9―大鬼終結
聖職者が弓使いのもとへ駆け寄ろうとしたが、拳の連打を防いでいた守護者の盾を徐に掴んだ大鬼は、重装甲のガーディアンごと振り回す様に駆けて行くクレリックに向かって勢いよく放りなげた。
その鎧の重量もあってか、投げ出されるとは露にも思っていなかったガーディアンは突然の事で無防備に宙を舞った。握り締めていた盾だけでは何もできず、勢い良く放り投げられたガーディアンは声を上げる暇もなく、瞬く間にクレリックの背面へ衝突する事になった。
ガチャンッと響かせる鎧の音と共に、二人は地面を転がっていた。
ガーディアンがその場にいなくなった事で、盾の背後に身を隠し詠唱を唱えていた魔法使いの姿が現れた。すでに詠唱は済ませていたようで、眼前に立ち塞がるオーガに杖頭を向けながら魔法陣を展開させた。
「これならどう! 【氷の連矢】」
魔法陣から具現化された無数の氷の矢が勢いよく射出されていった。両腕をクロスさせるように頭を庇うオーガ、巨体な分だけ魔法使いはその的を外す事は無く、オーガの全身に向けて放たれていた。だがやはりオーガ、赤黒く硬い皮膚は魔力を帯び強化されているのではないかと疑いたくなるほど、その頑強な肉体を貫通することはできなかった。
全て弾かれてしまったと思わせるほど、オーガに衝突した氷矢は辺りに散らばって氷の屑となっていた。しかし、近距離から数で圧したのが運よく一本、オーガの太股に突き刺さり行動を抑制することができていた。すぐにも反撃に転じれる距離に居たオーガが動かなかったのはこの氷矢が刺さっていた事で、オーガの警戒心が足を止めさせていたのだろう。
だが魔法使いとオーガの近距離戦ではオーガに軍配が上がることは間違いない危機的状況に陥ってしまった。
「くッ」
自身の状況を把握していた魔法使いは、苦虫を噛み砕いた様な表情を浮かべながら、すり足で一歩後ずさってしまった。その魔法使いの姿を見たオーガは二次魔法が準備されていない事を悟ると、防御体制に入っていた腕をゆっくりと下ろして、体格差から魔法使いを見下ろした。
オーガの一歩なら十分に互いの距離を詰められる距離だった。それを理解していた魔法使いはだからこそすり足で後ずさってしまったのだ。だがオーガに魔法使いを逃す理由などなく、無情にも一歩駆けるように飛び出したオーガは赤黒く太い腕を伸ばし、叩き上げる様に魔法使いのか細い身体を鷲掴みにしようとした。
詠唱する時間も無く、後退したところで詰められた距離を伸ばす事もできないと判断した魔法使いは、足掻いてやろうと杖を剣の様に頭上へと振り上げた。
「やってやろうじゃないのよ!」
「俺も混ぜてくれよ」
オーガに気づかれないよう回り込んでいた剣士は魔法使いに伸ばされたオーガの腕が届く寸前のところで、オーガの不意をつき背後から飛びかかって肩へと剣を突き刺した。
「斬れねぇなら刺しゃあいいんだよ!」
調子づいた剣士はオーガの背におぶさる様に突き刺さっていた剣を引き抜き足の裏で地面を噛み締め、再度地を蹴り上げてオーガの大きな背中へと突きの追撃を繰り出した。
浅く剣先が刺さった程度で致命傷には至らなかったようだ。それでも駆けつけた剣士がオーガの背から追撃する姿を見ていた魔法使いは一瞬勝機を見出せたと思ってしまった。
これでオーガの注意が剣士へ向けば距離を取り直して詠唱する時間が稼げる。期待したその思いはすぐに消え失せるものとなった。
「なっ――ばはッ! ぶはッ! まっ――かはッ……」
オーガは剣士にかまうことなく、片手で魔法使いの腕を掴み持ち上げると、残りのもう片方の掌を魔法使いの胸元へ向け火球を放った。
さきほど繰り出された炎獄の火球よりは小さな火球だったが、背後から斬撃を繰り出す剣士を気にもとめずに、それを魔法使いへと連射し続ける。
ぶらぶらと宙吊りの状態で何度も放たれる火球は、魔法が付与されているだろうローブを終には焼き払い、魔法使いはオーガによって無防備な姿をさらけ出されてしまった。ふかぶかと被ったフードがなくなると、魔法使いの容姿が窺える。
まだ若い顔立ちをしており、茶色く長い髪は腰ぐらいまであるだろうか。ローブの下はショートパンツにチューブトップ姿で、思っていた魔法使いの身形や容姿とは違い、育ち盛りの胸元といい、肌の露出度が以外に高い。
「はな、し……なさい」
あのローブは火耐性付与でも施されていたのだろ。ローブのおかげで火球の威力は軽減されていたが、それでも至近距離からの連続魔法、さすがに爆発からのダメージは大きいようだ。
「うおぉおお!」
オーガの背後から姑息な攻撃を続けていた剣士だが、魔法使いの居た堪れない姿に激昂したようだ。魔法使いを持ち上げているオーガの腕をめがけ、剣士は握り締める剣を振り下ろした。
振り下ろされた剣は甲高い音を響きかせ、剣身が宙を舞い地面に突き刺さる。オーガはチラリと剣士を見たが武器を失った剣士など脅威にも感じていないようで、睥睨するかの様に剣士に視線を向けたあと、魔法使いへと再度火球を放った。
すでにローブを失った状態の魔法使いはオーガの火球を直に浴びせられ、胸元で爆発した直後黒い煙が立ち昇った。再び火球をまともに喰らえば魔法使いはもたないだろう。
剣士に期待できない状況の今、投げ飛ばされていたガーディアンに視線を向けてみると、起き上がっていたガーディアンは煙を上げる魔法使いの姿を捉えていた。
「ふむ。まだ戦えそうだの」
ガチャガチャと鎧から音を立てるガーディアンは盾を前方に掲げながらオーガ目掛け駆け出して行く。そのうるさい音を発てる鎧姿に一度視線を向けたオーガではあったが、今は腕を掴んだまま目の前に吊り下がる魔法使いに止めを刺そうと、指を立てて手刀の構えを見せた。
「ほお。思いのほか機敏に動くではないか」
中央広場内とは言え、それなりの距離を飛ばされていたガーディアンだが、仲間の危機に駆けつけるが如く、盾を前方に掲げたまま躊躇せずに体当たり喰らわせていた。重量のあるガーディアンの体重を乗せた突撃と、魔法使いの放った氷矢が片足に突き刺さっていたこともあり、オーガの体制を崩すことに成功したようだ。
足下をふらつかせた様子で掴んでいた魔法使いの腕を手放すと、よろける様に片膝を地に着けた。
間一髪救われた魔法使いだが、うつ伏せて地面に倒れ込んだまま起き上がってこない。ガーディアンは倒れる魔法使いを横目で確認すると、そのままオーガを押し出して魔法使いから距離を開けようとするが、片膝を着いたまま盾を掴んだオーガはその場から微動だにしなかった。
この状況化で最悪な事に気を失っているのか、魔法使いはすでに意識を手放していた。オーガと押し合うガーディアンには魔法使いに手を差し出すだけの余力は無く、また自身の状況を打開する策も思いついていなかった。
そんな劣勢な状況化で幸運にもオーガに相手にされていなかった者が、すぐそばで控えていたのだ。
「まかせろ!」
その声で背後に横たわる魔法使いを見ると、刀身の折れた剣を手放した剣士がすぐさま倒れている魔法使いを担ぎ上げてオーガから距離をとったのだ。
ガーディアンがオーガを押さえ込んでいる間に、魔法使いを担いで瓦礫の方へ走り出した剣士。その剣士の先に見えたのは、どうやら無事だったクレリックだった。瓦礫の上で倒れる弓使いに回復魔法を施している様子で、剣士も急いでクレリックの元へと駆け寄っていった。
回復する時間を稼ごうとオーガに掴まれた盾を振りほどき、眼前で片ひざをつくオーガに盾を振り一撃を繰り出した。
スコップで相手を叩き下ろすようにガーディアンは盾を振り下ろしたのだが、オーガは盾からの一撃を片腕で防ぎ、もう片方の手で足に刺さる氷矢を握り潰して自由を取り戻してしまった。氷矢は魔法で具現化された矢だったため、破壊されてしまうと原形を保てずに粉のようにさらさらと風にのり消えてしまった。
ガーディアンは常に時間を稼ぐ事に集中している様子だった。立ち上がろうとしたオーガに無理な追撃はせず、その視線はハッキリとオーガの動きを窺っているように見えた。
魔法使いを担いで駆けながらチラリとガーディアンの方を見返した剣士は、そのガーディアンの勇敢な姿を見てオーガの牽制はガーディアンに任せ、自分はクレリックの元へ辿り着く事に意識を集中させた。
弓使いは回復魔法のおかげで傷は癒えたようだが、削られた体力で意識がはっきりせずにまだ立ち上がることはできそうにない。
通りを跨いで倒壊した建物の瓦礫の側に瀕死の状態の魔法使いを横にすると「俺はこれで援護に行く」と言い残し、後をクレリックに任せて瓦礫の隙間からゴブリンの使っていた剣を拾い取った。
「エミーラさんを死なせはしません!」
剣士にコクリと頷いて見せたクレリックは魔法使いの変わり果てた姿を前にそう言うと、すぐに回復魔法を施した。
「神の慈悲を扱いてその身を安らげよ。【回復魔法】」
クレリックが短い詠唱を唱えた後、魔法使いの体は優しい光に包まれていき、傷ついた全身に焼けた肌は正常な状態へと回復していった。
遷ろう意識の中、瀕死の魔法使いの姿を見ていた弓使いは奮い立つように起き上がった。
「私も、まだやれる」
瓦礫の上に転がっていた短弓を手に取り、瓦礫の上で片膝を着いてオーガに狙いを定める。ジリジリと引かれる弦は弓を撓らせた。矢の射程圏内に居るオーガ目掛けその矢が放たれようとしたとき、
「待ってください! 残念ですが、私たち単体での攻撃はあまり効果がないように見えます。ここはエミーラさんの回復を待って私たちの最大火力を同時に放ちましょう」
確かにこのままではジリ貧だが、あの三人の同時魔法なら望みはあるかもしれない。弓使いも頑強なオーガの肉体を前に、薄々同じ事を考えていたのだろう。クレリックの言葉を受け入れて構えていた弓を収めた。
剣士は瓦礫から掘り出した剣を両手に握りオーガに向かい駆けている最中だった。太股の矢を消滅させたオーガはすでに立ち上がり、またもガーディアンに拳の連打を浴びせているところだった。それを受け止めているガーディアンも今回は時間稼ぎを狙いに行動していたからか、先ほどよりも盾を上手く使いオーガの拳を盾の外側へと逸らしながら裁き続けていた。
「盾を逸らして拳の勢いを殺しているようだの」
その間に剣士はまたもオーガの背後へ廻り込んで両手に持つ二本の剣を背中へと突き刺した。
「初手以外は常に背後からだの……あやつ」
ガーディアンへと逸れていた意識のおかげか、無防備にさらけ出されていたオーガの背には見事に剣が二本突き刺さった。唸り声を荒げて、またも背におぶさる格好となった剣士の方へと首を回して振り返るオーガ。それを見ていたガーディアンは剣士へと気を逸らしたオーガに盾を振り上げ追撃を喰らわした。
正面からも盾での打撃に襲われ、注意が散漫になったオーガの隙を見て剣士は背中に突き刺した剣を引き抜いた。オーガは痛みからか背から飛び降りようとしていた剣士に怒りの拳を突き出した。剣士は眼前に迫る大きな拳の直撃を避けるように前方で剣をクロスさせてオーガの拳を防いだ。
直撃は無くとも衝撃は凄まじく、剣士は背中から地面に叩きつけられると、その勢いで後方へと地面を滑るように飛ばされていく。
剣士とガーディアンが時間を稼いでいる間に、魔法使いは回復し意識も戻ったようだ。
「二人ともオーガを抑えておきなさい! やられっぱなしは性に合わないのよ。そいつに私たちのとっておきをお見舞いしてあげるわ!」
魔法使いの言葉が耳に届いた剣士とガーディアン。剣士は飛ばされた先から起き上がると、オーガ目掛け勢い良く駆け出していった。ガーディアンはさらに追撃をしかけオーガの注意を引く。
オーガは先ほどまでは何とも思っていなかっただろう剣士に対し、ガーディアンの追撃の合間に視線を剣士に向けて警戒している様子だった。
正面に盾を構えるガーディアン。横からは二本の剣をぶら下げ腰を低くしながら迫ってくる剣士。オーガは間合いを詰めてきた剣士に拳を何度も突き出していく。それを素早い動きで左右に躱す剣士は、伸び切ったオーガの腕を何度も斬り刻んでいく。幾度と拳を躱され業を煮やしたオーガは、剣士に向かい近距離から魔法を放とうと掌を向けた。
「そうはさせないぜ!」
ガーディアンは瞬時に火球がくると察し、垣間見せずにオーガの前に立ったまま盾を地面に抉り込ませ、オーガの魔法を迎え撃つ気でいた。
それを読み取った剣士がガーディアンの後ろに退こうとオーガを横切った。立てられていた盾に手を掛けて飛ぶ瞬間、狙いを定めるように常に動き回る剣士に向けられていたオーガの掌から容赦の無い炎獄の火球が放たれた。
退くのが早かったか、退く前に剣士を捉えたのか、放たれたオーガの火球は周囲に凄まじい轟音を響かせ爆風を吹き荒らし、我の視界を遮った。
盾を構えていたガーディアンとオーガの間から立ち込めた黒煙は火球が盾に直撃したのだと理解する事には十分だった。近距離で爆散した自身の魔法の余波を一身に受けて身体から煙が発ちこめているが、オーガは膝を着く事はなかった。
ガーディアンは辛うじて火球を凌いだものの、オーガ同様に爆散した余波に襲われ盾に寄り掛かり膝を屈してしまっていた。
この至近距離の爆散は事故の様なものだ。剣士に目がいっていたオーガのニアミスと、身構えては居たものの、まさかここまでの至近距離からの爆散に襲われるとは思っていなかっただろうガーディアン。この状況でどちらに軍配が上がったかとなれば膝を折らなかったオーガだろうか。
「よくやった。トドメは任せておけ!」
剣士は元気だ。
ガーディアンの背後から剣を振り翳しオーガに斬りかかろうとしたところで、
「準備ができたわ。二人とも下がって!」
魔法使いがオーガを抑えておいてと言っていた時間稼ぎが必要無くなったようで、準備を整えた魔法使いが崩れた建物の前で二人に叫んだ。
魔法使いの言葉を耳に、剣士はオーガを目前に踵を返して崩れそうなガーディアンに肩を貸した。剣士が何かをガーディアンに伝えると、相当疲労しているだろうガーディアンに盾を前方へ掲げさせたままオーガの追撃に警戒させた。向かい合い対峙しながらも徐々に後方へと退く二人。
「大丈夫だ、オーガは動く気配がねえ。このまま退くぞ」
オーガは脳を揺らしたのか、追撃する様子はなくオーガも剣士を警戒しているように見える。
動かなくなったオーガとの距離をとり終え周辺の確認に入ると、崩れた建物の前の北側通りに一定の間隔をあけた魔法使い、弓使い、クレリックが並び立っているのを把握した剣士は、自身も北側通りの街路を目指してさらに後退を開始した。
魔法使いたちは広場の端まで退いた剣士たちに視線を向けた。オーガと剣士たちの距離を把握して今から放たれる魔法に巻き込まれない場所まで後退済みなのを確認すると、一斉に詠唱を終えていた魔法を立ち竦むオーガへ放った。
魔法使い=「【黒き竜の黒雷】」
弓使い=「【降注ぐ矢群】」
聖職者=「【聖域の光】」
魔法使いが現出させた魔法陣からは、ズシャンッといくつもの甲高い音が一度に重なり鳴いたと思うと、大気を震わすほどの重厚感ある轟音へと音域を変え響かせた。すると無数の黒い雷がひとつの大きな黒雷へと収束され威力を増幅させてオーガの頭上を襲った。
黒雷がオーガの全身を包み込むと肉を焦がし全身の血を沸騰させた。堪らずに悶え声を上げたオーガに対し息つく暇も無く弓使いの追撃に打たれた。
弓使いは風を纏った一本の矢で空を射抜くと、空高くに魔法陣が現出し数百はあろうかというほどの光の矢がオーガの頭上から雨のように降りそそいだ。
苦しみながらも二発目の魔法に警戒していたオーガは、腕を頭上に掲げ身体を丸めるようにして降注ぐ光の矢を防いでいく。しかし戦闘の序盤に魔法使いが放ったような数十程度の矢の数ではなく完全には防ぎきれていない。腕や肩にはすでに何十もの矢が突き刺さっている。
オーガへと追い討ちを掛けるクレリックが展開させた三つ目の魔法陣。空高く現れた三つの巨大な魔法陣は見ていて壮観だと感じさせた。その眺めの一瞬の事で、魔法使いの魔法陣はクレリックの魔法陣と入れ替わるように小さく縮んでいき消えてしまった。
それが合図だったかのように弓使いの放った矢が降り止むと、次射されるクレリックの魔法。魔法陣からピカッと閃光したかと思うと、次の瞬間には白い光線がオーガに放たれていた。聖域と言う言葉には似つかわしくない凄まじい威力。柱の様なその光線はオーガを中心に捉え周囲の地面を陥没させていった。
光がオーガに集まるようにして消えていく。それは全ての攻撃が止んだ事を意味していた。
眩い光線は消え失せ、オーガが陥没した地面から姿を見せる。クレリックの光線でオーガの両膝は地に落とされ、上半身は弓使いが放った矢で串刺しにされたようだ。焼かれた肉体から沸き出る黒煙は魔法使いの放った黒い雷のせいだろう。
「上級魔法をここまで昇華させるとは恐ろしい三人であるの」
次第にオーガの全身からは白い蒸気が発ち昇り、降注いだ光線の熱量を感じさせた。
「仕留めたの――」
気力で立っているのか、魔法使いは膝を折らないよう杖で自重を支えながらぽつりと呟いた。クレリックに弓使いも、魔力を消費しすぎたようで地面に膝をつき呼吸を整えている。
動かないオーガを前に、離れていた剣士がガーディアンを連れて魔法使いのもとへと足を運んだ。
「どうやら倒せたみてぇだな!」
剣士の言葉に魔法使いは表情を曇らせた。
剣士はフラグを立てた。
「ぐぉお゛お゛!」
オーガは両膝をついたまま、大気を震わせるほどの雄叫びを上げた。咆哮が止むと覚醒したかの様に立ち上がるオーガ。すると激昂し手当たりしだいに火球を放ち出した。広場周辺の建物が次々と破壊していく。
まるで最後の足掻きにさえ見えてくる光景だが、それでも底知れぬオーガの力量に冒険者たちの不安が募る。
「まだあんな力を残してやがったか」
魔法使い、クレリック、弓使いは魔力切れで動けず、ガーディアンの鎧の中は近距離で爆発を起こした炎獄の火球の熱量に耐え切れず深い傷を負ってしまっていた。
唯一冒険者パーティーの中で動けるのは剣士だけになってしまっていた。両手に剣を握る剣士は皆の前に立って飛んでくる火球を叩き斬った。まるで仲間に降注ぐ火の粉は俺が払ってやると言わんばかりの勇ましさだ。
「あとは任せておきな!」
剣士は仲間達に背を向けたまま言葉を残し、オーガ目掛け駆け出した。オーガ、剣士、魔法使いと一線上に並び、魔法使いから見える剣士の背中はさながら勇者を彷彿させるようだ。
オーガは動くものに反応するように突如動き出した剣士に向かって小さな火球を放った。剣士はその火球を避けオーガに斬りかかる。
歩く事もままならないガーディアンだが、それでも仲間を救うため身体に鞭打つように魔法使いの前に盾を構え、剣士が避けた火球から無防備な魔法使いを救った。
ガーディアンの咄嗟の機転により、魔法使いは難を逃れる事ができた。
「やりやがったな、このヤロウ!」
観戦していてあれだが、剣士はあほなのか?
「最後まで飽きさせない奴だの」
そろそろ我の出番かとも思ったが、もうしばらく様子をみるか。
「くそっ!」
剣士はオーガに斬撃を浴びせ続けるが、表皮に傷を増やすだけで骨を絶つことができない。
「これならどうだ!」
オーガの背後を何度も襲った突きを、オーガの真正面から喉元めがけ突き出した。
「ぶぉ゛ごっ!」
真正面から突き出された剣をオーガは掌で受け、もう片方の拳で剣士の顔面を殴りつけた。剣士は吹き飛ばされ、地面を数回跳ねながら瓦礫の中へ叩きつけられた。
「不意打ちで成功した事をここ一番でするとはの……」
剣士のやられる姿に絶望の表情を浮かべた冒険者たちは、「ふぉ゛ごっ!」という言葉にならない剣士の言葉で、冒険者たちの戦いに終わりを告げた。
「冒険者たちよ。あとは我に任せよ」
瓦礫に埋もれる剣士以外は、一縷の希望を込め、コクリと頷いた。
オーガの前に我が立ちはだかると、まるで手負いの獣のような唸り声をあげた。
「見事な戦いであった大鬼よ。最後は我がしてやろう。【凍てつく大地】」
オーガの足元が凍りつき、それはすぐにオーガの全身を包みながら氷山の一角と姿を変えていった。オーガを氷塊の中に閉じ込めると、全身を凍てつかされたオーガの瞳からは徐々に光が失われていく。
それはオーガの最後を意味していた。
オーガの命が尽きると氷塊は砕け、オーガの肉体も共に砕けた。凍りついた肉体は地面へと散らばっていく。
なんともあっけない最後だ。
「――これは」
砕けたオーガの体内から魔石がコロコロと足元に転がってきた。
「我と共に飛ばされた店の商品ではないか」
なるほど。オーガが街に紛れ込んだのではなく、偶然手にした魔石をゴブリンが体内に取り込み進化したのか。幾年の月日をかけて魔物は進化すると言われてはいるが、魔物が魔石を取り込んで進化するなど聞いた事はない。だが店にあった高純度な魔力を蓄積した魔石なら、あり得るやもしれぬな。
「うわあっ!」
「まだ魔物がいるぞ!」
「逃げろ! まだ終わってないぞ」
どこかに隠れていた街の住民が聳え立った氷塊を目にし寄ってきたようだが、我の姿を見て逃げ出していく。
「どこから沸いて出たのやら」
しかしまあ、この魔石は回収しておくか。
「街の者よ。オーガは脅威は去った。冒険者たちの手当てをしてやるといい」
足をほつらせて逃げ遅れた住民に告げると、「うんうん」と何度も首を縦に振り理解したことを示してきた。
マスターの命もオーガがいなくなった事で、獣人たちが腹を満たす為の贄になることもなかろう。
これ以上騒ぎになるのも面倒だ。帰るとしよう。
「見事な戦いだった、冒険者達よ」
疲弊しきっている冒険者たちにそう言い残し、我は広場から駆け出して店への帰路についた。