3話
翌朝、シェリはすっと目を覚ました。部屋には誰もいないようだったが、すぐに気配が増えた。
「シェリ様、お目覚めですか?」
女性の声だった。それはメアのもので、シェリが起きたことに気がつき、部屋へとやって来たのだ。入ってもいいか尋ね、シェリが身動きをする音を聞き、天蓋のカーテンを避けた。
「おはようございます。私はシェリ様専属の侍女、メアと申します。これから誠心誠意お仕えさせていただきます」
綺麗な礼をとったメアをシェリはじっと見つめていた。シェリはまるで人形のように、自ら動くことも考えることもせず、ただメアにされるがままとなっていた。
メアはシェリの体を拭い、服を着替えさせたあと、ちょうどいい温度に作ったはちみつ入りのミルクを差し出す。しかし、それは受け取られず、ただシェリの視線を受けるだけだ。
「シェリ様、何も召し上がらないのはよくありません。どうぞお飲みください」
微動だにしない様子を見て、メアはシェリの手を取った。そして、添えるように自身の手で包み込みながら、カップを持たせた。
「このようにしてお持ちください。あとは口に運ぶだけですよ」
ゆっくりと口元へカップを近づけていく。たどり着いた頃には、シェリは優しい香りのするミルクをこくりと飲み始めた。
半分ほど飲み終えた時、ほっと息を着くのを見て、メアは安心した。手を離しても、シェリはしっかりとカップを持つことが出来ている。
カップの中身を飲み干した頃、寝室の扉がノックされた。入ってきたのはアトレとその側近ロア。すでに身支度を整え、食事に向かう途中のようだ。
「シェリ、調子はどうだい?」
頭を下げたメアを通り過ぎ、アトレはシェリの横に立った。柔らかなクッションに背中を預けたままのシェリは、じっと見つめ返す。
「顔色も昨日よりいいね。後で医師に見てもらおう。それと、食事はちゃんととるんだよ。シェリはいま、たくさん食べてたくさん寝るのが大切だからね」
するりと輪郭をなぞるように、アトレの手が撫でた。シェリはその手に縋るようにすっと頬を寄せる。どうやらアトレの手を気に入ったようだ。
「もう少し元気になったら一緒に父上と母上の所へ行こう。食事も一緒にとろうね」
まだ蒼白い顔に、痩せこけた体だ。アトレはシェリに無理をさせることだけはしたくなかった。
「メアが持ってきてくれた食事は、シェリのものだから、安心して食べていいよ。そうだ、ロアを紹介するよ」
アトレが名前を口にすると、メアの横に控えていたロアがすっと前に出た。メアと同じく焦げ茶色の髪と目をしており、短く切りそろえ後ろへ流している。メアはその色の髪を伸ばし、両サイドでおさげにしている。ロアはアトレよりも体格がよく、身長は180後半ほどである。メアはロアの肩にも頭が届かない。ロアは目付きが鋭いせいか、女性や子供には怖がられることが多々あった。しかし、シェリは狼狽えることも無く、まっすぐにロアと向き合っている。
「初めまして、アトレ様の側近兼護衛を務めております、ロアです」
シェリはロアの顔を見ると、少し下がったところにいるメアを見つめた。そして何度も首を振って見比べた。
「よく似ているだろう。メアとロアは兄妹だ。僕とシェリと同じく、兄と妹。わかるかい?」
シェリは変わらず無言のままアトレを見つめると、痩せた小さな手をアトレに伸ばした。そして、アトレの着る服の裾を弱い力で掴んだ。
「シェリ?」
呼びかけられてもシェリは黙ったままだ。しかし、アトレに抱きつくように、体をそっと寄せた。
「もしかすると、理解してくださったのかもしれませんよ」
後ろから伝えられるロアに小さく同意し、アトレは寄せられた体をそっと抱きしめる。簡単に包込めてしまう儚い体に、アトレは少し悲しい思いに包まれたが、縋り付くようなシェリをはなせずにいた。
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