3.次の能力
いやー、思考がぶっ飛んだよね。目の前に竜がいるんだぜ? 気絶しなかっただけ誉めてほしい。
とにかく、俺は一生命の本能として生き残ることを諦めた。
だって勝てないもん。次元が違うもん。例えるなら人間とアリ。話にならない。
『どうした? 今の今まで元気に動き回っていたではないか。何故そこまで大人しい』
あなたが怖いからです……などと考えるも、言葉にはできない。俺には口がないからな。まあ、口があったとしてもまともな受け答えができたかと言われれば間違いなくノーだが。
『ふむ……我が怖いか?』
なっ! 心を読まれた!?
『それはまあ、念話が出来て読心が出来んということはなかろうよ』
なるほど……そういうもんなのか?
『さて……我からも訊きたいことはあるが、お前も混乱しているようだ。分からぬことでもあれば教えてやろう。しかし知性ある魔物というのも珍しい』
めっちゃフレンドリー?に話してくる。そこまでビビることもない……のか?
とにかく、教えてくれるってんならチャンスだ。聞けることは聞いておきたい。
まずは目の前の白竜について。
『我か? 我はこのダンジョンの主であるヴェルディよ。人間は我のことを白竜と呼ぶらしいが、詳しいことは知らん』
それから、ヴェルディは様々なことを教えてくれた。
このダンジョンがこの階層含め20層だということ。各層にはボスが居り、下層に行くほど強くなること。そのボス魔物はヴェルディが従えていることなど……お節介かと思うくらい教えてくれる。
『そろそろ我も聞いてよいか? お前は何者だ? このダンジョンで自然発生した魔物でもあるまい』
えーと……転生したらミミックでした。オーケー?
『なるほど異世界からの転生か……それならば魔物が我と会話できるのも道理』
オーケーだったよ。
……ん? 待てよ。今の口ぶりから察するに、俺以外にも転生者はいると?
『ああ、居るぞ。まあ、魔物に転生したという話は聞かんがな』
マジか……やっぱり異世界人は強かったりするんすかね?
『確かに、転生者は強い。何らかの強い力を持ちこの世に生まれることが多いのも事実だ。実際お前もミミックなどでは収まらん強力な力を得ているようではないか……何だこのスキルの数は』
む? ミミックには捕食した相手の力を奪う能力が備わっているのでは?
『そんなものあるはずがなかろう……そんな能力に元人間の知能、お前の強さはそこか。一介のミミックはこの階層では10分も生きてはおれん筈だしな』
マジか……俺って結構強かったのか?
その後もしばらく俺とヴェルディは会話を続けた。
ヴェルディは久々に会話できるのが嬉しかったらしく、自身にとってはアリ程度の存在である俺と対等に喋ってくれた。メチャクチャ良い竜でした。ビビッてすみません。
『……というわけで、この層まで降りてきた人間は居ないのだ。我も少々退屈でな、ボスを少し弱い魔物にしてやった時期もあったのだが、一向に人間は現れなんだ』
そりゃあ、あんな魔物の巣窟、普通の人間じゃ生きて帰れませんよ。この世界の『普通』は知らないけど、それでもあの環境で俺が生き残れたのは能力吸収の能力と便利な擬態の力だ。ミミックという種族に囚われない強みはやはり凄まじいものだった。
『ふむ……つまり、お前は捕食した対象に擬態し、更に能力を奪うことができると』
まあ、簡単に言えばそうなりますね、はい。
『……なあ、我の血を飲む気はないか』
ファッ!? え、今なんて!?
『いや、興味が湧いたのだ。流石にこの身体を削るわけにはいかんが、血ならどうとでもなる。竜の血というのは不思議なもので、特殊な魔力が混ざっておるのだ。過去にも人間が竜の血を飲んでより屈強な戦士になったという例も聞く。お前ならば我と同等の力を得るまではいかずとも、このダンジョンで我の次に強くなる程度ならばあり得ぬ話ではない』
え、マジで? 俺がドラゴンパワーに目覚める日がこんなにもあっさり来ちゃうの? 副作用とかないよね?
『さあ……不死属性が付与する程度じゃないか?』
パワーワードぶっこんできやがった。それ副作用というか恩恵でしょ!?
『なに、便利なものでもない。不死といっても肉体だけよ。精神は不死とはいかん』
十分すぎるだろ……
『で、この話乗るか?』
乗ったァ!!
『ふむ……このあたりか』
竜というのは血液を自在に排出することができるのか、口から赤黒い血液が出てきて、俺の目の前に空いた窪みに溜まっていった。もう窪みには溢れんばかりの血液が。
俺はミミックボディのまま、周囲の床ごと取り入れるために大口を開ける。
いただきまーす!!
『……どうだ』
……ウッ!! こ、これは……血の味だ!!
とはいえ、普通じゃない。ヴェルディの血液を飲み込んだ瞬間、俺の意識は遠くなった。
ヴェルディに嵌められたか……?
俺は、すぐに意識を失った___
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『なるほど……こうなるか』
このミミックは我の血に何か毒でもあると思ったようだが、これは違う。
魔物が突然気絶する……これは、進化の前触れ。
これまで生き残るために相当数の魔物を殺してきたのだろう。竜の血を取り込んだことが進化のトリガーになったようだ。
『さて、ステータスを……こ、これは!』
ミミックのステータスを覗き見て驚いた。本来挟むはずの進化過程をすっ飛ばして、更なる上位存在へと昇り詰めていた。
しかも、スキルとして「竜鱗」「不死」「支配者」の三つ。
「竜鱗」は文字通り、自身の体に竜の鱗を発現させるものだ。防御のためのスキルとしては最高峰。
「不死」は肉体における死の概念がなくなるスキル。
「支配者」は自身と比べ戦力が隔絶して低い存在を従えるスキル。各層のボスはともかく、その辺りでうろついている魔物ごときでは相手にならんだろうな。
もはや目の前の存在はミミックなどではない。
これは歴史を洗いざらい探してもほとんど存在を確認されない、グレーターミミックの更に上位の個体。
その名は___『エニグマ』。
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う、うーん……ハッ! 生きてる!?
『やっと目を覚ましたか』
ヴェ、ヴェルディ……? 俺は死んだはずじゃ……
『だから我の血に毒なんぞない……自身のステータスは見れるか? 見れるなら見てみろ』
ステータスステータス……ぶっ!?
マジで不死ついてるし! 支配者とか竜鱗増えてるし……
そんでこれなに? 『エニグマ』?
『エニグマというのはミミックの上位個体であるグレーターミミック、更にその上位個体である魔物の種族名だ。因みに過去にここまで至ったのはほんの数体だ。誇るがいい』
誇るが良いと言われましても……強いの?
『お前が先程まで苦戦していた魔物達ではもはや相手にはならんな』
マジか……
『ところで、お前はこれからどうするのだ? やはり外に?』
そうだな……それが一番。第一層まで送ってくれない?
『可能だが面白くない。ボスを倒し攻略するがいい。次のボス部屋までは送ってやろう』
えっちょ、こんな迷宮を地図もなしにどうしろと
『たまに千里眼で覗いておるぞ!転移』
うわっコイツ話聞いてねえ!!
……ヴェルディの魔法を受けて、19階層ボス部屋。
そこにいたのは、20層にいた奴よりも遥かにデカい蜘蛛。ゆうに10メートルはある。
あの野郎騙しやがった!! コイツクソ怖ェじゃん!!
あっクソあの蜘蛛こっちに気づきやがった!
ああいいよやってやるよチキショオオオォォォ!!!
この戦闘から第4層のボスにたどり着くまで、俺は実に数か月の時間を費やした____