黄昏城にて魔王と令嬢
はじめましての投稿です。
そこは、かつて繁栄と栄華を極めた国だった。
潤沢な資源を独占し戦争を繰り返したその国は、四百年前突如復活した魔王軍によりあっけなく滅ぼされた。
現在も魔王により占領され、その国全域が魔物の巣窟となっている。
近隣諸国は魔王を恐れ、不可侵協定を結んだ。それにより三百年の間、魔族と人間の大きな争いは起きていない。
黄昏城と呼ばれる魔王の居城に、近づく人間は殆どいない。
その一帯を質量のある湿った空気が包み込み、淀んだ大気は光を遮断する。常に黄昏時のような空が覆う為、その城は黄昏城と呼ばれていた。
かつての黄昏城は石レンガを基調とした美しく堅ろうな城郭都市で、人々が賑わい繁栄を極めていた。
しかし現在は、魔王軍との戦闘で壊されたまま四百年の時を経て朽ち果て、仄暗く物悲しい雰囲気が漂っている。
屋根が崩れた家々、人々に時を告げていた時計台は中腹辺りで無残に折れ、都市の中央から城へ延びる石橋も今にも崩れ落ちそうになっている。
至る所に魔物が潜み、侵入する者へ牙を向くこの城郭都市に、一人の人間が現れた。
その人間は、身長196センチ体重135キロ、無駄な贅肉をすべてそぎ落とし筋肉の鎧を纏った様は、雄大な山を思わせる。
強靭な柱のように太く逞しい腕、一蹴りで鋼鉄さえ粉砕するような足は、何百年もの時を過ごした大樹のようだ。剣さえも持たず丸腰で、悠然と魔王の居城へ侵入するのも頷ける体躯だ。
しかし琥珀色の柔らく長い髪は瑠璃色の上品なリボンで束られ、丁寧に仕立てられたジャケットに、ワインレッドのリボンタイを付けた紳士のようないで立ちで、整った美しい顔立ちと、アンバランスな中にも高貴な気品が漂っている。
その者が玉座の間へたどり着くまで、魔物が姿を現すことは無かった。
魔王が協定を守らせている為か、その者が漂わせる豪傑の気が魔物を遠ざけているのか、息を殺しただ侵入者をじっと窺うだけにとどまっていた。
城内は外観ほど朽ち果てておらず、湿度も低くヒンヤリとした空気が漂っていた。
半分ほど溶けた蝋燭だけが、燭台から辺りを照らす暗い廊下の最奥に、玉座の間へ続く豪奢な扉がある。
ギィーと音を鳴らし重たい扉を開き中へ入ると、玉座で足を組み本を読む男が居た。
夕闇のような黒髪に大きな角が生えている、肌は透けるように白く顔を本に向けたままだが、この世の物とは思えない程の美しさが見て取れる。
「人間よ、余は読書中だ」姿勢を変えず男がそう告げるが、その者は意に介さず一歩一歩玉座へ歩みを進め、中央で足を止めた。
「貴様が魔王か?」その者が静かな声を発すと空気が震え、城の外に居た鳥の魔物が鳴き声を上げ空へ飛び立った。
魔王はため息を付いた後、パタンと本を閉じ右手で本を差し出すと、黒い靄から白い髪の執事が現れ本を恭しく受け取った。
白い髪の執事は魔王に一礼しその者を一瞥すると、その者を黒い靄が取り囲み4人の魔族が現れた。魔王の配下である四天王だ。
「魔王様に何の用だ!人間!」黒いローブをまとった骸骨が、大きな鎌を振り上げカタカタと音を鳴らし叫んだ。
「人間を見るのは何年ぶりですかね?」烏のような黒い羽が頭に生えた鳥の魔族が、顎に手を当て天井を仰ぐ。
「三百年ぶりくらいじゃないかしら?」金色の美しい髪を肩へ流し、水着のような黒い服を着た妖艶な悪魔が微笑む。
「で、この人だれ?」ガスマスクをつけ、厨二の正装というような獣人が、くぐもった声で問いかけるが、その者は射抜くような目で魔王だけを見ている。
「はぁ」ともう一度ため息を付くと、魔王が口を開く。
「余が魔王だが、お前は何者だ?」
「私は!エインティア国、カーティス公爵が娘!リーゼロッテであるッ!」
天をも貫く豪快な名乗りに、辺りは時を止め静まり帰り、魔王のみが「ほう」と興味なさげに呟く。四天王は一様に口を開け、目が点になっている。
「お、おんなっ!?」やっとの思いで絞りだした声を、鳥の魔物が発した。
それを皮切りに四天王が口々に騒ぎ出すが、リーゼロッテは歯牙にもかけず魔王のみをじっと見据えている。
「た、確かに!胸のあたりが少し!膨らんでいるように見えるな!」左側に立つ骸骨が、困惑のあまりリーゼロッテを気遣い、両手をガコガコと音を立て振りまわす。
「私をそのようないやらし目で見るな!」
「ひぇっ」静かな怒りに燃えたリーゼロッテが、顔を向けず横目で睨みつけると、眼力で骸骨は壁に叩きつけられた。三人の魔族は顔を引きつらせ、散らばった骨を見つめた。
「公爵家のご令嬢が、余になんの用だ?」魔王が眉間に皺をよせ、リーゼロッテへ問いかける。
「王太子の命により、私より強い者を探し、夫とする為に来た」
「…おっと?」言葉の意味が解らず、眉間の皺をさらに深くし、首を傾げた。
「魔王、貴様が私より強者かどうか、見極めさせてもらう!」戦闘態勢をとるリーゼロッテが高らかに宣言する。
「はっ…は?余?お、おっと?」魔王は混乱している。
十メートルは離れているリーゼロッテが、魔王の元へ一足で飛びこむと、腰を捻り轟音を響かせ拳を振るったが、白髪の執事がリーゼロッテの前に立ちふさがる。
「魔王さっごぁr」顔面を殴られた勢いで空中をグルグルと回転しながら、白髪の男は壁に頭からめり込んだ。
魔王は玉座を飛び退き、リーゼロッテから空中へ距離をとると、玉座がただの木片へと姿をかえていた。
「おま…!な、なんっな!…何っなのだ!」
空中に浮かんだまま、リーゼロッテに指を向けた魔王が、顔を赤くし叫ぶ。
「私には時間が無いというのに、何度言わせるつもりだ?貴様が私の夫に足る者か、見極めさせてもらうと言っているだろう」苛立ちを含んだ声と眼差しが魔王を射抜く。
魔王は「訳がわからん」と呟くと、口の端を釣り上げた。
「まぁ良い、お前を倒せば良いのだろう?倒しても、余は夫になどならぬがな」
そう言うと魔王の周りに八つの魔法陣が浮かび、禍々しい黒い手が幾つも現れ、リーゼロッテに向って弧を描く。
防御姿勢を取り、攻撃を一身に受けたリーゼロッテが一つの手を掴み魔法陣から引き抜いた。引き抜かれた手は、釣り上げられた魚のように飛び跳ねた後、黒い靄となり消えた。
「ほぉ、面白い」引き抜いた手を見ていたリーゼロッテがニヤリと笑う。
「触れば瘴気にあてられる、余のニーベルングを人間が、素手で…」
「魔王様!左!」妖艶な悪魔が叫ぶ、魔王はすぐさまリーゼロッテの蹴りをニーベルングで弾き返す。
リーゼロッテは石レンガの床に、大砲の玉が落ちるような音を轟かせ着地した。
粉塵が舞う中、ゆっくりと動く大きな影にその場に居る全員が神経を尖らせる。
「やはり強いな、この世最強は伊達ではないようだ」服の埃を丁寧に払いながら、口の端を釣り上げる様は歴戦の勇者のようで、公爵令嬢にはとても見えない。
かっこいい女性を書きたくてこういった形になりました。
続きも読んでいただけたら嬉しいです。