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第5章 不信人事 その1

「社長、社内の仕事を見て回るのは結構ですが、社員の仕事の邪魔をしてもらっては困ります」

「邪魔なんてそんな! わたしはただどんな仕事があるか覚えたくて……」

「それが邪魔だと言っているんです。いいですか?」


 ルートボエニア社長室にて、ノアは席に座らせられ、エンジスの激昂を浴びていた。

 その理由はここ数日、ノアはめげずにいろんな部署を回っていき、現場の仕事を知ろうと邪魔にならない程度に社員に声を掛け、その内容を教えてもらっていた。

 しかしこの前日に回った旅客営業部で、ノアは嵌められてしまった。


 旅客営業部がエンジスの手中に収められているのは以前オープナーから聞いていたので、ノアはエンジスの留守を狙って旅客営業部に向かい、エンジスの派閥でない社員に話しかけ、旅客営業部の内情を訊き出すまでは良かったのだが、しかしノアはエンジスの統率力を見誤っていた。


 その原因は直接旅客営業部へ向かったことであり、それを見たエンジス派閥の社員が後にエンジスにチクったのだ。

 そして今日、出る杭は打っておこうと、エンジスは社長室に乗りこんできたのである。


「社長には社長の仕事があるのです。それを怠って他のことに現を抜かすなど、言語道断なんです」

「ちゃんと承認印が必要な資料はチェックして捺印してます!」

「そのせいで毎日残業のようなことをやってもらっては困るんですよ。上が就業時間を守っていただかないと、こちらも部下に帰るよう促すことができません」

「それは関係ないでしょ!」

「関係あります。守るべきものは守る、すべきことはしてもらわないと困ります」

「……すべきことはしてもらわないと困りますですって?」

 

 エンジスのその言葉に、今まで抑え込んできた怒りがノアの中で爆発し、机をバンッと思い切り叩くと、矢の如くすっくと立ち上がり、一方のエンジスは不意を突かれたじろぎ、その際に銀髪の髪が揺れた。


「エンジス部長、お話は聞かせてもらいましたよ。あなた営業先に行くフリをして、最近王国汽船に頻繁に出入りしているそうですね。旅客成績が落ち込み、すべきことをせずに、あなたは何をしに古巣に立ち寄っているのですか?」


 ノアのこれまでにない鋭い目つきと、悪行を露わにされ、エンジスは唇を歪ませたが、しかし彼も切れ者だ。すぐに弁解してみせた。


「一つ社長は誤解しているようですが、王国汽船は古巣ではありません。わたしは今も、所属はここではなく王国汽船です。そして立ち寄っている理由ですが、王国汽船の旅客営業部から情報をいただいていたんですよ。どの旅行代理店と付き合うべきかと」

「王国汽船から情報を貰うって……そんな競合他社に有益な情報を与えるわけないじゃないですか!」

「競合他社? フッフッフッ……申し訳ありませんが社長、王国汽船とこことを同じにしてもらっては困りますね。圧倒的な企業規模と数多の航路を誇る王国汽船とローカル航路を運営するルートボエニアではそもそもの市場が違う。それに、情報を貰っているのは本当です。まあ……」


 するとエンジスはこれ以上話すことは無いという風に、灰色のスーツを纏った身を翻し、社長室の扉の方に向かい、立ち去り際に嘲笑いながら一言残して行った。


「情報を生かすのは、あなたの手からこの会社が離れた後になりますがね」


 バタンと扉が閉まり、部屋にはノアだけが残った。


「……やっぱり、王国汽船は買収に動き出しているようね」


 ノアは肩の力を抜き、座席に座った。

 本当に怒りが湧き起こりぶつけたというのもあるが、しかしノアがエンジスを叱責した本当の目的は、彼から王国汽船の動きを知り得るためだった。


 他にも王国汽船からの出向組はいるが、その中でも関係が最も深く、王国汽船に忠実で、ルートボエニアを乗っ取ろうと暗躍しているのはエンジスであり、彼なら王国汽船の最新の意思決定を知っているはずだと瞬時に判断し、これはチャンスだと吹っかけたのだった。


 そしてそれは見事に成功したのだが、しかしノアにとってその情報はあまり芳しいものではなかった。

 王国汽船が買収に乗り出している……それを知っても、それに対抗する手段が今のところ無かったからだ。

 どうしたものかと、重い頭を抱えようとしたその時、悩む間も無く扉をノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞ」


 返事をすると、入ってきたのは背丈が150センチ程しかない、髪をツインテールに結っているドワーフの女性社員だった。


「失礼します」

「ああっ、グロードさん!」

「おはようございます社長」


 ノアはローフ・グロードのことを知っていた。

 というのも、グロードは業務部の旅客担当係の係長をしており、ノアが業務部へ訪れた際、旅客や業者に対する電話対応や窓口対応などの基本から、ブッキングと呼ばれる、シャーシやコンテナなどの貨物を始め、セミトレーラーやトラック、自動車や自動二輪車、更には自転車の台数を計算し、一等航海士と相談しながら乗船枠を予約する高度な仕事まで、実に丁寧に教えてもらっていたのだ。


「どうしましたか、わざわざ社長室まで?」

「社長、実はこれを……」


 そう言ってグロードは、手に持っている二つ折りにされた用紙を広げ、ノアに見せた。


「ローフ・グロード殿、本日付で荷役係長に任命する……これ、人事異動通知ですか?」

「ええ。まあ部署内の係移動なんで、そこまで大袈裟なことではないのですが、それより問題なのが、この荷役係というところです」

「荷役っていうと、船積み作業の事ですよね? でもあの仕事は確か、ペタロ物流に業務委託していたはずじゃ……」

「そうなのですが、実は2週間くらい前から突如、ワーナー部長から荷役の作業を夕勤の時にペタロ物流の作業員から学んでおくよう命令されていて、ブッキングの作業に役立てるためかと思っていたのですが、今日来たらこれが机に置かれていました」

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