9.ショコラ、駆け出していく。
今後のことを決めていく為に、私達は炎龍族の集落でお世話になっていた。
木々の合間に立ち並ぶコテージを見ると、まだ山を越えた日からそんなに経っていないはずなのに懐かしく感じる。
王族の皆が難しい話を繰り広げている間、私とティエラはプロミネみたいな厳ついお兄さん達と色んな話をしていた。
皆、三人と同じでとても気の良い人達だ。「これからお城勤めになる自分が想像出来ねえ」だとか「若君が腹を括ったなら、自分達はしっかり支えていかなければ!」とか。
中には「姐さんもいい加減、若の良さに気付いてくれねーかなー……」と、何だか良くわからないけれど、リプカさんを心配をしている人もいた。
各々プロミネ達の決断を前向きに受け止めている人達ばかりで、聞いているだけでも嬉しくなる。
これならきっと、この国の治安も直ぐに向上していくだろう。
エルフ族。あれからまた彼らはいなくなってしまった。
正直なところ、どう罰するかについての話も上がっていたからほっとしている。
ベルクからは「貴様のそう言った甘いところだけは共感出来ん」と呆れられてしまったし、エスも本当のところでは納得出来ていないみたいだけど、「お前が悲しむことはしない」と頷いてくれた。
彼等にも彼等の正義があって、ずっと信じてきたものがある。それ自体は否定出来ない。
だけど、私は彼等を許さないままでいようと思う。お母様とお父様は私にとって唯一の存在だったのだから。
だからどうか、もうこのまま私達の前には現れず、何処かで静かに過ごしていてくれたらと願っている。
もしかしたら今もまだ諦めずに、この世界が滅ぶのを望んでは、今後も何か仕掛けてくるかもしれない。
それでも、もう龍族は纏まった。これから先は何が起こっても皆で協力出来るし、どんな困難も乗り越えていけるはずだ。
数日して、四種族の意見がある程度纏まったという報告が私の元にもやってきた。
詳細は追々だそうだけど、皆が皆で決めたことならば、私は迷わず何処までも着いていける。
ティエラと炎龍族のお兄さん達と話したり遊んだりの日々で、それはそれで私は楽しい時間を過ごせていた。
でも、あんまりエスとも一緒にいられなくて少しだけ寂しかったから、無事話に区切りがついたのはすごく嬉しい。
朝から浮かれてしまってどうしても顔がにやけてしまうのは、報告と共に『一緒に亡国まで出掛けたい』とエスからの伝言が届いたからだ。
身支度を整えてコテージを飛び出せば、この数日の張り詰めた空気を取り去った、普段の雰囲気に戻っているプロミネ達がそこにいた。
昨日も遅くまで話していたみたいだから、眠そうにしているプロミネは欠伸をしながら伸びをして、それから私が出てきたことに気付く。
「お、何だ何だ? 今日は張り切ってんな。これはアイツも驚く」
何だかそう言われると恥ずかしくなる。
だって、エスと顔を合わせて話をするのが何日かぶりだ。髪は頑張って編み込みの冠にもしてみたし、肌のお手入れもいつも以上に気を遣った。……少しでも、可愛いと思ってもらいたかったから。
だけど一目で見抜かれるって、そんなに分かりやすく違うのかな。明らかに張り切ってるのは男性的にはどうなんだろう?
プロミネにそれを尋ねれば、「良いに決まってんだろ。存分にめかし込んどけ」と快活に笑って答えてくれた。
「それにしても、今からが死ぬほど忙しくなるわけだ。怠いったらありゃしねぇよな」
プロミネはそう言って、あからさまに脱力してみせるけどどこか楽しそうだ。
そこに早速フェゴさんが「プロミネさん、そう言いながら頑張っておられますよね」と微笑むものだから、プロミネは「だろ? やれば出来るんだよ俺は」と得意気にふんぞり返ってみせた。
フェゴさんに煽てられて調子に乗り始めたプロミネに、リプカさんが「あんたはそれでもやらない割合が多過ぎるのよ」と半眼で釘を刺す。
ここで二人が睨み合ってフェゴさんが止めに入るのが、やっぱり炎龍族の皆の日常風景。
私は二人の喧嘩を眺めながら、そんないつも通りの平和を噛み締めていた。
散々揉みくちゃになってからお互いに気が済んだのか、二人はまた私の方に向き直る。
「でも私達、まだ気が弛んでると思うわ。私達よりよっぽどショコラちゃんの方が大変になるのに」
「ま、とんでもねぇもんを自ら選んじまったコイツの越えるべき道なんだろうな」
リプカさんとプロミネは、息を合わせたように「まあ心配なさそうよね」「ショコラなら全く問題ねえ」と優しい顔で笑ってくれる。
そんな二人を見てから、フェゴさんも笑顔で何度も頷いてくれる。
「分からないことがあったら何でも聞いてね。ショコラちゃんの為ならいつでも飛んでいくわ」
「隣国同士ですからね。お力になれることがあれば何なりとお申し付けください」
二人の言葉に背を押されて一歩踏み出すと、プロミネが私の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。
真剣なようで、そうでもなさそうな、どちらともつかない複雑な表情に思わず構える。
「言われなくても、お前は勝手にめちゃくちゃ頑張るんだろ。嫌になったらうちに嫁に来い。アイツ金払い悪ぃしな」
プロミネは何処までもプロミネだった。揺るぎない冗談を聞くと安心してしまう。
改めて、プロミネと仲良くなれるならと声を掛けてみて良かった。
「炎龍に先を越されたようだ。全く、不要な時だけ仕事が早いな」
炎龍族の三人が去っていったのを見届けた後で、また別の方向から声を掛けられた。
珍しくも地龍族の二人まで遊びに来てくれたらしい。
「言っておくが、私達の方が王族として、軍人としての責務を果たして長い。あのような半端者達よりも遥かに密な情報量を持っている。方角は違えど此方も隣国だ」
ベルクは私の前に立つと躊躇いなく畳み掛けてきた。
相変わらずな堅い言葉で捲し立てられると、私の残念な頭では変換が追い付かなくて反応が遅れる。
「ベルク様は我等誇り高き地龍族も頼って欲しいとおっしゃっています」
「おい、ペトラ……」
「何か間違っていますか?」
私の代わりに翻訳してくれたペトラのお陰で、あまりベルクを待たせることなく御礼を言えた。ベルクまで今後の私を案じてくれると思わなかったから、自然と喜びが顔に出る。
プロミネもそうだけど、ベルクも笑い掛ければ何とも言えない居心地の悪そうな顔をする。間もなく、私とペトラの笑顔に挟まれたベルクに「勘違いするな。私は効率の話を持ち掛けただけだ」と怖い顔で凄まれた。
そして、からかったのはペトラなのに、何故かペトラに宥められている。なんだかんだベルクも、小さな頃から可愛がってきたんだろうペトラには弱いと思う。
「同じく、理由は勉強でも観光でも、何でもいいよ。いつでも遊びにきてね。妖精さん」
可愛らしく笑ってみせたペトラが、まだ機嫌が直っていない様子のベルクを連れて去っていく。
何度か振り返って手を振ってくるペトラに御礼を言って手を振り返して、私は森の中を歩き始めた。
初めてこの森に入った時の私は思い返すだにひどかった。
今日もあの日と同じくらいに気温も湿度も高くて、ちょっと息苦しいくらいの空気がエスとティエラにはすごくしんどい環境で。
私は本当に馬鹿で、今までまともに戦ったこともなかったのにエスの言うことを聞かなくて、結果的にエスにたくさん迷惑を掛けた。
それでもエスは私が自ら攻撃を受けたことと、一人で勝手に行動したことにしか怒らなかった。
やっぱりあの頃からエスは優しい。ユビテルから聞いた過去の話も併せて、エスはとても優しい人だ。
私には特別優しいと言ってくれたけれど、よくよく考えるとエスは最初から私に――
……最初から?
思い出に浸りながら、とんでもないことに気が付いてしまいそうになって足を止めた。
いや、ううん、さすがに、それはないと思う。エスがそんな、最初から私を特別に思ってくれる理由がない。私はただの災厄をもたらす者だった。
私があほ丸出しだから気に掛けてくれていただけで、どう見繕ってももっと後のはず。
思案しながら歩いているといつの間にか森を抜けていた。
亡国の方に出ると人がいなくて静かだ。エスは何処にいるのだろう。うっかり早く出過ぎたのかな。
待ち合わせなんて狩りの仕事をこなしていた時以来だから、緊張する。
落ち着かない気持ちになりながら佇んでいると、木々の隙間から雅なドレス姿のモルニィヤが飛び出してきた。
いつも予想外な場所から現れるというか、豪快なのに動作の全てが優雅なモルニィヤが、私を見つけて笑顔で駆け寄ってくる。
「間に合いましたわ! エストレア様より先でなければ順番が悪いですもの」
息を切らせているモルニィヤの、豪奢な金糸に絡まった木の葉を取り除いてあげながら私は困惑していた。
「この度は愚兄が起こした不始末、深くお詫び申し上げます」
もう充分に謝ってもらっているし、ユビテルの話からモルニィヤやフルミネにすら知らされていないのは分かっていた。何より、誰よりも二人がその事実に衝撃を受けていたのも知っている。
深く頭を下げたまま顔を上げてくれないモルニィヤを無理矢理起こせば、涙を滲ませて抱き付いてくるから抱き締め返す。
あの日からあまり話せていなかったけれど、モルニィヤはユビテルが大好きだから何をしているのかも知らされていなかったのが堪えていたみたいだ。
ユビテルは万が一の責任を全て自分一人で取ろうとしていたから秘密にしていた。でも、それがユビテルを大事にしている人からは信頼されていないと映ることもある。
愛しているからこその兄妹喧嘩中なのが、この数日は犇々と伝わってきていた。
遅れて何やら物音が聞こえたかと思えば、モルニィヤよりもたくさんの葉っぱを髪に絡ませたり、襟元から枝を生やしたりした状態のユビテルが現れた。
何で二人共、まともな道から出てこなくても気品が消えないのだろう。
それらを取り除きながら近付いてくるユビテルは、「あはは、モルニィヤ、もう少し易しい道にしてほしいな」と控えめにお願いしては「兄様のゆるゆるに合わせていたら間に合いませんわ!」と叩き落とされていた。
そっぽを向いてむくれるモルニィヤにユビテルも困り果てている。
いつものような元気がないユビテルと、まだ兄を許さないフリを続けたいモルニィヤに、友達同士でも悪気はなくても行き違いが起こったりすることもあるからもう謝罪は要らないと仲介を試みる。
すると、二人共『友達』という言葉に反応してか、瞳を輝かせてこちらを見てきた。
「ええ、そうですわよね。わたくし達、お友達ですもの。いつまでもショコラを困らせるわけにはいきませんわ」
「そうですね。僕には勿体無いくらい、良い友達を持てました。ショコラに声を掛けて、本当に良かったです」
漸くいつも通りに戻れそうで安堵する。いつまでも気まずいままなんて嫌だから、また雷龍族の皆とは仲良くしていきたい。
亡国の復興に向けて、今後は国を跨いでの出入りが激しくなるとか、土壌から直さないといけないから私の力が不可欠だとか、ユビテルは具体的な話を噛み砕いて私に教えてくれた。
まだまだありそうで、もっと決まっていることをユビテルは話したそうにしていたけれど、「兄様、お気持ちは分かりますがショコラにはそんなことよりも大事な用がありますの」と口を塞がれていた。
私も聞きたいけれどエスを待たせていたら大変だから、またゆっくり聞かせてもらうことにする。
そんな時、何処からともなく風を切る音が聞こえたかと思えば、空からフルミネが降ってきた。
空から、という辺り、ドラゴンになっていたのかもしれない。私としたことが見逃してしまった。残念な気分でフルミネを見ると、「……また嫌って程見せてやるからやめろ」とばつの悪そうな顔をされた。
「つーかお前らは護衛を何だと……まじで俺がいる意味ってあんのかよ……」
置いていかれて悄気ているフルミネは、二人に適当に宥められて口を尖らせていた。
気を取り直したフルミネが、私にエスの居場所を教えてくれる。
どうやら私が道を間違えて出てきているみたいだから、少しだけ遠回りになっているらしい。
「ほら、さっさと行ってこいよ。あいつのところに」
曇りのない笑みで送り出してくれるフルミネの優しさに泣きそうになる。
いつかユビテルやモルニィヤのような友達になれたらいいな、なんて贅沢なことを思いながら、私はエスの元へと駆け出した。




