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13―買取交渉、退屈なロロア


「君がポーションを持ち込んだ者か」


 鑑定作業が終えるのをフロントロビーの一画に備えられていた待合机で待たせてもらっていたところ、受付脇の通路から姿を現した男が言葉を投げ掛けながらズカズカと歩み寄ってきた。

 声が聞こえてロロアと俺の視線がその男に向くと、側まで近寄って立ち止まった男はちらりとフードを被るロロアを見たあと、俺の方へ視線を向けた。


 高身長で白シャツの上からでもわかるガッチリとした筋肉質な体躯に朱色がかった短髪、ジーンズの様な生地で出来たズボンを穿きこなすラフな格好(スタイル)の男。

 この男を一言で現すなら、日曜日に自宅の庭先で自作の建具でも作っていそうな、まさに日曜大工(DIY)が似合うおじさんだった。


 「あぁ、そうだ」


 椅子に座ったまま男を見上げて、その問いに応えた俺を、眼前に立ったこの男は値踏みするかの様な嘗め回す視線を向けてくる。頭の先から足の先まで、俺という一人の人間を見定めているようだ。

 男の視線にあまりいい気がせず、不快感を抱きながら足を組む。

 すると通路から出てきた先ほどの受付嬢が俺の視界に入ってきた。そのまま何も言わずにコツコツとローファーで床を鳴らしながら男の背後へとやってくると、なにやら渋い表情を浮かべたまま男の後ろで立ち止まり控えていた。


 なんだか不穏な雰囲気がしてくる。もしやVRのポーションは異世界では違法薬物に指定されているとかじゃないだろうな?

 それで持ち込んだ俺を取り押さえようってことになったのでは……そう考えると受付嬢が鑑定させてくれと言った不自然な行動も、俺を見る二人の渋い顔色にも納得がいく。


「あのポーションをいくらで買い取ってもらおうとしていた?」


 男は黙って腕を組むと、突然そう口にした。態度からしてギルドの偉いさんだろうか。

 唐突にいくらと言われても、この世界の物価すらまだ知らない俺にどう応えろと言うんだ……せめてライドにご馳走になった飲み物の値段でも知っていたらおおよその物価ぐらい予想できたんだがな。


「……そうだな。最低でも金貨で五枚は支払ってもらいたい」


 男は小さく「金貨五枚か」と呟いて目を瞑った。眉間に皺を寄せながら何やら考え更けているのがわかった。

 先ほどの冒険者登録料が銀貨一枚だったから金貨はふっかけすぎたか? どちらにしろ会話の流れ的には違法薬物ではなさそうで安心した。

 欲を言えばロロアの装備を調(ととの)えるのに買取値を競り上げたいところだが、男の様子からして買い取るかどうかを思案しているようで、今は不用意に口を開かない方が良さそうに思える。

 金貨五枚――これが男の許容できる競り値の上限値だったかもしれない。


 そんな俺の思惑は早々に否定されてしまった。


「通常、ポーションの販売価格は銀貨一枚。買取となると少し下がって銅貨七枚が相場なんだがな」

「なにっ!?」


 あまりの安さに声がもれた。金貨五枚は吹っかけすぎたということか……

 だが渡したのはハイポーションだからな、せめて男の言う通常のポーション価格の倍は欲しいところだ。


「なら、そっちで俺の用意したポーションの買取値を決めてくれ。買取不可と言うなら後日登録料を用意してくるからその時に登録してくれればいい」


 男と話をしている間に、悪目立ちしてしまったようだ。俺たちの会話に興味を持った冒険者たちが二階から覗き込んでいたり、入り口から入ってきた冒険者までもが受付嬢に何かあったのか? と話を伺っているのがわかった。


「そう急かなくとも奥でゆっくり話そうじゃないか。茶も出すからよ」


 男も周囲の目を気にしたようで、俺とロロアを交互に見直してから背後に控えていた受付嬢になにやら頷いてみせた。

 どうやら俺たちを関係者しか入ってはならない部屋へと通すように目配せしていたようだ。男が先に通路の方へと踵を返して歩き出すと、受付嬢は「こちらにどうぞ」と言葉を添えて俺たちについてくるよう促してきた。


「ん?」


 椅子に座って足をぷらぷらと揺らしながら、どうするの? と言いた気な様子でロロアは俺の顔を見上げ頸をかしげていた。どちらにしろ買取不可なら出したポーションも返してもらわないといけないしな。


「茶も出すと言っているし、とりあえず招かれてみるか」


 そう言葉にして立ち上がると、ロロアは急いで俺の服の裾を掴んだ。俺もロロアが傍に立ったのを確認して受付嬢の背中を追っていく。

 受付嬢が通路の奥にあった扉を開き俺たちを中へと招き入れた。

 中はお世辞にも広いとは言えない縦長の一室で、入室して一番に目に映ったのは奥側に置かれた分厚い本が整頓された書斎机と、その上に置かれている俺が手渡したポーション。そしてその書斎机の椅子に座っている先ほどの男だった。

 一見してこの部屋は書斎室とも見て取れたが、書斎机より手前に置かれていた足の短い長方形テーブルに、それを三方から囲むクリーム色のソファーが談話室としても利用できると主張しているみたいだった。


 書斎机に腰を下ろしたまま、男は手をテーブルの方へ翳して俺とロロアにソファーへ座るよう促した。テーブルを挟む二つの長ソファーと、書斎机と向かい合うように置かれた単ソファー。

 入室して少しのあいだ立ち呆けていた俺とロロアは、促されるがまま長ソファーに並んで腰をおろした。


「お茶をご用意してきます」


 受付嬢は俺たちが席に着くのを見届けると、そう男に声をかけ一礼してから部屋の中にあった別の扉を利用して姿を消した。

 俺たちが入室した扉が部屋の中から見て左側、その扉が備えられた同じ壁の反対、右側にも別の扉があり、受付と繋がっているだろうと考えられるその扉を受付嬢は利用したのだ。


 受付嬢が姿を消すと、それが合図だったように男は口を開いた。


「単刀直入に言おう。このポーションの値段は決められていない」


 男はそう言うと、書斎机の上に置かれていたポーションを手に取りながら俺を見た。


「わからないな。それは買取不可だと受け取っていいのか?」


 手にしていたポーションを一度、書斎机の上に置きなおすと、


「そうではないのだ。できるなら買い取りたいんだが……。詳しくは鑑定をおこなった彼に説明してもらおうか」


 男が歯切れの悪い言い方をして俺にそう言うと、お茶を用意してきてくれた受付嬢と一緒に、銀色の眼鏡をかけて金色の長髪を一本にまとめた若い男が室内に入室してきた。

 男でも見惚れてしまうほどの美形というやつだろう。扉の前で立ち止まったその男は、人形の様に綺麗に整った顔をしていて、俺はついまじまじと眺めてしまっていた。


「彼はこのギルド専属の鑑定師ルーグだ。ここで買取品や素材などの鑑定を任せている」


 男がそう言うと、扉の前に立っていたルーグが胸に片手を添えながら頭を軽く下げ、初めまして。と挨拶を始めた。


「初めまして、僕が鑑定師のルーグです」


 俺はソファーに座したまま、ルーグを見て名を名乗った。


「俺はカザミだ」


「おっと、俺の自己紹介もまだだったな。俺はこのギルドの支部長(マスター)を務めているガルドだ」


 この男、ギルドマスターだったのか。そうなるとこの部屋、やはりガルドの書斎室だったようだな。


 お互いが自己紹介を交わしている間に、受付嬢がガルドとルーグ、俺の前にお茶を用意してくれた。気を使ってくれたのか、ロロアには冷えたジュースとお茶請け程度に長細い焼き菓子も添えて出してくれた。


 ルーグはまだ扉の前に立ったままだが、俺と向かい合う席にお茶が置かれたのでそこに座るということだろう。

 全員分のお茶を置いた受付嬢は、扉の前で一度振り返ると「では失礼します」と会釈してから自身が担当している受付窓口へと戻っていったみたいだ。


 会釈して立ち去る受付嬢に気を取られた俺の隙を窺うように、ガルドはまたもチラリとフードを深く被るロロアに視線を向けていた。俺がそれに気づきガルドの方を見たが、ガルドも深くは詮索する気はにようで、咳払いをして話を戻したようだった。


 たしかに黒衣姿で一言も発しない少女が気になるのは当然か。


「ルーグも座ってくれ」

「では失礼して」


 思った通り、ルーグはお茶の置かれた俺の前に腰を下ろした。沈むソファーの感触を確かめながらチラリとルーグもロロアを見た。

 俺の隣に座るロロアは自身に向けられた視線には気にもしていない様子で、両手でつかんだ長細いお菓子をカジカジとハムスターのみたいにかじりつき始めた。

 先ほど食事を済ませたというのに、デザートは別腹と言うことか。


 それにしても見ていてわかるボソボソとした感じのお菓子だな、口の中の水分が奪われパサパサになりそうだ。


「じゅーすじゅーす」


 ぼそりと呟いたロロア。やっぱり口の中はパサパサの砂漠のように枯れた状態みたいで、頬張ったお菓子を手にしたジュースで流し込んでいた。


 口元からコップを離し「ふいー」と息を吐き出すロロアを見て、放っておいても平気だろうな。と思った俺は視線をルーグに戻し、話を進める事にした。


「それで、俺が持ち込んだポーションについて説明があると聞いたんだが」


 お茶を啜りながら一息ついているルーグは、俺の声に反応して啜っていたお茶をテーブルの上に置きなおした。


「あっ、と失礼。美味しいお茶だったもので」


 ルーグはそう言って俺の方へと視線を向け直して言葉を続けた。


「それでポーションなんですが、僕の鑑定によるとハイポーションだと結果が出ました」

「ハイポーションを渡したからな」


 わざわざギルドの一室にまで通しておいて、なにを当たり前な事を言っているんだと言ってやりたい気分だ。


「あの……伺ってもよろしいですか?」


 ルーグは一度テーブルの上に置いたお茶を手に戻すと、少し前屈みになり、俺の言葉を待たずに言葉を続けて聞いてきた。


ハイポーション(これ)をどこで手にいれたのですか?」


 ”手にいれた”というよりは異世界転移前、まだVRをプレイしていた時に錬金スキルで制作しただけなんだがな。

 まぁVRのポーション事情(良質ポーションは錬成)など理解されないだろう。

 NPCの店で買えない事はないが、錬成したポーションと比べると治癒幅がかなり劣ってしまうし二度手間となる。理由はNPCから購入したポーションは擦り傷や裂傷などは治癒できるが、骨折や切り落とされた身体の一部は修復されないからだ。


 もしも戦いの最中、失った腕も治癒できると勘違いしてNPCから購入したポーションを使ってしまえば、継続的ダメージが負荷されないで済むかわりに、街に在る神殿で”神への祈り(多大なお布施)”をするまでは失った部位は修復されないんだよな。

 錬金スキルで作られたポーションはNPCのとは違い、わざわざ大金を払わず(祈らず)ともその場で修復も可能な高品質のポーションなわけだ。

 錬金スキルは治癒師(ヒーラー)がいないソロプレイヤーの俺には欠かせない必須スキルだったを思い出すな……


 色々VR事情を思い出してしまったが、どう説明したものか。拾ったなんて言えば買取は断られるだろうし、ましてや拾った物は衛兵に。なんて事になったら元も子も無いよな。


「入手先をいわないと買い取ってはもらえないのか?」

「一応ギルドでは盗難品などの買取はやっておりませんから」


 正論を口にするルーグに少しだけ腹が立った。こうなれば今ここで錬成して見せるか? いや、さすがにそれは場違いだよな。書斎室でいきなり錬成セットを取り出して錬金を始めるとか迷惑を通り越して異常者の一言だ。

 もう考えるのも面倒になってきた。買い取るのか買い取らないのかハッキリしないし、そろそろ無駄な時間を過ごしている気がする。


「そうか、俺の物だと証明する手立ては俺にはないからな。残念だが買取は諦めるとしよう」


 ロロアも食べ終わったようだし、ここを出て他の買い手でも探すか。


「言い方が悪かったですね、申し訳ありません。実はこのポーション、現在は流通していない貴重なポーションなんです。それに僕も見るのは初めてでして、鑑定スキルでも”ハイポーション”だと知る事しかできず、効能はわからない有様でして」


 なるほど。鑑定スキルを駆使したが詳細がわからず値段のつけようがない。そして詳細不明(それ)をあまり俺には知られたくなかったからガルドもデカイ体躯(ずうたい)のくせにハッキリしない態度だったのか。

 まさに俺は時間を無駄にしていたんだな……ん? 鑑定スキルか。そういえば俺も使えたはずだな。

 これまでの経験からして、VRのスキルが使える事は把握済みだし少し試してみるか。

 俺の鑑定も詳細不明とかなるのなら、そうなる事もあるというのは早めに知っておいた方がいいしな。


「少し待ってもらってもいいか、試したい事がある」


 鞄から同じハイポーションを取り出し鑑定スキルを使ってみると、手にしたハイポーションの上にウィンドウが現れた。そこにはゲームだったときのVRの鑑定スキルと同様に、品名と効能が記されたウィンドウが宙に浮かんでいるみたいだった。


______________________

品名:ハイポーション


効能:外傷治癒・内蔵損傷治癒・欠損部位の修復

______________________


 さすがはスキル熟練度も最高値(マックス)のスキル。と言いたいとこだが、俺の魔力が身体から抜け出てウィンドウとして具現化された気がした。曖昧な感覚だったが、ハイポーションを鑑定するために必要量の魔力を消費したという事なのだろうか。

 俺はこのとき、どこかVRとは勝手が違う違和感を感じていた。

 まぁ鞄も最初は黒い靄だったし、異世界とVRの相異は少しずつ理解していけばいいか。今はとりあえず鑑定結果を伝えてやるとしよう。


「欠損部位も修復できるようだ」


 効能は知らなかったの(てい)で説明しておくか。どうやらルーグ曰く、ハイポーションは稀有な物らしいから詮索されるのも面倒だ。


「えっ――鑑定できたんですか?」


 ハイポーションの効能ではなく、俺が鑑定スキルを使える事に対しルーグが驚いたように声を上げた。

 思っていた反応とは違ったが、ハイポーションの事を詮索されるよりはましか。


「ルーグもできるんだろ? そんなに驚くことでもないと思うが」

「こういう事は他人にいうことではないのですが、僕の鑑定スキルは固有能力(ユニークスキル)なんですよ。少なからず知人の中には似たスキルや魔法を扱える方はいらっしゃいますが、同じスキルを持つ人がこんな近くにいたとは驚きですね」


 やらかしてしまったようだな。異世界(こっち)では鑑定スキルは珍しいのか。ルーグが使えるなら珍しいスキルでもないと思ったんだが。

 ガルドの反応はどうだろうかと横目でチラリと見据えると、ニヤリと口角を尖らせたのがわかった。

 少しでも俺という人間の情報が欲しかったのだろう。どうやら俺は自らスキルをひけらかしてしまったようだ。


「詳細がわかるということはルーグの鑑定スキルよりも上位のスキルなのかもしれないな」


 ガッハッハッと豪快に笑ってみせたガルドだが、俺はこういった腹の探り合いはすきではない。苦虫を噛み砕いた顔色を浮かべた俺とは違い、ガルドは満足した様子だった。

 ガルドからしてみれば、鑑定師が行使するスキル【鑑定】よりも上位互換の鑑定スキルを持つ者が現在では流通していないハイポーションを持ち込んできた。

 これだけでも値踏みしていた(取引相手に相応しい)価値はあったと判断できたのだろうな。俺からしてみればさっさと買い取ってもらって、陽の出ている内に宿と装備を確保しておきんだが、


「俺の鑑定によれば、外傷治癒、内蔵損傷治癒、欠損部位の修復とある。鑑定結果を閲覧できるのは俺だけだから証明のしようがないがな」


 鑑定スキルの結果を口頭で伝えているようじゃ意味を成さないだろうが、ここまで善意の振る舞いをしたんだ、これ以上買い渋るというのなら即取引中止だ。


「俺としてはカザミの言葉を信じて買い取りたいんだが……」


 そう口にしたガルドは両手を組んで険しい表情を浮かべると、瞼を閉じて何か考え事をしている素振りをみせた。


「買い取らないなら物を返却してくれ。俺にも都合があるんだ、長引くのなら後日にしよう」


 腕を組み、ガルドにそう言葉を投げ掛けると、


「今提示する買取値が今後ギルドでの販売や市場にも出すだろうハイポーションの値の下地になってしまうもんでな。どうしても慎重になってしまうんだよ」


 ギルドマスターであるガルドが決めあぐねるとなると、いつまで経っても話は平行線だ。

それに今後の市場価格も考慮していたとは……俺にはたかがポーションと思えてしまうのだがな。

 一向に商談が進まないガルドに、他の店で買い取ってもらうかとも考えていたが、この情況を考えると不用意に所持しているアイテム類を売りに出すのは控えたほうがいいのかもしれない。


「お前が知りたいのは今後の品数、つまりはどれぐらいの期間で製作可能かと言う事と現在の在庫か」


 値段が決まっていない現状では適正価格の判断が難しい。それこそ一つや二つ市場に流したなら、流通していなかった反動で市場では様子見となり当分は値段が上下する事になるだろうな。

 ハイポーションは品薄だと市場が判断すれば価格は急騰する事だろうし、その逆もまた、今後は定期的に在庫を確保できるとなれば急騰した価格は一気に下落する。持ち込んだ俺の今後の動向を探りたいという気持ちが残っているという事か。


「オークションなら楽に捌けたんだろうな」


 思考する中でポツリと言葉をもらしてしまったが、思いのほか二人はギクリと体を強張らせたのが見て取れた。

 市場に流してやりたいという気持ちはギルドとしての率直な意向なのだろう。欠損部位の修復が可能なんだ、魔物との戦いで重症を負った冒険者が生き残れる可能性がグッと上がるんだから無理もないか。


「買い取るとすれば、いくらまで出せるんだ?」


 ただのポーションではないと判断したこのタイミングで値段交渉を始めるのは少し気が引けるが、二人も俺を試していたのは確かだし遠慮する事もないだろう。


「もしカザミの鑑定が確かで、欠損部位の修復が可能なポーションならば、金貨数十枚はくだらないだろう」


 値段交渉を始めて言うのもなんだが、金貨の価値がわかっていないからピンとこないんだよな。というよりこの価格の落差、銅貨七枚で買い取っているポーションって傷薬程度の物じゃないのか?

 かなり険しい顔で語っている事から察するに、やはり金貨は相当な額なのが予想できる。助け舟とまでは言わないが、今なら俺に都合がいい取引になるかもしれない。


「俺はこの国にきたばかりで、正直この国の物価や通貨をよくわかっていない。そこで取引するのはどうだ?」


 最初(はな)からロロアの装備代と今晩の宿代が欲しかっただけなんだが、色々と詮索しようと欲をかいた結果、俺に主導権(イニシアティブ)を譲ってしまった二人が悪い。


「取引……ですか」


 黙っていたルーグがぽつりと呟いた。どうやらかなりの要求を吹っかけてくると思われたんだろうな。

 鑑定師はこの世界では物の値段を決めるスペシャリストなのかもしれない。だからこそ理解しているハイポーションへの付加価値といったところか。


「俺は端から金貨五枚でさっさと買い取ってもらえればよかったんだが、話をしていて気が変わった。ハイポーションの効能が確かなら金貨数十枚はくだらないんだったか?」


 今度は俺の言葉に対し、ガルドの方が苦虫を噛み砕いたような険しい表情を浮かべていた。ルーグも向かいで生唾をゴクリと飲み込んだのがわかった。

 少し気分がいい。今の俺はすごく悪そうな表情をしている気がした。


「まぁ安心してくれていい。俺は流通していないからと付加価値をつけて値段の底上げをしようとは思っていない。それに気が変わったと言っても、要求するのは当初の金貨五枚と、この国の物価と通貨の価値だ」


 二人とも俺の言葉で肩の力が抜けたのか、強張っていた表情が緩むのがわかった。口元が緩んだガルドは俺の言葉を聞いて聞き返してきた。

 まぁ当然だろうな。この国で生まれ育った者からすれば知っていて当然の指数を聞かれているんだから。日本で例えるなら自販機で売っている飲み物の価値を聞かれたようなもんだろうな。


「物価、通貨の価値?」

「そうだ。できれば物価の内容は食料品や消耗品などの物価変動率、ここ数年から現在の物価値が知りたい。どうする? 覚えている範囲でいいから食料品の値段を教えてもらいたいだけだ」

「それだけでいいのですか?」


 俺の言葉に耳を傾けていたルーグが驚いた様子で声を張り上げてきた。ルーグからしてみればお人好しにも程がある。と言いたいところなのだろうが、俺からしてみれば金貨とか銀貨とか言われても何が買えるの? 宿代これで足りますか? 状態だからな!


「十分だ。俺は見ての通り余所者だからな。買い物にいくのにも手を拱いている状態なんだ」


 いい齢した男が何を言ってるんだと恥ずかしくなるが、外国に行った場合、たとえばアメリカなら”一ドル=百数円ぐらい”などと一ドルを円で現した場合の円通貨価値(レート)を知っていないと庶民な俺は買い物ひとつできない自信がある。

 値札を見ないで購入するとか俺には一生できない自信あるからな。

 ホント欲しいと思った物の値札は見ずに買う。とか言うやつに言いたい。俺がそれをしてレジで「○○万円です」と言われたら、俺はそこで一考してしまうぞ。瞬時に判断して「やっぱりやめます」とか言ってしまう性格だからな。


「それにハイポーションを市場に大量投下(売り出す)などの行為も自重するとしよう。在庫数や製作方(レシピ)は公表できないが、また売りに出す事がある場合はギルドに直接卸し適正価格が決まるまでは商店などへは売らずにいるとする」

「ぱっさぱさ……」


 隣りで空いたコップを手にそうロロアが呟いた。ロロアが何かを呟いたなと、俺も視線をロロアに向けると、しわしわになった口をすぼめながら俺の顔を見上げてきた。

 思わず噴き出しそうになり、そりゃそうなるわ、と思いながら黙って俺の前に置かれていたお茶をロロアの方へ移動させてやると、トドメと言わんばかりに、しわしわの口をゆっくりと俺に見せながら「あ・り・が・と」とゆっくりと言葉にしてから、お茶を口許に含んで潤いを取り戻していた。


 今のは確信犯だな。ぜったいおもしろいと思って笑いを取りにきただろ……子供には退屈な時間なんだろうがと、咳払いを一つしてから、


「これで納得してもらえるか?」

「そこまでわかっていたのですか。あなたを秤にかけるような考えをしてしまったこと、お許し下さい」


 ルーグは以外と素直な性格のようだ。俺が今後市場を掻き乱すのではと邪推していた事へ素直に謝罪の意を示した。


「気にしていない。初見の人間がこんな物を持参し取引を持ちかけてきたんだ、物の価値を考え、取引に対し思考を張り巡らせるのは間違っていない。それがルーグの鑑定師としての役割でもあるはずだ」


 このまま話しが進めば、お互い角が立つ事なく済みそうだ。俺はこの世界の最低限の知識が欲しい、相手はこの場で金貨数十枚(ハイポーション)の価値を金額(いくら)に定めるか決定したくない。

 それがわかれば、あとは金貨五枚にその余剰分はそれに見合う物を要求すればいいだけの話だ。


 お互いの良い方向に話しが進みそうなのを実感でき、俺はようやく一心地着いた気になれた。


「それならルーグ、お前さんが物価と通貨の価値をできるだけ詳しく説明してやってくれ」


 ガルドも納得した様子でルーグに言葉を飛ばすと、ルーグも快諾して言葉を口にし始めた。


「では物価の方を先に。まずは食料品から説明しますね」


 開口一番に物価からだと宣言するように言葉を連ねていったルーグの話はこうだった。

 物価はここ十年程度の内容ではあったが、食料類は安定して入荷できているようで気にするほどの物価変動は起こっていなかった。一食の平均的な値段も銅貨一枚あれば事足りるらしい。銅貨一枚がいくらなのかは判断に悩むところだが、一食銅貨一枚なら日本円での千円程度と考えてよさそうだ。


「生鮮食品や調味料類は別ですかね」

「ん? 酒場の食事などは銅貨一枚でできるんだろ?」


 そうですが、と口にしたルーグは、価格変動は起こってはいないが、元値が高価格な物があると口にし、それが”生鮮食品類”と”調味料類”だと付け加えた。

 理由はこの街の位置が関係しているらしい。場所が荒野だという事もあって、保存食(干物)にした肉や魚はそれほど高くはないが、干物にしていない新鮮な肉や魚となれば価格は一気に高騰するらしい。


 調味料類、特に塩や胡椒、砂糖や蜂蜜のような甘味類なども元値が高価格であるようで、平民の使う調味料はお酢が主流だと口にしていた。

 生鮮食品と調味料のどちらも高価格な理由は冒険者が魔物を討伐して獲る肉だったり、他領から行商が卸しに来る際、積荷税や護衛などを雇う料金などが付加されているからだそうだ。


 確かに海も肥えた土地も無い荒野では塩や農作物は行商人に頼る事になるのだろう。魔物が跋扈する危険な壁の外を移動するとなると護衛料も相当な物になるのだろうな。

 新鮮な魚も運搬時には氷で鮮度を保ちながら時間との勝負になるだろうしと、聞いていて当然と言えば当然か。と納得はしたが、魔物の肉も食すのかと、喰人ぐらい引いてしまった。

 俺も魔物の肉を食べるのだろうか……ベアなら熊肉的な感じでいけそうだが、ゴブリンはちょっとな……


「消耗品に関しては蝋燭や油などですかね」


 消耗品に関しての説明で、俺の常識は一気に塗り替えられる結果となった。

 例えば蝋燭、この異世界では電気が通っておらず、明かりは蝋燭や油を含んだ布でこしらえた松明などが主流なようで、一般的に蝋燭五本が一セットと売りに出されており銅貨一枚という破格の値段だった。

 俺の金銭感覚で、定番の白い棒状の蝋燭が五本で千円とは信じられん。百円ショップの企業努力ハンパなかったんだな。

 金銭感覚の差異が大きくあって慣れるのに大変そうだ。


 食用油もスーパーマーケットなどで数百円で買えていたはずだが、一リットル程度が銀貨一枚で売りに出されているという事実に驚愕しそうになったが、もう価値がわからなすぎて先に通貨の事を聞いておけばよかったと後悔した。


 どうやらこの異世界は物価指数などの統計を録っておらず、過去の物価と現在の物価の乖離率、つまり物価変動率は不明ではあるものの、元値が高い物は高いままで、保存食類は安いまま。という安易な結果になってしまった。

 これに慣れてしまっているせいか、異世界人は価格の変動には鈍感なのかもしれない。

 物価の体温計と言われていた消費者物価指数がどれほど有能な統計だったのかが異世界にきてようやく理解できた。


「通貨に関しては国単位でそれぞれ各国の通貨が現存しているのですが、私たちはこのディメール国の通貨しか詳しく説明できそうにありません。それでもよろしいですか?」

「あぁ。構わない」


 何食わぬ顔で承諾したのだが、ここはディメール国というのか。と内心では国名に興味を持っていた。各国という事は、他にも人族が建国した国があるようでだ。


 「ここディメール国は上から白金貨、金貨、銀貨、銅貨、それに最小単位に銀粒が使用されています」


 四つの硬貨と銀粒と呼ばわれる銀の粒の五つで貨幣は構成されているらしく、やはり銅貨は千円ほどだと把握していてよかったようだ。その下位に位置する銀粒は一粒百円程度の価値があり、日本でいうところの小銭の扱いとなっていた。この銀粒は十粒が銅貨一枚の価値と相当するようだ。

 要は百円だという事なので理解しやすい。それに銅貨が十枚で銀貨一枚価値だというので、これも一万円札と考える事ができた。この上に金貨、つまりは銀貨十枚の価値があるようで、十万円と言えるだろう。

 最後に「日常生活において滅多に使われる事はないですが」と付け足してから白金貨の説明を受けた。想像するに易しと言っていいほどに、金貨十枚が白金貨一枚の価値だと説明された。


「紙幣ではないのか?」

「紙? ですか。紙を貨幣にしている国は聞いた事はないですね。他国の通貨も金貨や銀貨、この国と同じく硬貨が主流となっていますし」


 どうやら他国の通貨に関して詳しく説明できないと応えのは、他国の通貨の価値、つまり銀貨は銅貨で何枚の価値があるのか。と言う点に関して把握しておらず、下手に説明できないと言う事だった。

 知らない事を知った風に説明されるよりは、明確な情報だけを提示してくれる方が俺も方も混乱せずに済む。

 それにしても通貨の価値を知ると、先ほど二人が険しい表情を浮かべていた理由がよくわかる。なにせ金貨数十枚の価値があると言われたハイポーションは最低でも白金貨一枚の価値があるのだと確定している。

 一瓶百万円――俺の鞄の中に結構入っているが、無用心に取り出さないほうがよさそうだ……


 一通りの説明を受けて理解したところで、ガルドとルーグはこんなものだろう。と説明を終えた。

 それからの二人はハイポーションの入手先が気になるようで「ポーションは普段から自分で製作しているのか?」「製作方法は誰かから教わったのですか?」と遠まわしに聞いてくるだけで、「今はハイポーション(現物)で一つで勘弁してくれ」と言うと、困らせて悪かったな。とそれ以上深くは聞いてこなかったので助かった。


 ガルドは書斎机の引き出しを開き、何かを取り出す様な仕草をしてみせた。すると手には取っ手がワインコルク柄をした銀のベルが一つ握られていた。リンリンッと横に振って鳴らして見せると、少しして扉が開き、先ほどの受付嬢が姿を現した。


「金貨を五枚用意してくれ」

「かしこまりました」


 後は金貨を受け取るだけか。それなりに有意義な時間が過ごせたのではないだろうかと成果を噛み締めていると、受付嬢が小さな布袋を持って姿を現した。

 そのままルーグの座る隣に腰を下ろすと、手にしていた布袋をテーブルの置き、袋口を縛っていた紐を解き、中から一枚ずつ金貨を取り出していき、テーブルの上に金貨五枚が並べられた。

 問題ありませんか? と言いたげに俺の顔を見ながら確認を促してきたので「確かに」と呟くと、並べられた金貨を布袋に仕舞い「それではハイポーション買取価格金貨五枚。こちらをお受け取り下さい」手渡してくれた。


 金貨も受け取り、話も終えた。冒険者がいる世界でハイポーションが出回っていない事に少し気にはなったが互いに詮索はなしとしようという空気が出来上がっていたこともあり、残る冒険者登録を済ませるため立ち上がった。


「それじゃ、俺は登録を済ませたいので受付にいかせてもらう。買い取ってもらえて助かったよ」

「時間が掛かってしまいすまなかったな。また何かあれば寄るといい」


 ポーションひとつ買い取ってもらうのに小一時間は費やしてしまっただろう。別れの挨拶を軽く済ませて扉に向うと、遅れて立ち上がったロロアは「ごちそうさまでした」とペコリと受付嬢に向ってお辞儀をしていた。


 扉を開いて待っていた俺のもとへと歩み寄り、頸かしげて「もういいの?」と聞いてきたので「あぁ」と応えながら通路側に振り向くと、背後から服の裾を掴んできた。俺たちは同じ歩速で通路を進んで行った。


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