第三話 黒貂之手(こくちょうのて)
戦いの最中、突然現れた巨大な黒い手に飲み込まれてしまった佑都は、知らぬ間に謎の祭壇に寝かされ、その周りには九人の老人達が取り囲んでいた。
「いやぁ、マズいのう。どれくらいマズいかと言うと、ばあさんが作る肉ジャガくらいマズいのう」
「そうかぁ、それはマズいのう」
老人達は目の前に横たわる佑都の体を眺めながら、困惑の表情を浮かべている。
「地球なる、未知の惑星へと迷い込んだミミを連れ戻す為に〝黒貂之手〟を発動したのじゃが、まさか地球の人間を連れて来てしまうとはのう」
黒貂之手とは、指定したターゲットを暗黒の手で強制的に捕獲し、更に強制的に自身の元へとたぐり寄せる魔法である。
しかしその強制力ゆえに、かなりの量の魔力を消費してしまう。よって老人たちは、九人分の魔力を集めて、この魔法を発動した。
「そもそも黒貂之手には、〝最も魔力を持つ者〟を連れ戻すように命じたはずじゃ。なぜ地球の民が連れて来られたんじゃ?」
「それは恐らく、この男が抱えておる剣の魔力に反応したのじゃろう」
老人の一人が、佑都が抱きかかえている剣に触れようとするが、別の老人があわてて止める。
「よせぃ、何が起こるかわからんぞ!」
数秒のあいだ沈黙が続き、わずかな緊張感が生まれる。
「しかし収穫もあるぞ。わしらの世界で発動した魔法が、地球なる他の惑星へと干渉できたのじゃ。もしかしたら、二つの世界を繋ぐゲートのようなものがあるかも知れんのう」
老人達は感心して頷くが、一人の老人が手を挙げて提案する。
「難しい話は、わしにはごめんじゃ。まずはこの男をどうするかじゃろう。わしはこの男は、ここで消してしまってもよいと思うのじゃがな」
老人の提案に一人は賛成したが、残りの七人によってすぐさま却下される。
「ならん、この男は地球なる惑星について幾らか情報を持っておるはずじゃ。それにミミについても何か知っておろう。結論を急ぐでない」
その場の空気は少し悪くなったが、構わず別の老人が提案をする。
「ならば、わしの村で預かろう。わしのジャガ村では、魔法使いのモモがミミの帰りを待っておる。何か手掛かりがあるなら、モモも助かるじゃろう」
この老人の提案に何人かの老人は安堵し、気の抜けたため息を漏らす。
「ならば後の事は任せたぞ。ミミについて何か分かったら、また知らせてくれ。では、一時退散としようか」
老人達は散り散りとなり、残った一人が佑都の体に触れ、転移魔法を発動する。
「では、行こうか。歓迎するぞ少年」
二人の体は光を放ち、その場から消える。
そして、ジャガ村なる村落へとワープする。
◇◇◇
「ここは……?」
それとほぼ同時刻、今度はミミが目を覚ます。
「この部屋は何? 少し古い部屋なんだろうけど、私がいた村よりもお金がかかってる感じがする」
ミミは辺りを見回し、見慣れない風景に困惑する。そして自分の左腕に目を向けた時、何本もの管が刺さっている事に驚く。
「な、何この管!? もしかして私、実験されてる!?」
ミミは腕の管を引き抜こうとするが、たまたまその場に現れた女性に引き止められる。
「待ちなさい! その管は抜いちゃダメ!」
ミミは驚き、動きを止める。そして目の前の女を不可解な目つきで見つめる。
「落ち着いて、ここは病院よ。あなたは血だらけで倒れてたから真っ先に運ばれて来たの。血がかなり減っていたから、まだ立つのは辛いと思うわよ」
「びょういん? 私は治療されてるの?」
看護婦と思われる女性はニコっと笑い、あの戦いについて説明する。
「大変な目に遭ったわね。被害があったのは大宮駅の周辺だけだから、自衛隊と警察が対処してくれて今はもう落ち着いたの。今までにない出来事だったから、テレビもネットも荒れてるけどね」
「てれび? ねっと? 何それ?」
看護婦は驚いて、目を大きく開く。
「まさか、記憶にも障害が……」
「あ、いえ、記憶は大丈夫です。何でもありません」
ミミは目を泳がせながらも、何とかごまかそうとする。
――あ、危ない危ない。ここは私のいた世界とは違うもんね。さすが奇跡の星と言うか、てれびとかねっととか、色々あるんだ。
ミミはそのままベッドへもたれ込み、大きくあくびをすると、再び目を閉じる。
「あ、ちなみにあなた、全治四週間だから。一ヶ月は入院してもらうわよ」
「ファー!!」
ミミは再び気絶した。