8.密告
「……んじゃ、気をつけろよ」
「ああ、どうもありがとう。いつかこの借りは返すよ」
俺はダンジョンを抜け出すのに協力してくれた冒険者パーティに礼を言って別れた。
パーティからはぐれてしまった冒険者ととっさに説明したが、それを信じダンジョンの外まで案内し、街に連れてきてくれたのだ。ダンジョン攻略を諦めてまで。
……いつか礼をしよう。
さて、今俺がいるのはダンジョン「白竜の迷宮」最寄りの街、サンクレアだ。
この世界の街としては大きいらしく、結構賑わっている。
先程の冒険者パーティから色々と情報を集めることはできたのだが、やはり実物は思ってた以上だ。
中世ヨーロッパと言った感じの街並み、明らかに同じ国籍とは思えない髪色の人達。
何より、普通にその辺を歩いている獣人族やエルフといった亜人に目を奪われていた。
「……っと、忘れてた。四人を出してやんないと……」
少し街を歩き回った後体内にいる三人を思い出し、人気のない場所に移動した。
人目のない路地裏に到着し、更に人の目がないか重々確認した後、『箱庭』能力で体内に取り込んだ四人を外に出してやる。
傍から見ると、人が虚空から突然現れたように見えるだろう。
……うん、やっぱり生体でも時間は止まるんだな。リングは酷い怪我のまま気絶してるし。
「……えっ?」
「やあ、久しぶり。一週間ってとこかな。体に何か変化はあるかい?」
「え、ええ……ない、けど……え?」
やはり三人とも相当混乱してるな……
「だ、ダンジョンは?」
「抜けたよ。ここはサンクレア。君たちもここから来たんじゃない?」
「確かにそうですが……どうやって?」
「おいおい、追及しない約束でしょうが。まあ、仕方ないかもしれないけど」
頭が真っ白になったのか放心状態のマチルダとヘレナをよそに、シェーラが俺に耳打ちをしてきた。
「……どういうこと? アンタ、怪しまれたくないんじゃないの?」
「まあ確かにそうだけど……君たち、俺がこうしなかったら飢えるか魔物に襲われるかで死んだかもしれないんだぜ。放っておくことはできないでしょ」
「……魔物のクセに?」
「おいおい、俺は人間だって。そう振舞うって言ったろ。少しは信用してくれ」
「「……」」
うわぁ、マチルダとヘレナまで疑いの目で俺を見てくる。キツイなあ。
まあ、今はこいつらの対応は後回しだ。放っとくとリングが死んでしまいそうだからな。医者に見せないと……医者って居るのか? この世界。
俺はリングを背負うと、三人に向き直った。
「ひとまず、コイツの傷をどうにかしたい。どこに行けば治せる?」
「……とりあえず冒険者ギルドに連れて行くのが手っ取り早いわ。案内する」
冷静な思考はできているようで安心したよ。
さて、やってきました冒険者ギルド前。大きな集会所って感じの建物だ。
いざ入るとなると少し緊張するもんだな……
意を決して入ろうとするも、俺たちは背後から呼び止められた。
「お、おい、お前らベリルのパーティだろ!? どうしたんだその怪我!」
俺達を呼び止めたのは筋骨隆々の渋いオッサン。冒険者かな。
「バガンさん……」
「二週間近く戻らねぇからどうしたのか心配だったんだ。……ベリルは?」
三人は無言で俯き、それで察したのかバガンと呼ばれたオッサンも黙り込んだ。
「……その子は?」
雰囲気を変えようとするように、バガンは俺を指して言った。
「……ダンジョンで助けてもらったの。私達よりずっと強いわよ、その子」
「……ええ、レッサードラゴンを瞬殺していましたし」
「なっ!? レッサードラゴンを瞬殺!? 冗談だろ!?」
マチルダとヘレナはまだ俺に対する疑念のようなものを捨てられていないだろうに、そうちゃんと説明してくれた。一応俺が命を助けたことも関係するのかもしれないが。
「第3層にレッサードラゴンが出現か……コイツは一大事だぞ。ダンジョンの危険度が大きく変わりかねない。そしてその……ベリルは、そいつにやられたのか」
「……いいえ、彼は」
「……恐らく特異個体のミミックに、頭を……」
あの光景を思い出し吐き気を催したのか、二人は口元を抑えた。
「ユニークとはいえ、ミミックに? そりゃまた俄かには信じられんな」
「通常あり得ない大きさの個体で……何より狡猾でした。石を投げつけられても、触られても微動だにせず、ムキになって蓋をこじ開けようとしたベリルを……」
「……白竜の迷宮は大荒れだな……とにかく、しばらく休め。ギルマスには俺から話しておく」
「ええ、ありがとう……でも、リングをちゃんと見てないと」
「俺が見とく。満身創痍のお前らがいても大して何もできんだろう」
「……そうね。宿で休ませてもらうわ。ヘレナ、シェーラ。行くわよ」
「すみません、少しやりたいことがあって」
「……分かった。アンタも休むのよ、シェーラ」
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シェーラ視点
マチルダとヘレナを見送り、ギルドの医療班にリングを預けた後、私はバガンさんと一緒にギルドマスターに今回の異変について報告をした。
「……そんなことが。レッサードラゴンに狡猾なミミック……厄介だな」
サンクレア冒険者ギルドのギルドマスター、ジルが顎に手を当てながら唸る。
当然だ。ダンジョンから魔物が出てくることはたまにある。それがレッサードラゴンだったりユニーク系だった場合、相当厄介な面倒ごととなる。
そして、それはもう起きてしまっている。自らの意思を持ち、人間にさえ擬態し、レッサードラゴンを瞬殺するミミック……いや、エニグマのことだ。
……もしこれをやれば、私はおろかバガンさんやギルドマスターまで危険にさらされるかもしれないけど……『アレ』を放置しておくわけにはいかない。
命を救われたのも事実だが……あれは魔物なのだ。
「……あの、ギルドマスター」
「何だね、シェーラ君」
「実は……先程お話ししたミミックの件。あれには少し訂正する箇所があります」
「……その、訂正とは」
「あれはミミックではありません。『エニグマ』です」
バガンさんもギルドマスターもひどく驚いた様子だが、すぐに落ち着きを取り戻し、詳しい説明を求めてきた。
「……証拠があるのか」
「はい。そのエニグマと会話をしました」
「会話だと……? 意思疎通が可能だったのか?」
「……もし『それ』がそのエニグマだと知らなければ、人間だと勘違いしますよ、あれは」
「人間に擬態していた……?」
「……おいおい、シャレになってねぇぞ。もしそんな奴がダンジョンから出てきちまったら……」
「残念ながら、もう出てきています」
これには二人とも、もはや驚きを隠す気は失せたらしい。
「何だと!? それは本当か!?」
「……はい。しかも、バガンさんはもう見ています」
「……まさか」
「あの、男か女か良くわからない子です」
「おい、どういうことだ!? じゃあ何でお前ら、アイツと一緒にいたんだよ!?」
「……彼が私たちの命を救ってくれたからです」
「どういうことだ」
「確かに彼はベリルを喰って殺しましたが……その後、気絶した私を静観して、私が気が付くと私にダンジョンの外まで案内するよう言いました」
「従ったのか!?」
「……半ば脅されて。本人によると、人間として過ごすから心配はいらない、と」
「そしてしばらく一緒に行動しはぐれていたパーティのメンバーと合流したのですが三人がレッサードラゴンと交戦中で……それを見た彼がレッサードラゴンを瞬殺しました」
バガンさんもギルドマスターも、私の話に聞き入っているのか、途中から質問もしなくなっていった。
「その時彼は名前がなかったようなのですが……自分でパンドラと名乗りました」
「パンドラ……」
「そして私たちに十分な食料がないと知ると、彼は自身の体内に私達四人を取り込み、この街まで送ってくれました」
「……意図が分からんな」
「あるいは本気で人間と共存しようとしている、というのも……」
二人が話し合っているのを、私は聞いているだけだった。
バガンさんは冒険者歴も長く、ギルドマスターからも信頼を置かれている。私が入り込む余地はない。せいぜい、飛んでくる質問に答えるだけだ。
「……ところで、そのパンドラとやらに口止めされていたのではなかったのか?」
「……放っておくことはできないでしょう?」
「確かにそうだが……下手に刺激しても同じだ。くれぐれも悟られるなよ。でないと……」
「でないと、何かな。ギルドマスターさん?」
驚いて振り返るとそこには、薄く微笑むパンドラが立っていた___