にゅうめんマンの過去(11)
「極楽浄土を嫌がる人物ははじめてだ」
シャカムニは言った。
「本当は一度死んだ者が人間界によみがえるのはルール違反だが、極楽浄土に来てまで苦しむのは気の毒だ。私の課す条件に従うなら、こっそり人間界に戻してやれないこともない」
少子高齢化と人口減少のあおりを受けてシャッター街化した地方都市の商店街の秋の夜のように暗かった鶴彦の心に希望の光が射し込んだ。
「さすがシャカムニさま。話が分かる」
「ただし、繰り返すが条件つきだ」
「どんな条件でものみます」
「それではまず、人間界でやってもらいたいことがある」
「何をすればいいでしょうか」
「今、宗教法人六地蔵という組織が日本で悪さをしている」
「その組織のことは知っています。僕が通っていた揉上市で悪事を働いていましたからね」
「六地蔵の拠点はあのあたりにあるからな。それで、君にはこの組織から市民の平和を守ってもらいたいのだ」
「分かりました。だけど、僕一人で大きな組織を相手にできるでしょうか」
「そのために君には特別な力を与える。ことによると暴力的な衝突があるかもしれないが、その力を駆使して何とかうまくやってもらいたい」
「がんばります」
「しかし、ここで1つ問題がある。先ほど言ったように死者が人間界へ戻るのは本当はルール違反でもあるし、もし死んだ人間が生き返ったことが分かってしまったら、現地の人間社会に余計な混乱を生むかもしれない」
「そうですね」
「よって、君が、死んだはずの桜井鶴彦であることは誰にもばらしてはならない」
「はい」
「ところが、六地蔵が悪さをしているのはたまたま君の地元に近い地域であって、この組織相手に君が派手に活動したら、家族や知り合いに正体がばれてしまうかもしれない。直接知り合いに会わなくても、市民を守る活動を続けた結果有名になって多くの人に顔を知られてしまう、ということもないとは言えない」
「ではどうしたらいいですか」
「君に特別な力を持つ覆面を与える。その覆面をかぶっている限り誰にも君の正体はばれない」
「分かりました」
「外へ出るときは必ずその覆面を身に着けてもらう。人前で覆面をかぶるのは気になるかもしれないが、私が直々にデザインするので、きっと気に入ってもらえると思う。覆面に合うよう特製の服も作っておく」
「ありがとうございます」
「もし家族や知り合いに正体を明かすようなことをしたら、それ以上人間界にはいられなくなるので、そのつもりで」
「誰にも正体をばらしたりしません」
「それでは、今しがたここへ来たばかりだが、またその穴からにゅうめんを伝って下界へ帰るように。行き先は一品餓鬼道ではなく人間界になるように手配しておくから心配は要らない」
「はい」
嬉しさで胸がいっぱいになった鶴彦は喜び勇んで穴から下りようとした。だが、ふと心にある疑問が浮かび、去り際にシャカムニにたずねた。
「1つお聞きしたいのですが」
「何かな」
「人間界で悪さをしている組織は他にもたくさんあるのに、なんで、他の組織ではなく六地蔵に対処するんですか?」
「それは、私が少しばかり責任を感じているからだよ」
「責任?」
「なに。昔の話だし、人に話すようなことでもない。――さあさあ、すぐに人間界へ下りて市民の平和を守る活動を始めるのだ」
鶴彦は何週間もかけて上ったにゅうめんに再び手をかけ、下界目指してするすると下りていった。上りはしんどかったが下りは快適で、地上に着くまでそれほど時間もかからなかった。




