発光の幼女
雪のちらつく寒い日、兄様と姉様が帰って来た。マティス兄様は数日前に帰って来て、中等学校に合格したと自慢気に話していたけど、姉様は高等学校に合格出来なかったようだ。
「兄様、姉様、お帰りなさい」
「やだ、外で待っていてくれたの?髪も濡れちゃって、寒かったでしょう?」
「さ、早く中に入ろう」
兄様がいつものお子様抱っこしてくれた。やっぱり兄様、大好き。…兄妹として、うん。私は大丈夫。コハクの言う通り、私は強い女になるもん。
暖かい家の中、ここにお父さんとお母さんがいたらどんなにいいだろう。お兄ちゃんも淋しそうな顔してるから、同じくお父さんとお母さんの事を考えているのかもしれない。
これからフロルさんが来るまでは兄様にたくさん甘えようと思っていたのに、兄様が年が明けたらしばらく王都に行くって言い出した。バートの奴の傍にしばらくいる事になったって…!もう!何処まて迷惑な訳?婚約破棄して立場が微妙だからとか、兄様に関係ないじゃない!
その日の兄様は、父様と夜遅くまで何か話していた。
新年の祝賀会は、普段屋敷に勤めてくれている人達だけじゃなく、ボルドーの街の兵士達も交代でごちそうを食べたり、お酒を飲んだりする。見たことない人達もいて、改めて大きな街なんだと思う。去年は各家の代表の人達が来たけど、30人位だったから、びっくりだ。
そしてこの街より大きな王都って、どんな所なんだろう?
うーん、やっぱり気のせいじゃない気がする。
(ね、サファイア、私…光ってない?)
(え?今頃気が付いたの?ルーナ)
ブラッシングの手を止めて、自分の手をじっと見る。
ちょっと前から、変だなとは思っていた。精霊視のスキルは切ってあるはずだから、今の私にヒスイ以外の精霊は見えないはずだから。
(光ってるよね!やっぱり!)
発光の美女。あ…字が違う。そして美女でもない。
(だってルーナは聖女だから)
(えー!)
(本で読んだ事なかった?過去に何人かいた聖人や聖女は、信仰の光に包まれていたのよ?さすが私達の主ね。とっても素敵よ?)
発光の幼女とか、恥ずかしすぎる。冬の間は薬草採取のお仕事ないし、いっそ引きこもりになりたい。
(絵本の、ただのお話かと思ってた。あれ?でも羽根が生えていた人は、光ってなかったよね?確か)
(それは、確か200年位前の聖人のおじさんね。ルーナちゃんみたいに光るのが嫌だったらしくて、そうしたら信仰の光が羽根に変わったのよ。ルーナちゃんなら可愛いから、どっちでも有りだと思うわ)
それもどうなんだろう?
(るーは、ぴかぴかで、きらきらで、きれーなの)
きらきら?ぴかぴか?ちょっと嫌な予感がしたので、あれ以来切っていた精霊視をオンにしてみる。
(いつの間にか増えてるー!)
大衆食堂ルミナリア支店、オープンしました。
って、冗談でしょ?
(ね、ヒスイ…私ってそんなに美味しいのかな?)
(うん!るーはおいしーの!)
がっくり。食べるのは好きだけど、食べられるのはちょっと…しかもタダで。
(精霊のみーんな、お願い聞いてくれるのー)
(でも、精霊が見える人から見たら、私って、凄く派手じゃない?)
(精霊が見える人は、とっても少ないのー。森に住んでるエルフの人位なのー)
(他の人にも光って見えるのかな?)
(それはそうだよ。聖女はそういうものだし。きっとみんな暖かく見守ってくれているんだよ)
生暖かく、じゃないかな。
(大丈夫よ。聖女は信仰の対象だし、滅多な事はされなくなるかもね)
(絵本にあった、神様の祟りが?)
(そうよ。昔聖女を国の為に利用しようとして、国ごと滅びたって話もあるわね)
(それってむしろ危険人物なんじゃ?)
(馬鹿な事考えなければいいのよ)
(ていうかさ、人を助けただけで聖女になるなら、シスターとかお医者さんとか、もっといてもいいと思うんだけど)
(詳しい事は知らないわよ。それこそ神のみぞ知る、じゃないかしら?)
(誇っていい事だと思うな。実際、ルーナはたくさんの人を治しているんだし)
(人の役に立てるのは嬉しいけど、自分には…夜トイレに行く時に、ライトの魔法がいらない位かな…超どうでもいい)
兄様とミーシャさんが王都に旅立ち、お兄ちゃんも学校で、しばらく会えなくなる。
「勉強頑張ってね!」
「ルーナ、頑張るのは冒険者の方さ。学校は半日しかないから、毎日やればすぐに追いつくからな!」
得意気に、魔剣を叩いてみせる。
「春からは私もやるもん」
お兄ちゃんを見送って、そのまま姉様の所に行った。
ここ数日、姉様から刺繍を習っているのだ。
刺繍って難しい。破れた服を繕うのとは訳が違うのだ。
「出来た…かも?」
「どれ?…。お花?」
「ヒスイとモモです」
「そっ…そう。前衛的?ね」
下手と言って頂きたい。
「髪はこのまま伸ばすの?」
繊細な指先が、そっと髪を梳く。
「夏は鬱陶しいんですよね」
「ちょっと待っていてね」
ブラシやヘアピン等を持ってすぐに戻って来た。そして肩よりちょっと長かった髪が、あっという間にハーフアップに纏められる。
「どう?」
手鏡を手渡たされて、鏡に映してみる。
「姉様は器用ですね」
「うふふ。ストレートに見えて、少しくせがあるのね。明日はどんな髪形がいいかしら」
姉様の周りは、時間までゆっくり流れてる気がする。でも時々有無を言わせない雰囲気になるのは、血筋に違いない。
半月余りの穏やかな日が流れたある日。
ネコ科のザラっとした舌で舐められてルーナは目を覚ました。
(んー、コハク、まだ夜だよ?)
(ルーナ!僕凄い事聞いちゃったんだ!コハク姉さんのしごき…修行を終えて帰って来たら、ルーナのお母さんを助け出す作戦を話しあっていたんだ!)
(サファイア?場所は、場所はどこ?)
一気に目が醒めて、飛び起きた。
(兄様の話しをしてたから、王都?)
(すぐに支度する!)
(おちついて、ルーナちゃん。お母さんは無事よ。侯爵の屋敷でメイドをしていたらしいわ)
(待ってられない!だって私に黙ってたって事は、知らせずに済ませるつもりでしょう?)
(そ、そうねぇ)
(だったら言っても反対される!)
(まさか黙って行くつもりなの?)
(う…ちょっと待って、お手紙書くから)
(あらら。やっぱりこうなっちゃったわね)
(僕は朝まで待とうって言ったのに)
(早く安心させてあげたかったのよ。きっと隣の国に行ってるお父さんにも知らせが届いてるはずだから、戻って来るのを待った方がいいと思うけど、止まりそうもないわね)
(お母さんに会いたいのは誰でも一緒だと思う)
(ワタシはそんな気持ち、忘れちゃったわね)
「ぴ?」
(ヒスイちゃん、あなた緊張感が足りないわよ?これが賊だったらどうするの?)
(にーにとねーねだから起きなかったのー)
モモは、ベットの上で飛び跳ねている。
(お待たせ!行こう!)
冒険者装備で、準備万端だ。
(分かったけど、無茶はしないでね)
ポケットの片方ずつにヒスイとモモを入れて、大きくなったコハクに跨がる。音もなく飛び降りて、足跡を残して夜の闇に溶けていった。




