公爵邸にて魔王様と
三話目です。
「それで、余は何故ここに連れてこられたのだ?」
その最もたる疑問に、部屋中の目がリーゼロッテへ向けられる。
リーゼロッテはズボンのポケットへ手を入れると、液体が入った小瓶を取り出した。
「この薬を、母へ渡したかったのです。」
「薬?」魔王は訝し気にリーゼロッテを見つめる。
「はい、母は自身の魔力に体が耐え切れず、血の巡りを悪くし体調を崩しています。この病は症例が少なく、薬を造る技術がエインティア国にはありません。」
本来、歳をとるにつれ強くなる魔力は、成長と共に馴染み身体に異常をきたすことは無い。しかし強すぎる魔力を持つ者は、体に馴染まず異常をきたしてしまうのだが、それほどまでに強い魔力を持つ人間は稀有な存在だった。
「唯一薬が作れるという、極東のアマリヤという国の老師に、作っていただきました。」
その言葉にピクリと魔王が反応した。
「アマリヤの老師…まさか、黄龍か?まだ生きていたのか」
「はい、やはりご存知でしたか、魔王様が400年前戦われた黄龍様でございます。」
リーゼロッテが、母親に似た優しい微笑みを浮かべる。悪鬼の如き形相で拳を振るっていた者とは思えない。
「ただの人間が400年も生き続けているとは、その執念には呆れるな。それでその薬を届けるのと、余がここに連れてこられたのと、どのような関係があるのだ?」
眉間に皺を刻み、少し苛立ちの声で尋ねた。
「それは、このリーゼロッテには、理由があるのです。」
それまで静観していた、グレンが口を開く
「とある理由で、あまりにも強くなりすぎたリーゼロッテは、王太子殿下の命により、己より強い者を夫とし連れて帰る以外、帰国は許されませんでした。」
重要な点がぼかされている気がするが、城へやって来たリーゼロッテもそのような事を言っていた。
本当にこの強すぎるリーゼロッテが、より強い者を連れてきた時の脅威を考えもしなかったのか、この国の王太子は、とても頭が弱いようだ。
「それで、帰国したいがために余をだしに使ったという事か?」
口の端を釣り上げ尊大な態度でリーゼロッテを見やる様は、魔王然としている。
「魔王様以外、私を倒せる者がおりませんでした。」
「そうであろうな」魔王が満足そうに頷く。
リーゼロッテが薬を侍女へ手渡すと、メリーベルが薬に口を付けた。
「これでしばらくすれば、魔力が自然に体外へ流れ出るようになり、血の巡りも良くなるそうです。」
「ありがとうリズ、でも今回の事で貴方がまた、酷い目にあわされたらと思うと…」
メリーベルが悲し気に、リーゼロッテを見つめ手を伸ばす。
伸ばされた手を、リーゼロッテの大きな手が優しく包みこんだ。
「大丈夫です。お母様、私は何があろうとも、どんな事にも打ち勝って見せます。もう何も奪われはしません。」
強い信念を感じさせる言葉に、メリーベルとグレンは色々な感情をグルグルと混ぜ込んだように、ズンと重たい石が胸にのしかかる。
靄の中に居るような雰囲気が、部屋を占めるなか柔らかな声が響いた。
「姉上、ご無事でなによりです」
リーゼロッテと同じ、琥珀色のふわふわとした柔らかな髪に、メリーベルに似た優し気な微笑みを浮かべた少年が、リーゼロッテの前に立つ。
「フロル、貴方も少し背が伸びたようね」
姉らしい言葉遣いで微笑み返し、フロルが少し照れたように笑うが、すぐに表情が曇る。
「姉上、速やかに登城するようにと、王宮から使者が来たようです。」
「思っていたより、早いのね」メリーベルはそう呟くと、腕で目を覆った。
「私も一緒に行こう」グレンが、リーゼロッテの背をポンと叩くと、ブンブンとリーゼロッテが首をふった。
「いいえ、私と…魔王様一緒に行っていただけますか?」
魔王とリーゼロッテの視線がぶつかり、室内は静寂につつまれる。
各国と結んだ不可侵協定は、勇者を差し向けない代わりに、人間と魔族の争いを禁ずるものだ。争わなければ、何をしても『不可侵協定違反』にはならんだろう。
魔王はふぅと息を付いた。
「付いては行っても良いが、余は何もせぬぞ」
「えぇ構いません、よろしくお願いいたします。」リーゼロッテが深々と礼を取った。
登城する前に汚れた衣服を着替えるため、部屋を後にしたリーゼロッテを見て、忘れていたとばかりに、魔法でボロ雑巾状態の姿を綺麗にした魔王へ、グレンが引き締まった声を出した。
「魔王様、どうかリズを宜しくお願い致します。」
深々と頭を下げたグレンを、不思議に思う。何故あれ程強いリーゼロッテを、余が宜しくされねばならんのだ?その疑問が顔に出ていたのか、グレンが苦笑した。
「リズは確かに強いです。見た目だけじゃなく力も…しかしあの娘は、あの娘の心は17歳の少女なのです。」
威風堂々としている為、17歳とはとても思えない。むしろリーゼロッテの方が魔王の貫禄があるように思われる。
「傷つきやすく、儚いただの少女なのです。10年前のあの頃のまま…」
沈痛な面持ちで娘を想うグレンを、魔王は訝し気に見ていた。
二人が屋敷の外へ出ると、深く縦に刻まれた眉間の皺に合わせて魔王の口はへの字になっていた。魔王がその顔のまま、20センチ程上にある、リーゼロッテの顔を見つめる。
「魔王様、どうされましたか?」
リーゼロッテが首を傾げ魔王を見やると、盛大にため息を付いた魔王が30センチ程地面から浮かんだ。
「見上げるのは好かんのでな」
「左様でございますか」
興味なさげにリーゼロッテが呟くが、魔王は未だ不満げに口を開いた。
「お前のその話し方は何なのだ?余と闘っていた時は、そのような話し方ではなかったであろう?正直、気味が悪いぞ」
「あの話し方は、公爵令嬢としての最低限の嗜みだ。」
魔王の顔を見ず、話し方を変えたリーゼロッテが答え、宮殿へ歩を進めた。
ふわふわと浮かびながら、リーゼロッテに魔王が付いていくが、二人の間に会話は無くなった。
次の話も読んでいただけたら嬉しいです。