王都 4 お母さん
翌日、ストレッチしていたら、ヒスイが柔らかい地面を掘り返してワームを引っ張り出していた。
コハクのこういうのんびりした所は変わらなくて、和んでしまった。
今日は、ギルドに行こうかな。薬草は生えていなくても、食肉採取ならあるだろう。下手に教会に行って昨日のあの人に会ってしまったら、平常心じゃいられないから。
久しぶりの外に、テンションが上がる。レベルが上がったからか、双剣も軽々と扱える。勢いよくホーンラビットに突っ込んで行って剣を振り抜く。あっさり狩れた。
春が近いからか、雪は殆ど残っていない。
肉が採れそうな魔物も、ざっと見回した感じではいない。久しぶりにマップを出すと、ニキロほど先に、何かいる。
「サファイア、向こうの方に魔物がいるの。乗せて?」
(いいよ…走るよ!)
初見の魔物だ。グリーントータスは二メートル位の大きな亀で、ランクはD。硬い甲羅で刃物が効き辛いから、魔法を使う。向こうもウォーターボールを打ってくる。
頭を狙ってサンダーアローを数発打ち込んだら、あっさり狩れた。
美味しいらしいけど、解体が大変そうなので、そのまま売る事にした。
「グォー!」
死角からウォーターベアの咆哮を受けた。そんなの効かないもん。
鉄棒を持ち、ジャンプして振り下ろすと同時に重力魔法を纏わせる。頭が潰れた。少しやり過ぎたな。ウォーターベアの皮は、火耐性がつく。ブーツも小さくなってきたし、これの皮で新調してもいいかも知れない。大きく作って自動調節機能を付ければ長く履けるだろう。
いよいよ今日、決行する。アシル叔父さんの所属する第三隊隊員も来てくれた。別に約束した訳じゃないから、来ないかもしれない。
それでも私は、朝から行く事にした。
この二日間教会に来ていなかったので、たくさんの人が来ていた。まずは怪我だけの人を集めてエリアキュアをかける。
「じゃあ、後の人は並んで下さいねー」
衝立の向こう側で、一人ずつ対応する。
「何故、こんなに人がいる?」
衝立の向こう側が騒がしくなる。
「何故って…みんな並んでるんですけど」
現れたその人に、ルーナは精一杯の平常心で答える。
「ふん。礼儀も知らぬとはな」
椅子から腕を引いて立たせ、そのまま引っ張ってゆく。従魔達が苛ついているのが分かったが、作戦通りに、と落ち着かせる。
神々の像の前まで行くと、ヴェールを被せられた…お母さんがいた。間違えるはずなんてない。透明化したコハクが、お母さんの傍に寄り添う。
屈強そうな男達もいるけど、教会の患者さんに紛れて第三隊の人達もいる。
むかつく!コイツのせいで村がなくなったんだ!お母さんだって辛い思いして…何でお母さんだった?
暗黒魔法から作ったリードの魔法が発動する。
「あははっ!祝福なんて無駄じゃん!おっさんに子供作る事なんて出来ないんだから。10年も前からね!」
「な、何を…!」
「お母さんを見初めたのが第二王子の結婚式?ルルティア様の怒りを受けないように奴隷にしたって事?実行犯じゃなきゃ何やっても大丈夫?そんな事あるわけないでしょ!ルルティア様は怒っている。夫婦の祝福を与えた二人を不当な手段で引き離した事!」
「黙れ!儂を誰だと思っている!」
「身分なんて関係ない!罪人は罪人。違うっていうなら水晶に触れてみなさいよ!」
「儂の潔白は、証明されている!」
ルーナが差し出す水晶を掴む。水晶は紅く光った。
「!馬鹿な。何か細工があるに違いない!」
「コハク!…ディスペル!」
「う…う?ここは…ルーナ!」
お母さんの頭からヴェールが落ちた。
「アンタ!旦那と子供がいる私になんて事したんだい!許さないよ!」
お母さんの周りに幾筋もの雷が発動する。
「何をやっている!連れていけ!」
しかし、雷のせいで触れる事すら出来ない。
「そこまでだ!神の御前を騒がせた罪でクレイン侯爵、あなたを拘束させて頂く!」
「お前はボルドーの…!これは全て陰謀だ!大体、その娘が聖女であるというのも偽りではないのか?魔法で光らせる事も出来るはずだ」
は?何言ってんの?光って困ってるのは私の方だっての!
ルーナから強い光が放たれる。この場にいる者全てを跪かせる神の光だ。
その光は集結して、ルーナが望んだ形に収まった。
「ガルド様は怒っている。自らの代行者を侮辱されて。神々に愛される者を悲しませた事、罪もない人々を命令で死なせた事。全ての神々がお前に神罰を下すだろう」
マリーの首から、魔封じの首輪が落ちる。ルーナは急にその場にへたり込んだ。
威圧が解け、場が動く。
「取り押さえろ!」
アシル叔父さんの命令で、第三隊がクレイン侯爵と、それに従っていた者達を捕らえる。隠れていた兄様が、私を抱き上げた。お母さんも、どっかから沸いて出たバートが、支えてくれた。
はっと気が付いたらベッドの上で、誰かが着替えさせてくれたのか、私が着た事もないワンピースタイプの寝間着…ネグリジェを着ていた。
(ルーナ、もう大丈夫?)
(るーとお揃い、嬉しいのー)
良く分かんないけど、今はお母さん!
通りがかりに姿見が目に入って、思わず二度見した。
「はあぁっ?!何で羽根?!」
元の光に戻るようにイメージするけど、変わらない。
もういい!今はお母さん!ルーナは部屋を飛び出した。
リビングで寛いでいた兄様とバートが、飛び込んできたルーナに目を丸くする。
「兄様!お母さんは?」
「体調がすぐれないようで、寝ているよ。医師の診察では、長い間魔封じをかけられていたから、体に負担がかかっていたって。ルーナは大丈夫?」
言いながら、兄様は上着を脱いでかけてくれた。
「何で?私は平気」
「一応、丸一日目を覚まさなかったんだから、ベッドに戻ろうか?」
「あ…そういえばお腹すいた」
バートが吹き出した。兄様も笑っている。
「あははっ、ちびっ子は大丈夫そうだな。あん時は驚いたよ。神が宿ったように見えた」
「…そうかもよ?途中から私の言葉じゃなかったし」
「をい。マジかよ。聖女ってそういうもん?」
「兄様、お母さんに会いたい」
兄様に案内されて扉をそっと開けると、お母さんが微笑んだ。
「良かった、ルーナ。また会えて。お父さんとアレックスも元気?」
「お兄ちゃんは学校だよ。お父さんはお母さんを探しに隣の国に行ってまだ戻って来てない」
「ルーナは聖女様になったのね。色々苦労したでしょうね」
「苦労はあんまりしてないよ。お母さんにも紹介するね?サファイアとコハク、ヒスイとモモだよ」
「あら、可愛い従魔ね。ルーナをよろしくね」
顔色悪いな。エクストラヒールとエクストラキュア。
「ありがとう。少し楽になったわ。私は大丈夫だから、ルーナも無理しちゃだめよ」
ん?聖魔法って攻撃魔法もあったんだな。感じからして最上位魔法っぽい。ホーリーって、すごく強そう。




