乙女の転機!(3)
やがて三輪さんは大学院で研究を再開したが、その後も毎日病院へ通ってにゅうめんマンを見舞った。だが、その甲斐もむなしく、にゅうめんマンは昏睡状態のままだった。死なないだけでよしとするべきなのかもしれないのが、にゅうめんマンが回復の見込みもなく弱っていくように思われて、三輪さんは絶望的な気持ちになった。
ある日、いつものように病院へやって来た三輪さんが見舞いを済ませて病棟を出ると、突然見知らぬ人物に声をかけられた。まったく見覚えのない顔だが、頭を剃りオレンジ色の袈裟を着ているので坊主であることだけは分かる。
「三輪素子さんですね」
坊主は言った。
「そうですけど、あなたは?」
「私は坊主です」
「見れば分かります」
「宗教法人六地蔵の管長から三輪さんへ手紙を預かっています」
これを聞いた途端、三輪さんの心に深い憎しみが湧き上がった。――三輪さんとて23年も生きているので、ろくでもない人間にはこれまで何度も会ってきた。信用している相手を平気で裏切る人間もいたし、他人を傷つけて喜んでいる人間もいた。大事な本を借りたまま返さない人間も、お金を借りたまま返さない人間も、トイレを借りたまま返さない人間もいた。だが、これまでに出会ったそういう人間たちとは比べ物にならないほど強く、三輪さんは管長を憎んでいた。
「私を誘拐してにゅうめんマンさんを瀕死に追い込んだ人間が、いまだに罪にも問われず手紙なんか書いているなんて、世の中どうなっているんでしょう」
「本人に聞いてみたらいかがですか。管長はあなたと話したいことがあるようですから」
「なぜ私があんな人と話さなければいけないんですか!いい加減にしてください」
三輪さんは坊主を無視してそのまま帰ろうとしたが、すかさず坊主はこう言った。
「にゅうめんマンを助ける方法を知っている、と管長は申しています」
三輪さんの足が止まった。
「どういうことですか」
「私も詳しいことは聞いていませんが、この手紙を読めば、恐らくそれに関することが書いてあるでしょう」
坊主は懐から白い無地の封筒を取り出し三輪さんに押し付けた。三輪さんは黙って受け取った。
「数日後にまたここへ来ます。そのときまでに手紙を読んでおいていただくようお願いします」
一方的にそう言って坊主は立ち去った。穏やかならぬ思いで三輪さんも病院を後にした。
* * *
その手紙はすぐに燃やしてしまいたいくらいだったが、本当ににゅうめんマンを助ける方法があるなら無視するわけにはいかず、家に帰った三輪さんは封筒を開いて手紙を読んだ。便箋に綴られた文章は思ったよりもずっと短かった。
前略
先日は大変なご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。
さて、あなたが私を憎み、信用なさっていないことを承知の上で申し上げますが、もしあなたが私の弟子になるという条件を受け入れてくださるなら、にゅうめんマンの命を助け、健康を回復する方法をお教えします。ついては、近日中に使いの者をそちらへやりますので、そのときにお返事いただければ幸いです。 草々
○月○日 宗教法人六地蔵管長 苦萬悟




