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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
最終章 真相と顛末
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8.ショコラ、全てを受け止める。




 そうして語られた凄惨な過去に、その場にいた誰もが閉口した。話し終えたユビテルの顔色もまだ青白い。

 とてもじゃないけれど、何を言えばいいのか分からない。

 あの時、あの瞬間、亡国にいた人達はそれぞれの視点から悲しくて恐ろしい記憶を持っていた。

 ユビテルと雷龍族の騎士達は、その優しさ故に悲劇を見届ける立場に置かれてしまったのだろう。


「……誰も、守れなかったのかと、思ってた……」


 驚愕に固まっていたエスが、唇を震わせながら声を絞り出した。

 その言葉を聞いて、私の中で全て繋がる。


 エスが私に話した内容は、その頃のエスが頑張っていた事実は何もかも削られているけれど、そこに嘘は一つもなかったのだと思う。

 ひどく追い詰められた状況下で、大規模に盾を張りながら無我夢中で逃げていたエスには、同族を殺した記憶だけが色濃く残っている。

 そこに、後々氷龍族が全滅したという話を聞けば、騎士達も生存者も自分が守りきれず殺してしまったのでは、と勘違いしていてもおかしくない。


 元々疑問はあった。エスはいつも気温や湿度から計算して、その土地に害が出ないように戦う優しい人だ。

 どんな場面であっても、エスが誰かを傷付ける為だけに魔力を使い切る姿は想像出来なかった。


「貴方の味方を、誰一人守れなくてごめんなさい」


 深々と頭を下げるユビテルに、エスはすぐに首を振る。

 ユビテルは何も悪くないと、助けにきてくれたことを感謝していると。約九年の時を経て顔を合わせて伝えられた言葉に、ユビテルの瞳に涙の膜が張るのを見た。

 きっと、ユビテルは誰よりもエスとティエラが生きていることを信じていた。だからずっと、この瞬間を迎える為に二人を捜していたのだと思う。


 ……あれ、今一瞬、何故か見落としている部分を掠めた気がする。



 ユビテルは、フルミネやモルニィヤにすら今まで詳細には伝えていなかったそうだ。

 そして、当時ユビテルが率いていた騎士達も、氷龍族の最期をあまり話したがる者がいなかったからと、時が経つ毎に結晶龍生存説だけが濃く語り継がれていったのだと言う。

 何とも言えない顔をして俯く雷龍の二人を見るに、ほとんど何も知らされていなかったのが分かる。


 瞼を閉じて事実を噛み締めていたエスが、何か重大なことに気付いたように目を開く。

 その様子から察したらしいユビテルは、「もうお気付きですか」と微笑んだ。


「何故、我が国の人口があんなにも多いのか。何故、我が国だけが戦後急速に成長し、繁栄したのか」


 心臓が大きな音を立てた。この話の流れで持ち出すということは……そんなことって、そんなに良いことまであってもいいのかな。


「まさか、全員……」

「ええ、勿論生存者は全員、移民として受け入れました。本当に大変だったんですよ。住む場所や働き口を確保するのは」


 種明かしをするユビテルはしてやったりと笑っていた。

 エスは自分の国にどんな種族が住んでいるのか、知ってはいても確証が持てる程見ていなかったはずだ。到着して数日もしない内にお城に泊まらせてもらっていたから、発行令をこなしていても街中を歩くこと自体は少なかった。

 亡国の生存者も同じく、エスの姿を知っている人は一握りもいなかったのかもしれない。

 まさか、こんなからくりまで用意されているとは思わなかった。


「僕ももう、大国二つ分の元締めをするのは疲れました。なので、半分お返ししますね」


 あっけらかんと言い放たれる台詞に、あんまり頭の良くない私でも、雷龍族にとってそれが大きな損失であるのが分かって当惑した。

 さすがにエスも二つ返事で頷けないようで、またもや「まだ数年先でしょうから、ゆっくり立て直してから受け取ってください」と、結局考える間を与えない言い回しをされて、有無を謂わさず承諾させられていた。

 ユビテルはエスの押せば折れる性格をよく分かっている。



 ここで大団円を迎えるかと思いきや、私に向き直ったユビテルが真顔になるものだから、構えてしまって背筋が伸びる。

 過去の話の衝撃でうっかり忘れてしまっていたけれど、ユビテルは私に聞いてほしい話があると言っていた。

 ユビテルはエスやティエラの方にも目配せをする。私達三人に関係のある話とは何なのだろう。

 過去とは別に、私達に話すのに覚悟がいる内容は――


「今から数年前、僕はエストレアの所在を知りました」


 切り出された言葉に息を飲んだ。


 ユビテルは陰ながらエスの行方を捜し続け、そして見つけた。

 どこに住んでいるのか、どうやって生計を立てて生きてきたのか。僅かに残された足跡を辿って徐々に洗い出していったそうだ。

 その過程で、傍らに異色の髪色を持つ、エスによく似た小さな子ども――ティエラの存在に気付いて、あの日氷龍族の騎士が濁した『大事な者』が弟の第二王子だと知ったユビテルは、同時にエスの資金源を知って、恐ろしい悪循環に陥っている可能性があると頭を抱えた。


 長年、誰よりも強いと崇めてきたエスが、実は感情が絶望的に稀薄なだけなのかもしれないと。

 だから、どんな惨い仕打ちを受けてもほとんど何も感じない。どんな過酷な環境に置かれても心が壊れたりしない。

 その答えを導き出しては、これ以上エスをそこに置いておけないと考えたらしい。


「先程お話した通り、我が国はもう充分な発展を遂げています。いつでもエストレアに半分渡せるよう準備は整えてきました。でも、エストレアには自分から表に戻ってきてほしかった」


 苦し気に瞼を閉じて、「あの頃よりも成長した最強のエストレアなら、ちょっとやそっとでは死なないと判断した僕の荒療治です」と続けて懺悔の言葉を綴る。

 ユビテルが濃密な金糸の睫毛を持ち上げて、私達をもう一度その翡翠に映すまでの時間がとても長く感じた。


「結晶龍捕獲令を出したのは、他でもない僕です」


 思いも寄らない告白に驚きを隠せない。

 だって、あれは、エルフ族がエスを誘き出す為に――


 混乱する頭でそこまで考えて、彼等にそこまで介入する権利がないことに今更思い当たる。だとすると、炎龍族の皆はつい最近まで権力を放棄していた。地龍族は壁を作ってまで関わろうとしていなかった。

 なら、今一番力を持っている雷龍族しかいない。


 ユビテルはまだ理解が追い付いていない私達に告げていく。

 例え自分が迎えに行ったとしても、エスはあの時、雷龍の救援が無事に成功していた事実を知らないかもしれない。返事を出した時、意趣返しとして名前も書けなかった自分の話を聞いてくれるとは思えない。

 ならば、エスが自ら出て来たところを捕まえればまだ希望はあると思い、『結晶龍捕獲令』作戦を実行に移した。


 そして、知らず知らずの内に自分は予想外の事故を起こしていたのだと。

 ユビテルの視線が私に注がれる。


「僕の計画は、無関係の女の子……ショコラを犠牲にしてしまうものでした」


 私と初めて出逢った街中でのこと。ユビテルは偶然にも私の持つ薄紫という特異な色彩を見つけた。

 国中にいる種族をほぼ把握しているはずが、私の色は目立つにも関わらず記憶にない。種族の確認の為に距離を詰めれば、過去にあれだけ捜索したエルフ族の見た目をしているものだから、思わず声を掛けてきたのだそうだ。

 『仲間』として氷龍族二人を引き連れているのを見た時、私を外れない歯車として巻き込んでしまっているのに、気付いてしまったと。



 ユビテルと私はたくさん話をした。元々は女一人で旅人をしていたこと、小さな頃に私を助けてくれた恩人――エスと再会して、捕獲令を機に一緒に旅をするようになったこと。

 仲良くなるにつれて深い話もいっぱい聞いてもらったし、ユビテルはいつでも私を助けてくれようとしていた。特に最近は、自分の身体を壊すまで真剣に、私を助ける方法を探していてくれた。


 ユビテルはまだ懺悔をしている。

 私が知らなくても良かった過去まで知らなくてはならなくなってしまったこと。

 自分のせいでこの世界との繋がりが生じて、長い間苦しみ悩ませてしまったこと。

 その責任が自分にはあるのに、答えを早く見つけてあげられなかったこと。


「全ては僕の軽率な行動が原因です。本当に、本当に申し訳ございませんでした」


 私にはどれも、『犠牲』という言葉は当てはまらないのに、ユビテルは何度も地面に額を擦り付けて、私への謝罪をやめてくれなかった。

 見ていられないし私はそれを望んでいない。私がユビテルに伝えたい言葉はいつも決まって一つだ。


「もう謝らないでください。私、ユビテルのお陰でエスと一緒にいられたんです。皆とも仲良くなれた。この世界を大好きになった」


 無理矢理ユビテルを起こした私は、綺麗な顔についた砂をそっと払う。

 泣き濡れた美しい翡翠の瞳から涙まで拭ってから、もしかして王様にこんなことをしたら不敬になるのかな、とも思ったけれど、確か、私達は身分の前に『友達』だった。


「ずっと私達のことを考えていてくれて、こうして皆の心を一つにまとめてくれて、本当にありがとうございます」


 私が笑えばまたユビテルは泣き出してしまう。美人さんは泣いても綺麗なままなんだなあ、なんてユビテルの背を抱きながら思う。


 それから私は、何となく不機嫌なエスに音が出そうな勢いで引き剥がされるまでユビテルを抱き締めていた。

 いつの間にか泣き止んでいたらしいユビテルに、エスからは「お前のやりそうなことくらい大体分かる。嵌められたところで何とも思わない」と何とも素っ気なくも優しい、『全てを許す』という言葉が贈られた。




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