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プロローグ 予期せぬ継承

 ※この物語はフィクションであり、過去および現在の実在人物・団体などにはいっさい関係ありません。

 ノア・ディストピアは悲しみに暮れている暇など無かった。


 ノアの父、アメリデが先日病床より他界し、通常であるならば数日喪に伏すのであるが、彼女はアメリデが経営していた船会社、ルートボエニアを急遽継ぐことになったのだ。


 父の葬式が終わった翌日には、それまで働いていた大手ホテルの従業員を辞め、それからは一応の就職面接をし、ルートボエニアへの入社となった。


 しかしそんな、創業者家系の人間だからとはいえ、新人のペーペーを今すぐ代表取締役社長にという話になるほど、ルートボエニアの会社規模は小さくなく、株主総会と取締役会の決議の結果、ノアは会社での呼称は社長でありながらも、取締役付けはされない、まさにハリボテの社長という至極微妙な立場に収まることになった。


「ノアちゃんスマン! 最善は尽くしたのだが……」


 それは、ノアがルートボエニアへの初出社の前日の話。

 ルートボエニアのテーマカラーである紺色。それと同色のスーツを着た初老の男が、ノアに対して頭を下げていた。


「アルビナおじさん、頭を上げてください。おじさんは悪くないんですから」


 黒い女性用のスーツに身を包んだノアは、困惑の表情を浮かべながら、急いで目の前に見える白髪交じりのつむじを上げるようアルビナに促した。


「しかし俺が代表取締役になりながら、君を取締役にすら上げることができなかった……これは俺の力不足だ。不甲斐無い」


 頭を上げたアルビナは、それでも申し訳なさそうな表情をしていた。

 それもそのはず、今回のアメリデの訃報により、ノアの叔父であるアルビナは会社での役職は副社長と現状維持だったものの、取締役の役付けとしては、取締役から代表取締役へと昇格しており、実質的な経営者となっていたのだ。


 アメリデの死によって昇格したその後ろめたさと、その娘であるノアを実質的な経営者にすることができなかった不甲斐無さから、アルビナは自責の念に駆られていたのだ。


「そんな気負わないでください。ほとんど会社の事を知らないわたしが取締役になれないのは当然のことですし、それにおじさんが代表取締役になってもらえて、むしろホッとしています。この会社のことを一番よく分かっているのはおじさんですから」

「ノアちゃん……ありがとう。立派になったな」

「わたしなんて、まだまだです」

「フム……じゃあ明日から出勤、よろしく頼むよ!」

「はい」


 ノアに自らの立場を容認してもらい、アルビナは気が楽になったのだろう。最後は笑顔になってその場を去って行った。


「…………」


 だがそれとは対照的に、ノアは重々しい暗い表情をしていた。

 アルビナを見送った後、玄関先でスリッパを脱ぎ捨て、家の奥へと入り、父の遺影と、そして遥か昔に亡くなった、母を祭っている祭壇に顔を向けた。


「お父さんお母さん、わたしは……いや、それじゃあダメだよね」


 度重なる重圧から、一瞬弱みを見せたノアだったが、しかしそれでは両親の不安を煽ることになると思い留まり、気持ちを切り替え、訂正した。


「わたし……必ずこの会社を引き継いでいくから。安心して」


 それは両親へ語り掛ける言葉であるとともに、ノアの宣誓でもあった。

 先行きの見えない、船会社経営への。


 昨今、ボエミア王国はボエミア共和国へとその名を改めた。王政が撤廃されたからだ。

 最後の王だったエルペイド十五世は、持てる全ての政治権を放棄し、その後の国民投票で首相に選ばれたのは、王政当時より大臣筆頭としてその手腕を振るっていたモールイスだった。


 モールイスの作った政府は、ボエミア共和国より以前に王政を脱却したドルトン共和国の民主政治に倣い、国会、内閣、裁判所に振り分けた三権の分立、そして憲法の制定を行い、民衆は新たに花開いた国家を祝し、都市では朝から晩までドンチャン騒ぎが行われた。

 まさに夢見心地だった。

 

 だが、夢は夢で終わらない。いつかは覚めてしまうもの。

 しかしそんな、目の前にまで迫った時化に気づく者など、眼が曇りきった民衆に気づく余地は無かった。


 ノアの船出は、決して穏やかなものにならなかったのは、言うまでもない。

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