやつ」
「お茶会に招待してくれるの?」
朝会いに行くと、シェリは必ず僕の袖を引き、話しかけてくる。僕の興味を引く動作なんだと思う。話す内容はだいたい天気だったり、昨日の勉強のことだったりとその日でころころと変わるが、こうしてたまに午後のお茶会に誘われる。
「ロア、放課後って」
「本日は特に公務の予定はありません」
「よかった。シェリ、学園から戻ってからお茶会に行ってもいいかな?」
僕の問いかけにシェリは満足気に頷く。せっかくの招待だから、今日もあまり待たせないように急いで帰城しなくてはいけないな。
「にいさま、いっしょ、うれしいの」
「僕もシェリと一緒にお茶会ができると嬉しいよ。なるべく早く帰るからね」
シェリは僕の事を兄様と呼ぶようになった。教えてから数日と言えるようになったし、覚えたては何度も呼んできた。その姿がとても微笑ましく、呼ばれる度に応えてしまう。
シェリは初めの頃と比べると、とても話すようになっていた。まだ会話の相手は、父上と母上、メアにロア、教師のルッツ、それと僕。そもそもあまり多くの人にはまだ関わらせないようにしている。もうすぐマナーなどの皇族へのレッスンも始まるだろうから、少し板についてくればお披露目もできるだろう。
「じゃあシェリ、一緒に食堂で朝食をとろうか」
「うん」
握った手はまだ細く小さいが、話すようになり、積極的に対話をしようとする姿に、確かな成長を感じた。
ここまで読んでくださりありがとうございます