アリストレリア宮殿にて王太子と
四話目です。
宮殿の門を抜けると、馬車が通るために幅を広く取られた長い道が、広大な庭を分断するように伸びていた。
丹念に刈りこみ丈を低く揃えられた緻密な芝が、太陽の光をキラキラと反射する庭の奥に、白く美しい宮殿が視界を覆う。
外壁には繊細な絵画細工が施され、影によって浮かび上がった模様が壁を彩る。
「豪華絢爛とは、この宮殿の事だな」
青い屋根を飾る金細工が、目に悪い。魔王が宮殿を渋い顔で見上げた。
「余はもっとシンプルな造りが好みだ、こういった派手なものは好かん」
ふわふわと浮かび腕を組みながら、魔王は無残に倒壊した自身の城に思いをはせた。
仄暗くひんやりとした、あの雰囲気を魔王はいたく気に入っていた。
その真逆ともいえるこの宮殿は、見ているだけで気持ちが落ち込むようだ。
「好みは人それぞれだからな」
どうでもいいと言わんばかりに、歩を進めるリーゼロッテへ「ゆとりの無い人間だな」と魔王が呟いた。
宮殿内へ進むと、内装の華やかさに目を見張る。垂直に大きく取られた窓から差し込む光がステンドグラスにより色とりどり輝いていた。
眩いばかりの長い長い廊下を進む中、魔王はリーゼロッテの大きな影にそっと隠れる。
「光が苦手か?」
窓から差し込む光を眩しそうに眺め、リーゼロッテが問いかけると魔王がムッとした。
「別に苦手ではない、好きでないだけだ。余に弱点など無い」
「このアリストレリア宮殿は、別名エインティアの太陽と言われている。無駄に明るいのも仕方ないだろう」
案内をしていた使用人が広間へ続く扉の前で足を止め、朴訥とした顔の衛兵に声をかけ扉が開かれる。
リーゼロッテは拳をギュッと握ると、ひと呼吸し歩を進めた。
二人が広間へ入ると、集められた貴族や騎士、大臣達が騒めく。
よくもこれだけの人数を呼び出したものだなと魔王が辺りを眺めると、一様に顔を青ざめさせ目を伏せた。
「待っていたぞ、リーゼロッテ・カーティス嬢!良くぞ戻ったな」
玉座に座り上質な白い服を纏った金髪の男が、リーゼロッテへ向かい虚勢を張るように声を上げた。他と同じように顔は青ざめているが、生まれながらの特権意識からか傲慢さがにじみ出ている。
「王太子殿下、王命を遂げ只今戻りました」
最上の礼をリーゼロッテが取ると、フンと鼻を鳴らし王太子が見下ろす。
まさか国外追放から5カ月も経たず戻るなど、王太子は思いもしなかった。
魔道具により常にリーゼロッテの位置は把握していたが、魔王の居城からこのエインティア国へすぐに戻り、しかも魔王を『婚約者』として連れ帰ってくるなど、誰が予想しただろうか。王太子はその焦りを、悟られないよう魔王へ目を向けた。
「魔王陛下、お初にお目にかかります。私はエインティア国王太子ルートヴィヒ・ヴァン・エインティアでございます。以後お見知りおきを」
今度は魔王が王太子を見下ろすと「なんだ」と笑う。
「余がわざわざやって来たと言うのに、『王太子程度』の者しかおらぬのか?」
誰もが見惚れる程に美しい顔が、誰もが目を背けたくなる程に悍ましい笑顔へ変わる。
「魔王、やめろ」ギロリと魔王を睨んだリーゼロッテが、周りの人間に聞こえない声で静止し、つまらんと言わんばかりに魔王が口をへの字にした。
ヒュっと息を吸い王太子は動きを止めたが、すぐにフルフルと顔を紅潮させ拳を握り口を引きつらせた。
「我が父アルバン王は現在病に伏しています。故に王太子である私が名代として、全権を任されているのです。」一息に言い切ると、王太子は歯をぎりぎりとさせる。感情を抑える事が出来ない所にも、未熟さが際立つ。
その時老齢の男が王太子へ近づき、耳打ちをした。真剣な顔でうんうんと王太子が頷きリーゼロッテを見ニヤリと笑みを浮かべる。
「カーティス令嬢よ、この度は婚約おめでとう。今は亡き私の弟ギルバートも、きっと喜んでいるだろう」
渾身の挑発だったが、リーゼロッテは感情を表す事なく「ありがとうございます」と礼を取った。一瞬左側の顔を歪ませた王太子だったがすぐに顎を上げ見下す。
「このような目出度い事だ、私としても祝いの席を設けてやりたいが、いささか困った事があってな」一切困った様子は見せず、前髪を徐につまみクルクルとねじる。
「困った事、ですか」
「あぁ南方にある海沿いの街シュバリアでは、現在魔物による被害が増えている」
全ての視線が魔王へ集まっていくが、浮遊しながら話を聞いていた魔王は、何も言わず何も感じとらせない表情をするだけだった。
「船を襲う魔物の被害により、流通が滞っている。カーティス令嬢よ、シュバリアへ赴き魔物を討伐してきてはくれないだろうか」
困ったように眉を下げる王太子だが、口元は感情を隠しきれていない。隠す気も無いようだ。断るなどできない事は、この場に居る者なら誰もがわかっている。
目を閉じ、下を向いたリーゼロッテの横顔を魔王は静かに眺めていた。
様子を窺う静けさの中「承知しました。」とリーゼロッテの声だけが響き、その後の騒めきに魔王のため息はかき消された。
宮殿の外へ出ると、魔王がリーゼロッテに詰め寄る
「何故言われるがままなのだ?あのような阿呆、黙らせてしまえばよかろう」
そう問いかけられると、リーゼロッテは辺りを見回した。近くに人の気配は感じられない。来た時と変わらず美しい芝の庭園が広がっている。
再び魔王へ目を向けると、リーゼロッテが静かな声を発した。
「魔王は、力さえあれば全てが守れると思うか?」
まるで質問の答えになっていないが、真っすぐ真摯な視線を向けられた魔王は、片眉を上げフンと鼻を鳴らした。
「余は『全て』など守る気が無いからな」皮肉めいた声色で答えるが、それを受け「そうだろうな」と呟き、目を伏せてしまう。
しかしすぐに顔を上げると、リーゼロッテが口を開いた。
「だが、私はできうる限り守りたい。力だけでは、守れない事もある」澄み渡る空のような瞳が煌めくように見えた。
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屋敷へ戻る前に、二人は王都南東にある平民が多く住む地区へ足を延ばした。
色とりどりの木組みの家が立ち並び、多くの窓には花が飾られている。
石畳の劣化が見られるが、歩きづらいと言う程では無い。夕暮れ前のこの時間は、仕事や買い物帰りの女性や子供が多い。
「リズちゃんじゃない!いつ戻ったの?」公爵令嬢など大仰な肩書にも関わらず、子供を抱いた女性が気軽に声を掛けた。
「先程戻った」それを皮切りに、リーゼロッテと魔王を人垣が囲む。
「無事に戻ってよかったよ」「もう帰って来ないかと、心配していたのよ」「リズちゃんだ!遊ぼうよ!」人が人を呼び、まるで英雄の凱旋のようだ。
「あっ角だ!角生えてる!」魔王に気が付いた子供達が、甲高い声で興奮しベタベタと触り叩き、よじ登ろうとするのを、されるがままに魔王はそっと目を閉じた。
ストックはここまでとなります。
次からは不定期の投稿です。なるべく早く続きを書ければとおもってます。
どうぞよろしくお願いいたします。