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16―買い物はおしまい。今晩の宿を探そう


 それからはまるで台風が訪れたかのように、マドレーの質問攻めが始まった。

 これはどこかで手に入れた? それとも新たな治癒薬の製作に成功したの? などとマドレーは次から言葉を吐き出し続ける。

 興奮気味なマドレーに対しルーグが「お答えしますから銀貨五枚でいいですか?」と、解析スクロールの利用代金を値切りに掛かっていた。


「早く答えなさい。どうしてこれをあなたが持っているの?」


 わかったわ。と応えたマドレーの顔を見やりながら、満面の笑顔を浮かべていたルーグだったが、隣に立つ俺からの視線にギクリと肩を揺らした。


「出費がかさみましたからね」


 俺の方へと振り向いたルーグはそう言って一拍置いたあと、


「こちらのカザミさんですよ」


 そう口にしながら掌を仰向けて俺の方へ指してくる。

 ダメだコイツ、口軽いわ。


 ニコリと微笑を浮かべたルーグは「マドレーさんならギルドとも親密なお付き合いをさせて頂いてますから、人格は保障しますよ」とその微笑を保ったまま口にした。


 お前の人格に疑問が生じてるんだがな!?


 市場に流通はしておらず、その存在は知っていたが現存はしていないだろうと伝説上の産物扱いしていたハイポーションの扱いには神経質になっているのだと思ってはいたが、マドレーは別だとでも言いたい様子だった。

 今後の取り扱いにはギルドを通すと無駄に気を回した様な気になり、ルーグを一睨みしてやると、苦笑いを浮かべながら、


「解析も済んでしまったことですし……」


 と少し申し訳なさそうに言葉を詰まらせながら両の手の人差し指を突き合わせていた。

 男の焦れている様子は鬱陶しいな。

 そんな俺たちに、もういいかしら? と言いたげに落ち着いた様子でコホンッと咳払いをひとつしてみせたマドレーが、


「これをあなたがギルドに持ち込んだというのは本当なの? いえ、それが事実としてもなぜあなたみたいな身分の低そうな冒険者がこれほどの物を持っていたの?」


 そう問いかけてきたのだが、ちょっとひどくないか? ハイポーションを所持するのに身分は関係ないだろ。


「<身分が低そうな>は、いらないだろ」


 それもそうね。訂正するわ。と、


「運よく新ダンジョンから持ち帰った遺物かしら?」


 俺の実力にはしたくないんだな。ちなみに拾った物ではなく製作したものだからな!


「でもあそこは地竜の討伐に難攻していると聞いていたけど……どうなのルーグ?」


 片肘を掌に乗せて思案する態度でそう口にすると、ルーグの返事を待たずに、


「ダンジョン攻略は済んでいて古代の遺物が隠されていたという事ね!」


 有りえるだろう可能性に行き着いたのか、語尾を大きく口にしたマドレーはルーグを見て眼だけで確認を取ろうとしていた。

 視線が合ったルーグは、


「現在ギルドでは大規模討伐戦に向けて準備を進めている段階です。地竜が討伐されたという情報も入っていませんよ……まさか!?」


 なぜ二人揃って俺を見る? ロロアも釣られて見なくていいからな。

 なんだこのトライアングルは――マドレーの陰から地味にエプロンを見せてくるな獣人少女! 買わないからな!


「ダンジョンに出向いた事もないからな」


 二人のいうダンジョンとはライドが言っていた俺たちが明日向かうダンジョンの事だろう。


「それもそうですよね。単独で地竜を討伐なんてありえませんね」


 マドレーはルーグの言葉に納得したように「たしかにね」と返し、少し落ち着いた様子をみせた。


「それで二人はすでに知り合いなのよね? 私はまだ名前を聞いていなかったわね。私はマドレー、ここの店主よ」


 獣人の少女もマドレーに続いてエプロンを見せつけながら「ルーです。こちらはエプロンです」と会釈しながらも販売促進を促している。

 どれだけエプロンを推そうが買わないからな。と口にしたところで俺も軽い自己紹介をしておいた。


「俺はカザミだ」


「そう。で、その子は?」


 淡白な受け答えに聞いてきたのはそっちだろ、と思いながらもツッコミを入れる気にはならなかった。

 なんだかドッと疲れた。どうせエプロンが似合いそうだとでも思っているのだろう。


「僕もまだ紹介して頂けていないのですが」


 ルーグもやはり気にはなっていたようで、チラッとロロアの方へ視線を飛ばした。

 ギルドの人間なら種族ぐらい気にしないだろうし、マドレーも獣人少女を雇っているので、ロロアが魔族だと明かしたところで偏見や害は無いだろう。

 でも今は二人がどれほど信用に足る人物なのかはわかっていない。気さくな態度で接してくるからと言っても、まだ安易に明かす事は避けた方がいいだろう。

 それにルーグの感性(物差し)は短そうだ。口軽いし。


「悪いが俺は付与された洋服を買いにきたんだ。この情況も流れでそうなっているだけで、馴れ合いにきたわけじゃない」


 少し強くいいすぎたか? 二人とも目を丸くしてしまった。


「そうよね、失礼したわ。この洋服は白金貨三枚、金貨にして三十枚よ」


 ふむ、なるほど。

 なにが物価や通貨は日本によく似ているだ俺の馬鹿!

 清楚なドレスが三百万、恐るべしランク概念だ。


「Aランクってそんなにするのか?」

「もちろんこれに魔法を付与すると、さらに値は跳ね上がるわよ」


 魔法使いボロ儲けだな。

 高ランクのドレス装備に魔法付与、超激レアアイテムみたいな扱いなのだろう。


「そうなのか、すまないが支払えそうにない。今回はやめておくよ」


 金貨三十枚か、さすがに手持ちでは買える値段じゃないな。

 この価格じゃ仕方ない。ダンジョン攻略ではロロアの装備は通常装備になってしまいそうだな。


「そうね、支払えないなら仕方ないわね。一月ほどなら売らずに置いといてあげるわよ?」

「いいのか? これを買いたい客は大勢いるんじゃないのか」


 願ってもない申し出だが、一月で三百万も稼がなくてはならないのか。

 できる事ならこのレアアイテムは是非とも手に入れておきたい。俺の予想だが、Aランクの洋服は容易に手に入る物ではないだろう。

 一月三百万も稼げるか不安だが、最悪のときはポーションを売ろう。なんだか薬の売人な気分だが、それでどうにかするしかないか。


「売って下さるなら僕はギルドに掛け合ってすぐにでも全額お支払いしますよ」


 俺が三百万をどう稼ぐかと思案していると、横からルーグが自分に売ってくれと懇願しだした。

 まだ俺が居るこのタイミングでそれを口にするとは少々腹立たしいが、さすがにニコニコ現金払いなら売りに出されても仕方ないか。

 そう思い、俺の心が半ば諦めかけたところで、首を横に振ったマドレーはルーグの申し出を拒んだ。


「あなたに売る気はないわ。前にもいったでしょ? 素材目当てで欲しがる人には売らないのよ。この洋服を求める人にだけ売ると決めているのよ」


 ルーグはあっさりと断られたが、あまり気落ちはしていないように見える。

 どうやら以前に断られた事があったようだ。買えればラッキー程度で口にしたのだろうが、俺の中でルーグの株は暴落の一途を辿っている。

 にしても、マドレーが買い手を選ぶぐらいドレスだと言うのに、俺にはずいぶんと甘い判断を下すんだな。


「俺が素材目当てで買いにきたと疑わないのか?」

「あなたはあの子のために欲しいのでしょ? 付与された服に拘るなんて、よっぽどあの子の事が大事なのね」


 マドレーか。豊満な胸に妖艶という言葉がしっくりくる女だが、中身も美しい女のようだ。

 気恥ずかしい気分だが、ここはマドレーの優しさに甘えさせてもらおう。


「一月以内に必ず買いにくる。置いといてくれ」


「わかったわ」


 興奮したマドレーはレアだったのか、落ち着きを取り戻してからのマドレーの立ち振る舞いは、妖艶な女性という印象が残りだそうだ。


「また近い内に必ず寄らせてもらう」


 良い店と店主に巡り会えたのかもしれないな。

 そう思いながら踵を返して入り口の方へ向かうと、ロロアが後ろから小走りに服の裾を掴んだ。


「子供用の服なら、店の前の道を中央広場に向かって進むと右手に洋服屋がありますよ」


 カウンターの方から声を投げ掛けてきたルーが、子供用も取り扱っている洋服屋を細かく教えてくれた。

 店の場所を頭の中で思い浮かべ、さっきステテコパンツを買った店だなと思いながら「ありがとう」と礼を口にして店を出た。

 ルーもエプロンにはうるさそうだったが、根はいい子なんだろうな。


 結局魔導具屋では魔法付与ができる洋服を手に入れる事はできず、ステテコを購入した洋服屋で再度身形を整えるだけでいいかと今回は諦める事に。

 先立つものは必要だと実感したところで、洋服屋に向かう途中にあった防具屋に立ち寄ることにした。


「あそこでおかいものしなかったの?」


 気がつくと横に並んで歩いていたロロアがそう声をかけてきた。

 裾を握らずに歩くなんて初めてかもしれないな。


「また立ち寄る約束をしたから今度一緒に行こうか」


 俺たちは他愛もない話を交わしながら防具屋へと足を伸ばした。


 盾の看板が掲げられた防具屋の前で立ち止まる。今まで立ち寄った店と比べると、重量感のある両開きの扉が目立つ。

 振り返った向かいの武器屋も似たような扉だなと思いながら防具屋の扉を開くと、蝶番(ちょうつがい)が軋みを上げている。


「なにか?」


 長く伸びた顎ひげが目立つ男が、この防具屋の主人のようだ。カウンターは設置されておらず、店の奥に長方形の木製の机と丸椅子が置かれており、そこに腰を下ろしてドンと構えている大柄な店の主人。

 店内には盾が壁にかけられて、組まれた鎧がマネキンのように置かれている。まさに防具屋と言ったように、鉄の盾や鎧はもちろん、(レザー)で製作された手甲に胸甲といった単品での防具も扱っているようだ。


「この子のサイズに合う鎖帷子(くさりかたびら)はないか?」


 横に立つロロアの肩に手をあてながら防具屋の主人に聞いてみたが、よい返事は返ってこなかった。


「子供用は置いてねえや。この街じゃドワーフみてえなちっこい種族は買いにこねえからな」


 テーブルに肘を置いて頬に拳を当てながらそう口にする防具屋の店主。

 接客は大雑把なようだ。


「そうなのか。防具は店にあるので全部か?」

「そうだ、そこにある物が全てだ」


 簡単に店内を見回してみたが、どうやら子供が扱えそうな大きさの防具は置いていないようだ。

 鎖帷子は諦めるか。防具屋でも何も買わずにすぐに店を出る事になった。この町ではロロアの武具は揃えられそうにないな。


 ステテコを買った店まで戻り、先ほどの女性の獣人に他の衣服も見繕ってもらう事に。

 試着室のカーテンが開かれると、見違えるようなロロアの姿に少し驚いた。

 上は黒い小さなボタンが可愛らしい、厚手の生地で出来た白いシャツに、その上から黒いポンチョを羽織り、下は黒のホットパンツを穿いている。

 白と黒のコントラストを着飾ったロロアは、出会ったあの日とはまるで別人のようで、元気な少女がそこにいた。


「どう? にあう?」


 後ろ姿も見えるようにクルクルと廻り始め、俺は「うんうん」と頷いた。


 店員さんも似合っていますよと言ってくれて、さっそく俺は今着ている衣服を購入することに決めた。

 魔法付与に耐えられるか聞いてはみたが、ただの洋服に付与ができるかは知らないようだ。

 先ほどまで着ていたロロアの衣類を綺麗に折り畳んで渡されたのだが、中にはくまさんの絵柄が描かれたステテコパンツが雑ざっており、


「下着も替えたのですか?」

「はい。ステテコだとパンツの中がゴワゴワしてしまいますので」


 それもそうだと思い、ブリーフでも穿いているのだろうと納得しながら鞄の中へロロアが着ていた衣類を仕舞い、精算を済まして店を後にした。


 さっきまでのサロペット姿も可愛らしかったような気がするが、黒衣姿が連想されてしまう。今はポンチョにフードが付いているため、角を隠すのにちょうどよかった黒衣も必要ないので鞄に収納しておいた。

 店先の通りに姿を出すと、すでに夕暮れが訪れていたらしく、町並みは夕焼け色に赤く染まっていた。

 それにしても疲れた……丸一日を買い物に費やしたのは生まれて初めてかもしれない。


「かじゃみありがとー」


 ニコニコと本当に嬉しそうにそう言ってくれるロロアを見ていると、一日の疲れもどこかへ飛んでいった気分になった。

 

「気にするな。せっかくだし今日は店で美味しい物を食べよう」

「やったー! でもかじゃみのごはんもすきだよ!」


 ロロアの靴や衣類を揃えても、けっきょく総額金貨一枚にも満たなかった。

 魔導具などの特殊な品でなければ、そこまで値が張る事はないようだな。


「さきに宿をとってから食べに行こうか」


 たしかギルドの受付嬢がそれなりの宿は門の近くにあるといっていたな。

 酒場や露店などは西門通りだったはずだ。美味しい食事も摂りたいし、どうせなら西門の近くの宿を取るとするか。

 

 赤く色づく町並みの中をロロアと手を繋いで西門通りに移動し、門の側に構える二階建ての宿に入った。

 どうやら一階は酒場になっているようで、客層も荒くれ者が多いらしく、見ない顔がきたとでも言いたげに視線がこちらに向けてくる。

 子供とふたりでは余計に目立ったのだろうが、俺は気にもとめずに酒の席で賑わう喧騒の中を進み、奥にあるカウンターに立つ店主だろう白髪に白ひげの人相の悪いじいさんに今晩の宿を願い出たところ、


「見たとおりの満席でね、それでもというなら一泊金貨一枚、二人で金貨二枚だ」


 一泊二十万だと!? おいおい、子供は割引だろう? いや、そんな話ではない。


「この客全員が宿泊しているという事はないだろ?」

全員(こいつら)が飲み潰れた後なら、馬小屋で金貨三枚になるだろうよ」


 クックックッと小さく嘲笑う姿に、異世界初心者の俺でもさすがにぼったくられている事ぐらいわかる。

 俺に気づかれないように、ロロアにチラチラと視線を向けるじいさんを見て、なんとなくだが理解できた。


「払う気がないなら他所をあたりな。ここ以上の値をふっかけられるだろうて」


 ニヤリと前歯の抜けた不快な笑みを向けてくるじいさんはカッカッカッと腹立たしい笑い声を漏らした。

 あの筋骨隆々な裸族のせいで、魔族連れの噂が広まっているのだろう。

 黒髪の男にフードの少女なんてすぐにピンとくる。俺は余生短いだろうじいさんに腹を立てたが、精々この先数年だと自分に言い聞かせて怒りを静めた。


「そうか、こんな汗臭い宿はこちらからお断りだ」


 俺は怒りを飲み込みはしたが、皮肉を込めた言葉を残し宿を出ようとすると、


「待ちな坊主」


 さっきまでは横に並んで歩いていたロロアは、また俺の服の袖を掴み申し訳なさそうな顔色をしている。

 歯抜けじじいがチラチラと視線を向けてきていた事に、ロロアも気がついていたようだ。間違っているのはこいつらだと言ってやりたいが、すぐにもかけてやる言葉が見つからない。

 自分の事を口下手とまでは思っていないが、幼い少女に掛ける言葉がみつからないとは、なんとも歯痒き気持ちになる。


 酒場で酒瓶を片手に、出口まで足を運んだ俺たちの方へフラフラと千鳥足で近寄ってくる男が居た。


「俺たちにいちゃもんでもつけにきたのかあ? あー?」


 こいつらはこれでもこの国では冒険者か傭兵の類なんだろうが、不愉快極まりない。

 薄汚い革鎧に片方だけの肩パット。腰には両刃の西洋剣をぶら提げている。あえて言うなら茶色い泥の塊が剣を携えた人の形を成しているみたいだった。


「気にするな。冒険者でも礼儀を弁えた者がいる事を知っている。<達>ではない、お前のようなやつ限定だ」

「そりゃ見聞が広くてよかったな!」


 まるで雑魚の先走り野郎が、逆立てた髪を揺らしながら空いていた近くに置かれていた椅子を振りかざし襲ってきた。


「【物理結界】」


 俺とロロアを囲むように半球の結界を張ると、男の振り下ろした椅子は結界に阻まれ砕け散った。子供が隣りに居るというのに、酔っ払っていたから仕方ないと、許せる範囲を超えている。


「なにしやがった!?」


 結界も知らないお粗末な冒険者か。周囲の奴らは今の結界を見て俺がどの程度の実力なのかを判断した様子だった。

 さきほどまでギラギラとした視線を向けていた奴らだったが、今は一呼吸して事の様子を窺っているようだ。


「お前に教えてやる義理はない。冒険者なら第三者が居れば死闘も許可されるんだよな?」


 俺は冷たい眼差しを向け、一歩男に言い寄った。


「おいおい、冗談もわからないのか。酒の席のおふざけじゃないか」


 椅子で俺の頭を殴りつければ従順な下僕(ペット)にでもなると思っていたのか?

 旗色が悪くなった男は、言葉を濁しながら俺から後ずさるように離れながら周囲に眼を配る。が、誰もこの男と眼を合わせようとはしなかった。


 おいおい、それはないだろう? と言いたげにこいつの連れだろう男に視線を向けていたが、その席に座っていた男も酒杯を手に眼を逸らしていた。


 裾をグイッと引っ張って、もういこう? と言いたげな様子のロロアに、俺はそれ以上追及はせずロロアと店を出た。

 これ以上ロロアに窮屈な思いはしてもらいたくない。

 ライドのように魔族でも受け入れてくれる奴もいれば、こいつらみたいに見下してくるやつもいる。魔導具屋でロロアの事を明かさなかったのは正解だっただろう。


「あんなやつら気にするな。今晩は町に来て最初に立ち寄ったじいさんの宿にしよう。食事は宿でキッチンを借りて手料理だ。ロロアも手伝ってくれるか?」


「うん……」


 先ほどまでと打って変わり暗い様子だ。

 ポンチョのフードを深く被り顔は見えないが、声の音階(トーン)からして沈んだ表情を浮かべているだろう事は容易に想像できた。

 少しの間、無言で歩みを進めていると「だいじょうぶだよ。もう、おちこんだりするのはやめたの。もうすぐトトにあえるんだもん」と、自分に言い聞かすようにか、俺に心配させにようにか、子供ながらに気をきかせたのだろう言葉を口にした。

 空元気なのは見てわかる。三百年前に魔族と人族で戦争があったと言っても、ここまで露骨な嫌がらせを子供に向けるとは、人間とは然も浅ましい生き物だと実感させられるな。


 南門の近くにある宿の扉を潜り、言葉を投げかけた。


「じいさん、二人なんだが部屋は空いてるだろうか?」

「おや、昼間の二人かい。この国のお金は用意できたのかい?」


 眼鏡をかけて来客帳を覗き込んでいる口元に白ひげを携えたじいさんは笑顔で出迎えてくれた。


「ギルドに登録してなんとかなった」

「そうだったのかい。それじゃあこれは必要なかったようだね」


 薄い来客帳の最後のページをペラリと捲ると、じいさんは手書きの簡易な町の地図を用意してくれていたらしく、次に俺たちが立ち寄ったときに日銭を稼げそうな店に印をつけていてくれたようだ。


「あぁ、もう大丈夫だ。色々と心配してくれてありがとう」


 消耗品類は高価な物が多い。たぶん地図を描いてくれた紙の切れ端も、じいさんには貴重な物だったに違いない。


「おじいちゃん。ありがと」

「ほーほっほ。わしはまだ何もしとらんわい」


 ロロアがじいさんを見ながらニコリと微笑んだ姿を見て、他人の親切がこれほど身に沁みるとは。

 それにしても、じいさんには俺たちの噂は届いていなかったのだろうか?


「宿を探しているんじゃろ? 気兼ねなく利用してくれてかまわんぞ。ここは宿屋じゃからの」


 そういってまたホッホッと笑うと、笑顔でロロアを見返していた。やはり噂は耳に届いているみたいだが、じいさんは気にする事でもないと言った様子だったのが態度からわかった。

 それに宿がなくてここに戻ってくることもお見通しだったようだな。


「食事はこっちで用意するから素泊まりで厨房を借りたい。もちろん厨房の物は一切使わない」

「今日はあんたらと、もう一組しか客はいないからかまわんよ。二人で銀貨一枚と銅貨四枚だ」


 どうにか俺たちは宿に泊まることはできたが、今までの事もあり、もう一組宿を利用しているという奴らが少し気になった。

 念のために気をつけておこう。


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