2―ロロア
こんな何もない草原で孤独に言うのもなんだが、俺の人生の楽しみの一つ、食事の時間だ。
焚き火から燃える薪を一本トングで掴むと、準備しておいたBBQコンロの中に入れて炭に火を熾した。
VRでは素材アイテムとして扱われていた分厚い飛竜のステーキ肉を網の上に寝かせると、滴る脂で炭がバチバチと軽快に爆ぜ始める。
立ち昇る香りで俺を魅了する肉を裏返し丁寧に火を通すと、網目状の焼き色がしっかりと付いていた。
「食えるよな……」
なぜか緊張する。香りと見た目はどう見てもステーキその物。
VRではステータス上昇はなかったが、これは焼くだけで誰でも食す事ができていた簡易料理だ。
炭が爆ぜる度に煙に燻られ鼻孔を擽るこの香り。焼きあがるまでが待ち遠しい。
そろそろ頃合だろうか。裏面もしっかりと焼き、肉バサミとトングを使い、器用に肉を切り分けしていくと、網の上でコロンと寝返りを打ち、柔らかそうな赤身を俺に向けてくる。
「……肉」
トングで掴んだ一切れの肉。現実世界に具現化されたアイテムでも本当に食す事はできるのだろうか。
食えるか、食えないか、考えが纏まらない内から喉が鳴り体が肉を欲している。
これを見て食べれないなんて、ただの拷問だ。これはもう食べてみるしかない。
トングで掴む肉は肉汁をこれでもかと噴き出し、溢れ出している。
俺は素材アイテムだろうと躊躇う事なく食欲に身を任せ、肉を口の中へ放り込んだ。口の中で脂が溶け出し甘みが口の中いっぱいに広がっていき、同時に肉のほどけるような口ざわりが仮初めの肉体であるはずの食欲を一層に駆り立ててくる。
ゴクンッと喉を通る肉は、俺は本物だぜと主張しているようだった。
「間違いない。肉だ!」
転移前の世界では来店して食べる一人焼肉に抵抗があった。
自宅で焼肉もできないではなかったが、どうも居座る臭いがイヤで、フライパンで焼いた肉にタレをかけて焼肉定食を真似ていた。
けれどそれだけでは満足感は得られず、結果VRの世界でバーベキューをしながら気分を誤魔化していた。
現実で食えるようになるとはな。
このサプライズに喜ぶべきか、嘆くべきなのか……
「それにしてもこの食い応え、VRと同じ……それ以上かもしれないな」
VRでは感じれなかった、この胃袋にズシリとくる感覚。まさに食っていると実感できた。
手にしたトングは雛鳥の様に網の上でジュージューと焼かれる肉を啄ばみ続けた。
食い慣れてくると塩気が欲しくなってきた。鞄から塩を取り出し、トングで挟んだ肉に適量ふりかけ、そのまま口へと運ぶ。
溢れ出す肉汁が振りかけられた塩と相まって、これまた後味をさっぱりとさせてくれる。焼いて塩をふりかけただけなのに、思わず呑み込むのを拒み、噛み続けたいほどだ。
こうなってくるとあれが必要だ。肉の旨みに舌鼓を打ちながら、鞄から冷えた酒瓶を取り出し口へと流し込んだ。
ぷはぁあッと息を洩らし、
「異世界サイコー!」
エール瓶を頭上に翳し空を見上げると、夜空に浮かぶ満面の星空が俺を祝福しているようだ。
「今は俺も、この世界の一員か」
元いた世界への還り方がわかるまでは、この世界で生きることを受け入れようと想いを新たにしたそのとき、空を見上げる視界の端に何か黒い陰が映った。
それは俺を確実に認識しているはずだ。
なぜなら――焚き火の明かりに映し出されているからだ!
得も言えぬ危機感が俺を襲った。
「……完全に浮かれていた」
俺は森林の方角からこちらに気づいているだろう黒い陰に身構えながら、肩に掛けていた鞄から黒刀を取り出し腰に携さえた。
相手を確認しようと目を凝らし暗闇を注視して見ると、黒い影がゆらりと揺れた。ゆっくりとだが、こちらに向かってきているのは確かだ。
足下で揺れる焚き火が照らし出すのは精々がレンガの敷かれた床付近と俺。
昼間に見えていた辺り一面を草に覆われた大地は、暗闇の中で時折り風に揺られた草の葉音だけが、ここは何も無い草原なのだと再認識させてくる。
「何かあっても助けはこないだろうな」
焚き火の灯りで暗闇を見つめるのに慣れていなかったが、ようやく見えてきたようだ。この星空が照らす薄明かりが近づいてくる相手との距離を辛うじて把握させてくれた。
バチッと爆ぜる焚き火の音に緊張感が高まると、身体が覚えていたVRのスキルを無意識に発動させ戦闘準備に入っていた。
スキル発動【身体強化】【危険察知】【暗視】
どうやら水石を使ったときも、無意識のうちにスキル【魔力操作】を発動させていたようだと今更気づいた。
けれど今は、
「子供か!?」
柄を握り腰を屈め、さながら時代劇のワンシーンを彷彿させた。
どうやら【危険察知】に、あの陰は反応しない。
相手がこちらに敵意を向けていれば、俺を中心に半径二百五十メートル先までは敵意を認識できるはずだが、異世界では索敵スキルが発動しないのだろうか。
いや、どうやら暗闇でも見えるようになる暗視スキルは発動されている。単純に俺に対し敵意を抱いていないだけのようだ。
暗視スキルで先ほどの暗闇だった視界とは違い、昼間ほどではないにしろ黒い陰をはっきりと確認する事ができた。そのシルエットから察するに、どうやら人間の子供ではなさそうだ。
小さなシルエットには、これまた小さな羊の角が頭から生えているのがわかったが、片方の角しか生えてはいないみたいだ。
人の様ななにか……容姿は子供と変わらず、敵意は無いにしろ警戒を解くわけにはいかない。確実にこちらに歩を進めてくる子供との距離は百メートルは切っただろうか。
子供が近寄ってくるだけで心臓がこんなにもバクバクと鼓動を打つなんて思いもしなかった。細めた息をゆっくりと吐き出し自身を落ち着かせる。
パニックは禁物だ。情報源を自ら閉ざしてしまう。
「冷静であろうとする事がこんなにも大事だったとはな」
落ち着いて近寄ってくる子供を凝視して見ると、どこかぎこちなく歩き、今にも倒れ込んでしまいそうに見えた。
今集約できるだけの情報を手に入れようと、索敵スキルを発動させて他に危険を運んできそうな者がいないか探知してみる。
スキル【探知察知】
【探知察知】を発動させると、半径五百メートルの広範囲内にいる生命体を探る事ができ、視界の端に表示されたレーダーは自身を中心に三百六十度展開され、生命体の反応を青い光点として表示してくれた。
【探知察知】と【危険察知】を併用することで、半径二百五十メートルまでの敵意を感じ取るだけの【危険察知】スキルは、レーダー表示されている倍の範囲まで拡張され俺に対して敵意のあるものをレーダー上で赤い光点として表示してくれる。
スキルどおりなら周囲に敵や他の生物はいないようだが、あの子の容姿からしておそらく摩族だろうと考察する事ができた。
勝手な憶測だが、魔族と人族は敵対関係にあるのだろうと、ありがちな想像をしながらも、俺の良心が今にも倒れそうな小さな子を放ってはおけなかった。
俺はヒューマンだが、この異世界にきたばかりでこちらの事情など知らない。夜にこんな場所を一人で出歩く子供なんて、魔族だろうと話ぐらいは聞いてあげてもいいはずだ。
そう思い、俺はその子の元へと歩き出そうとした直後、ついに力尽きた様にその子は地面へと倒れ込んでしまった。
その瞬間、俺は走り出していた。
「大丈夫か!」
【身体強化】を発動させた身体は地を蹴り上げると、あっという間にその子との距離を縮めた。自分でも驚くほどの驚異的な速度に、VRを体験していなければ転んで自滅していたのではと恐怖を感じさせるほどだった。
先ずはこの子だ。
自分の能力に驚愕している暇なんてない。
目の前で倒れている子供の身形はお世辞にも良いとは言えず、白い布生地で出来たワンピースは色あせ、泥で汚れている。パーマがかった髪はさらにぐしゃぐしゃになり、その肩ほどの銀色の髪が黒く小さな片角を際立たせていた。
片ひざを地面につき、腕にその子を抱きかかえながら、鞄から水袋を取り出して唇を湿らすように数滴ずつ垂らしていく。
「……みず、みず」
よかった。意識はあるようだ。
小さな声で発せられた弱々しい声。身形から察するに、ろくに食べ物を口にすることもなく彷徨っていたのだろうと容易に想像できた。
倒れ込んだその子は、枯れ枝の様に細い腕で水を求め手を伸ばしている。
「焦らなくていい、ゆっくり飲むんだ」
水袋を口元へ運ぶと、少しずつゆっくりとだが飲む事ができた。水を飲み終えると同時に、その子は意識を手放すように眠りについた。
名前ぐらいは聞いておきたかったな。
「仕方ないか」
天幕まで運ぼうと、抱きかかえたその子の重さに胸がざわついた。まるで体重を感じさせず、抱きかかえたその手からは骨と皮の感触しかなかった。いまにも崩れ落ち消えてしまいそうだ……
「……ッ」
俺は無意識に唇を噛み締めていた。なにがあったのかはわからないが、目を覚ましたら事情を聞いてみよう。
これからは敵が現れる事も考慮して、【危険察知】を任意発動スキルから常時発動スキルに切り替え周囲に警戒しつつ、焚き火の前で仮眠についた。
◇◇◇
翌朝、俺はまだ朝陽が昇り始めた頃に目を覚ました。見上げた空の片側は陽の光が照らし始め、反対側の空は未だ闇が支配していた。
「なんとも幻想的な光景だ」
頭上の空はグラデーションされたように、光と闇が混ざり合っていた。
空高くに伸びをして、眠っていた体を起こし、
「朝食の準備をしておくか」
昨夜、天幕へ運んだあの子はまだ眠っているだろう。
自在鉤を焚き火の側に置いて鉄鍋を火が当たるちょうどよい位置に吊るして飛竜の脂身を鉄鍋に馴染ませた。
昨晩の残りの肉をスライスして食べやすい大きさに切って焼いていく。
肉に火が通ったら、鉄鍋の中に魔力を注いだ水石を置いて水を生成した。持っている数に限りがある以上、一度使うと消滅してしまう水石は少量の水がほしい場合は勿体無く感じてしまう。
鞄の中身は有限で、どんなに便利な物でも使えば無くなってしまう。衰弱した子供がいるんだ、今は出し惜しみしている場合ではないな。
沸騰した湯に飛竜の肉と同様の素材アイテムとして扱われていた馬鈴薯、緋色マンドラゴラを一口サイズに切ったものを入れていく。
「VRでも緋色マンドラゴラ[栄養価が高く人参に近い]と説明文にも書いていたし、確か食べた感じも人参だったか。今は滋養があるものを食べさせてやりたいからな」
あとは刻んだ小玉根菜[たまねぎの様な物]を加えて、十分ほど煮込みながらアクを取り除き、全体に火が通ったら、塩、コショウ少々とコンソメの素を加え、ひと煮立ちさせれば……
「コンソメスープ完成! 鞄の調味料に感謝だな」
食事も摂っていない様子だったし、軽いスープだけにしといた方がいいだろう。
さすがに鞄の中の食材は一週間分程しかなく、調味料も残りわずかだ。火は火石が無くても俺のスキルで起こせるだろうが、水系のスキルや魔法を有していない俺には水石が命綱だ。
まだまだ十分な数が揃っているにしろ、少しは使い所に気をつけておいた方がいいだろう。
「異世界に転移させられると知っていれば、色々と買い足しておいたんだがな」
ちょうどコンソメの匂いが立ち込めた頃、昨夜の子が目を覚まして天幕から姿を現した。
「おはよう。気分はどうだ?」
だれ? と言う表情を浮かべながら、まだ寝惚けているのか、突っ伏したまま動かない。おどおどと立ち竦む少女に、木製の器に出来立てのスープを注いで木の匙と共に手渡した。
「温かいうちに食べな」
俺の言葉が理解できているか不安だったが、どうやら伝わっているようだな。コクリと頷いた少女は立ったまま手に握られた匙で温かいスープを口へと運んだ。
何も言わずに黙々と食べ続けている様子に、少し安心した。
俺もスープを器に入れて、座ろうとしない少女を前に立ったまま朝食を摂り始めた。食事を終えた頃に話を聞くことにしよう。
スープを飲み終えた俺は物足りなさを感じながらも「ごちそうさま」と一言呟き、手にしていた木皿を床がわりに敷いていたレンガブロックの上に置きながら腰を下ろした。ちょうど少女も食べ終えたので、俺は話をしてみる事にした。
「俺の言葉はわかるか?」
コクリと頷く少女。目覚めたら知らない男が居たんだ、緊張していて当たり前か。
俺は少女の固い表情を和らげようと、満面の笑顔で「うまかっただろう」と言いながらドヤ顔をしてみせた。独身生活が長かったせいか、炊事洗濯とそれはまぁ器用にこなせる様にはなっていたが、顔色一つ変えない少女に不味かったのか? と少し不安になった。
調味料素材のコンソメの素を使ったから失敗はないはずなんだが。
「ごちそうさまでした」
まだ表情は少し硬いが、こちらに向けられた顔は可愛らしい少女だった。
「俺の名前はカザミ、種族はヒューマンだ。 君の名前は?」
「ロロアです。ごしゅじんさまたちからは、かたつのとよばれていました」
俺に警戒しているのだろうか、どこかぎこちなく話をするロロア。ご主人様という言葉に、どこかの使用人だったのかと思いはしたが、次の言葉で理解した。
ロロアは口にしたくなさそうに俯きながら、小声で言葉を口にしていた。
「どれいです」
近代社会の高度成長期を迎え、さらに発展を遂げ続けた日本育ちの俺には奴隷という単語は受け入れるのに一瞬の間を必要とした。
少し前、戦争をしていた頃は植民地として開発、開拓された国や領土は数多くある。敗戦国であろうと結果的に経済が発展したと言えば聞こえはいいが、その国はすでに従属国家であり、仕える本国が在っての成長でしかないのだ。
植民地と化した国から搾取する事で本国の資源は潤い経済的成長を成すが、差し出す側はたまったものじゃない。資源が枯渇し物資は底をつく。食べる物が減り過剰なインフレに直撃するのは経済的弱者からであり、敗戦国のトップが真に困りだすのは物資や労働者不足が数字として叩き出されてからだろう。
結果、植民地支配が横行した時代、経済的弱者を奴隷化していった。農民や工員は労働奴隷となり働かされ続け、囚人として捉えられた奴隷は牢獄から出たくないとまで口にしたほどだ。
奴隷か……。
見せしめの磔、腕を切り落とされた人々、殺戮された島民たち、そんな学校では学ぶ事のない奴隷植民地の歴史が在った事を思い出していた。
そんな思いを巡らしていた俺を、小さく言葉を口にした少女は自分が奴隷だと知りどういう態度をするのかと、豹変してしまうのではと言ったように、恐る恐る顔色を窺っているようにも見えた。
そんな少女に俺はどう言葉を返せばいいか戸惑い、出てきたのは、
「そうだったのか」
なんの言葉もかけてやれない自分が情けなかった。
奴隷制度が未だ存在している異世界。
この世界は中世のような文明か、それ以前なのだろう。
俺はロロアになぜ一人で居たのか、一人で居た理由によっては逃走奴隷と把握していいのだろうか、なにより君は魔族という認識でいいのか、質問したい事は無駄に溢れているが、ロロアが自分から口を開こうとしている姿を見て、話をしてくれるのを待った。
互いに正座をして向かい合うと、何から話せばいいのかと、泳ぐ眼と動く指先から考えが纏まっていないのだろうと見ていて知る事ができた。
どこから話すべきか思案していたロロアは、自分が奴隷になる以前、奴隷となった経緯から懸命に言葉を紡いでいった。
そして話を聞く限りだと、ロロアはやはり魔族で、魔族の町に家族四人、両親と弟と暮らしていたらしい。弟とロロアは双子で互いに片角だと言う事。ロロアが右側に、弟は左側に羊の黒い角があり、魔族の間では片角は忌み嫌われる存在であると言う事も。
その様な境遇のせいで、二人は家から滅多に出ることはなく、両親もなるべく外には出さなかったみたいだ。かと言って、二人を嫌っていたこともないらしい。
二人の誕生日には慎ましやかに祝ってくれて、文字やヒューマンと魔族との歴史も教えてもらっていたようで、子供ながらもしっかりとしていた。
両親は二人のことを想い、わざと外出は控えさせていたのだろう。確かに聞く限りでは他の魔族から迫害を受けることは火を見るよりも明らかだった。
暫くしてそんな生活も一遍したらしく、魔族もヒューマンもいない森の中に両親が小さな家を建てて四人で暮らすようになったそうだ。双子の二人は毎日森へ出かけ、両親は町まで仕事に行く生活を送っていたらしい。
どうやら魔族にも秩序のようなものがあるのか、俺の想像していた魔王に従う魔族という感じではなく、話を聞く限りだと一種族として文明を築いているように感じられた。
「愛されていたんだな」
二人のために町から離れた場所へと移り住んだんだろう。不便な生活を選んででも、二人は大空の下で自由にすくすく育って欲しいという両親の二人への愛情がロロアの話から伝わってくる。
だが一年程前の夜、その生活も終わりを迎えたようだ。
陽が落ちて木々が夜風に揺れる頃、複数の人族が移住した森の家に押し寄せてきたらしい。たぶん盗賊だろう。剣を持っていたそいつらは母親と二人の目の前で父親を刺し殺し、三人を馬車に閉じ込めどこかに連れて行こうとしていたようだ。
馬車に押し込まれどこかへ移動しているその間、母親は違う馬車に閉じ込められていたらしく、その馬車の扉を開け閉めする音が毎晩聞こえたていたらしい。なにをされていたのか、容易に察しがついたが考えたくもない。
ある夜、破れてボロボロになった衣服から見える、体中に傷を負わされた母親が二人が閉じ込められていた馬車の扉を開け、二人を逃がしたようだ。
それに気づいた盗賊が二人を追いかけようと向かってきたらしいが、ロロアたちを逃がす為に、母親が道を遮ぎり盗賊の足を止めたらしい。
最後に見た母親の後ろ姿は、父親同様に剣を胸に突き刺されていたようだ。ロロアは母から託された弟の腕を掴み、必死に逃げて茂みに身を隠し盗賊どもをやり過ごしたのか。
それからは行く宛ても無く二人で彷徨っているところを、奴隷商に捕まり二人とも売られたと。
ロロアを買った相手とは別のヒューマンへ売られた弟を探すために屋敷を抜け出し、あの森林を一人で抜けてきたらしい。ロロアの腕や足、奴隷服から肌が露出している部分を見ると、鞭で打たれ皮膚が裂けた真新しい傷や無数の傷跡があることに気がついた。
俺はこの子の願いを叶えたい――ロロアを弟と会わせてやりたい。
「もう大丈夫だ。俺はロロアの敵じゃない」
そう言って小さな体を抱きしめてやると、ロロアは堰を切るように大声を上げて泣いた。