神造騎士団
・注意事項
まず、本作中における球体猫は猫をモデルとしておりますが、非実在の存在です。
本文では「球体猫は刺激物は苦手だけれども食べられる」とのことを書いておりますが、この小説を投稿する2017年5月現時、犬・猫に与えてはいけない食べ物を検索するとネギやチョコレート等を始めとする刺激物が確認できますので注意してください。
みゅう、みゅう、とそこかしこから球体猫ことミミュウの鳴き声がする中、ライゾウは算盤をはじきガルトフリート王国の地図を睨むようにして見ていた。
基本的に、人が生きるには衣食住が必要だ。
ゴーレムとなった自分たちは着衣に関してはほとんど考えなくて良くなった。
コアの状態に戻れば、大気中の魔力を吸っての補給がほんの少しだができる。住居も、この小さな姿なら箱で足りてしまう。
だが……。
「みゅう!」
遊んで! と膝に飛び乗ってきた子猫を撫で、少し遊んでやる。
こいつらを拾った責任が、自分たちにはあるのだ。
当然のことながら、こいつらの食料と住居をきちんと用意してやらねばならない。無責任な放し飼いなどもっての外だ。
衣食住を早急に整える必要がある。それも、今、すぐにだ。
「ライゾウ、他の遺跡はダメだ。地元住民が重要な古代遺跡だのなんだのと言っている」
家主はオレたちなのに、とシロクマは言いたげに顔を歪めている。
そこに、疾風に乗って出たはずのムラクモが戻って来た。
「戻りました。報告します。ゼフィリウス・ドック、崩落しており使用不能です。中の空調も壊れており宇宙服は必須でした」
これで、大人数を収容できる基地は全滅してしまった。
シロクマは主たる原因のエメスを恨めしそうに見る。
彼女はそっぽを向いた。
当時風の盾が無かったガルトフリートの大地に、主に痛手を与えてきたのは彼女のゴーレム軍団なのだ。
ゼフィリウスが深海の覇王などとうたわれたのも、彼女の海洋ゴーレムを片端から撃破したからだが、唯一不覚と言えるのは海洋での戦いに夢中になり、自分の家を空き巣や強盗に荒らされたかのように潰された事だろう。
「部長、不動産を見ましたが話になりません」
「ユミヒトからは、盗賊の砦を強奪しても国家権力によって差し押さえられると。へたをすれば罰金だそうです」
暗く沈んだ空気の中、ミミュウの遊び相手をしていた女性、ツキシロがおずおずと言った。
「あの……ガルベリアは、ダメですか?」
あそこなら大人数を収容しても余裕があり、食料などの生産プラントもある。
大破したものの、爆発四散したわけではなく、埋まっているだけなので掘り出して起こして、整備してやればとりあえず住居は確保できるかもしれない。
「……そうだな、余力があるうちに掘り出さなければじり貧だな。すぐに行くぞ」
「今からか?」
シロクマが意外そうに言うと、ライゾウは机を我が物顔で占領している、トウジと名付けたミミュウを見て言う。
「アキノが言うには、空腹で動きたくない、だそうだ」
みゅう、とトウジはため息のように鳴いたのだった。
今はアキノやムラクモなど、戦える者が組合に登録して狩猟などの許可を得て危険害獣を狩って食料にしているが、ミミュウが食べられる部位は少ししか手に入らない。
アキノは動物相手の狩猟から犯罪者狩りに転向し金銭を得る方に走り、シロクマに至っては果実採取の際に野良グリフォンと殴り合いになったのは良い思い出だった。
組合からは、あの神造騎士団を名乗る馬鹿共がいると冷ややかな眼で見られ、冷房いらずだという冗談まで出る始末だ。
さすがに、これ以上は士気が下がって取り戻すのに苦労しそうだ。
「こっちもできる限り食料や金銭を調達する。戦力が必要なら言ってくれ。暴君も疾風も出す」
「ありがとう。では、疾風を二両、暴君を一両。あと、暴君のパイロットにムラクモを貸してくれ」
「わかった。ムラクモ、行ってこい」
「はい!」
ライゾウとツキシロ、ムラクモを見送りシロクマは指揮官としての顔で思案する。
これでダメだったら戦車を総動員してガルベリア・ドックを掘り出すしかなくなる。
一応あそこの通路は疾風がすれ違える程度には広く作ってあるが、害獣の巣になっているのは確実だ。
「おまえら、個人携行火器の用意をしておけ。ガルベリア・ドックの発掘と大掃除だ」
ガルベリアがどうであれ、ドックの発掘は必要不可欠だ。
「ねえシロクマ、なんで発掘なの?」
「ガルベリアがダメでも、あそこを掘れば一応家になる。それにあそこにはガルベリアやその他兵器を整備、生産できるだけの物があった。今でもまともに動くとは思わんが、工夫次第で何とかできるだろう。ガルベリアも自己修復できるとはいえ完全ではない。どうしたって部品が必要になる」
「シロクマたちは本当に外から来たんだね」
アトラシア戦役以前だって、ここまで高度に洗練された軍事組織は無かった。
言えば彼は、すぐに追いつかれると苦笑する。
「人間の世代交代はとんでもない速さだからな。エメス、ドックの発掘に行ってくれ。現場の案内はヒエンにやらせる。ヒエン、しっかりナビをやれ」
「はい! ヒエンです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく! じゃ、行こうか」
「はい……あれ?」
ヒエンは小柄な美少女と言って差し支えないエメスに俵担ぎにされ外に出された。
ヒエンは一般的な成人男性よりも少し細い程度の体躯で、当然のことながらエメスよりも大柄なのだが、簡単に運ばれてしまった。
この小さな体のどこにそんな力があるのだろうかと半ば感心しつつ、彼は降ろしてくれるように頼むが、彼女は高機動ゴーレム、ルークを呼び出した後だった。
シロクマが笑顔で手を振り、次いで直立不動の敬礼をした。
表情以外は新兵の手本にしたいくらいに綺麗な敬礼だが、問題はそこではない。
がしっとルークのアームにつかまれ、彼は己の運命を悟った。
「行ってきまぁす!」
「気をつけてな!」
ヒエンの悲鳴は瞬く間に遠くなり、シロクマはツルギを連れて組合事務所に行った。
小奇麗な木造の建物だが、飲食店も併設されており昼間でも賑わっている。
壁にかけられたコルクボードの掲示板の依頼、正しくは狩猟許可申請書を見て、一枚取る。
ミミュウがこれなら食べられると言った害獣の狩猟依頼の紙を手に、カウンターに出す。
「おいオッサン、神造騎士なら野熊猫でも行ってきたらどうだ?」
げらげらと下品な笑い声が上がるが、シロクマはその声に何かを思いついた顔で最高ランクの危険害獣の掲示板を見た。
「野熊猫か」
そういえば、あの掲示板の害獣は大戦時に食べたが、質も量も十分でとてもおいしかった。
昔は銃弾などを節約しなければならず中々食べられなかったが、今では暴君もある……行ける!
爛々と輝く橙の眼は確かに、飢えたミミュウことトウジの目だった。
それを見たツルギは微苦笑して言う。
「キギスは私がやります。一佐はどうぞご自由に」
「すまねえな」
彼は早足に最高ランクの掲示板から二枚の狩猟許可申請書をもぎ取りカウンターに出す。
「あの、挑発に乗ったのですか?」
「いいや、オレの意思で狩りに行く」
彼は許可証を得ると、すぐに外に出て暴君に飛び乗りデルベリウスに通信する。
『なぁに?』
「一番近い野熊猫と極悪鳥のマークを頼む」
了解! 元気のいい返事と共にマップにマーカーが出た。
苦労して情報を集めて狩猟している者が知ったら怒り狂うこと必至なやり方だが、これこそが神造騎士団が最強たる理由でもある。
シロクマは全速で暴君を走らせ、マーカーに急速接近すると対人火器で極悪鳥を撃墜し、これを回収し手早く処理した。
「次!」
野熊猫へと走り、これも一撃で仕留めて回収すると手早く血抜きや解体処理して組合事務所へ戻り、獲物を出した。
事務所は静まり返るが彼はお構いなしだ。
「野熊猫はもう解体したが、こいつらの内臓と肉、骨をくれ。後は売却か処分で。……ああ、血と糞尿は要らない。食肉加工を頼む」
「かしこまりました……あの、あれから一時間と過ぎていませんが、どうやって?」
「情報を集めて、全力で走って、ちょっと指先を動かしただけだ」
なんでもないことのように言い、彼は解体完了の声を待つ。
その間にキギスを手にしたツルギも戻って来て同じくカウンターに出した。
「今日はごちそうですね」
「ああ、あいつらも喜ぶだろう」
極悪鳥はそのまま軽く塩を振って焼いても美味だが、レバーや心臓を甘辛く煮つけた料理も最高だった。
野熊猫は処理方法にまだ問題があるのか多少臭みがあるが、脂身が多い肉を鍋にすると最高で、共食いじゃないかと冗談交じりに言われるが好物であった。
味を思い出し思わずシロクマの顔が緩む。
「猫たち、気に入ってくれますかね?」
「気に入ってくれるといいな。あいつらの食事風景は癒しだからな」
「ええ。女性陣は小魚を釣って来ておやつとしてあげていました」
ミミュウたちが太りかねないが、常に全力で遊んでいる彼らにその心配は無用だろう。
一匹残らず世話をし、我が子を見よと自慢合戦もある。
「受付番号六四番の方、受付番号八九番の方、解体が終わりました」
シロクマとツルギはすぐに食料と賞金を受け取り、高機動車に積み込む。
「早くあいつらの顔を見たいですね!」
シロクマは相好を崩す。
「よだれを垂らして待っているだろうな」
エンジンをかけ、サイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み込んだ。
街道を走る中、シロクマは何気なく言った。
「ツルギ……出世したな!」
「え? ……ああっ」
ごめんなさい、すみません、私が運転します!
はははっ……もう走行中だ、諦めろ。ははは……。
そんなあっ。
* * *
ツルギの悲鳴とシロクマの高笑いが上がる頃、ガルベリアを目前にライゾウたちは地元住民の老人に足止めを食っていた。
「ワシらの聖地に手を出すな。帰れ」
「その自宅に帰るだけです。危ないので退いてください」
「断る」
先程からこの調子で、ライゾウもムラクモもどうしたものかと頭を抱えていた。
頑なな老人にツキシロは問う。
「おじいさん、あの山には何か神話や伝説があるんですか?」
老人は眼光鋭くツキシロを睨むが、彼女は気にした風には見えず、教えてくださいとにこやかに、無邪気にせがむ。
これだから若人は……。
老人は表情の選択に困ったようで、結局はしかめっ面になった。
「あそこはな、冬の神エルジア様がお創りになられた神造騎士団縁の山なのじゃ。数多の神造騎士があそこで命を落とされた。土足で踏み荒して良い場所ではない」
ツキシロは満面の笑みで穏やかに言った。
「おじいさんたちは、ガルベリアをずっと守ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
老人は変な顔をした。
「ガルベリア? どこでその名を聞いた」
「大昔に私が名前を付けたんですよ。名前を考える時に、近くにガーベラの花が咲いていて、とてもかわいくて綺麗だったからその名前をいただいたんです」
ガルちゃんも気に入ってくれて、食料生産プラントの隅っこでガーベラの花畑を作っていました。
「が、ガルちゃん!?」
「はい。今では草ぼうぼうですか、昔はもっとごつごつしていて鉄の山みたいで、大砲もあって威圧感たっぷりで近寄り難い雰囲気なのを気にしていたんですよ。それで、人間型ゴーレムだけでもオシャレでかわいらしくしようってなりまして、それでまず親しみを込めてガルちゃんと呼ぶようになったんですよ」
にこにこ笑い、おっとりと話し……老人はすっかりツキシロのペースに巻き込まれていた。
「ガルちゃんはリボンやフリフリが大好きで……昔はこんな感じだったんですが、今はどんな服が流行っているんですかねえ」
かわいいのがあるといいなあ。
「む、むう……」
ともすれば数時間は話し込む彼女に、あの生真面目な老人を付き合わせるのはさすがに気が咎めた。
「ツキシロ、日が暮れるぞ。服も髪も、本人に選ばせてやれ」
「あ、そうでした! おじいさん、ありがとう!」
軽い足音を立てて三人が行った先は、山。
「しまった!」
老人が頭を抱えても後の祭りであった。
ムラクモはこっそりとライゾウに問う。
「ツキシロさん、実は凄い人たらしなんですか?」
「似たようなものだ。なんというか、いつの間にか彼女の空気に丸呑みされている」
シロクマなどは、彼女との日常会話には必ず目的を決めるか、間にアキノなどを生贄として挟む。
その彼女は、疾風にスコップを持たせて巨大な穴を掘っている。
「ツキシロさん、何をやっているんですか?」
「ガルちゃんの装甲に到達できないかなって。この辺りがハッチだったはずなんですが……」
「それなら、デルベリウスに通信して正確な位置を教えてもらえばいいんじゃないですか?」
その傍ら、デルベリウスとの通信を終えたライゾウも疾風にスコップを持たせる。
「この辺りで良いそうだ。生えている樹木を全部抜いて、ある程度土をどけてからデルベリウスが広範囲レーザーを放つそうだ」
シロクマにもそれを伝えると、戦車も重機も全部出すとの答えがあり、すぐにそれらはやって来たのだった。
時はほんの少し巻き戻り、メティオ基地は一気に騒がしくなった。
次々とコアに戻り、自ら箱詰めにされると疾風がガルベリアに向けて走り出し、瞬く間に見えなくなった。
「ど、どうしたのかな……あ、シロクマさん」
「おお、ユズ、どうした?」
「今、遺跡から人の気配が消えちゃって……何かあったんですか?」
その事か、とシロクマは橙を細めてユズが抱えるワカヤマの顎の下をくすぐるように撫でてやる。
「ガルベリアを掘りに行ったんだ。一万年も掃除できなかったから、埃が積もっちまった」
「それ、もう埃じゃなくて山ですよ」
「だろうな。ユズもミミュウにエサをやるか?」
「あ、やります! あれ、あのお肉は?」
シロクマは実にいい笑顔で答えた。
「野熊猫と極悪鳥にキギスだ」
音を立てて固まる彼女の背後や腕の中では、目を食欲に輝かせてよだれを垂らすワカヤマとミミュウたちがいた。
「ちょっと待っててくれ。このままだと危ないから」
寄生虫などを始末するために一度火を通す。
漂う良い匂いにミミュウたちは落ち着かず、うろうろとかまどの近くに集まり歩き回る。
「そう物欲しそうな目で見るな。このままだと火傷するから、もうちょっとだ」
団扇で扇いで冷まして完成だ。
ミミュウたちは一気に騒がしくなる。
「ほら、できたぞ……こら、喧嘩するな!」
出してやると肉も臓物も瞬く間になくなり、今はワカヤマが野熊猫の硬い骨を噛み砕いて割り、骨髄を分けてやっている。
その横ではツルギが極悪鳥の鳥ガラを使ってスープを作り、野熊猫の肉で久々に腹を満たしたミミュウたちが体重を倍にしてよたよたと己の寝床に戻る。
「極悪鳥って、こんなにおいしかったんですね」
「昔は今みたいに生産体制が確立していなかったし、着の身着のままで逃げてきた奴の方が多くてな……食べられそうな物、動いている物はどんな物でも食べた」
食中毒や食物の中に含まれていた毒などで凄まじい犠牲が出たこともあった。
「今で言う危険害獣は、その当時を生きたオレたちにとっては最高の食料だったんだ。野熊猫は鍋にすると美味いし、毛皮も柔らかくて温かいし、極悪鳥の羽は燃料や工芸品、布団や輸出品になってくれた」
ほれ、とスープの中にあった極悪鳥の肉団子を少し冷ましてワカヤマの口の中に入れてやると、まだ熱かったのか涙目になって悶絶していた。
懐かしい味に士気は上がり、ガルベリア発掘の速度は上がった。
樹木は草むしりのように次々と引き抜かれ、土砂はガルベリアの隣に積まれた。
最後の一本が引き抜かれ、後は土砂をどかすだけになり、大体の形が出てきた。
段々と姿を現すガルベリアを、あの老人を始めとする地元の住民は目を丸くしてそれらを見守っている。
「総員退避! 市民の方は一か所に集まって、誘導に従ってください」
巨大な盾を持つ黄昏の後ろに暴君が座り、これを支える。
更にその後ろに掘られた穴に地元住民が集められ盾で蓋がされ、これも暴君で押さえられた。
「念のため耳を塞いで、しっかりと目を閉じて、口は完全に閉じずに歯を食いしばって、そのまま地面に伏せてください。大変大きな衝撃が予想されますので指示に従ってください」
きちんと全員が実施したのを確認し、ライゾウはデルベリウスに発射命令を下した。
『了解』
宇宙空間では巨大なパネルが展開し、エネルギーを集め……光った。
上空から光の柱が降り、ガルベリアに積もりに積もっていた土くれを埃か何かのように吹き飛ばした。
小石や岩が銃弾や砲弾のように飛び散り降り注ぎ、通常なら壊れるが盾は凄まじい音を立てたが耐えきった。
当然である。彼らはもうただの人ではなく、神の兵士。痛みや感覚はあるものの、ただの小石や人間が鍛えた武器では傷一つつかないのだ。
ようやく小石などの雨が終わり、彼らは盾をしまうとガルベリアを見上げた。
鋼鉄の亀の装甲が現れ、ゆっくりとそれが脈動するように青白く輝き、各駆動系が動作を確認するように動き、その度に細かい土が落ちる。
『やっと動けたぁ!』
歓喜の声が上がり、青白く輝いていた装甲が魔法で丸洗いされると周囲に溶け込むような色彩になった。
住民は口を閉じるのを忘れている。
「久しぶりだな、ガルベリア。調子はどうだ?」
『一度ドックに戻ってオーバーホールしないとダメ。外はともかく、中の設備は錆びだらけ。ベッドや食器もほとんど全滅だし、中も死体を運び出したり換気したりしないと危ないよ。あと、エンジンの方もダメージが残っているよ』
うなずき、ライゾウはヒエンへ通信を繋ぐ。
「ヒエン、そっちはどうだ?」
『ガルベリア・ドックを掘り出すことはできました。中もエルジア様のおかげで幸い無事ですが、害獣の巣になっています』
「我々は良い上司を得たな。今からそちらに行く」
『はい、お待ちしております!』
ライゾウは部下たちに指示を飛ばし、ガルベリアにドックへ行くように促す。
彼女は足元に居る者たちを踏みつけないように慎重に歩くが、いくら重力慣性制御魔法で体重を数千分の一にしても、足元では小規模な地震と突風が発生していた。
さすがにこれにはライゾウも顔をしかめるが、しかたのないことだと諦め、いつぞやのようにスキップしないだけマシだと己に言い聞かせる。
『ライゾウおじさん、歩きにくくない?』
「気にするな。そちらも足回りはどうだ?」
『関節にガタがきているよ。重力慣性制御魔法の出力を最大にしないと膝や足首が壊れちゃうかも……こういう時は、人間が羨ましい……のかな?』
「たぶんな。だが、人間でも太り過ぎると同じことが起きるぞ」
そうなの? とあどけない声が返される。
「ガルちゃんは太らないから大丈夫だよ」
『あ、ツッキー。久しぶり! ツッキーもゴーレムになったの?』
「うん。ねえガルちゃん。ガルちゃんの中でミミュウっていう子を飼って良い?」
『ミミュウって、なに?』
小首を傾げる彼女にツキシロは画像データを送り、メティオ基地に残っている者が触り心地などを共有してやると黄色い声が上がった。
「こういう子がいっぱいいるの」
『いっぱい? いいよ! 後で触らせて。この子たちにも名前が付いているの?』
ツキシロはうなずき、次々と名前を列挙していくと同時に画像を見せていく。
『ふふ……アキノお兄ちゃん埋もれてる!』
「あの時、みんな洗い立てで良い匂いがしたんだよ」
すると、円卓で聞いていたアキノから通信が入った。
『あれ、かなり重かったんだぞ。爪を立ててくるし、どさくさに紛れて爪とぎするし』
『爪とぎって何のために?』
『本能みたいなものだ。鋭い爪や牙はあいつらの主要な武器だからな。でも、あの時のあいつらの場合は……お腹空いた、退屈、遊んで……大体こんな感じだ』
柔らかくて、温かくて、無邪気で、気の良い奴らだ。
たまにツンデレな奴やドジな奴もいるけれど、愛すべき奴らだ。
『ねえ、アキノお兄ちゃんは今何やっているの?』
『今は賞金稼ぎだよ……そろそろ切るぞ』
『御武運を』
* * *
ライゾウたちがガルベリア・ドックに向かっている頃、ヒエンはエメスに質問攻めにされていた。
「ねえヒエン、あの機械は?」
「あれは旋盤といって、工作機械の一種で切削を行うんです」
青白い盾で不死者の攻撃を防ぎ、同色の剣で頭を叩き割りながら彼は答える。
大勢の人が、生き物が死に、魔力に満ちたこの場所は肉体を持たない不死者共にとって極上のお家になっていた。
「どんなことができるの?」
「太さを均一にしたり、中を繰り抜いたり……職人によって様々な物が作れますが、ネジやボルトなど、一度に大量に生産するような物は機械に覚えさせて量産するようです」
あっちは?
彼女は魔力が籠った拳で容赦なく不死者を殴殺し、華奢な足で踏み潰していた。
一度は彼女の魔力を広範囲に照射して一気に吹き飛ばそうかともなったのだが、エルジアの魔力とどのような反応が起きるかもわからず一体一体丁寧に倒すことになったのだった。
「エメスさん」
「なに?」
「私はともかく、よく物理攻撃で不死者を倒せますね」
彼女は考えた。
「どうしてだかよくわからないわ。でも、あいつらの死なない権利を剥奪しているのはわかる。本来なら、こいつらは肉体が滅んだ時点で終わった存在だから、ここにいるのは違反行為になるの。それを考えると神罰を下していると見ることもできるよ。実際、こいつらが向かって来るっていうことは、原初第四神の私に対しての反逆行為だもの」
でも、と彼女は心なしか苛立ったように目を眇める。
「すべての終わりを司るエルジアなら知覚できれば問答無用で終わりにできるのでしょうけど、私たちは違うわ。権利を没収した上で高純度、高密度の魔力でそれらを粉砕しなければならない。効率が悪いわ」
言う割には、ヒエンが一匹倒す間に五匹は倒している。
「あと何匹いるのかしら。いい加減疲れてきたわ」
「さあ……でも、いくらここの居心地がいいからって集まり過ぎじゃないですか?」
「集めている親玉がいるかもってことね。急ぎましょう。シロクマの手を煩わせちゃうわ」
「エメスさんは一佐に惚れているんですか?」
意外な事を聞いたように彼女の目が丸くなった。
まるで、聞き慣れない、未知の言語の単語を聞いたような顔だ。
「惚れる……恋慕の事よね。うぅん……」
考えつつも敵を粉砕し、ぽつぽつと言う。
「よくわからないわ。昔は人間とか、動物とかとこうして交わるなんて考えもしなかった」
むしろ、自分たちから見たら地上の生き物など、ヨールが作ったお人形や愛玩動物程度の存在だった。
同じ神は兄弟姉妹のようなもので、ときめく要素などない。
人間は愛玩動物どころか、ヨールを殺した憎き仇。
そのような格下の者共と交わるのも嫌だった。
「でも、シロクマが乗っていた暴君を初めて見た時、嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
「うん。魔法に頼らず、完全に物理的な機構で、あれだけ大きくて力強い兵器を人間が作って使いこなせるとは思いもしなかったの。それでどれくらい強いのか気になって手を出したけど、シロクマが一番強かった。次にライゾウだったけど、滅多に出て来なかったわ」
シロクマは正面から敵を叩き潰す感じで、ライゾウはいつの間にか背後にいて首を飛ばすような感じだった。
どっちも強かったけど、シロクマは炎、ライゾウは水のようだった。
「あの二人……特にシロクマとの戦いはとても楽しかったし、人間ということも忘れられたわ。でも、エルジアの眷属になることが約束されていたのよね」
瀕死の重傷を負った彼に契約を迫っても断られ、最期まで人でありながら神を殺しに来た。
「最後の戦いで断られた時は悔しかったし、悲しかったわ」
軽い足取りで最深部へ歩き、とうとう到着した。
ガルベリア・ドックの魔力を生み出す重要な部屋に、人影があった。
「とりあえず、色んな事は後回しね」
力任せにその人影を殴り、人影の手が伸ばされる寸前に彼女は跳躍して退いた。
「ヒエン、撤退!」
「了解!」
二人は全速で走り、ドックの外へと出た。
「一撃で死にませんでしたが、心当たりは?」
「あるわ。最悪の奴がいた」
その不死者は悠然とドックの内部から歩み出てきた。
「ゼルネス兄さんの最初の眷属で、壊すことが大好きなの」
彼女は嫌悪を滲ませて不死者を睨む。
その先では、古めかしい貴族服を着た老紳士が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「エメス様、それはあまりの言い様。私は私なりに万物を愛でているだけでございます」
「目に映るモノすべてが破壊対象のクセによく言うよ」
エルジアの加護で壊せなかったからあそこにいただけだろうに。
「お見通しでしたか。ええ、私ごときの力ではエルジア様の守りを破ることができませんでした」
ふと、老紳士の目が青白い光を捉え、ヒエンに目が向いた。
銀縁メガネの奥の目が笑みの形に細められた。
途端、ヒエンの背に氷塊が滑り落ちたような悪寒が走り、全身の毛穴が開くのがわかった。
これは、マズイ奴だ。
すぐに円卓に繋ぎ、通報する。
『こちらヒエン、ドックにてゼルネスの眷属を確認!』
老紳士がゆったりと、優雅な一礼をして名乗った。
「これは失礼。私は原初第三神、ゼルネスが第一の眷属、ユワウと申します」
にい、と彼の顔が歪み、狂気に染まる。
「神造騎士が実力、見せていただきますぞ」
シロクマとライゾウはほぼ同時に言った。
『逃げろ!!』
しばらくして返答があった。
『無理です! 先程エメスさんが負傷、両腕から出血多量で、現在防戦中です。今、背を向けたら、彼女は死にます!』
『デルベリウス!』
デルベリウスからは焦ったような声が届いた。
『もうやっているけど、ドックとヒエンたちを盾にしてて無理!』
ちょこまかと動き回り、照準が合ったと思ったらエラー音が鳴り、彼女の戦術思考は味方ごと撃つ事を提案している。
『もう味方ごと撃ちたくなんてないよ!』
『シロクマ、しばらく動けなくなるけど、魔法で支援砲撃をやって、目くらましくらいはできるよ』
ライゾウは言った。
『シロクマ、エメスとヒエンを回収次第、私はアルと入れ替わる』
『わかった、足止めは任せろ。コウ、トリュウ、ヒリュウ、おまえたちは応急処置と病院の手配を急げ』
『了解』
ライゾウは疾風を全速で走らせ、デルベリウスに言う。
『デルベリウス、このまま一直線上に移動して二人を回収する。ガルベリアはデルベリウスと共にシロクマが到着するまで奴を足止めしろ』
『わかった』
ライゾウはそっと懐のコアを服の上から押さえた。
「アル、後を頼むぞ」
『良いのか?』
「ああ、おまえでなければダメだ」
『わかった』
出血でふらつき、真っ青になりながらも立っているエメスを背後に庇いながら飛んでくるナイフを、魔力の刃を盾で受け、または剣で叩き落としひたすらに耐える。
「つまらない……つまらないですよ」
彼が一歩引いた時、眼前をレーザーが過ぎ、忌々しそうに空を睨む。
「隠れているだけしか能が無い臆病者が」
その時、漆黒の颶風が走り抜け、ユワウが空を見上げると漆黒の、細身の竜が空中で身を翻し、背中から火を噴いて逃げ去るところだった。
全身を鋼鉄で覆ったそれは確かに神造騎士団の武装で、自分が壊せなかった物の一つだった。
歓喜に染まった彼を阻むように、ひっきりなしに砲撃が降り注ぎ、彼はそれを端から叩き落としつつ舌打ちする。
「邪魔をするな!」
鬼の形相の叫びを背に受けつつライゾウはバーナーを吹かして走り、減速して着地するとガルベリアの足元に待機していた救護隊に疾風の手の中にいる二人を渡す。
操縦者と似たように、繊細な動きで二人の身柄は救護隊に渡され、すぐに応急処置が施される。
ゆっくりと下がり、ライゾウは疾風に搭載されているステラエンジンが生産する魔力の横取りを始める。
自分の中に魔力が渦巻き、コアに負担がかかるのがわかる。
心臓の辺りがみしみしいうような感覚に彼は冷や汗を流して呻き、コックピットの中で身を丸める。
だがこうでもしないとアルを起動できるだけの魔力を賄えない。
『それ以上はやめろ。私は素っ裸でも剣一本あればいい』
「すまない……だが、全裸はみっともないから、腰巻くらいは着けろ」
ゆっくりと疾風が魔力の粒子となってライゾウと共に消え、代わりに現れたのは素っ裸に剣とライゾウのコアだけを持ったアルが立っていた。
「さすがに寒いな……すまんライゾウ、剣だけがやっとだった」
コアをツキシロに渡すと、彼女からは謎の枯草の塊を渡された。
「ごめんね、これしか手元に無くて……」
「ありがとう、ちょうど寒かった。行ってくる」
枯草の塊で首周りを覆うと、彼は剣を手に駆け出した。
「あ……」
あれ、腰蓑だったのに。
すぐに小さくなる背にツキシロは思わず頭を抱え、ショートカットの女性、ミカサはぽん、と肩を叩いた。
「昔からでしょ?」
ね? と慰めにもならない事を言う彼女にツキシロは真っ赤な顔で言う。
「ずれているのは昔からだけど、あれじゃあ肝心の部分が隠れてないじゃないの!」
もう、あたしのバカ!!
ツキシロが打ちひしがれている頃、防戦一方になっているシロクマがかなりの手傷を負っていたが、確実に仕留めると橙の目が静かな光を湛えていた。
「入れ替わりで参戦したと思ったら防戦一方……そなたは本当にあの暴君の中の暴君なのか?」
つまらないと言うユワウにシロクマは答えず構えたままだ。
「まったくもって失望しました。この程度の人が神造騎士……我が主人を撃退した者の同朋とは」
度重なる挑発にも乗らず、ユワウは今度こそはっきりとため息を吐く。
「もう壊して……む?」
ふ、とシロクマが構えを解きナイフを手にしたまま自然体になった。
諦めたか、それとも……。
ユワウがシロクマに向かって大地を蹴ったが、彼が感じたのはふわりとした浮遊感と、逆さの景色。
「神造、騎士?」
紳士然とした顔が憤怒に歪んだ。
「認めん、認めんぞ!」
おまえのような下賤な者が神造騎士などと、断じて認めん!
ユワウが叫ぶ中、青白い剣が神速を持って振るわれ、彼は灰燼と化して消えてしまった。
「裸に枯草マフラーとは斬新だな」
シロクマが苦笑して言う。
「シロクマ、毛皮をくれ」
「ねえよ。これでも着ておけ」
とりあえず、シロクマは彼に新品のフンドシとジャージとシャツ、コートにサンダルを渡した。
黙々とそれらを身に着けるアルを見つつ、彼は思う。
魔力不足とはいえ酷い姿だ。あれなら何もない方がマシだったのではなかろうか。
その後、あの枯草マフラーが本来は腰蓑で、偶然の産物だったと彼は知ったのだった。
* * *
全員でガルベリア・ドックの中を余すことなく清掃し、彼女を誘導して格納し、換気口を開けてホースを接続して強制的に彼女の中を換気する。
するとフィルターはすぐに有害物質や埃で黒くなり交換となった。
数度交換しても有毒ガスの針は動き続けている。
「数日はかかりそうだな」
「ああ……早く出して、弔ってやらないと」
神造騎士として再び生を受けた彼らが何もしなかったのではない。
できなかったのだ。
まず、ガルトフリートの大地に戻るのが一苦労だった。
アトラシア戦役はルート大陸どころか他の大陸にまで戦火を広げ、惑星全土を巻き込んだ戦争であった。
他の大陸で生き残った者や神造騎士になった者はそこで苦しんでいる民が立ち上がるのを見届けてからゼフィリウスに助けを求め、海岸で回収してもらいルート大陸への船旅となった。
巡視船文月と運命を共にしたライゾウはルート大陸内部で戦死し、神造騎士として再び生を受けたが文月から出るのが一苦労であった。
シロクマはガルトフリートの再建に力を注ぎ、ライゾウは各地に散らばる他の神造騎士のコアを回収しつつ、ガルトフリートに戻ったのだ。
ほとんどが消滅してしまっていたが、アルは奇跡的に回収できたコアの一つだった。
ライゾウはガルベリアもどうにかしてやりたかったが、再起動しようにもハッチが歪んでいて開かず、疾風でも傷一つ付かない装甲を前に踵を返すしかなかった。
数週間後、メティオ基地に戻って来た者は出て行った者の半数にも満たず、怪我人もいることに帰りを待っていたユズとワカヤマは目を瞬いた。
「きゅ?」
ワカヤマはユズの腕の中でもぞもぞと動いて抜け出し、シロクマに駆け寄り短く鳴いた。
「ライゾウおじさんは今ちょっと疲れて寝ているんだ。大丈夫、必ずまた会える」
ツキシロとアルがライゾウの部屋に入ると、ライゾウの机の上に居たトウジが三角の耳をピンと立てて期待に満ちた顔で振り向いたが、二人の顔を見るとなんだ、と心底がっかりした顔をしてまた伏せる。
尻尾まで脱力し、その落胆ぶりが知れた。
「部長の事、大好きなんだね」
よく手入れされた、ふわふわの毛並に触れ、彼女はライゾウがトウジをかわいがっていたことを知る。
「みゅうぅ」
触れたら猫パンチの一発は飛んでくるが、この時ばかりは飛んで来なかったが、彼はしょうがねえなあ、という顔をしていた。
メティオ基地の自室にて、エメスは傷の痛みに耐えていた。
今更になって、死を司るが故に不死性が得られず、人並みに痛みなどを感じていたらしい末の弟の気持ちがわかった。
手傷を負ってこの痛みなら、それは気をつけるようになるだろう。
だからエルジアはあんなに強かったのか。
もぞもぞと布団に潜ると、小さなノックの音と、知った気配に入室を許可した。
「入るぞ……傷はどうだ?」
「とにかく痛いわ。シロクマこそ、痛いんじゃないの?」
「最初の手当てが良かったからな、それ程じゃない。ヒエンを助けてくれてありがとう」
白かった頬に赤みが差し、目が泳いだ。
「い、いいの。仲間を守るのが、人間でしょ?」
シロクマは口の端を歪める。
「ああ、そうだ。果物をもらってきた。食べるか?」
食べると言いかけ、ギプスで固められた両手を見て彼女は肩を落とす。
「ほれ」
彼はフォークで果物を刺して出した。
視線が何度も果物と手を往復し、迷った末、彼女は自分で食べるのを諦めたのだった。
ああ、シロクマの何も考えていない顔が憎たらしい。
一方、財政難からライゾウの浴衣を着てその場を凌いでいるアルはライゾウが飼っていたトウジの世話をしようとしていた。
「フゥゥッ」
懐くどころか余計なお世話だと全身の毛を逆立てて威嚇している。
それでもなお手を差し出せば……。
「ミギャアアッ」
バリッとアルの手が引っ掻かれたが、彼の手には傷ひとつない。
アルはしげしげと引っ掻かれた己の手を見て、物珍しそうにトウジを見る。
「凄い声がしたけど、どうしたんだ?」
言いつつ顔を見せたアキノにトウジは訴えるように鳴く。
「通訳を頼む」
「わかった。なんでこいつがライゾウと同じ臭いなんだ。毛皮でも剥ぎ取ったのか、ライゾウをどこにやった……と言っている」
アルはトウジの目の前に、ツキシロから渡されていた弱々しく光るライゾウのコアを置いてやった。
トウジは不審物を見るような目で見て、臭いを確認し、自分の寝床に運ぶとその上に伏せた。
「みゅう」
すかさずアキノが通訳した。
「こんなに小さくなっちまって……オレの飯はどうするんだよ」
「アキノ、ミミュウは何を食べるんだ?」
「小魚とか、果物とか……香辛料や刺激物は苦手な部類に入るが食べられないわけじゃないし、人間とまったく同じ物を食べるぞ。好物は個体差があるけど、共通しているのは野熊猫や極悪鳥だよ」
アルはうなずきつつ、円卓でデルベリウスとゼフィリウスに情報を流していた。
『いつでもやれるよ』
『金ぴかの沈没船の場所だって教えてあげるわ』
心強い姉妹の声に、彼は言う。
『頼む』
その彼は努めて今思いついたように言う。
「ところでアキノ、人間や組織が活動するには金銭や物資などが必要だと記憶しているが、我々の懐事情はどうなっているのだ?」
「あまりよろしくない。ここの所出費続きだから、全員が犯罪と借金以外の金策に奔走している」
アキノはふと嫌な予感がし、言った。
「狩りをするのなら、シロクマさんに組合事務所に連れて行ってもらって、メンバー登録をすること」
わかった、とうなずきシロクマの所へ向かう彼の後ろ、円卓の内部では、ゼフィリウスとデルベリウスが手を取り合って小躍りしていた。
* * *
シロクマはまず、アルの服を調達してから組合事務所に顔を出す。
「神造騎士様のお出ましか?」
あちこちからからかいの声が上がるが、二人は気にした様子も無くカウンターに向かった。
「新規の入団者だ。登録ついでに説明を頼む」
受付嬢の目が一瞬アルに釘づけになるが、すぐに極上の笑顔になりうなずいた。
ああ、まただ。
シロクマは彼女の顔をどことなく気の毒な目で見て、最高ランクの掲示板に向かう。
今まではミミュウのエサを重視していたが、これからは金銭の方が必要になる。
幸いにも、犯罪者と危険害獣はたんまりいるようだ。
円卓へ接続し、召集をかけると手隙の者はすぐに集まり各々が依頼書を取ってカウンターに向かい、慌ただしくなる。
「あ、あの……皆様、本当に凶賊の討伐に行かれるのですか?」
アキノはにっこり笑ってうなずく。
「ああ。幸運を祈っていてくれ」
全員が許可証を持つと、彼らはすぐに行動を始めた。
バイクや疾風など、高い機動力を持つ古の兵器が街道を駆け抜け、驚異的な機動力で大きな町に行くと溶け込んで情報を集める。
そうしてわかった敵のアジト付近に潜伏し、じっと待つ。
神造騎士になって良くなったことは、いざとなれば食料も睡眠も要らず、排泄の心配をしなくて良い事だとアキノたちは心から思う。
潜伏するのも、待つのも、慣れたものだった。
連中が夜中に出て行くのを待ち、押し込み先に到着したところで包囲し、襲撃した。
捕り物に騒がしくなり、やかましいと青筋を立てた周辺の住民が武器を手に飛び出してきたがすぐさま駆けつけてきた黒服たちに道を譲り、アキノたちは獲物を差し出す。
「今回の捕り物は組合事務所の依頼書によるものなので、首実検が終わったらメティオ遺跡の方に連絡をください」
わかりましたと黒服の若い男はメモを取り敬礼し、慌ただしく自分の仕事に戻って行く。
そのような事がガルトフリート王国内の各地で起き、果ては国境まで跨いだのだった。
円卓ではカウンターが設置され、マイナスが取れたら倍以上貯金できたという証になる。
「見ていてください、部長!」
貯金を倍にしてみせます。
一方、害獣狩り部隊はデルベリウスとゼフィリウスの支援を受けて迅速にして正確な狩りを行っていた。
「神造騎士団って言っても、海の中のレヒカフを狩るには苦労するんじゃないのか?」
「海軍でも手を焼くらいだし……ゼフィリウスでもいなきゃ無理だろ」
けらけらと組合事務所の男たちは赤ら顔で笑うが、受付嬢は毎日どころか分刻みで提出される戦果報告の処理に追われていた。
「お、終わった……後は……シロクマさんとアルさんだけですね」
ふう、と息を吐いて彼女はカウンターに休憩中と書かれたプレートを持った飛竜のぬいぐるみを置く。
事務所横に併設された飲食店『暴君』の店主が手ずから淹れてくれるコーヒーの香りに思わず顔が緩む。
「ねえアイシャ、アルさんに惚れたでしょ?」
コーヒーを噴き出すことは避けたが、肩が大きく跳ねた。
「な、なんで?」
「だって彼、物凄いイケメンだもの。ありえないくらいに顔立ちが整っているし、甘い声で落ち着いた物腰で……あなたから目をまったく逸らさなかったじゃない」
あわあわと慌てる彼女に、同じく『暴君』にて軽食を食べていたアキノたち神造騎士は苦笑する。
エルジアの手によって創造された神造騎士は凄まじい美形ぞろいだ。
その美貌は神をも魅了し嫉妬を招き、その声は万民を鼓舞し敵の戦意を挫き、武器を握れば敵は帰らぬ人となる……そのように神話ではうたわれている。
しかし、美貌と強さは正しくそれを伝えているが、声に関しては違う。
男性の神造騎士はアキノたち男性陣の声を、女性の神造騎士はツキシロたち女性陣の声や口調をサンプリングし、エルジアが適当に弄って入れてあるだけなのだ。
性格に至っては人と神造騎士の価値観の違いからか天然に見える者が多く、頭を抱えることがままある。
彼女の話を聞いたのも情報を得るためで、目を逸らさなかったのも人の話を聞く時は目を見なさいと教えられていたからだ。
「今頃、アルは竜宮城か?」
「竜宮城って言えばここ、ガルトフリート王国もじゃないか? ほら、家主が飛竜だし」
「真っ白でふかふかだったなあ」
アキノが相好を崩す頃、アルはゼフィリウスの背に乗って海中に連れて行ってもらい、レヒカフを仕留めて一度事務所へと運んだのだった。
「おかえり」
「ただいま……レヒカフを狩ったが死体が大きすぎる。どうすればいい?」
細切れにするかとアルは海水でずぶ濡れの姿で言う。
それを一先ず止め、アキノは全部売却の方向に促す。
「そっちの方が速いのか。ありがとう」
せっせと売却の書類を書くと、金額に関してはアキノに丸投げして彼は再び海に向かう。
ゼフィリウスと共に海底で折れた珊瑚の欠片や宝石の原石など、売り物になりそうな物を集めていく。
つい先ほどまでの強度なら水圧で潰されただろうが、ゼフィリウスの傍にいると、エルジアが生み出した純粋な神造騎士は魔力を補給できるため能力が最盛期に戻るのだ。
純粋な神造騎士ならではの荒業であった。
『ねえアル、この辺りはさっきの害獣の仲間のせいで難破船が多くて調査の邪魔になっているの。金ぴかが多いし売れると思うんだけどどう?』
『やってみよう。ガルベリア・ドックの庭先に飛ばしてくれ』
うなずき、彼女はゴミの数々と共に彼を地上へと転移させた。
これに驚いたのがガルベリア・ドックで作業している者たちだ。
突然の轟音と地響きに何事かと武器を手に出れば、外は磯臭いゴミの山であった。
「アル、なにがあったんだ?」
「売れそうな物を海底で拾ってきた」
整備に当たっていた者たちは呆然とそれらを見上げる。
「これって、取得物か?」
「いや、水難救護法の適用範囲じゃないか? 拾った現場から最も近い沿岸の館に届けないといけなかったはずだが……」
現行法はどうなっているのやら。
一先ず、それらは法に則って国に預けられ、売却されることとなった。
カウンターのマイナス記号はとっくの昔に吹き飛んでいた。
* * *
神造騎士団に富が集中することを嫌った者たちによるやっかみを事務所にて浴びていたシロクマは、極悪鳥の解体を待ちつつ言う。
「安心しろ、すぐになくなる」
日用品や雑貨、寝具などのインテリア関係や武器関係のカタログをめくり、付箋を貼り付けて電卓を叩いてはメモを取っていた。
神造騎士団の拠点に使う内装関係は経年劣化に伴い全滅だが、予想以上に厄介なのが武器であった。
防具に関しては元々の性能もあるが、神々に縁のあるものでなければ傷一つつかないのでどうでもいい。だが犯罪者などを相手にする際、神造騎士と化した自前の武器は強すぎるのだ。
振り下ろされる剣を受けた時、ただの鋼鉄の剣をあの青白い剣が切ってしまい、逆に危なかったとのことであった。
また、昔の癖で弾き飛ばそうとした時、やはり切断してしまった上、切れすぎるため切った時の感触があまりないという厄介な事に直面していた。
ライゾウやくらいになるともう己の手足同然にそれらを使いこなすが、あれは人外魔境、例外中の例外である。
かなりの時間があったとはいえ、純粋な神造騎士に迫るだけの技術を持った人間がいてたまるか。
それにしても、ガルトフリート一の鍛造技術を持つと言われるエバーハルト家の武具だが、はっきり言って使えない。
魔力鍛造と言っているが、あれは正しく言うと鋳造で、エルジアの冬の力……終焉の力とも言われるそれを持っている自分たちが戦闘時に触れただけで砂鉄へと早変わりだ。
魔法が強制的に終わってしまうため、物理的に鍛えられた品でない限り連中の武器よりは木刀を持った方がマシであるのだが、力加減を少しでも間違えると粉砕してしまうのが難である。
ふと、えらく背の高い若者がやって来てカウンターに何かを出して、受付内部が騒がしくなった。
「あっちで待っています」
その男は隣にやって来た。
何気なく見ていたが、胸に航空徽章を着けており飛竜に乗る竜騎士だとわかる。どこかで顔を見たような気がする。
思い出した。こいつは……。
「シロクマ殿、お久しぶりです。武器をお探しですか?」
「アドラムか。まあな……使えないのが多くて困る」
アドラムと呼ばれた青年は喉の奥を低く鳴らした。
「エバーハルト家の武具を使えないってはっきり言ったのはシロクマ殿で三人目です」
確かに、ガルトフリート王国内で流通している武具のほとんどはエバーハルト家が作っているが、これはどういう事だろうか。
事実上ルート大陸一の品質を誇るエバーハルト家の武具が使えないと言うのであれば、後はヒノモトの刀くらいしか無い。
「ヒノモトの刀はどうなんですか?」
「物理鍛造では最高級だが、繊細過ぎて性に合わん。一本くらい持っていても良いだろうが……コストパフォーマンスと教育の面で痛いな」
「あそこの武具は最小の動きで最大の戦果を狙いますから。叩き割るのにはあまり向かない玄人向けですが、私は大好きです」
「そうか。オレの友人にも、刀使いがいるが……またヒノモトに遊びに行きたいと言っていた」
シロクマは雑談しつつ、アドラムが楽しげに、イタズラが成功した子供のような顔をしているのが気になった。
「ところで、エバーハルト家の武具が使えないと言った奴がオレ以外に身近にいたのか?」
「はい。私の大叔父と私です」
魔法鋳造の品に触るとみんな砂になってしまってとても困った。
橙の目が光った。
「オレたちも同じ問題に直面している。魔力鋳造された武具ははっきり言って使えないんだ。どこかに物理鍛造できる良い鍛冶師は居ないか?」
若者はより楽しげに笑う。
「どうした?」
「いや、あれを鋳造って言いきれるだけの目を持つ人が他にいるとは思わなかったから」
鋼色の目が磨き抜かれた銀のように輝く。
「シロクマ殿、あの神話の神造騎士でしょう? フォルトレスを討伐したら剣の館に来てください。材料と燃料費を揃えてくれたら、魔法殺しを持っている人でも使える武具を作ります」
こんなの、と出された剣を見せてもらう……良い剣で、しかも砂にならなかった。
ニヤリ、とシロクマがろくでもない笑みを浮かべる。
「その言葉、二言は無いな?」
「剣の館所属、アドラム・エバーハルトの名に誓う」
二人は立ち上がった。
背の高い二人が立つと、途端に事務所内が狭くなるように思える。
「改めて名乗ろう。冬の神エルジアが眷属、神造騎士団のシロクマだ。フォルトレスの討伐だったな。奴の情報をくれ」
アドラムは笑ってカウンターに行き、ファイルをもらうとシロクマに渡した。
「大まかの事はここに書かれている。今回のフォルトレスは国外、リアトリスでの討伐任務になる」
ランタナで山師がフォルトレスを偶然叩き起こしてしまったために、フォルトレスはあちこちに多大な被害を出しながら一路ガルトフリート王国を目指している。
「ランタナのフォルトレス……ああ、ライゾウが機能停止させた奴か」
「当時は倒せなかったのですか?」
「ああ。当時のオレたちは正式な神造騎士じゃなかったからな。神殺しの力を持っていなかったんだ。あのフォルトレスは巡視船文月とデルベリウスの精密射撃で四肢を吹き飛ばして強引に止めたんだったか」
あの当時ライゾウの任務は民間人を無事輸送すること、その輸送任務を終えた帰りだったか。フォルトレスの最後っ屁と神にやられて撃沈され命を落とした。
「歴史書に残っていない事が多いんですね」
「残せる人間がいなかったんだ。大体の事を知っているクランツもオレたちが学んだような軍事学や歴史学の教育を受けたわけではないし、子育てでそんな余裕はなかっただろう」
もしあいつが長い時間をかけて自己再生したなら、関節を吹き飛ばすという同じ手段は通じない。
「勝てそうか?」
「勝てそうじゃない。勝つんだ」
戦車は高火力の物を全部出さないと勝てない。一番良いのはガルベリアの高火力支援がある事だが、時間が無い。
デルベリウスの最大火力の支援砲撃で奴の分厚い装甲を抉り、可変式レールガンの大剣で内部構造を切っていくしかないだろう。
シロクマは頭の中で大まかな戦術を組み立てる。
「クランツはどうしている?」
「カミヤ要塞でフォルトレス迎撃任務に就きます」
軽い一言だが、重い。
「わかった。カミヤ要塞は明後日に本国に格納する」
「了解」
メティオ基地に戻ったシロクマはすぐに人員を集めてブリーフィングを開き、慌ただしく出撃した。
高機動車で街道を爆走しながらシロクマは無線を取る。
「ガルベリアは全力で直せ。特に、外部への魔力供給装置と脚を急げ。それらが終わったら主砲。一門で良い。時間は稼ぐが急いでくれ」
出撃するのはシロクマ率いる戦車部隊で、後は全員ガルベリアの修理に取り掛かったのだった。
一方、決め手と補給手段に欠くアルはライゾウのコアを返してもらうべく奮闘していた。
「フウゥッ」
最も、トウジに返す気はないようだ。
仲間のコアを今まで大切に守ってきてくれたのだ。手荒いことはしたくないし、こいつももう仲間だ。言葉も、気持ちも、ほとんどまったく通じる気配が無いが、一応仲間……の、つもりだ。
手を伸ばせば唸り、触れれば引っ掻き、時に噛みつく。
人間の手であれば何度血塗れになったかわからないことを、アルはかれこれ四時間は続けていた。
「アル、呼んだか?」
「アキノ。アキノからもトウジに言ってくれ」
珍しく弱った様子のアルの横にはマタタビスプレーや猫缶、猫じゃらしなどがあった。
スプレーは半分に減り、猫缶は平らげられ、猫じゃらしには深々と歯形がついていた。
トウジは疲れた様子で訴えるように鳴く。
「アキノ、こいつにライゾウを諦めるように言ってくれ……と、言われてもなあ……トウジ、部長……ライゾウさんは好きか?」
「みゅう」
「オレたちも好きだ。それでな、そのライゾウさんが長い昼寝から起きるためにはそのコアが必要なんだ。アルに渡してやってくれないか?」
「みゅうぅ」
ぺたりと三角の耳と尻尾が垂れ、彼は今までずっと温めていた寝床から大儀そうに出たと思うと、どこかからか小さな巾着を持って来てコアを入れて差し出した。
「みゅう」
「大事にする」
短い生を詰め込んだ小さな頭の中にどれ程の葛藤があったのかは知る由もないが、二人はそれに感謝した。
「ライゾウさんが起きたら、真っ先におまえの所に行くように言っておくよ」
「みゅう」
「わかった。アル、トウジに野熊猫の肉と水をあげてくれ。お腹が空いたって」
「わかった、ありがとう」
* * *
カミヤ要塞は正しくガルトフリートの国境を守る玄関口であり、不当に虐げられ保護を求める者にとっては希望と安らぎへの門であった。
それは古より雪と氷、硬い岩から成る山の中にそれはあった。
双子要塞とも呼ばれてきたそれはその呼び名通り、橋で結ばれた二つで一つの要塞なのだ。
ただの橋にしては奇妙な形で、おかしな規則があると長年人々は世代を交代する度に首を傾げてきたが、およそ一万年ぶりにその疑問が解消される時が来てしまったのだ。
高機動車が要塞の門に差し掛かると門番に止められ、シロクマは降りると同時に言った。
「神造騎士団のシロクマだ。フォルトレス迎撃の任務に向かう。話は聞いていないか?」
すぐに上官が飛んできて言った。
「あなたが……失礼しました! どうぞお通りください。御武運を!」
「ここから要塞への通路と橋をすべて無人、テントも何も無い状態にして、橋にいる連中は全員途中の宿に入れておけ。でないと潰されて死者が出るぞ。急げ」
言って彼は高機動車に乗り、橋の上を走らせた。
見慣れない鉄の箱に皆が目を丸くする。
彼が通った後では係員が慌ただしく宿から飛び出て道行く人を宿に収容していく。
あれから五分と経っていないが、反応の良さに思わず笑みが浮かぶ。
しばらく走り続けると無人になり、彼はアクセルを踏み込んだ。
二〇分とかからぬ内に橋を通過し、外側のカミヤ要塞を出て高機動車を降りて消し、部隊を展開するとそれぞれが暴君に乗り込み鋼鉄の竜の軍団が整然とフォルトレスに向けて進軍を開始した。
それと入れ違うように、傷ついて疲れ果てた小動物たちがカミヤ要塞に入ろうとしていた。
「ここは人間の縄張りだぞ。野生に帰りなさい」
小動物たちは弱々しくキイキイと鳴いて嫌がり、兵士はそれを無碍にはできなかった。
自分たちは平等に、公平に庇護を求めてきた者たちを扱わなければならないが、獣の亡命などグリフォンや竜族以外は聞いたことが無かった。
困り果てて相棒の飛竜を見ると、鮮やかな若草色をした相棒も困った顔をしていた。
『すまない、獣たちとはほとんど言葉が通じないのだ。だが、こやつらは敵意や悪意、害意を持っているわけではない……むう……やるべきことがあるようだが……命を懸けてやるようだ……』
こんなに小さくて弱々しい存在が命を懸けても、できることなど限られるだろうに。
支え合ってここまで来たのだろう、それでも前に進もうとしている。
その時、老飛竜クランツとその相棒、ベルンがゆっくりと降下して降り立った。
『どうしたのだ?』
『クランツ様……この者たちがガルトフリート内部に入ろうと』
枯れ草色の若者が小動物を見て、人懐っこい笑みを浮かべ言った。
「クランツ、この子たちの世話は私がするから、動物の言葉がわかる人を連れてきて」
『わかった。まだメティオ村にいると良いが……呼んで来よう』
クランツは転移魔法の青白い光に包まれると、メティオ村上空へと姿を現して降下し、メティオ基地の前で鳴いた。
すると、運の良いことにアキノが出てきてくれた。
「クランツ、どうしたんだ?」
『カミヤ要塞にて疲弊した小動物たちが助けを求めてきたのだが、言葉がわからんのだ』
「わかった。連れて行ってくれ」
クランツと共に転移魔法で要塞へと転移し、アキノは目を丸くした。
「おまえたち……どうしたんだ?」
今度こそ小動物たちは滂沱と涙を流しながら彼に縋る。
話を聞いていたアキノの顔がみるみる暗くなる。
「どうかしたんですか?」
「この子たちはルドベキアにあった麻薬工場の動力源にされていた子で、私が逃がしたんですが……捕まっている間に縄張りが取られてしまい、柔らかい毛皮や高い魔力を持っていることから人間にも狙われて、黒いグリフォンに言われて必死にここまで逃げてきたようです」
キイキイと小動物は更に泣き喚く。
ナカマ、ツカマッタ。タスケテ。
「……わかった、できる限りの事はする。家で待っていてくれ」
場所を聞き出して地図にマーカーを表示させるアキノの横に、トウジを肩に乗せたアルが転移してきた。
「この子たちを検疫に出してくれ。弱っているから検疫後動物病院に。オレはやるべきことができた」
「わかった。守護こそ我らの誉れ……だな?」
アキノは深々とうなずき、一番元気な小動物を連れて疾風に乗った。
『アキノ、疾風を引っ張り出してどうした?』
「シロクマさん、麻薬事件の時の小動物を覚えていますか?」
『覚えている』
「彼らが我々の庇護を求めてきました」
無線の奥でシロクマが笑う。
『本来なら、こんなことに戦車を使うなってどやさなきゃならんが……守護こそ我らの誉れだ。行って来い』
「はい!」
アキノはまっすぐマーカーに向かって走り、片端から盗賊の塒を荒らして回り、時には代金を支払った。
キイキイ、とコックピットの中は賑やかだ。
「もうすぐガルトフリートだけど……おまえら、どうしてガルトフリートに行きたいんだ?」
小動物が静かな目で鳴いた。
「……頭だけが白い、真っ黒な、とても強いグリフォン……そいつが、ガルトフリートに行けって? ……いや、恩返しはいいんだ。おまえたちが元気に生きているのが最大の恩返しだから」
カミヤ要塞に到着し、アキノがコックピットを開けると小動物たちがわらわらと降りてきて検疫の検査官たちは大忙しだ。
「おまえらが病気を持っていないか検査するんだ。大丈夫、毛皮を剥がれるわけじゃない。ちょっと痛いかもしれないけど、死にはしないよ」
本当に? と潤んだ眼差しが一斉に向けられ、アキノは苦笑しつつうなずく。
「本当だよ」
検疫所に送られる小動物たちを待つ間、彼の隣に褐色に白銀の髪をした美丈夫が立った。
まるで始めからそこにいたかのようだが、アキノには動じた様子がまるで無い。
「アダマス様……理由をお聞かせください」
「ガルベリア再起動には魔力が必要だろう?」
アキノの顔が歪む。
戦車をすべて集め、ステラエンジンをガルベリアに直結して全開にしても生産される魔力は微々たるものでしか無く、半年はかかってしまう。
だが、あの子たちは違う。
膨大な魔力を秘めているため、二日で再起動を可能にするだろうが、それはあの子たちの命と引き換えだ。
「何か、方法は無いんですか?」
「たかが小動物と、仲間の命とどちらが大事だ?」
「両方です。どっちも生きていてほしいんです。あの子たちはかなり理不尽な目に遭いました。だから、これから幸せな一生が始まりますようにと願って、私はあの子たちを解放し、また助けたんです」
アダマスの目が眇められた。
「あの者たちは死ぬことを理解した上でここに来たぞ」
きっとアキノの眦が険しくなる。
「ガルトフリートの門はいつ死の門になったんですか? 少なくとも、私は死の門にした覚えはありませんし、これからもするつもりはありません」
アキノは立ち上がった。
「どこへ行く?」
「ガルベリア・ドックに。あいつらの検査も終わりました」
「連れて行かんのか?」
「アルがいます」
アルは先に検査を終えた子とトウジにじゃれ付かれ、そこに彼らの仲間が加わって埋もれていた。
「アル、後を頼む」
「……わかった。だが、この子たちが悲しまないか?」
アキノは彼の上司と同じ笑みを浮かべた。
「また会えるよ。大気への順応に気をつけてやってくれ」
橋まで出るとバイクに乗り、エンジンをかけて走り出した。
そのままガルベリア・ドックに入り、疾風を出すと魔力を少しずつ横取りして呻き、チャージを開始して時を待った。
一方、残されたアダマスはガリガリと頭を掻き、黄玉の眼をアルたちに向けた。
「なあ、なんでエルジアの眷属ってみんな頑固なんだ?」
「飼い主に似たのでは?」
むう、と膨れる彼からは先程の超然とした気配は欠片も無かった。
「で、おまえは何をやっているんだ?」
「この子たちの周りの大気濃度を下げています」
「連れて行くのか?」
「はい……ツキシロが言うには、寂しそうな顔をしていると」
アダマスはゆったりとした歩調で歩み寄ると手を翳し、手のひらから緋色の魔力を振りかけるように小動物たちにかけてやった。
「これで病気や大気圧に悩まされることは無い。連れて行ってやるぞ」
緋色の風が吹き、ガルベリア・ドックに彼らは現れた。
同時に疾風が消え、かなり顔色の悪いアキノがふらふらしながらガルベリアの機関室に向かう。
「アキノさん?」
「再起動のための魔力が足りないんだろう?」
「ええ……ですが、なにを……」
彼は魔力を与えるための魔法陣の上に跪いた。
すると、彼を中心として魔法陣が息を吹き返し青白い輝きがエンジンに満ちるが、まだ弱い。
「もう少し、耐えれば良かったか」
倒れ込み、彼の体が消えるとひび割れたコアが転がった。
アルの肩に乗っていたトウジがそのコアを素早く回収して舐めるが、反応は無い。
「みゅう」
前足で軽く触れられているそれを手にしたアダマスは目を細める。
「これならどうにかなるな」
コアを維持するだけの薄っぺらな魔力の層しか残っていないそれに触れ、ひびをなぞるように触れると傷が癒えるようにコアが直っていく。
「あの、アキノさんは何をやったんですか?」
ツキシロが青い顔で問うと、アルは答えた。
「ライゾウと同じようにステラエンジンから魔力を奪って自分の物とし、自分自身を維持する魔力と共にガルベリアに与えたのだ。だが、魔力規格の違いからコアに損傷が生じた」
解説するアルの足元ですんすんと鼻を鳴らしていた小動物たちはアキノが魔力を注いだ魔法陣に乗ると、自分から魔力を与え始めた。
アダマスまでもが意外そうな顔をする中、色とりどりの魔力の欠片が蛍のように乱舞し、渦巻く。
限界を迎えた者は命を落とす前に仲間に押し出され、まだ元気な者が代わりに魔力を注ぎ、ようやくガルベリアの再起動を可能にするだけの魔力が集まった。
ぐったりとした彼らをツキシロたちが素早く回収し、機関室から出て別室に寝かせる。
「妖精の森から、果物を採ってきました!」
ハヤブサがリュックサックから宝石のように紅い小さな果実を出し、ツキシロに渡した。
「ありがとう!」
彼女は小動物たちにそれを食べさせると、彼らは少しだけ持ち直してくれた。
くりくりとした星のような目が辺りを見る。
「あと、この子たち、図鑑によるとメイガスっていう種族です」
「調べてくれたの? ありがとう」
「みゅう」
ここは任せろ、と言うようにトウジが鳴いた。
どうやら、トウジが彼らのまとめ役になったようだった。
外ではガルベリアが息を吹き返し、砲門なども高速再生を始め、完全に元の姿を取り戻しつつあった。
「ガルちゃん元気になったみたいだね」
その時、パタパタと軽い足音がして、ドアがそっと開けられるとかわいらしい少女が顔を出した。
「ガルちゃん! おはよう」
「おはよう! アキノお兄ちゃんと、この子たちが私を起こしてくれたの?」
「うん。今リアトリスでシロクマさんたちがフォルトレスと戦っているから、援護してあげて」
少女が力強くうなずくと、その姿は魔力の粒となって消え、本来の巨体がうなりを上げた。
『ガルベリア・エル・エルジアス……これよりフォルトレス討伐任務に就きます。周囲の者は退避してください』
女性の声のアナウンスが入り、警報が鳴ると下で作業していた者たちは大慌てで退避し、点呼を取り、退避完了の答えを返す。
『作業員の退避完了を確認。出撃します』
巨体はしずしずと歩き、外に出ると青白い閃光に包まれて姿を消した。
* * *
リアトリス国内での神造騎士団対フォルトレスの戦いは熾烈を極めており、時折流れ弾が飛んできてはアドラムやクランツが魔法で叩き落さねばならないくらいだった。
「橋を格納しろ!」
古から伝わる手順に従うと、カミヤ要塞とカミヤ大橋が脈動し、外側の要塞が青白い光に包まれ浮き上がり、もう一つのカミヤ要塞と同じ高度まで上がるとゆっくりとスライドしていった。
初めて見る光景に人々は目を丸くし、クランツは懐かしそうにそれらを見た。
やがて橋と要塞は完全にガルトフリート王国内に格納され、風の盾がガルトフリートを覆ったのだった。
「クランツ、あの要塞、浮いたんだね」
『ああ……ガルトフリート本国も、元は空にあったのだ。エルジア様がその気になれば異なる次元に移動することもできる』
だが、それをやらなかったのはエルジア様が人を、この大地を憎みながらも愛したからだ。
クランツは静かな眼差しでフォルトレスがいる方向を見据えた。
一方、シロクマは部下を庇った際に壊れた可変式レールガンの大剣を切り捨て、エンジンの出力の許容範囲内で砲撃を行っていた。
歩兵が突撃小銃のみで戦車に勝てと言われているのに等しいため、決め手に欠いており足止めがやっとであった。
「やっぱり、徹甲弾が無いときついな……おいムラクモ、そっちはどうだ?」
『厳しいですね……ですが……あ、シロクマさん、やりました! ガルベリアの再起動成功! 高速再生で砲門も直りました!』
無線で明るい声が上がると同時に士気も上がり、攻勢が強まった。
『光学兵器はともかく実体弾などはどうするつもりだ?』
誰かが言ったその時、何かがフォルトレスの顔面に叩きつけられて砕け散った。
陽光の中きらきらと反射したそれは、氷の塊だった。
『とにかく相手に刺さりそうな形をした大質量を高速で飛ばして相手にぶつければいいのよね? なら簡単じゃない』
巨大な魔法陣が幾重も展開し、光速を超えるのではないかという速度で今度は鉄の塊がいくつも射出されてフォルトレスに叩きつけられる。
フォルトレスもやられっぱなしではなく、咆哮して反撃に出て、主砲を放つが暴君の精密射撃によって弾道を逸らされ彼女に当たることは無かった。
その間にもガルベリアの主砲が次々と叩き込まれ、集中砲火を浴びたフォルトレスはゆっくりと傾ぎ、地響きと土煙を立てて地面に横たわると静かに灰色に変わって行き、やがて崩れ落ちた。
『終わったね。シロクマ、みんな怪我はない?』
「今確認する……大丈夫、全員かすり傷程度だ。生きている」
良かった、と弾む声がし、彼女から魔力が放出され、シロクマたちの中に温かな魔力が満ち、傷が癒え、力が満ちていく。
傷つき、行動不能になっていた戦車も光に包まれて元の姿へと戻る。
シロクマは自分以外の全員をガルベリアに乗せて先に転移させ、自分はカミヤ要塞の方へと急いだ。
兵士たちが敵襲かと身構えるが、クランツが叱るように短く吠え、鋼鉄の竜を待っている様を見て彼らは警戒しつつも攻撃態勢を解いた。
圧縮空気が抜ける音がし、コックピットの中から降りたシロクマは言った。
「フォルトレス討伐完了! アドラム、約束を忘れるなよ!」
橋が元通り降ろされ、シロクマはそれを暴君で駆け上がる。
その後姿を見つつ、兵士が言う。
「本当に、倒したんですかね?」
「偵察に行ってきたが本当だぞ。足跡や砲撃の痕しか残ってなかった」
クランツは言う。
『ベルン、シロクマ様も手傷を負われたぞ。可変式レールガンの大剣や脚部の大砲が無かった』
「凄い戦いだったんだね」
『ああ。フォルトレスは昔、飛竜殺しの砦と呼ばれたのだ。対空火器が大量に積まれていて、あれに命を奪われた同朋は多い。私に対しても飛行禁止命令が出たくらいだった』
* * *
帰還し、ライゾウとアキノのコアにも魔力は充填され二人とも復帰したが、二人ともコアの方にかなりの負担がかかったため念の為休息を取ることを余儀なくされていた。
ライゾウはトウジに膝や肩の上を占領され、ミミュウ一匹を抱えて歩く程度で済んだのだが、アキノの場合は……。
「おまえら、頼むからどいてくれないか?」
ミミュウとメイガスたちの鳴き声がし、ガルベリアが部屋を覗くとアキノが埋もれていた。
「もうあんな無茶はしないから……頼む、どいてくれ」
アキノが音を上げるのを他所に、フォルトレス討伐の一件は神造騎士団が実在し、また健在であることを内外に知らしめた。
また富を溜め込んだ神造騎士団がインテリア関係と野菜の種や苗を大量に購入していったためその手の業界は一時的に景気が良くなったのだが、悲鳴を上げている者もいた。
アドラム・エバーハルトその人である。
時はほんの少し遡り、ライゾウたちがコアから戻った時の事だ。
「それじゃ、対人用の近接格闘用武器の調達に行ってくる」
「あてがあるのか?」
シロクマはろくでもない笑みを浮かべてうなずく。
「ああ、ある!」
不安に思いつつ、ライゾウはリストと通帳を出す。
「とりあえず、これだけの装備があったら幸いだ」
満面の笑みでシロクマはそれを受け取り、暴君に乗って剣の館へと飛ぶように駆けた。
やたらと目を輝かせた大男が来て、思わず門番は身構えた。
「な、何かご用でしょうか?」
「剣の館のアドラム・エバーハルトに用件がある。神造騎士団のシロクマが来たと伝えてくれ」
アドラムは余裕の体で出てきたが、欲しい武器リストを受け取ってその厚みに青くなった。
「こ、これ全部か!?」
「ああ。オレたちは頭数が多いからな……二言は無いんだろう?」
アドラムは呻き、ざっと必要な材料と燃料を計算し、それを言うがシロクマの余裕は奪えない。
「安心しろ。資金や物資なら余裕があるから」
以降、アドラムは不眠不休に近い形で鉄と炎と向き合うこととなった。
アドラムの相棒、アンギラは呆れ顔だ。
『アドラムったら、バカね』
アドラムが神造騎士団の武装を整えるまで五年ほどの時を要し、その間彼に割り当てられる任務はすべてシロクマたちが代行していた。
しかし、当然のことながら戦闘技能が落ちてしまったアドラムを憐れに思ったライゾウは彼を鍛えることにした。
彼の訓練は厳しさを極め、通常の軍務に戻れたアドラムとアンギラは涙を流して喜んだという。
また、五年も経てばミミュウたちも世代交代が進む……の、だが……。
「メイガスとミミュウたちの子も、こんなに大きくなったんだな」
みゅう、と元気に鳴く子猫……そう、見た目はミミュウだが、内包している魔力はメイガスのそれであり、ハイブリット種とも言える。
恐ろしいことにそれが種族として確立しているとエメスは言うのだ。
メイガス、ミミュウ、それらの交雑種も面倒なので三種すべてを一括してミミュウと呼ぶことにした彼らであった。
いつものようにアキノがミミュウたちにオモチャにされた後、シャワーを浴びるのだが、一緒に風呂に入っていたムラクモはアキノの体のあちこちについた傷に目を丸くする。
「アキノ、背中どうしたんだ?」
「え?」
「腕や手の甲も傷だらけだぞ。何と戦ったんだ?」
「いや、何も……ガルベリアからも出てないぞ」
首を傾げ、ある日二人がミミュウの子供と遊んでいると……。
「いてっ」
手を引っ掻かれたムラクモが声を上げ、手を引っ込める。
すかさずアキノが目を吊り上げる。
「こら! 怪我させたらごめんなさいだろ?」
「みゅ!? ……みゅう……」
「反省しているんだし、その辺で……」
「自分の手を見てから言え。ええと、消毒液と絆創膏は……」
ムラクモは改めて己の手を見るが、血が滴っていた。
「ちょっと血が出ただ……け……」
言いつつ、彼は己の発言の違和感に気づく。
自分たちは冬の神エルジアの眷属にしてゴーレムになった。
この世のいかなる兵器も魔法も、神々に縁のあるものでなければ我々に傷をつけることはかなわない……はずだ。
それが子猫の一撃で傷つくとはこれいかに。
エメスに問うと、簡単な答えが返ってきた。
「メイガスの方にアダマスが手を加えたんでしょ? だからよ。アダマス兄様も面倒くさがりだから、一族丸ごと手っ取り早く不老長寿を付与せずにただ一生を健康に過ごせるっていうだけの眷属にしたのね」
眷属なら手傷を負わせられるわ。
言いつつ、彼女は絆創膏を差し出し、ミミュウを撫でて微笑む。
「新しい命ね。歓迎するわ」
* * *
数十年後、幼い少女がキラキラした目でミミュウに触れ、きゃあきゃあと黄色い声を上げ、ミミュウに遊んでもらっていた。
夕暮時になり、星のような目をした男が少女を迎えにきた。
「あ、パパ!」
少女はぱっと顔を明るくして、ミミュウを抱えたまま駆け寄る。
「遊んでくれていたのか、ありがとう」
「みゅう」
「さあ、この子を送ってからお家に帰ろう」
「うん!」
更に時が流れ、白い手をした女性はガルトフリートへ夫を伴い帰った時、夫はミミュウに軽く嫉妬したのだった。