第一話 ボケモンゲットだぜ!!
埼玉県さいたま市の大宮駅に隣接する総合ショッピングセンター「マルウィ」、その四階にある玩具コーナーのレジ前に、二十人程の人が並んでいた。
そのお目当ては、本日発売の新作トレーディングカードゲームである。
「今日こそ手に入れるぜ、ボケモンカードのスタートデッキをよ!」
ボケモンとは今流行りの国民的人気アニメ「ボケッと紋次郎☆」の略称である。
このアニメは、主人公の紋次郎が、次々起こるトラブルに巻き込まれて苦しむ人々の心を救うため、笑いで世界を包もうとボケ倒すお笑いアニメである。
ボケモンは放送開始よりわずが三ヶ月で、あらゆる世代から「安心して観れる」と評判の大ヒット作品となった。
そして遂に、ボケモンに登場するキャラクターたちが織りなすトレーディングカードゲームが登場した。しかし第一弾は好評のあまり、初日で完売。
しかし念願の第二弾が発表され、男子高校生の二人組は速攻で予約。そして発売日の今日、開店と同時に予約済みの紙を持ってレジに並んでいるのだ。
「遂に、遂に買えるんだ! 楽しみだな佑都」
佑都と呼ばれた男はやや挙動不審になり、辺りをキョロキョロ見回している。
「ほ、本当に予約しただけで買えるのか?」
「買えるに決まってんだろ! その為の予約だしな」
楽しみのあまり心臓の鼓動が鳴り止まないこの男の名前は遥希。二人とも高校二年生の男子生徒で、今はちょうど冬休みの最中だった。
「ご予約ありがとうございました。こちらの商品、一点で四千九百八十円になります」
高い、と一瞬思ったが、それでも念願のボケモンカードを手に入れてご機嫌になった二人は、同じショッピングセンター二階のファーストフード店「マコトナルド」へと足を運ぶ。そしてお互いのカードを見せつけ合う。
「オイ見ろよ佑都、紋次郎のレアカードが入ってたぞ!」
「マジかよ、いいな遥希! でも俺だって、ヒロインの明美ちゃんの水着姿のカードがあったぜ。しかもウルトラレアだ!」
コーラ片手に盛り上がり、全てのカードを見せ合うと、二人は少し早めの昼食を摂る。食後もカードを交換するなどしてお店に居座る二人だったが、佑都がトイレに行きたくなり、彼だけ一人で店の外へと出る。
「えっと、トイレトイレ……あ、階段の向こうにあるのか」
佑都はトイレへと急ぎ階段を通り過ぎる手前で、不意に右手にある階段の上を見る。するとそこに、白いワンピースを着た小さな女の子がいる事に気付いた。
「ねぇ、あなた」
「へっ!?」
少女は突然、佑都に話しかける。
「ここはもうすぐ戦場になる。生き延びたかったら、今すぐ逃げて」
「何を、言ってるんだ?」
佑都の返答を聞くと、少女はやや表情を雲らせ、そのまま光が散るように姿を消した。
「き、消えた!? いや、そんな訳……。あぁ、そうか、昨日眠れなかったし、半分夢でも見てたのかもな」
佑都は用を済まし、再びお店に向かう。
すると突然、ショッピングモール内に台風の様な突風が吹き荒れ、佑都は思わず右腕で目を塞ぐ。
――うわっ、何だ?
「おい、佑都! 今すぐ逃げろ!」
視界をふさいだ事で目では確認できないが、友人の遥希の叫び声が聞こえた。
「な、なぁ遥希、一体何がどうなって――」
言葉を言い終わるよりも先に強風は止み、佑都はゆっくり目を開ける。するとそこには、血塗れになり倒れている遥希の姿があった。
「遥希!?」
佑都は慌てて遥希に近寄るが、その時、先程の〝少女の声〟が脳内に響き渡る。
「だから逃げてって言ったのに」
佑都は周囲を見回すが、少女の姿はない。
「くそっ、どうなってんだ!?」
気付けばあちこちから悲鳴と怒号が聞こえてくる。ショッピングモール内は一瞬でパニックとなり、みんな一斉に逃げ惑う。
そして遥希が飛び出したと見られるマコトナルドの店内から、二足で歩く人型の獣が現れる。
「何だよありゃ……」
佑都は突然の異常事態で体中の力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「う、動け、動け足! 逃げないと、逃げないと俺も、殺される!!」
一刻も早くその場を離れたかった佑都だったが、無情にも獣と目が合ってしまう。獣は予備動作なく佑都へと迫り、鋭利な爪で襲いかかる。
「うわぁぁぁぁ!!」
死を直感して悲鳴をあげた瞬間だった。彼の背後から鋭い一陣の風が吹き、直後に獣が悲鳴を上げる。佑都が目を開けると、獣の肉体は黒い炎に包まれ、もがき苦しんでいた。
「な、なんだ⁉︎ 何が起こって……」
とっさに佑都は後ろを振り向く。そこには先程とは違う、佑都と同い年ほどの女性が立っていた。しかし女性は身体中が傷だらけで、大量の血を流している。
「間に合ってよかった。ごめんね、巻き込んじゃって……」
女性は肉体から何らかのエネルギーを発しているが、それは佑都から見てもかなり弱々しく感じられる。
「き、君は一体?」
「自己紹介をしている暇はなさそうね。今の獣は、戯獣。まだまだ近くにいると思った方がいいわよ」
女は辺りを見回し、ため息をつく。
――まさか本当にあったとはね……奇跡の星「地球」。でも戯獣まで来てしまったら、意味がないわね。
「ねぇ君、名前は?」
突然の女の問いかけに、佑都は慌てて答える。
「俺ですか!? 俺の名前は佑都って言います!」
「分かった、ユウ君でいいわね? 私の名前はミミよ!」
――あれ、自己紹介しないんじゃなかったっけ!?
「時間がない、簡潔に言う。今から二人で、戯獣を倒そう!!」
「……え?」