にゅうめんマン vs 悪の教団幹部(10)
「……に……にゅうめn……」
にゅうめんマンの精神は限界を迎えようとしていた。愛する食べ物の名前を呼べないのは途方もなく苦しいことだ。独房に監禁された犯罪者だってこんなに苦しい思いはしないだろう。
《俺は悪に敗れるのか》
そうなったらヒーロー生命も終わりかもしれない。正義の味方として野を駆け歌を歌った楽しい思い出が、走馬灯のごとくにゅうめんマンの胸に去来した。
《もはやここまでか。シャカムニ様、申し訳ありません……》
* * *
だが、ここで思わぬ人物が現れた。廊下をふさぐ市役所職員と坊主たちの間から姿を現したのは三輪素子さん(23)だった。
「にゅうめんマンさん」
何かよく分からないけど苦しそうにしているにゅうめんマンに、三輪さんは声をかけた。
「三輪さん。どうしてここに」
「ひょっとしたら危険な事態に巻き込まれていないかと思って様子を見に来ました」
「わざわざ心配して来てくれたんですか。ありがとう」
だが、にゅうめんマンの表情は明るくなかった。
「恥ずかしながら三輪さんの悪い予感は当たっていますよ。今、悪の手先の謀略にかかって危機的な状況なんです」
「謀略?」
「ええ。まさか、しりとりがこんな危険なGAMEだなんて――」
にゅうめんマンは、高級にゅうめん食べ放題に釣られて根子丹としりとりをすることになったいきさつを三輪さんに語った。
「なんだ。そんなことですか。もし好みに合わなかったらすみませんけど、よかったら私が代りに高級にゅうめんを作ってあげますよ。毎日食べ放題というわけにはいきませんが、ときどき作るくらいなら」
「本当ですか」
「女に二言はありません。私は料理が趣味だから、食べてくれる人がいたら張り合いが出ます」
「やったー!」
自分の置かれている立場にもかまわず、にゅうめんマンはもろ手を上げて喜んだ。そして、しばらく無視されていた根子丹の方へ向き直った。
「根子丹よ」
「なんじゃい」
「お遊びは終わりだ」
「なにぃ!」
「高級にゅうめん食べ放題は確かに捨てがたい。だが、それよりも捨てがたいのは乙女の手作りにゅうめんだ!」
にゅうめんマンは力強く宣言した。
「どっちが捨てがたかろうと勝手だが、しりとりはまだ続いているぞ」
「お遊びは終わりと言ったはずだ」
「勝手に終わらすな。シャカムニにかけて誓っただろう」
「俺が誓ったのは、負けたらそちらの言うとおりにするということだ。俺は負けてはいないし、これ以上勝負を続ける理由がなくなったから、このしりとりを中止するんだ」
「負けかかっていたのに一方的に中止するなんてずるいぞ!」
「負けかかっていたなんてとんでもない。余裕しゃくしゃくだったよ」
「うそだ」
「うそなもんか。俺はしりとりは得意中の得意で、学生時代は『しりとりの鬼』『揉上市にこの人あり』と言われていたんだ」
「ばればれの作り話を……」
「ともかく、今日はここまでにして、お互いねぐらに帰ろうじゃないか。そちらが大人しく立ち去れば俺も何もしない。でも、何か悪さをしたら飛んで戻って来るからな。じゃあそういうことで。さらば!」
にゅうめんマンはあっけにとられている三輪さんに声をかけ、そのまま一緒に市役所を去ろうとした。坊主たちも皆あっけにとられ、あえてにゅうめんマンを止めようとする者はいなかった。
「行かせるか!」
しかしここで、根子丹が背後からにゅうめんマンに飛びかかった。だが簡単にやられるにゅうめんマンではない。根子丹の急襲をひらりとかわして反撃した。
「黙って帰ればいいものを。――受けてみろ。にゅうめんマン奥義、魔貫光殺砲!!」
「ぐわああああぁぁぁ」
根子丹は鼻血を流して廊下に倒れた。大きな怪我などはしていないようだが、それ以上戦えないことは明らかだった。根子丹が静かになったのを見て、にゅうめんマンは三輪さんに言った。
「では、あらためて。――三輪さん、帰りましょう。途中まで送りますよ。にゅうめんをごちそうしてくれる話、忘れないでくださいね。――あっ。市役所のみなさん。今日はお疲れさまです。後のことはお願いします」
こうして正義の味方と乙女はゆうゆうと市役所を後にした。