ロングソード+5
主たるドラゴンの休眠期にだけ侵入難易度が下がるダンジョンがある。
「入れば絶対に死ぬ」が「運が良ければ戻れる」に変わる程度だが、命知らずの冒険者たちはそこに勝機を見出す。
強きをくじき弱きを助けるを信条とする、義侠心に満ちた六人組の冒険者パーティは弱者を救済する為の資金を稼ぐためにここで命を賭ける事にした。
度重なる戦いの中で六人から五人に仲間の数を減らしつつも、ダンジョンの奥地に着いた彼らはそこで地面に刺さり、赤熱する刀身から炎を噴き上げる剣を目にする。
パーティ最年少である魔術師にして盗賊、奇妙な仮面を付けた『笑い仮面』とあだ名される少女が慎重に剣に近付くと、剣はひときわ大きな黄金の炎を燃え上がせてからぱたりと地面に倒れた。
先ほどまでのように刀身を赤熱させる事も無く、少女が魔力視で確認しても炎の魔力は既に感知されない、剣が帯びた魔力の波は落ち着いている。
世に名を知られた魔剣のたぐいではないものの、このロングソード+4と同じだけの切れ味を持った剣は一行の誰一人として目にした経験が無く、今回の探索での最大の成果である事は間違いない。
この剣より奥の道はあと一歩を踏み出す事もためらわれるほど強大な魔力が揺らめいており、恐らくは休眠中のドラゴンがそこに居るのだろう。
彼らはドラゴンと敵対する愚を犯さずに探索を打ち切る事にした。
これが強大なドラゴンが支配するダンジョンから多くの財宝を持ち帰った彼ら六人の最後の冒険である。
彼らはこの探索の往路で精神的主柱である西方生まれの戦士を、復路で知られざる精霊を使役する怪人『森の腕』を失った。
そして魔術師にして盗賊の『笑い仮面』が魔力を秘めた仮面を含めた全ての武具と財産を残して、しかし探索の最大の成果であった一振りの剣、ロングソード+4を持ち去り行方知らずとなった。
予め覚悟していたとは言え一度の探索で二人の死者が出た、そこに追いうちを掛けるような『笑い仮面』の裏切りとも呼べる行動によって残された面々はこの上ない衝撃を受けたが、とにもかくにも弱者救済と言う目的を果たすだけの資金は十分に得られたのである。
その気になれば国ひとつを興せるほどの資金を惜しみなく注ぎ、彼らは誰からも手を差し伸べられなかった弱者たちを救済し続けた、彼らの行いは美談として国中に広まり、ひとつのうねりとなる。
強大な権力を持つ領主一族による血肉の争いで生じた政治的混乱の中、3つの街と27の村を襲う未曾有の危機を救った、強きをくじき弱きを助けるを信条とした冒険者パーティ、その生き残りとなった三人は王の直轄となったこの地の代官として任命される事となった。
それが三年前までの話である。
かつて『笑い仮面』と呼ばれた女は遠く南の大陸のとある街で行き倒れようとしていた。
風前の灯であった女の命を救ったのはこの地の領主である。
長い旅で憔悴しきった女は領主によって手厚くもてなされ、本来の美しい外見を取り戻し、丁寧な段取りを持って領主に妾として迎え入れられた。
妾となった女はかつてあれほど執着していた剣、ロングソード+4にはもはや触れることもなく、領主との間に授かった一人の赤子を産み落とすとある日ふらりとどこかに消えてしまった。
領主と出会ってからも『笑い仮面』はただひとたびさえ笑う事は無かったが、決して不幸では無かった、しかし今はこの地のどこにも居ない。
最愛の妾が去って以来、気を落とした領主は執務室で彼女が自分の元へと持ち帰った剣を眺める時間が多くなった。
何故、十年以上も前に競売に掛けて自分の手を離れた、死に別れた恋人が振るった剣が自分の手元に戻って来たのか。
何故、あれほどまでに二人は似ていたのか。
何故、この剣はかつて自分が籠めたよりもはるかに強大な魔力をまとっているのか。
既に若いとは言えなくなった肉体を酷使し、鍛錬場でどれだけ訓練を重ねてもいまだに慣れぬ剣を無心に振るい、領主は答えの無い疑問に抗い続けた。
やがて領主が衰え、己の屋敷の中が次代をめぐる権力闘争の場と化した時、妾の産んだ娘はこの街を嫌うようになった。
領主は娘の輝けるほどの優れた才能を強く惜しんだが、断腸の思いで後継ぎとしての指名を諦め、愛娘が生きていくのに困らないだけの金子、貴族の証明となる指輪、そして一振りの剣を与えて己の領地から外の世界へと送り出す事を決めた。
・・・。
いまは大陸最大の名工と呼ばれるようになったドワーフは己がかつて鍛え上げた剣に秘められた物語を知って深く考えに沈んだ。
降臨した邪神に対抗する為の武具を鍛えんと、己に残された寿命を禁術で煌々と燃やして鍛冶神の力をその身に宿す今、無駄に出来る時間は無い。
現在のロングソード+4の持ち主、前世で『煮える黄金』と呼ばれた英雄に声を掛けられてようやくドワーフは意識を現実に向け直した。
英雄とドワーフの鍛冶師は神殺しとなる剣を作りだす為にお互いが持つ全ての情報を共有する事を決めている。
英雄は全てを知られた照れた笑みを浮かべ、ドワーフの鍛冶師は全てを知った罪悪感をひょうひょうとした笑顔で飲み込んだ。
鍛冶師は人生末期の酒となる安酒をゴブレットに酌んで一気に飲み干すと己の鍛冶場へと戻る。
神を殺す剣には強い謂れがあってはならない、出来る限り無垢であらねばならない、それでいて神を殺すほどに鋭くなくてはならない。
その点で目の前にあるロングソード+4は類い希なる剣であった、最後の一押しは生みの親である俺の役目だろうと鍛冶師は惜しみなく命の火を燃やし剣の切れ味を磨き続ける。
ロングソード+4はロングソード+5となった、ドワーフの鍛冶師は生きたまま灰と化し、灰はやがて風に吹かれる事もなく消え去った。
英雄は鍛冶場に残されたロングソード+5を手に取り、失われた全ての仇を取らんと、邪神が潜む深い闇の中へとその身を投じた。




