4.或る冒険者の災難
とある冒険者視点
白竜の迷宮、第4層。今私たちがいる場所だ。
私たちは冒険者。世界でも有数のダンジョンである白竜の迷宮に挑んでいる。
白竜の迷宮は、現在15層までの存在を確認されている未攻略ダンジョン。
今まで数多の冒険者が挑戦するも、最下層まで到達できたという前例はない。
このダンジョンで死亡したという冒険者の話もよく聞くが、それ以上に、発見される物の質が非常にいいことで有名だ。
「おいシェーラ、この方向で合ってんのか?」
私と同じパーティの剣士、ベリルが私に聞いてくる。シェーラというのは私の名だ。
私たちはBランク冒険者パーティ「猛撃の獅子」。私、女シーフのシェーラ、剣士のベリルとリング、女魔法使いのマチルダにプリーストのヘレナ。この5人が私の仲間だ。
とはいっても、この中での私の力は弱い。リーダーのベリルはAランク、他3人もBランクなのに対し、私はCランク。ようやく一人前といったところだ。
私がシーフ職だというのも大きいだろう。シーフ職というものは大抵軽視される。直接的な戦闘力は低く、どうしてもパーティ内の雑用係のような立ち位置になってしまう。シーフである私が道案内しなければこのダンジョンの第2層に行けたかも怪しいのに……不当だなぁ。
「私たちがダンジョンに入ったのは3日前。そろそろ持ってきた食料が少なくなってきてる。この層までで攻略は打ち止めでしょうね」
「チッ、ここまでか……結局ほとんど成果はなしじゃねーか」
私の言葉に、ベリルが機嫌を悪くする。とはいえ、これは仕方ない。空間魔法持ちがいればまた話は別なのだが。
「早く空間魔法覚えろよ、マチルダ」
「そう簡単に言わないで。全魔法の中でもトップクラスの習得難易度なんだから。もっとシェーラが荷物を持てればよかったのよ」
……ヘイトをこちらに向けようというのが見え見えだ。
「でも確かに、成果なしというのは避けたいですね……」
「そうだな……せめてこの層で宝箱の一つでも見つかりゃあな」
と、リングとヘレナ。
確かに、ここに挑むにあたって結構出費した。本来なら魔物の素材を回収するなりできるのだが、私たちの場合食料を可能な限り持っておくことしかできない。
そう思って周囲を見回すと……宝箱が見えた。
黒い箱に金色の装飾が施された、私たちの腰あたりまである大きさの宝箱。確実に最高級のものだ。
私は思わず宝箱に駆け寄った。
「み、見てください! こんな立派な宝箱が……きゃ!?」
私がそう言うなり、ベリルが私を突き飛ばして宝箱に詰め寄った。
「おお!! これはスゲェ!! 絶対スゲェ物入ってるぜ!!」
うぅ、尻もちついた……痛い。
「まあ待てよ。ダンジョン攻略のいろはを忘れたか? まずはソイツがミミックじゃないか確認だ」
「あ? こんなデケェミミックがいるかよ」
「分からないぜ。なんせここは未攻略のダンジョンだ。一般には知られてない魔物がいるかも」
ぶっきらぼうに見える外見に反して、リングは慎重派だった。
リングは少し離れた場所からその辺りで拾ったのであろう手ごろな小石を持ち、それを宝箱に投げつけた。これは、ミミックの周囲の衝撃に反応して襲い掛かる性質を利用した罠だ。もしその宝箱がミミックならば、いきなりの攻撃に驚き慌てふためくのだ。
リングの投げた小石は宝箱にクリーンヒットしたが……反応はない。普通の宝箱で間違いなさそうだ。
「ほらな、ミミックじゃねえ。おし、開けるぞ!」
勝ち誇ったようにそう言うと、ベリルは嬉々として宝箱を開けようとした。しかし……
「な、何だ? 開かねぇ……クッソ固ェぞこの宝箱……!」
「宝箱が開かない? 鍵でもかかってるんじゃないの?」
「いえ、ダンジョンの宝箱に鍵なんてかかってませんよ」
……何だろう、すごく嫌な予感がする。
「鍵穴もねえしな……んぐぐぐ……!! お!!」
ベリルが更に力を込めると、少しだけ宝箱が開いた。しかしその奥に一瞬見えたのは、鋭く光る牙のようなもの。
「マズい、逃げ……!!」
「え……」
私の叫びも虚しく、その宝箱は大きな口を開けた。比喩ではない。それは本当に口だった。
この宝箱は……ミミックだったのだ。
次の瞬間には、無防備なベリルの首筋に鋭い牙が迫り……ベリルの頭部はなくなった。
「ひぃっ!?」
「み、ミミック……!? 何でさっき反応がなかったんだ!?」
「そ、そんなことどうでもいいわよ!! 逃げるのよ、早く!!」
ヘレナ、リング、マチルダは即座に逃亡した。まあ、妥当な判断ではあるかもしれない。
私はというと……腰を抜かして動けなくなってしまっていた。
「ま、待って……!」
必死に声を出すも、3人は止まらない。見捨てられた。
私がもたもたしているうちに、ミミックはこちらに近づいてきていた。もう目と鼻の先だ。
ミミックはこちらを観察するように動かない。
「こ、殺すなら、さっさと殺して……!」
ミミックは動かない。私の精神はもう限界だった。
間もなく、私の意識は闇に消えたのだった___
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さて……どうしたものか。
流れで人間を一人食ってしまったが……正直罪悪感はない。
この数か月俺は修羅場をくぐってきた。
ヴェルディの、不死も万能ではないというセリフにも納得がいった。道も分からないこのダンジョンを彷徨い続けるというのは、確かに死ぬ恐れはないとしても精神を摩耗させるのには十二分だった。そのせいで「精神苦痛耐性」なんてよくわからんスキルまで貰ってしまったよ。
この数か月でわかったのは、このダンジョンでは弱肉強食。それは人間だろうと変わらない。
俺も相手が一般人ならば食ったりはしなかったろうが、こんなダンジョンに居る限り死ぬ覚悟はあるということだ。
だが、俺も元とはいえ人間。今目の前で気絶してしまった女性をこのまま食うほど人間は辞めていない。
ひとまず、この人が起きるまで周りを見張っていよう。ほっといて死なれても後味悪いしな。
……まあ、「支配者」スキルでこの階層の魔物は俺に近寄ろうともしないが。俺が近くにいる限りこの人は死ぬことはない。
そうだ! この人が目を覚ましたらダンジョンの案内をしてもらおう。
さっきから聞こえてきた会話から察するに、彼女は案内役をやっていたようだったし、期待できる。
俺の目標達成も近い将来になりそうだ。