15―洋服下さい。エプロンはいりません
ロロアと魔道具屋の店内に陳列された商品を見ながら、店員さんが戻るまで時間を潰していた。
壁に取り付けられている三つの照明器具は、VRで開いていた雑貨屋を思い出させる。
「この作り、見覚えがあるな」
たぶんこのランタンの上部に剥き出しの状態で、光の動力源となっている魔石が埋め込まれているはずだ。雑貨屋にも使われているランタンとよく似ていて、俺はつい棚台に並ぶ商品ではなく、そのランタンに手を伸ばした。
俺が見上げる位置に取り付けられたランタン。右手を頭上に上げ、伸ばした指先でランタンが被っている笠を撫でるようにして触感で魔石が埋め込まれていないか確認する。
思った通り、やはり雑貨屋の物と同じ作りをしているみたいだ。指先に触れたツルツルとした宝石みたいな手触りに、それが魔石だと確信した。
ランタンの魔石を嵌められた電池を外すように取ってみると、ランタンから明かりが消えた。
「なるほどな」
手にした魔石はひし型に加工されていて、ランタンのへこみ部分も魔石がピッタリ嵌まるよう、こちらも手触りからひし形に模られているのがわかった。
ルーグに教えて貰った消耗品の話では、電気などが動力源として使われていない分、この街の生活には蝋燭や油が光源として欠かせないと言っていたはずだ。
そうなると魔導具を扱うための魔力を内包した魔石が、電気や他の動力源の代替した役割を担っているのか。
「動力源は魔石なのか」
「どうりょくげん?」
俺が指先で摘み持っていた魔石を見ながらそう呟くと、隣りに居たロロアは頸を傾げて聞きなおしてきた。
「んー、動力を動かす源と言ってもわからないよな。そうだな……俺たちの元気の源は食事だろ。このランタンは食事の代わりに魔力を食べて元気に光っていると言う事だ」
「かじゃみがそれとっちゃったから、おなかすいてきえちゃったの?」
「そうなるな。戻してやればまた光だすさ」
魔石を嵌め直すとランタンは光を放ち、商品を照らし出した。
他の商品も見てみると、魔石を使わないだろうと思える商品も置かれている。意図して棚台の真ん中に注目を集めるように置かれていると思われるこの白いエプロン、ただのエプロンじゃないのか? それとも何か魔法が付与されているのだろうか。
陳列された商品の中で視界にチラチラと入ってくるこの銀のポットは実に気になった。持ち上げていろんな角度から眺めてみたが――やっぱケトルだよな。
このポットは耐熱魔法でもかけられているのだろうか、下に敷いてある黒い鉄を円盤状に模った鍋敷きみたいな方に魔石を嵌める穴が開いてある。敷物の方が熱を発し、ポットは熱を吸収して湯を沸かすんだろう。ケトル確定だ。
それに棚台の端に置かれている魔導具、まるで見た目は焜炉だ。
|鍋とかを置いて火にかける箇所《五徳》が二箇所備わっている事からダブルコンロだと一目瞭然であり、それに対して思う事がひとつ。ケトルの鍋敷きみたいにIH感出せただろうに……
コンロの側面にあるへこみ部分に魔石を嵌めて、正面のレバーを下げれば着火するのだろうな。それぞれ左右のコンロのある位置の正面部に配置されているからそうだとわかる。
これにグリルが備わっていれば満点だったのだが、どうやらグリルはないようで、微妙に高さが低く薄く感じた。
意外と魔導具は現代日本の電化製品に似ている物が多々ある気がする。便利な物を追求すると、似たような形が出来上がるのだろうか。
「おまたせしましたー。これなんかどうですか?」
店の奥から戻ってきた店員の獣人少女が、持ってきた物をカウンターの上に広げて見せてくれる。
「これ……どう見てもそこの棚にあるエプロンなんだが?」
「棚に出してある商品のほうは汚れがつかない単一魔法だけが付与されているエプロンになりますね。こっちは火耐性と防汚の二種類が付与されているエプロンです」
火耐性と防汚か――まんまエプロンじゃねぇか!
俺はエプロンじゃなく洋服をお願いしたんだがな……
「できれば洋服で全魔法属性の耐性を持っていて、物理衝撃も無効にしてくれるものなんかは……」
獣人の少女が俺の話を聞きながら、どこか遠い目をしている事に気がついた。そうですよね、そんな便利な洋服があったら防具屋いらなくなるよな。
「せめてエプロンではなく洋服で、物理緩和と火耐性を備えたものがいいんだが?」
「二つも魔法付与されている洋服なんて滅多にありませんし、この店にも置いていませんよ。それに複数の魔法が付与できるランクの高い素材を使用して製作された服なんて滅多にありませんね」
一応は客として接してくれているのだろう。冷たい視線に呆れたような態度だが、俺の言葉に受け答えはしてくれている。
だが店員さんの言葉に気づいた事があった。二つの魔法を付与できる物は珍しいと言う話しだが、
「そのエプロンに付与されているのは火耐性に防汚の二種類ではないのか?」
「これは素材その物が耐火になっていて元の素材自体が火耐性を備えているのです。なので汚れを防ぐ魔法を付与しているだけで、実際に付与されている魔法は防汚一つですね」
こいつ、さっき火耐性と防汚の付与って言ってただろ。
危うく騙されるとこだったわけだな。洋服を頼んだのに持ってきたのはエプロンだし、防御魔法が付与されている物をと言ったのに防汚魔法だし、間違えたとかではなく故意にエプロン推してるんだろうな。
押し売りならぬ推し売りってとこか。
「防汚も魅力的だが、他の魔法が付与された洋服を何着か見せてもらえるかな?」
「エプロンでなく?」
そこ、拘らなくていいよ?
「洋服で」
俺が即答して言葉を返すと、あからさまに「チッ」っと舌打ちをして店の奥へと消えていった。獣人少女こえーな……
「かじゃみ。じゅうじんさん、こまらしたらだめだよ?」
小首を傾げながらいわないでくれ。ちがうんだよロロア、エプロンをゴリ推ししてくる獣人の少女なんて、どう接すればいいのかわからないだけだ。
そう思いながらも言葉を濁して返事をしておいた。
「他の洋服も見せてもらえるようお願いしただけだ」
ロロアは「そっかー」と納得して、店の商品を見に棚台の方に行ってしまった。魔導具が珍しいのか、ジロジロと棚台に置かれている商品をひとつひとつ見て回っている。
ロロアと入れ替わるように店員はすぐに戻ってきたが、今度は軽いウェーブパーマがかけられたブロンズの腰まである長い髪が目を引くヒューマンの女性と一緒に姿を見せた。
豊満な胸が揺れるたび、胸元に付けられたボタンがはち切れそうだ。白シャツの上から前を開いたままのケープを羽織り、独特な雰囲気を醸し出している。
店員さんが畳んである洋服を何着か持っていることから、どうやらこの女性が魔導具屋の店主なのだろうと推測できた。
「あなたが魔法が付与された洋服をお探しの方かしら?」
歳は俺の実年齢と、かわらないぐらいだろう。
「あぁ、あの子に合うサイズでお願いしたいんだが」
そう言って商品を眺めているロロアをチラリと見ると、何着か持ってきてくれた店員さんがカウンターの上にその服を並べ始めた。
並べ終えると、店主らしき女性は並べられた洋服の中からひとつを手にして、俺に見せるようにして両手で広げてみせた。
「これなんかどう?」
エプロンじゃなねぇか!
なんだこの店は! エプロンに思い入れでもあるのか?
「いや、さっきも言ったんだがエプロンではなく洋服を買いにきたんだ」
「そうなの……残念ね」
あからさまに、しょんぼりしないでくれ。こっちが気を遣ってしまう。
「これでいいんじゃないですか?」
「そうね、あの子に合うサイズはそれしかなさそうだし」
二人で話しを進め、サイズ的にも店員さんが差し出した洋服に決定されてしまったようだ。
確かに並べられた他の洋服は、どれもロロアの大きさに合わなさそうなものばかりだが、
「それはどんな魔法が付与されているんだ?」
店員さんの獣人少女が俺に向けてその洋服を広げてみせてくれる。デザインはクリーム色をしたワンピースドレスで、胸元には縦に三つのボタンが並んでいた。
ふりふりの付いた可愛らしいドレスなどではなく、清楚なワンピースと言った感じだな。
「ただの洋服よ?」
ん? 俺は魔法が付与されたものを探しにきたんだけどな。
「魔法が付与されたのをお願いしたいんだが?」
「大丈夫よ。あなたが我儘だから、私がここで付与してあげるのよ」
しょんぼりと気落ちしていた様子だったのが、それが噓の様に今度は嫌味を言ってくる。エプロンの事で少し不機嫌になってしまったのかもな。
まぁそれは放っておくとして、この洋服は付与する前の商品、今はただの洋服と言う事か。
「どんな魔法が付与できるのか聞いていいか?」
「火耐性と防汚よ」
「エプロンじゃねぇか!」
つい我慢できず口に出してしまった。
「私が付与できるのは火耐性と防汚だけど、この洋服はAランク素材の高級品なのよ。三つまで付与できるから他の魔法使いにお願いするか、あなたが付与するかしてみれば?」
なるほど、さっき店員の獣人少女が言ってたな。複数も付与できるような服は滅多にないと。
そうなると他の並べられた洋服はランク的には下位に位置するものなのだろう。三つも付与が可能となれば、これを見逃すのは実に惜しい気がする。
「いいのか?」
店の奥から取り出してきたと言う事は、普段は商品としては取り扱っていないのだと思い、一応譲り受けてもいいのか確認をとっておいた。
「いいけど高いわよ? まだ魔法は付与されていないけど、この服はすでにAランク。これに魔法が付与されるとさらに値段も跳ね上がるわ。あなたの財産全てを差し出しても、この洋服の値には届かないかもしれないわよ」
よほど高価な物のようだな。いくらなのか焦らされると余計に気になる。
「売るとすればいくらだ?」
肝心の値段の話をしだしたところで、ガランと鈍い鈴の音が鳴って店の扉が開かれた。ガランガランッと鈴の音が鳴り止まないうちに、先ほどまで耳にしていた聞き覚えのある声が飛んできた。
「こんにちはマドレーさん」
マドレーとはこの店主らしき女性のことだろう。扉の方へ振り返りその声の主を確認すると、やはり店に入ってきたのはルーグだった。
「あれ? カザミさんどうしてここに?」
ルーグの態度から察するに、どうやら偶然同じ店に立ち寄ったらしい。
「あなたの知り合いなの?」
ルーグがカウンターの前に立つ俺に声をかけてくると、カウンターの向こう側に居るマドレーがルーグに向かって言葉を投げ掛けた。
口ぶりからして二人は知り合いのようだな。
「えぇ、先ほどお会いしたばかりですが。それで今日はギルドで買い取ったこれの鑑定を依頼しにきたのです。僕では鑑定しきれなくてマドレーさんにお願いしてみようと思いまして」
扉の前で足を止めてそう言ったルーグは、商品を見ていたロロアに「奇遇だね」と声をかけたあと、俺の隣にやってきた。
そうしてルーグはおもむろに手に持っていた布で出来た小さな包みをカウンターの上に置いた。
「これは?」
ルーグの出した包みを前にマドレーが言葉を漏らすと、ルーグは静かに包みの口を縛っていた紐を解き、中から小さな小瓶を一つ取り出して見せた。
「ポーションなのですがギルドの鑑定師としては恥ずかしながら、マドレーさんに鑑定のご助力を頂ければと思いまして」
するとカウンターに置かれたハイポーションに驚きを隠せないマドレーは「ルーも来てちょうだい」と言って、またも店の奥へと二人で姿を消してしまった。
指先でカウンターをトントンッと突きながら、あの獣人少女はルーという名だったのか。と思いながら二人が戻ってくるのを待っていると、二人は筒状に捲かれた茶色い羊皮紙を腕の中に抱えれるだけ持って姿を現した。
洋服が並べられているのを気にする様子もなく、腕に抱えていた筒状のそれをカウンターの上に放り出した。
見たところ巻物のようだな。魔法が使える世界なだけに魔法が封印されているスクロールも存在しているらしい。
これだけスクロールを所持しているのなら、マドレーに鑑定の助力を願いたくなる気持ちも分からんではないな。
「こんなポーションは見たことないわ。薄めて増量しただけのポーションなら、これほど鮮やかな赤色にはならないもの。まさか――ハイポーションというものなのかしら!?」
興奮している様子を隠すつもりもないのだろう。
長い髪を捲り上げて銀色のかんざしを使い、団子頭のようにして髪を留めた。その姿はまるで新しいオモチャを手にした子供のような目をしていた。
俺はそんなマドレーの姿よりも、ポーションをかさ増ししている事に驚いたよ。
カウンターに積み上げたスクロールを留めている紐を一つずつ丁寧に解きながら「ルーもこの中から解析のスクロールを探してちょうだい」と指示を出し、二人がかりで解析魔法が施されたスクロールを探し始めた。
ここではなく店の奥で探してから持ってこればよかっただろうに。
それに俺の隣ではルーグが口を開いたまま、カウンターに積み上げられたスクロールを見て驚愕の表情を浮かべている。
眼前で大量のスクロールが解かれていく様は、見てはいけないものを見てしまっているかのような雰囲気だ。
「スクロールがこんなにも……」
知ってて助力を乞いにきたのではなかったのか? ある意味では大量の巻物な光景だろうが、口を開いたまま微動だにしないお前も相当だよ。
この様子だと、今洋服の話をしても無駄そうだな。
「あったわ! これよ」
マドレーは一枚のスクロールを掲げながら声を上げた。
「そのポーションをこのスクロールの上に置いて発動させれば、このポーションの情報が――」
ようやく探し当てたようで、スクロールを見ながら呟いている。
俺はすでにハイポーションの効能は知っているため、あまり興味がなかった。なのでなんとなく積み重ねられた一番上の一枚のスクロールに手を伸ばした。
「発動してしまったのか?」
どんな内容のものが載っているのだろうかと気になっただけだったのだが、俺が触れたとたんに手にしたスクロールは端から消えていってしまい、消滅と同時にポケットに入れていたギルドカードが光を放った。
俺はポケットからギルドカードを取り出し何が起きているのか確かめた。
「なんだったんだ今のは……」
その光は次第に弱々しくなり、光が消えるのを確認するとマドレーが説明してくれた。
「あなた、レベルスクロールを使ってしまったのよ」
「レベル? やはりレベルの概念は存在していたのか?」
ライドが経験値のことを口にしていた時に確かめたが、レベルという言葉すら知らない様子だった。
マドレーはレベルという言葉を知っているのだろうか。
「まだ公表していないから誰も知らないに決まってるじゃない。それは私が冒険者の強弱をわかりやすく数値化するために作成したスクロールなのよ。それを使用すると固体情報を登録したギルドカードに自分の強さが数値化されて表示されているはずよ」
ギルドカードとリンクしたことで光を発したのか。
俺はギルドカードを確認すると、登録時にはなかったLvが追記されていた。名前の欄が書き換えられたようで、<Lv:2000 カザミ>と新たに表示されている。
「これの事か?」
俺はギルドカードをマドレーに見せ、新たに追記されたレベルを確認してしもらった。
「んー、まだ調整が必要みたいね。それ正常に機能していないみたいだから、今回は半額にしといてあげるわ」
勝手に使用してしまう形になったのは悪いと思うし弁償もするつもりではいたが……なぜマドレーやルーが触れたときは発動しなかったのに、俺が触れると発動したのだろうか?
それにこれ、
「不良品だったのか?」
「そのようね。自信あったんだけどレベル表示の数値が正常に表示されていないみたいだわ。まだ誰にも使ったことのない試作品だったのよ。Aランク冒険者でレベル700ぐらいが表示されるように制作したんだけど……。だから半額の金貨二枚と銀貨五枚でいいわよ」
Aランクで<Lv:700>なら、SランクならMAXレベルで999になるよう制作したのかもな。それでは2000なんて数値を見ても不良品にしか思わないか。
だがさすがに不良品と認識したにも関わらず金を取ろうとするとはおそろしい女だな。
「この店は不良品に値をつけるのか?」
後ろを振り返り俺に見えないようにしたようだったのだが、明らかに舌打ちを「チッ」と鳴らしていた。ルーの舌打ちはマドレー譲りだったわけか。
「そうね。不良品を売る店だと噂が流れるのもあれだし、今回は試作品だし無料でいいわよ」
まぁVRでは上限値Lv:2000だったから、あながち間違っていないと思うのだが、俺も通常価格の金貨を五枚も支払えないし、実際他の冒険者の適正レベルもわからないうちにLv:2000は公表しないほうがよいだろう。
たぶんこのスクロールは完成している。が、ここは心苦しいが俺のためにも今回は不良品って事にしといてもらうか。
これ、ラノベだったら絶対規格外の誕生で盛り上がる場面だったよな。
まぁそんな事はどうでもいいか。それよりも服のためにさっさと解析とやらを済ませてほしいところだ。
「なら、そのスクロールが出来上がったときは必ず買わせてもらうよ」
このまま誤魔化すと言うには少し心が痛い。この罪悪感を取り払うためにも完成品だと満を持してレベルスクロールが販売されたときには購入させてもらおう。
日本円で五十万か……節制しないとな。
「楽しみにしといてちょうだいね。さぁ、このポーションを丸裸にするわよ」
レベルスクロールの件が一先ず落ち着くと、マドレーはポーションを解析スクロールの上にのせ、両手でスクロールを摘まむと魔力を注ぎ始めたのがわかった。
スクロールには魔法陣が描かれていて、マドレーの魔力と呼応するように虹色に光りだした。
すると虹色の光りが浮き上がりポーションを包み込む。静かに渦巻いた虹色の光はポーションの頭上へと昇ると、一枚の虹色に光る紙のような形となった。
「なにしてるの?」
俺の背後から服の裾を引いてそう声をかけてきたロロア。
「ん? 解析スクロールを使っているところだ」
「ぴかぴかきれいだね」
宙に浮かぶ虹色のそれをロロアは見上げながらそう言った。
次第に虹色の光の中に白い光の文字を出現させていくと、光りで文字が綴れられ始めた。スクロールの横端に到達すると改行され続けて綴られていく。
「もう少しよ」
スクロールに魔力を注ぎ続けているマドレーがそう言って、自身が出現させた光の文字に視線を向けていた。
宙に書かれる文字はポーションの概要を全て書き出したのか、最後の文字を綴り終えると青い火となり白く光る文字を残して、虹色の紙のような部分だけ燃え消してしまった。
残された白く光る文字はマドレーの胸元近くの高さでゆらゆらと漂っていて、マドレーは宙に浮いた文字に、まだ何も記されていないスクロールを重ね合わせた。
なにやらぶつぶつと小声で魔法を唱え、紙に内容を転写したようだ。
見るからに<ザ・魔法>という感じがして、終始マドレーの姿に見入ってしまった。
「これでこの――」
転写されたスクロールの内容を見たマドレーは言葉を詰まらせた。
「どうかしましたか?」
解析結果が気になるのだろう。ルーグはソワソワとしながら声をかけた。
俺はそんな二人を見て、ふと気づいてしまった。この解析は対象の情報が公開されるような言い方をしていた気がするが、つまりは使われた素材なども暴けるのではないのか?
現物さえあれば、使用された素材だけではなく作成方法までわかってしまうのではと……なんて恐ろしいスクロールだ、そう思うと手に汗が滲んだのがわかった。
「これは……間違いなくハイポーションよ。私たちが使用するようなポーションとは桁違いよ」
「つまり、その効能は?」
「外傷、内蔵の治癒に欠損部位の修復、つまりは失った肉体の再生も可能ってことよ……」
真剣な眼差しで発せられた言葉に、重苦しい雰囲気を感じながらゴクリと生唾を飲み込み、俺はこの空気を肌で感じていた。
次の言葉を待つように少しの時間が流れた……が、それ以上言葉を発さないマドレーに「それだけか?」と痺れを切らした俺は、ついそう口にしてしまった。
「今のを聞いて何も思わないの?」
俺の口ぶりに、え? なにこの空気? みたいなやり場の思いを感じさせながらマドレーがそう言った。
「いや、解析って言っていたからもっとこう……使われた素材とか、作成された方法とかがわかるものなのかと」
宙に浮かぶ文字を白紙に転写させる見事な演出に期待値が跳ね上がってしまったようで、どうやら俺の杞憂に終わったようだ。
「解析にも限界があるのよ。アイテムなら名前と効能が限界だわ。そもそも解析できるだけで凄い事なのよ。わかるかしら?」
なぜだろうか。期待を裏切られた感がハンパない。
解析結果のハードルが急上昇したせいでその凄さが俺にはまったく伝わってこなかった。
ルーグの方も俺から聞いてわかっていたからか、効能については裏が取れてよかったというような様子だった。
ルーグにも鑑定しきれなかった効能を見事解析スクロールで文字にまで認めてみせたマドレーの実力は凄いのだろうが、微妙な空気を作り出してしまったせいで、マドレーには行き場の無い思いだけが残ってしまったようだ。
「なによこの感じ! ルーグ! スクロール代はきっちりもらうわよ」
俺には解析よりも文字の転写魔法の方が魅力的だった。
「きれいだったね」
「あぁ。そうだな」
ロロアと余韻に浸っていると「いくらですか?」「金貨三枚よ!」と二人の会話が聞こえ「予算は銀貨五枚しかもらってませんよー」とルーグが嘆いていた。
「スクロールの値段っていくらぐらいなんだ?」
「言い値に決まってるでしょ!」
俺は買い物する前に値段を確かめるタイプだから大丈夫だ……洋服がいくらなのか心配になってきたな。