王都 1
〈ルーナちゃん、ワタシ、もういいわよね?〉
「え?何?」
〈従魔に戻っていいわよね?〉
「いいけど、影に入ってね。踏まれるから」
〈そ、そんな!ワタシ、ちゃんと避けられるわよ?〉
「何そわそわしてるの?ズボン穿いてる女の人だっているし、私もキュロットだよ?それにここで急に戻れないよ?」
〈それはそうなんだけど〉
「髪しばってる赤いシュシュは目立つけど、ワンピースの時ほど見られてないし」
「うん?どうかしたのか?」
先を歩いていたアシル叔父さんが、遅れ始めた私達に気がついて、後ろを振り返る。
「コハクが、男の格好が恥ずかしいみたいで」
「は?…もしかして、女装とかする人か?」
〈違うわよ!あ、いいえ、違わないけど、そうじゃなくて〉
「良く分からんけど俺も巡回の途中で、家に送ったら戻らなきゃなんないんだ。そして頼むから、女装は家の中だけにしてくれ」
「王都の中は男の格好って約束したじゃん?」
(ねーね、るーを困らせちゃだめなのー)
〈違うのよ!お子様達には乙女心が分からないのよ!〉
「コハクが恥ずかしがってて、従魔の姿に戻りたがっているのは分かるよ?パスが繋がっているんだから」
〈はあぁ。もういいわよ〉
(あ!この匂いは、兄様の匂いだね!)
〈あ…そんな。いやん!見られちゃう!〉
ん?兄様に男の姿見られたくなかったのかな?コハクには悪いけど、ワンピース姿を見られるよりましだと思う。
屋敷の門を開けたら、家の中から背のスラッと高い、執事風の若い男性が出てきた。
「おー、バスチ、丁度良かった。姪のルミナリアだ」
惜しい。ここのご当主は、もしかして眼帯の少年だったりするのかな?
「これは、随分お早いお着きで。初めまして、ルミナリア様。私、当家の執事でバスチと申します。アシル様は、」
「ああ、俺仕事中。またな!ルーナ」
手を振って、足早に去った。
「バスチさん。コハクと、サファイアとヒスイとモモです」
「アルフォンス様から従魔のお話は伺っております。どうぞ中へ」
バスチさんに案内されて、暖炉の前のソファーでくつろぐ老夫婦を見て、ルーナはあっと思った。
「おじいちゃまとおばあちゃま?」
「あら嬉しい。覚えててくれたのね!大きくなって。さ、おばあちゃまの所にいらっしゃい」
1年位前かな?遊んでもらったのを覚えている。
「色々あって大変だったわね。でももう大丈夫よ。アシルとアルに任せておけばきっとマリーさんも戻って来るから」
任せきりにするつもりは、ない。私、何も出来ない子供じゃないもん。
ドアがバタン、と開いて兄様とバートが入って来た。ルーナは走って…
「とうっ!」
バートに蹴りを入れた。
「いてっ?!」
「ルーナ?…ああもしかして、出る前に言った事をそのまま信じてる?」
「え?」
「酷いな。お前の母さん見つけたの私なのに」
「その前に…誰?」
そのままだったコハクがぎくっとして、猫の姿になる。
「にゃーん」
「えっと…コハク?さっきのおじさんが?」
あ、コハクが拗ねた。
「え?バートが見つけたってどういうこと?それでお母さんはどこにいるの?」
「あれ?何も聞いてない…話すはずないか」
「サファイアが聞いたの。それで私、夜のうちに抜け出して、コハクに乗って王都に来たの」
「乗って?」
「コハク、大きくなって」
大きくなった天虎の姿に、みんな驚いている。
「こっ…子供じゃなかったのか?そういやさっきもおっさんだった…!うわ!」
バートの言葉に、コハクが怒ってひと声吠えた。
「まさか天虎…!ルーナ、それを従えているのか?!」
あ、おじいちゃまが腰抜かしてる。おばあちゃまは失神してるし。
「コハクは大丈夫だよ?とっても優しいの!ほら、コハクお手」
(ワタシは犬じゃないわよぉ)
「バートがおっさんとか、酷い事いうからみんな怖がっちゃったんだからね」
「俺のせいかよ!違うぞ!Sランクの魔物が暴れたら、街一つ簡単に滅ぶからだ」
「そうなの?」
(そうだけど、神の使いのワタシが、そんな事するはずないじゃない)
(僕だって、無意味にそんな事しないよ。ルーナが酷い事されたら別だけど)
「大丈夫だって」
「うーん、いやまぁ、信じるしかないけどさ」
兄様は、お腹を見せてごろごろしているコハクを複雑な表情で見ている。
「それで、お母さんはどこ?」
「初めに言っておくけど、ルーナをこの件に関わらせるつもりはないから」
「どうして!私のお母さんなのに!」
「武力で何とかなる相手じゃないからだよ。王国の法は犯していても、神の教えには背いていない。だから水晶も反応しない。まあ、限りなくグレーゾーンだけど」
「?」
「王国の官僚を務める者は、定期的に水晶に触れなければならない」
「国の法律は破っているの?」
「アシル叔父さんにも手伝ってもらってる。だからその人を捕まえないと、叔母さんも助けてあげられない」
「名前は?」
「言ったらルーナ、その人の家に乗り込むだろう?」
読まれてる。
「あ!ならよ、聖女の祝福を受けられるからとか、出来ないか?目的からして、藁にも縋りたいだろうし。そこでお母ちゃんが出てきたら、ルーナが私のお母さんだー!って」
「バートの割には、一考の余地ありかな。ただ、娘の前に母親を出すかな?」
「流石に乱暴な計画か」
「マリーさんは私に無反応だった。奴隷紋の他に、呪いの類も考えられる」
悔しい。側に居るはずなのに、何も出来ないなんて嫌だよ!
「兄様達が色々考えてくれてる事は分かった。もし少しでも私に出来る事があったら言って」
それでも、足を引っ張ったりしちゃだめなんだ。
「今日は疲れただろう?ゆっくり休んで、また明日考えてみよう?」
兄様に頭を撫でられて、私は頷くしかなかった。




