2話
叔父の死は突然だった。しばらく会っていなかったから、もしかすると病にでもかかっていたのかもしれない。叔父の家を訪れた日、叔父は床に転がり、既に息を引き取っていた。そして、シェリを見つけた。
シェリは、叔父がひと月前に保護した孤児だった。黒い髪に黒い瞳。この国では金髪や銀、赤毛や茶色といった髪色、王族以外であれば青や茶色といった瞳が多い。明らかに異国の容姿をしたシェリは体が小さくそして死にそうなほど弱っていた。
叔父は僕に一通の手紙を残していた。
シェリを保護していたこと、シェリの今後を託すということ。これは、父上と母上だけに告げた。父上は酷く胸を痛め、シェリを正式に王族の1人として迎えることにしたのだ。
王族に迎えるにあたって、1つ問題が生じた。
それはシェリが孤児であり、叔父の拾い子であることだった。また、シェリは庶民である可能性が高く、その血を王族として認めるとなると、国の中枢である貴族たちが黙っていない。父上、母上と話し合い、僕たちは民に嘘をつくことを決めた。たった1人の少女のために。父上はそれを決断するほどに叔父を敬愛していたし、他人に興味のなかった叔父が唯一目を向けたシェリを父上も愛おしく思ったのだろう。母上もシェリの境遇を憂い、涙を流して決断をした。これは、僕たち王族の唯一の秘密として、民には決して漏らさぬよう誓い合った。
シェリを保護してすぐ、シェリは高熱を出した。3日ほど熱にうなされ、目が覚めるまでは死んだように眠った。時々水を飲ませたり、顔の汗を拭うなど、時間が許す限り、できる範囲で僕はシェリの世話をした。蒼白く、苦しげなシェリを少しでも癒せるように他の誰よりも愛情をもってシェリに尽くした。
そのかいあってか、シェリはようやく目を覚ました。黒曜石のような瞳に、僕が反射している。吸い込まれそうだと思った。シェリを不安にさせてはいけないと、すぐに笑顔を浮かべて話しかける。
シェリはなんの反応も見せなかったけれど、5日近く眠っていたのだ、それは当然のように思える。父上と母上が部屋を去り、シェリの食事を終える。眠りについたシェリの傍から離れて机に置いてある呼び鈴を鳴らせば、音を立てずに侍女が一人入ってくる。
「メア、あとは任せるよ。僕は執務に戻る」
「はい、かしこまりました」
メアは、代々王家に仕える使用人一家の一人だ。彼の兄であるロアが僕の側近、護衛として仕えている。彼女も先日までは僕の身の回りの世話をしていたが、これからはシェリについて貰う。王家に絶対の中世を誓う、信頼のできる人間だ。元は女騎士を目指していたこともあり、それなりの戦闘ができるため護衛としても申し分ない。頭を下げ続けるメアの横を通り過ぎ、もう一度、シェリの眠る寝台へ目を向けた。微かに寝息が聞こえ、それが穏やかなものであるとわかる。きっともう大丈夫だろう。
その日はそれから目を覚ますことはなく、シェリはただ静かに眠っていた。医師からももう心配はいらないと告げられたため、久しぶりに夜遅くまで勉学に励むことにした。
16である僕は普段は国唯一の学園に通っている。10歳以上であれば身分に関係なく入学することが出来るそこは、8年間の学びを得て、卒業する。時々、騎士団や研究機関への引き抜きがあって飛び級する学生もいるが、基本は18歳で卒業だ。
今は叔父の葬式、シェリのこともあり、連日休んでいたが、明日からもシェリの容態が安定していれば、来週からは戻れそうだ。
「ロア、来週からは学園に戻るかもしれない。そのつもりでいて」
「はい、学園へ連絡もしておきます」
ちょうど紅茶を持ってきた側近兼護衛であるロアに告げると、即座に頷く。貴族階級の者は1人だけ側仕えを学園に連れることができるため、ロアにも戻る準備をしておいてもらいたいのだ。
「でも寮は利用しないと思う。シェリのそばにいてあげたいからね」
「はい、ではそのように」
以前は、学園の寮を利用して王族の業務やまとまった休日ぐらいしか帰っていなかったが、シェリから離れることは避けたい。
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