にゅうめんマンの過去(7)
「しかし罪は罪だ。罰しないわけにはいかない。分かるな?」
「はい」
「実はこういう軽めの罪を罰するための場所がある。地獄ほどではないがちょっとしんどい場所だ。――餓鬼道という世界について聞いたことがあるか?」
「ものを食べることを許されず常に飢えに苦しむ『餓鬼』という生き物が住む世界ですね」
「そうだ。よく勉強しとるな」
「まさか僕はそこへ行くんでしょうか」
「いいや。餓鬼道も軽い罪を罰するにはきつすぎる。そこで我々は『一品餓鬼道』という場所を新たに開発した」
「一品餓鬼道?」
「うむ。一品餓鬼道は、一番好きな料理1種類だけが食べられない場所だ」
「なるほど。それくらいの罰なら……」
と言いかけた鶴彦は、途端に事態の深刻さを悟って真っ青になった。その様子をエンマ大王は妙に思った。
「どうした?」
「どうか、そんな恐ろしい所へ送り込むのはやめてください!」
「そんなに心配せんでもいい。例えば、カレーライスが大好きな人間がカレーを食べられなくなっても別にどうってことはないだろう。《久しぶりにカレーが食いてえなあ》とか思うくらいだ」
「大王は、好きな食べ物を奪われた人間の生活がどれほど悲惨か分かっちゃいません。そんな恐ろしい世界へつれて行かれたら、みんな希望を失って気が狂ってしまうでしょう」
「そうでもないみたいだけど」
「いいや。そうに決まっています。好物を食べることを禁じられて生きていける人間などいません」
「つべこべ言うな!だいたい、生きるも何もすでに死んどるだろうが。お前の一品餓鬼道行きはもう決まったことだ。観念せい」
《もはやここまでか》
鶴彦は考えた。
《いや。好きな食べ物をごまかすというのはどうだろう。「ひやむぎが僕の一番の好物です」とか申告してみてみたらばれるかな……》
もちろん、そんな簡単にエンマ大王をごまかせるはずはない。大王は再びエンマ帳に目を落とした。
「お前の好物はにゅうめんだな」
「なぜそれを……?」
「ここへ来る途中にあった食堂でにゅうめんを頼んだだろう」
「あれは罠だったのか!」
《はめられた!エンマ大王にはめられた!!》
と鶴彦は思った。
《人を裁く大王のくせになんて汚い。メンマ大王にでも改名すればいい》
だが、鶴彦がどう思おうが刑罰に変更はないし大王も改名しない。大王は言った。
「もっとも、にゅうめんの食べすぎで死んだようだから、食堂で調べるまでもなくお前の好物は見当がつくがな。一品餓鬼道へ行ったらしっかり罪を償えよ」