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12―無職。最後の砦


 テーブルへと運ばれた飲み物を手にし、話通しで乾いた喉を潤しながらライドの説明に相槌を打っていた。


「地面に開いた大きな穴が地下迷宮(ダンジョン)の入り口になっているんだ。冒険者の誰かが縄梯子(なわばしご)が垂らしてくれたみたいで簡単に下りる事ができる。縄梯子から地下一層に下りると吹き抜けの円筒の空間になっていてるが、今のところ魔物が外に出てきたと言うのは聞いていないな」


 穴から入るダンジョンは初めてだな。プレイしていたVRは神殿や塔などの古代人の人工物系ダンジョンが多く実装されていたっけな。

 俺は何を考えている……ここは俺の常識の外、未知なる異世界だと理解しているつもりなのに、事あるごとにVRと比較してしまうのは悪い癖だ。俺の知識に有るダンジョンは人の手で創られたゲームの話。

 ただの仮想世界のものだ。比べる暇があるならライドの話をしっかり聞いておいた方がいいだろう。


「開けた空間から先へ進むと洞窟になっている。外からの光は届かず、ここから魔物に注意しなければならない」

「暗がりで魔物も出るのか」

「地下一層は注意深くならなくとも簡単に進めるはずだぜ。ダンジョンが出現した際に巻き込まれた森の魔物がそのまま棲み着いたようだ。今のところは一角ラビットや大きな蛇型の魔物が現れるぐらいだからな」

「そうか。なら危険なのはその先、地下二層からと言う事か」

「地下二層、ここからは本当に別次元だ。地下一層の比ではないダンジョンを棲処としているダンジョン特有の魔物が現れる」


 ダンジョン出現時に巻き込まれた魔物と、ダンジョンに巣食う魔物か。後者は確かに厄介そうだな。

 ふと、魔物の話にコワがっていないかとチラリとロロアの顔を覗いてみたが、話に気圧される事なく齧り付いたステーキ肉を口許にぶら下げながらライドの方に視線を向けていた。噛み切れないみたいで、何度も口をハムハムと動かしているのがわかった。

 なんと逞しい姿だ……その姿を見ていた俺に「続けていいか?」と確認を取ってきたライドにコクリと頷いた。


「ダンジョン内に現れたのは一見地上に居る魔物と大差ないんだが、それぞれ魔法や能力(スキル)を駆使してくる特有な魔物なわけだ。そこでギルドや冒険者(俺たち)は他の魔物と区別するため呼び名を付ける事にした。(ベア)型の魔物なら地下熊(アンダーベア)(ウルフ)型なら地下狼(アンダーウルフ)と呼称している。アンダーは下という意味だ。下層へと続くダンジョンにピッタリだろ」


 ライドは自分で名づけたのかは知らないが、自慢気にドヤ顔を披露してみせた。そんなライドを見て、なんとも安直な名づけ方だと苦笑するしかなかった。


「地上の魔物は魔法やスキルを使わないのか?」

子鬼魔法師(ゴブリン・メイジ)や他の下級魔物でも扱える奴はいるが、地上で見かけるウルフやベアは本来、牙や爪で物理攻撃してくる魔物なんだ。それがダンジョンに居るのは牙や爪に魔法やスキルも使ってくる」


 どうやら基本的には魔物も魔法やスキルを扱えるらしいな。ライドが問題視しているのは今までは魔法などを使ってこなかったウルフやベアが魔法とスキルを使ってくる事なんだろう。それでダンジョン内の魔物に呼称し、地上のウルフなどとは区別しているのか。

 そうなると気になるのは魔物の強さだな。魔法やスキルを使うとなると、その脅威は使わない奴とは比べ物にならないだろう。


「アンダーベアはどの程度の強さなんだ? 一体でもパーティーで挑まないと討伐できないほどか?」

「かなり強い。正直、ダンジョンの魔物それぞれが地上にいる魔物とは比べ物にならない。アンダーベアと遭遇するときはいつも単体だがパーティーで連携してやっとと言う感じだ。アンダーベア(奴ら)が群れで行動すると考えるだけでゾッとするぜ」


 アンダーベアはダンジョン内の魔物の中でも余程の脅威なのだろう。ライドの表情が少し強張り、深い溜め息を漏らしていた。


「魔法を使うのか?」

「あれは魔法ではないように思うな。たぶんスキルを有しているんじゃないかと考えている。ギルドに挙がっている情報でも確認されているアンダーベアは全てその技を使ってくるな」


 冒険者から寄せられるダンジョン内の情報をギルドが管理し、他の冒険者と共有しているわけか。なるほどな、それなら呼称分けして扱ってくる魔法やスキル、出没する階層や頻度、単体か集団か等を開示しているだけでも冒険者からしてみればかなり有用な情報になるだろう。

 となると、危険度の高そうなアンダーベアがどの様なスキルを使ってくるのかだな。


「どんなスキルを使ってくるんだ?」

「何と言えばいいのか……そうだな、言葉にするなら”見えない斬撃”とでも言えばいいのか。アンダーベアは一目でわかる鋭い爪を生やしているんだが、直接的な斬撃を躱しても斬られてしまう厄介なスキルなんだ」


 そう言うとライドは何か思い出したくない事でも思い出したのか、暗い表情をし俯いてしまった。ロロアの方もようやくステーキ肉が最後の一口に達したようで、かぷりと肉を頬張りもぐもぐとしたところで俯いてしまった。


「……のみこむのつらいよ」


 お腹一杯だったんだな。

 オートミールにステーキ肉とはよく食べるなあと思っていたが、その小さい体じゃそうなるよな。

 隣に座るロロアを見下ろしていると、


「ダンジョン攻略に出向いた冒険者は見た目の爪に惑わされて何人も殺されて(やられて)しまった。中には顔馴染みの冒険者もいたんだがな……」


 俯いたままそう言葉にしたライドが悔しい表情を浮かべているのがわかった。抱えていた悲しみを表に出さないよう拳を握り締めている。


 ライドと向かい合うロロアも悔しそうな表情を浮かべているのがわかった。口に放り込んだ最後の肉を表に出さないよう流し込もうとしていたのだろう。しかし小さな手に握られたコップの中身は空だった。

 ロロアには俺の飲み掛けだった飲み物を目の前に置いてやると、限界だったのか急いで握られたコップを一息に飲み干してしまった。


 危ないところだった。ライドには悪いが、気を抜けば俺も噴きそうになっていたんだ。

 ライドが憂い(溜め込んでいたもの)を吐き出すのは好きにしてくれて構わなかったが、俺の隣りでは食べたもの(溜め込んだもの)を物理的に吐き出しそうになっていた子が居たんだよ。

 

「ふー。あぶなかった」と口にしながら、どうにか危険域(レッドライン)を超えたロロアの姿を確認した俺は、ライドの冒険者仲間の話には触れずダンジョンの話を進める事にした。


「それでダンジョン特有の魔物か。ところで七階層まで進んだと言っていたが、その先には行かなかったのか?」


 俺の言葉に両肘をテーブルに付いて両手を組んだライドは、


「正確には行けなかった……だな。俺たちは七階層の主と呼んでいるんだが、そこに現れたのは地竜アンダードラゴンだ」

「……ドラゴンか」


 ロロアから竜族が居るとは聞いていたが、まさかドラゴンの話になるとはな。


「七階層に繋がる小さな空洞を下りて行くと、出口には大きな空間が拡がっている。そこは天井も高く、半球状の階層の中央で地竜が待ち構えていたんだ。」

「それで七階層まで進んだと言っていたのか。地竜は倒せなかったのか?」

「あの姿を見て、挑む事もせずに引き返してしまったよ。あれは街を襲ったオーガとは比べ物にならないほどの強敵だと直感でわかった。挑んでいれば、俺はここにはいなかっただろうな」


 冒険者も人ということだな。でもライドは勇敢と無謀を穿き違えてはいないようで安心した。邂逅した相手の力量も測れずに単独突貫される事はないだろう。


「今はこの街のギルドが高ランクの冒険者を総出してダンジョン攻略に挑もうとしている。複数のパーティーで大規模のパーティーを構成して地竜討伐に向けて作戦を練っているところだそうだ」


 複数のパーティーで構成された大規模パーティーか。確かVRでレイドパーティーと呼ばれていた大規模複数パーティーも同じ形態のパーティー構成だったな。そういえばレイドボスのドロップアイテムは希少な物ばかりだ。

 ドラゴンを討伐すれば――いや、それはVRの話か。また悪い癖だ、この場合は依頼報酬があるぐらいだろうか。


「地竜にはギルドから賞金が賭けられているのか?」

「討伐報酬のことか? もちろん賭けられている。だがあれを単独パーティーで狩るなんて事は到底無理な話だ」

「冒険者ギルドに登録していない者が討伐に成功した場合でも、その報酬は受け取れるのか?」


 何をするにも金はいる。日銭稼ぎも大事だが、できる事なら先の事(異世界生活)を考えて、まとまった金を手に入れておきたい。


「掲示板に張られた依頼書をギルドの受付で受理されていないと報酬はもらえない。それに討伐したことを証明するため、ギルドから指定されている魔物の一部を持ち帰らなければならない。受けられる依頼内容も冒険者のランクに応じて決められている」


 討伐すればいいだけの簡単な話ではなかったか。地道に依頼を達成(こなして)してランクを上げなければいけないようだ。


「冒険者のランクと依頼のランクが同じものか、冒険者ランクより下の依頼ランクしか受けられないということか?」

「ランクアップを早めるために、ひとつ上の依頼ランクまでは受理可能だ。同じランクをチマチマこなすのも面倒な冒険者もいるからな。同ランクよりも経験値が少しは高い一つ上のランクを所望する冒険者が大半だ」

「経験値――レベルでも上がるのか?」


 思わず”経験値”に驚いてしまった。まるで異世界なのにレベルの概念が存在するみたいな言い方だ。いや、異世界だからこそ在りえるのかもしれない。


「レベルが何かは知らないが、冒険者登録するとギルドから冒険者証(ギルドカード)が渡されるんだ。依頼達成に応じて受付で経験値が割り当てられる。経験値が一定値に達するとランクが上がるんだ」


 ギルドが決めた達成数値の様なものか。まぁそうだよな……


「ギルドカード?」

「ギルドカードの表面には冒険者ランク、名前、職業、所属ギルドの支部名が記されていて身元の証明書としても各街で取り扱ってくれる。おかげで色々な街を行き来する事ができる。裏面にはその冒険者が獲得している魔法やスキルの一部が載っていて他のパーティーに参加する際は個人の能力を示すのに便利だが、ユニークスキルや一部の魔法は表示されないようだ。全てが表示されるほど万能でもないと言う事だな」


 身分証にも使えるのか。今の俺とロロアは不法滞在者という事になるかもしれないな。どちらにしろ門内にゲートを繋いだのは正解だった。俺もロロアも身分証なんて持っていないから正々堂々と町に入る事はできなかっただろうな。結果よければと言うやつか。


「言葉だけでは分かり辛いし見せてやるよ」


 そう言ったライドは自分が持っていたギルドカードを見せてくれた。手渡されたギルドカードを見てみると、長方形のカードの右上角に四角く囲った枠の中にアルファベッドのBが表示されている。なるほど、これがランクという事か。ならライドはBランク冒険者となるのか。

 その左側には二つ並んだ欄があり、俺の知らない文字の様な羅列が記されていた。たぶんギルド支部名が記載されていて、その下の欄にライドの名前と職業が書かれているのだろう。

 さらに一番下側に細長い横向きのゲージがあり、灰色の背景にオレンジ色をしたゲージが表記されている。これが現在所有している経験値のようだ。

 依頼を達成すると受付で経験値が貰えこのゲージに反映されるらしく、これが右端まで溜まると受付でランクアップしてくれるようだ。


 ランクアップに経験値、裏面には所有スキルまで写し出されるとは不思議な物だなと言葉を漏らすと、この冒険者証は魔導具の一種だと教えてくれた。

 冒険者に興味はないが、これからは身分証が有る方が何かと便利だろうし作っておくか。俺はこの世界の事は無知だからな、一応制約やペナルティなどがあるかライドに確認しておくとしよう。


 冒険者として活動するか(やっていくか)は別として、ギルドに居る事だし身分証代わりに登録しておくのもいいかもしれない。いずれは必要になる物だろうしな。

 そうなると登録に関して制約など知っておいた方がよさそうだな。


「俺でも冒険者になれるのか?」

「誰でもなれるさ。でも十歳以下は認められないぜ」


 ロロアを気にしたのだろう。そういえばロロアの歳を聞いてなかったな。見た目からして十歳になるかどうかだとは思うが後で確かめたほうがいいだろう。


「とりあえず登録する際の制約なんかがあるのなら教えておいてくれないか」


 俺がライドに制約に関して伺うと、指を三本立てて「いいぜ、制約といってもざっくりと三つだな」と言ってから閉じたあと、人差し指を立て直し「一つ、三月に一度は冒険者ランクに見合った依頼をこなす事。ランクに見合った依頼がない場合は、ギルドの受付で応相談ってとこだ」と順に二本目を立てて「二つ、冒険者同士の死闘は禁止。まぁこれは特殊なケースを除いては、立会い人がいれば実際のところは許可されているから禁止事項というより注意事項みたいなもんだな」


 そして最後に指を三本立ててから、


「三つ、単純にギルドの会費だな。年に一度、冒険者ランクごとに規定されている会費を払わなければならない。これは身元証明書の更新代みたいなもんだ」と、こればかりはきちんと支払わないとギルドカードを失効してしまうぞ。と注意するよう促してきた。

 それに年会費と言ってもその額は統一されているわけではなく、各冒険者のランクに応じて年会費も個別に設定されているようだ。


 冒険者のランクはSからEまでの六段階あり、Eが駆け出しの最低ランクでSが最上位ランクらしい。

 ランクに応じた年会費は、Eが銀貨一枚、Dが銀貨三枚、Cが銀貨五枚、Bが銀貨七枚、Aは金貨一枚だそうだ。


 またEからDにランクアップする場合は経験値ゲージが貯まればギルドの受付でランクアップをしてくれるみたいだが、Cランクを含めた上位ランクに昇格する場合はギルドから提示される試験に合格しなければ昇格できない仕組みになっているみたいだ。

 これはどうやらCランクから受けられる護衛依頼で人命が掛かっているため、ギルド側がその実力を見定める意味合いが含まれているからだとか。


「ただ経験を積めば良いと言うものでもないんだな」

「ランクが一つ上の依頼が受けられるからCランク冒険者はBランク依頼の護衛依頼を受けられるようになる。そうなると魔物討伐とは違い、他人の命を守りながら戦えるかが重要視されるんだ」

「ただの攻めるだけならともかく、守るとなれば勝手が違うもんな」

「荷馬車の護衛依頼だと雇い主の他に積荷も守らなきゃいけないから他の冒険者との連携も重要になる」


 そうなると――と言って、ライドはいかに即席パーティーでの依頼が難しいか、そして組む相手の実力を知っておく事がどれほど必要なのかを口にしていた。


「あとはSランクに関してだが俺も詳しくは知らないんだよな。Aランクの上位に位置するSランクはこの国でたったの三人しかいないし、耳にする話は上位ランク指定の魔物を討伐したとかだから、実力は確かなんだろうが」


 言葉を区切ったライドは、Sランクに昇格する際にギルドから依頼される特別な依頼を達成すると昇格できるらしいがBランクの俺には今のところ関係ない話だ。と言葉を締めくくった。


 この国に三人しかいないSランク(実力者)か。


「そんな凄い冒険者なら一度は目にした事があるんじゃないのか?」

「俺はこんな辺境で活動してる冒険者だから会った事はないな。Sランク冒険者が拠点にしているのは王都だと聞いた事はあるが、この辺境にも冒険者は居る事だしわざわざ辺境の魔物を狩りに出向いてきたりはしないだろうぜ」


 それもそうだな。と相槌を打ち、他に冒険者として知っておいた方が良い事はあるかと尋ねたが、そこまで軍隊のような徹底された規律は存在していなかった。


「当たり前の範疇(はんちゅう)で冒険者をしていれば違約にはならないってことか」

「そう言う事だ。冒険者は自由だからな」


 ライドのその言葉に、ギルドの酒場に居る冒険者たちを見やってみる。

 これが日々の冒険での骨休めと情報交換を主に置いたギルドの酒場か……酒杯を手に依頼達成の打ち上げをしているパーティーや、仲間に新調した武具(片手剣と盾)を見せびらかしている者、まだ駆け出しだろう男女三人組にいたっては、保護者もいないのに子供が酒場に来てはいけません。と声を掛けそうになった。

 俺にはライドの口にした言葉が”冒険者は(成り上がるには)自由だからな(命がけだ)”と言っているようにも聞こえた。


「自由……か」


 俺とロロアの自由のためにはまずは身分証だ。現在俺たちは酒場に居る冒険者(呑んだ暮れ)以下なんだよな。

 なんだこの気持ち――宿無し、金無し、からの無職。職無しの無い無い尽くしかよ。ある意味では三種の神器か!?

 突然自分の置かれている情況(住居不明無職)が脳裏によぎると焦燥感を抱いてしまった。

 嫌な気分だ。住所不定どころか今の俺、住居不明だもんな。家無いから……


 こうなるとロロアのギルドカードも作っておきたいが、魔族も冒険者にはなれるのだろうか。魔族の国に居た頃の身分証なんて、すでにないだろうしな。

 職と身分証が同時に手に入る冒険者稼業って無職(俺みたいな奴)最後の砦(希望)だったんだな。


「魔族や獣人はどうなんだ?」

「どう、とは?」

「冒険者になれるのか?」

「ギルドは種族なんて気にしない。ほらあそこ、獣人の冒険者もいるだろ」


 そう言われもう一度酒場内を見てみると、確かに獣耳を生やして革の軽鎧を纏った獣人も紛れていた。

 三月に一度の依頼は俺と一緒ならロロアも問題無くこなせるだろうし、できれば作っておきたい。


「ロロアは今何歳(いくつ)なんだ?」


 突然話をふられるとは思っていなかったのだろう。ふと顔を覗くとキョトンとした顔をしていた。それから考え込んだあとに、


「はちさい?」


一度両手を開いてから片手の親指と人差し指で丸を作って八本立てた指を見せてきた。八歳か、登録はできないな。


「でもじゅっさいになってるかもしれない」


 どうやら一年近く牢に閉じ込められていたせいで、時間の感覚が狂っているみたいだ。

八歳の時に監禁されたのなら時期に十歳になるだろう。それでも実年齢はまだ九歳と少しぐらいだろうな。一応確かめておくか。


「ライド、今日の日付はわかるか?」

「今は帝国暦三百十七年の中頃だ。詳しい日付は受付に聞けば教えてもらえるとおもうぜ」


 この世界の人は日付に無頓着なのか、冒険者がそういう類なのか。それとも単にライドが大雑把なのかも知れないが、俺の知る限り日付を聞かれて何年の中頃だと答えた奴はこいつが初めてだ。

 さすが異世界の住人と納得しておくか。それはさておき、中頃ということは日本での六月と考えていいのだろうか。。


「どうだロロア、もう十歳になっていそうか?」

「んー、ゆきがふったら、たんじょうびだから……まだ?」


 混乱したように頭を左右に振って応えていたが、ロロアにもハッキリとした年齢はわからなくなっているらしい。

 雪が降ったらということは生まれた季節は冬なのか。この世界にも四季があるみたいだな。なら、あと半年ほどで十歳といったところか。


 そう結論付けた俺は「今回は俺だけだな。ロロアは今九歳だから十歳になってからどうするか考えようか」とロロアに九歳だと伝えながら、今後の事はその時に考えようと付け加えておいた。


「うん、わかった」


 頸を縦に振ったロロアは納得した様子で返事をした。ふとその姿を見ていて冒険者以外でもダンジョンに入れるのかと疑問が浮かんできた。

 一緒に行くとは決めたものの、いざってときに入ってはいけません。では話にならないからな。


「冒険者以外でもダンジョンには入れるのか?」

「問題ないぜ。行くか行かないかは個人の自由だからな。よほどの物好きじゃない限りは自分から危険な場所に赴こうとも思わないだろ」


 それもそうか。魔物はどこにでも居るみたいだし、そこまで制限をかけることもないのか。


「とりあえず今日は俺の冒険者登録だけ済ませるとして、ダンジョンはロロアの装備などを整えてからにしたい。明日の昼前にここで落ち合うってことでいいか?」

「俺も潜る前に準備を整えておきたかったからそれで構わないぜ」

「わかった、なら俺たちはもう行くよ。色々と教えて貰えて助かった。それとご馳走さま」

「ごちそうさま」


 そう言って席を立つと、俺に倣ってロロアもご馳走様と言葉を残した。

 それじゃあとライドを酒場に残し、俺とロロアは階段を下りて受付があるロビーに足を運んだ。

 元の世界にもよくある普通の受付窓口で、受付嬢が窓口の向こう側で控えている。


「すいません、少しよろしいですか」

「はい。なんでしょうか」


 俺の言葉に応えてくれたのはとても綺麗な髪と眼をした、金髪金眼の人族の女性だった。

 服装はギルドから支給されている制服姿なのだろうか、隣の受付嬢と同じ紺色の制服だ。隣は獣人の受付嬢のようで見た目は人間そっくりだが、頭にある獣耳が時おりピクピクと動いている。

 無意識の内に動いているのか、物音を聞き取っているのか、ものすごく気にはなるが、さすがに初対面で「その耳動くんですね」とは聞けなかった。

 いつか機会があれば聞いてみよう。


「冒険者登録をしたいのですが、こちらでよろしかったですか?」

「はい。こちらの受付で大丈夫ですよ。それでは少々お待ちください」


 受付嬢は席を立つと奥へ姿を消したが、すぐに一枚のカードを手に持って戻ってきた。受付カウンターの上にそのカードを置くと、


「こちらが冒険者証、通称ギルドカードと呼ばれている物になります。このカードに本人のお名前と職業をご記入いただき、髪の毛を一本カードの上に置いてもらえれば登録完了となります」


 名前と職業を記入するだけで登録ができるとは簡単だな。と思っていると、説明を終えた受付嬢がニコリと微笑を浮かべて、そちらの方もご登録をお考えでしょうか? とロロアを見ながら口にした。

 できるなら一緒に登録しておきたいが、ライドからすでに年齢制限がある事は聞いたので、無理だろうな。と思いながらも伺ってみた。


「年齢制限があると聞いたのですが、やはり登録は十歳からですか?」

「はい。十歳になっていれば、どなたでも種族問わずご登録いただけます」


 残念……ロロアは十歳になってからだな。


「それでは、お一人分の登録料として銀貨一枚いただきます」

「あっ――」


 忘れていた。文無しだったわ。

 一応金貨を持ってはいるが、この国の通貨じゃないから色々と後の事を考えると使わない方がよさそうなんだよな。

 宿のじいさんも遠慮してほしいと言っていたし……鞄の中身で買い取ってもらえそうな物を出してみるか。


「受付で魔物から剥いだ素材の買取もしていると聞いたのですが、さきに素材を買い取ってもらってもいいですか」


「申し訳ございません。魔物の素材の買取に関しましては冒険者登録をされている方からのみとなっております」


早々に、異世界最初の町で詰んだか。


「この町で他に素材の買取をしている店とかはないですか?」

「存じ上げておりません。そのような行為を認めてしまいますと、十歳にも満たない子供たちが危険な場所へと足を運んでしまいますので」


 以外と異世界もシビアなんだな。先ほどまで微笑を浮かべていたはずの受付のお姉さんの顔がコワい。


「魔物の素材以外の買取も冒険者だけなのですか?」

「薬草などの採取物は冒険者問わず買取可能です」


 鞄の中に入っている採取物はVRの物。持っている鉱石も薬草もこっちでは未知の物なのではないだろうか。金貨もそうだったし、VRで集めた採集素材は出さない方がよさそうだ。

 そうなると、この世界で入手した採集物は草原でロロアが集めた悠久草39個と七色草1個しかないのだが……


「かじゃみこまってるの? わたしがあつめたのかってもらお」

「いいのか?」

「かじゃみがこまってるなら、ちからになりたい」


 俺の後ろで服の裾を掴みながら心配そうにロロアは口にした。宿屋の一件を見ていたからか、俺の持つ金貨が使えない事もわかっているのだろう。


「ありがとうロロア。でも大丈夫だ」


 後ろを振り返ってフードの上から頭をわしゃわしゃしてやった。採取素材の買取が可能なら、素材を合成した物でも問題はないだろう。魔法が存在している世界だしポーションがあっても不思議じゃないはず。

 そう思って受付嬢の方を見直すと、子供の物を売りに出す気? と言いたげに冷たい視線を向けられていた。


治癒薬(ポーション)は買い取ってもらえますか?」


 少し気まずい気分だ。


「はい。魔物の素材以外なら大丈夫です」


 本当にロロアの集めた素材を売りに出すとでも思っていたのか、素材ではなくポーションの買取は可能かと伺うと、受付嬢もどことなく勘違いをして申し訳なさそうな顔をしていた。


 俺って、そんな怪しい男に見えるのか……


 互いに苦笑を浮かべ、ロロアはよくわからないや。と言った表情を浮かべていた。

 ともあれ、やはりポーションはどこにでもある治癒薬なのだろう。ポーションの買取はすんなりと受け入れてもらえた。

 普通の赤いポーションではロロアの装備を買い揃えてあげられるほどの資金にはならないだろうと思い、鞄から細い瓶に入った上級(ハイ)ポーション取り出しカウンターの上に置いたのだが、


「あっ、あの――こちら少々お預かりしてもよろしいでしょうか。ポーション等は鑑定しなければならないため」


 俺が買い取りに出したハイポーションを受け取った受付嬢は慌てた様子で鑑定していいかと確認を取ってきた。


「はい。お願いします」


 受付嬢の様子が少し気にはなったが、買い取ってもらえるならと二つ返事で許諾すると、それでは、とカウンターの上に置いてあったポーションを手にした受付嬢は「あちらで少々でお待ち下さい」と言い残し、そのまま奥へと姿を消してしまった。


 あちらで。とは、この一階フロアの隅にある来客用の椅子と机がセットでいくつか置かれている場所を指していたのだろう。待たせてもらう間、遠慮なく使わせてもらうか。


「座って待とうか」

「なんだかあのひとあわててたよ」


 椅子に腰を下ろしたロロはそう俺に声をかけてきた。やはりロロアにもそう見えたか。

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