馬鹿王子
次の日、お父さんと、素早さを上げる訓練をした。剣を持たずに、お父さんの後ろを取るのだ。
とー!あんパンチと見せかけて、脇をすり抜ける!何!脇に抱えられてくすぐり攻撃だと?!
「うきゃきゃっ!」
くそう、横がダメなら飛び越えるんだ!お父さんの膝を踏み台にして、肩に手をかけて宙返り!…ぽとり。
「はあ…はあ…」
「大丈夫か?」
「くるしー!お父さん、何か手本見せてよ」
「よし!とっておきを見せてやる!」
走り出すかと思ったお父さんが、一瞬にして10メートルは離れた位置に立っていた。
おおー!これはサファイアも持っている縮地!私も欲しいな!
『条件が足りません』
ですよねー。
その時、一台の馬車が入って来た。降りて来たのは三人の男女。12歳なのに落ち着いた雰囲気の女の子はメアリー姉様だろう。二人の男性は、一方が、優し気な雰囲気の紺色の髪の美形。もう片方が、どことなく尊大な態度の、右目が青で、左目が金色のオッドアイ。あ、目が合った。ええっ?!鑑定かけられてる?急いで結界で防いでお返しに鑑定をかけ返してやる。
鑑定 ヒューバート フォン アクシス(15) 人族
レベル17
「何だ?この小娘は。アル、お前にはもう一人妹がいたか?私の鑑定を弾いたぞ」
「貴方はまだそんな事をやっているんですか?バーカ…おっと失礼、バート」
何この失礼男!そしてアルフォンス兄様、流石にお父様の息子、優しそうなのに腹黒。
「あなたがルミナリアちゃんね?初めまして。メアリーよ。マリー叔母様に似て美人さんね」
「ここにいるということは、私たちの妹になったのですね?フレイド叔父上」
「その通りだが、今は色々事情があって、アレックスも一緒に兄上の所にご厄介になっているんだ」
「私はこの休暇を利用して、姉上に会いに来たんだ!ルミナリアと言うのか?私の魔眼を弾くとは小さいくせにやるな!私の側にいる事を許してやろう。第2婦人にならないか?」
「あ″?」
なんなの、このロリコン変態失礼男は!馬鹿じゃないの?
「バート、いい加減にしないと、締めるぞ?それに、母上に会いに来たと言うが、逃げて来ただけだろう?」
「アルフォンス兄様、何なんですか?この失礼な人」
「済まないね、ルーナ。こんなんでも一応王子だ。だが国の未来を心配する必要はないぞ?優秀な兄君が二人もいらっしゃるからな」
「つくづく失礼な。私とて将来は公爵だぞ?」
「断りも無しに他人に鑑定をかけるような方が何をおっしゃいますの?今回こちらにいらした件も、お父様に断りを入れられましたの?」
「い…いや。成り行きもあってだな…」
「お話になりませんわね。さ、ルーナちゃん、土だらけだから、お着替えしましょうね!姉様が手伝って上げるわ」
うーん。この逆らい難い強さはお母様に似たのだろうか?
「いえ…クリーン」
私と、お父さんの服も綺麗にしてあげる。
「ルーナは光魔法が使えるのか。うん。上手に出来ているよ」
アルフォンス兄様は私を軽々と抱き上げる。腕で支える赤ちゃん抱っこだ。着痩せするタイプなのかな?細く見えて力強い。
「あ、おい!置いてくなよ」
リビングで事情が説明されると、ソファーの両脇に座っていた、兄様と姉様から頭を撫でられ、変わる代わる抱っこされる。採取の仕事から帰って来たお兄ちゃんも、マティス兄様に、何でもっと早く言ってくれないんだと責められた。
「それにしても、男達が狩りに出掛けている間に村ごと、ですか」
「俺たちは、週2回。三日毎に狩りに出掛けていた。そのパターンは別に珍しくないから、そこを狙われてもおかしくない。それに、亡くなった者達の殆どが高齢者だ。身元が判別出来ない遺体もあったが、子供はなかった。ルーナが魔物の囮に落とされたのが奇跡だろう」
「あのね、後ろの馬車には子供が私しかいなかったの。後ろの馬車に乗ってた人から考えると、前の馬車に若い人が多かったんじゃないかな?私は乗せられてすぐに出発したから」
「ある程度、分けた可能性があるな。もしかすると行き先も別だった可能性もあるルーナが見つかった時には、先の馬車は動いていた可能性もあるな」
「先の馬車は奴隷、後ろの馬車は強制労働かもしれないな」
「労働先は前にもいくつか話した通りだが、奴隷となると厄介だな。マリーさんは見目が良いから、奴隷で間違いないだろう。しかも大きな街に…流石に王都はないだろうが」
「先に奴隷にされてから移動されたら王都も可能だ」
「村にいた者達全てを救うことは、事実上不可能だ。コースから考えられる街では見つからなかったから、更に分けられたと考えると、かなり大きな組織だったのだろう。銀の髪の若い女性奴隷だけでは見つからないかもしれない。特に買われたら、ほぼほぼ出てこない」
「おチビちゃんの母親って、そんなに綺麗だったのか?銀の髪は珍しいと思うけど」
「身贔屓に聞こえるかもしれないが、何処にいてもはっと目を引く位だ。俺も一目ぼれだった」
「まあ、確かにおチビちゃんは可愛いな」
「一つ聞いていいかな?奴隷の人が教会に行く事ってあるかな?」
「ないな。買った家の主人が信心深くて、奴隷を連れていかない限りは。だが、違法奴隷を買ってる時点でそれはないな」
「奴隷の種類って分かるの?」
「もちろんだ。犯罪奴隷は水晶で判別出来るし、借金奴隷は借金を返済された時点で解放されなきゃならないから、法律で厳しく取り締まられている。違法奴隷は値段が高いが、なった時点で家族を殺されたりしているから、本人が解放を望まないケースもある。奴隷の衣食住は主人の責任だから、居心地がそこそこなら居着く」
「隣国に行った可能性もある。アレックス、ルーナ、俺はユグル共和国に行こうと思う」
「私(僕)も行く!」
「だめだ。アレックスも、あと半年で学校だからな」
「私の魔法なら、お父さんの役に立てるかもしれないよ!」
「ルーナ、俺はAランク冒険者だ。ステータスボードだって見せただろう?今のルーナでは、足手まといにしかならない」
「フレイドには、ローレンを付けよう。まだ若いが、斥候としては充分だし、魔法もそこそこ使える」
「兄上、済まない」
「なら…国内ならいいの?大きな街にはお母さんがいる可能性があるんだよね?」
「少なくともボルドー領内にはいない。兵士達に捜索に当たらせているから、待っていれば連絡があるかもしれない」
「でも、ただ待っているなんて嫌!」
「なら父上、こうしたらどうでしょう?私がルーナと幾つかの街に行きます。学校が始まるまでの約2カ月間、限定で」
「アル…そうだな。アレックスもそれでいいか?ミーシャを付けよう」
「お父様、ルーナちゃんはまだ5歳ですのよ?」
「ここだけの話だが、ルーナはログウェル様の加護持ちだ。メアリーはだめだからな?」
「分かっていますわ。受験生ですものね。それにカミル様が訪ねて来られますし」
メアリーは少し頬をそめる。
「姉様にはこんにゃく者がいるのですか?」
「ええ。食べられないけど」
あ、間違えた。
「俺もその旅に付いて行っていいかな?」
「ローゼリア嬢は放っておいていいのか?」
「分かっててそれ言うのか?アル」
「相手はクレイン侯爵令嬢だ。伯爵子息の私が連れ回したと言われるのは心外だからな」
「やっぱりバートは逃げて来たのね?苦手だからって、あまり未来の妻を放っておいたら駄目よ?」
「助けてくれよ姉上。元々お互いに愛している訳じゃないのに、家の都合で縁談組まれた身にもなってほしい」
「だからといって、他に好きな令嬢がいる訳でも無いんでしょう?」
「それはロゼが、私に誰も近づけさせないからです!」
「そんな情けない理由の甥を、助けるなんて出来ません」
「ならルーナちゃんを俺に下さい!」
「下らない理由でうちのルーナを巻き込まないで頂戴。それにルーナはまだ5歳なんだから、誰も信じないでしょう」
「私だって変態失礼さんはごめんです」
「あ、鑑定の事は謝るから、この通り!夏休みの間だけ、逃げる理由にさせてくれ!」
「あなたにプライドは無いんですか?」
「うー。そんな事を気にしていられる相手じや無いんだ!それに鑑定は無意識なんだ。剣の腕には自信あるから役に立つ!」
「あなたには、剣の腕より役に立つ第三王子の立場を役立てて貰いましょう。ただし、うちのルーナに手出しするなら蹴落としますからね?」
「失礼な。私に幼女趣味はない!」
「仕方ないわね。ローゼリアさんが来たら、アルフォンスと愛の逃避行に出たと言っておくわ」
「本当に迷惑しかない人ですね」
アルは深い溜息をついた。
ミーシャさんは猫獣人で、普段はメイドとして働いている。そのミーシャさんが戦えるなんてびっくりしたけど、かつては母様のお付きの護衛だったそうだ。得意技は暗殺術…暗殺メイド凄い。
「まずは旅支度ですね。ヒューバート様は戦いの用意はございますか?」
「一応一式入ってるぜ?子供達はどうよ?」
「私は皮のベストとブーツがあるよ」
「僕も皮鎧を揃えてもらった」
「なら、お二人にはマントを買いましょう。旅には必要ですから。武器はどうですか?」
「あの、昨日使っていた棒の、丈夫なのがあったら欲しいな。重力魔法使えるから、重さは自分で調節出来る」
「槍ではなく棒ですか…分かりました。お嬢様は魔法も使われるので、魔法の発動媒体としても使えるのがいいでしょう」
そういえば私、まともに杖は使った事なかったんだよね。魔法がコントロールしやすくなるみたいだけど、魔法で苦労した事なかったからな。
見つけた棒は魔鉄パイプみたいなもので、手が小さい私には、これしか選択肢がなかった。重いから、重力魔法で軽くして戦おう。ポシェットのマジックバックにするりと入った。どんな構造してるか、本当に不思議。それと保存食。テント等は馬車の屋根に付いていた。簡単な調理器具も入っているらしい。
ちなみにここにいないアル兄様は、お父様と何処に行くか相談しているらしい。バート様は、きっと暇なんたろうな…。
「バート様は、どうして無意識に鑑定しちゃうんですか?」
「敬語じゃなくていいよ。左右で目の色が違うだろ?これは看破の魔眼て言われてて、普通の鑑定より強いんだ。小さい頃攫われたりとか殺されそうになったりとか色々あったから。魔眼の持ち主は忌み嫌われるのが普通だから、色々あって、信じられる奴が少ないんだ」
「意外に苦労してたんですね(馬鹿なのに)」
「ルーナちゃんは俺の事信用出来ない?」
「お互い様じゃないですか?人付き合いなんて、鏡のようなものでしょう」
「あー。5歳児に諭される俺、情けないな」
「情けないのは、今に始まったものではないでしょう。結婚だって、本当に嫌なら王様に相談すればいいじゃないですか」
「無駄だよ。言ったろ?俺は厄介者なんだ」
「本当に本気で分かって貰おうとしました?あなたの事だから諦めただけじゃないですか?」
「お前、アイツと同じ事言うのな」
「それはアル兄様が、あなたの事を友人だと思っているからじゃないですか?」
「まあ…そうなんだけどさ」
「ちなみに私は、あなたの事信じてませんから」
「お前本当に5歳児かよ」
「見たんじゃないですか?」
「途中で切られたから、名前位しか見えなかったんだよ」
「私の結界魔法の勝ちですね」
「羨ましいチートだな」
「ズルじゃなくて、加護って言って下さいよ。馬鹿王子」
「あ!お前言っちゃならん事を!」
「人間て、図星さされると一番頭にくるんですよね」
愛されてないから同情してほしいなんて、子供みたいな人。信じてくれる人がいるのに、贅沢だよ。前の私には、ミケしかいなかった。ミケがいてくれたから何とか数年は生きられた。痛みを我慢しながら…。前のお母さんと、弟はどうなったのかな?転生神様なら知っているかな?
やっと旅に出られそうです。




