4.ショコラ、決戦に向かう。
「そこで俺が『元々俺らのもんだから返してもらうぜ』ってふんぞり返ってやったらな? すげぇ速さで『どうぞ!』っつーからよ。まじでつまんねぇよな」
プロミネは欠伸を噛み殺しながら、「俺としては一発ボコる展開が欲しかったんだよ」と、炎龍族が国の頂点を取り戻すことが造作もなかったことについて、如何に面白味がなかったか詳細に語っている。
これは、先に私が目覚めて惰眠を貪ろうとしていた朝のことだ。
昨夜も何もなかったと言えば何もなくて――本当はちょっとだけ悪戯された――、私が強請るままにエスの低い温度を堪能しながら眠った。
今日もエスはよく眠っているらしく、撫でたりつついたりとちょっとそっと遊んでも起きそうにない。原理は分からないけれど、私が近くにいると眠りが深くなるのだろうか? それは、何だか嬉しい……。
意識がない割にしっかりと回されている腕の中で身動ぎしつつ、優しい体温に頬を擦り寄せて、幸せの一時に浸る。
そんな時、静かに扉が空いた音がしたかと思えば、ひそひそと「おー、お熱いことで」とすごく久しぶりな声が耳に届いた。
その声に続いて、「ねえ、二人共ちゃんと服着てる?」とそわそわした愛らしい高い声に、「うん、妖精さんも着てるみたいだから大丈夫じゃない?」とゆるりとした声が返し、「あはは、『昨晩は』何も無かったのかもしれませんね」と穏やかな声が意味深に一部を強調する。
その辺りで恥ずかしさが限界に達して起き上がると、エスも一緒に起きては私を抱き締めて不機嫌丸出しに「うるさい」と低く一喝した。
それからは、暫く離れていた炎龍族の近況をプロミネが報告してくれていた。
寝室に乱入されて起こされたエスは未だに眉が吊り上がったままで、三日ぶりのティエラですらエスの機嫌を直すのに手こずっている。
「おいエストレア、ちゃんと俺の話聞いてんのか?」
「全ては丸く収まった。の一言で終わる話だろ。長い」
「てめえ……!」
今にも掴み掛かりそうなプロミネをリプカさんとフェゴさんが取り押さえると、プロミネは「この色ボケ野郎が、羨ましいんだよ!」と斜め上の怒りをぶち撒けていた。
「ごめんなさいね、私とフェゴが少し遅れて到着したらこれよ。……ほら、あんただって、良い気分で寝てる時に起こされたらそいつぶっ飛ばしても収まらないくらい機嫌悪いじゃない」
「それもそうだ。まあ、なんつーか、悪かったな」
珍しく殊勝なプロミネに対して、エスは子どものようにそっぽを向いた。再度こめかみに青筋を立てるプロミネを尻目に私を抱き寄せる。
……私達が想いを通わせたのは周知の事実なのだとしても、やっぱり皆の前でくっつくのは恥ずかしい。
皆の前、というのも本当に目と鼻の先だから。
それもそのはず、この家はエスとティエラの二人で住んでいたのだから、十一人も集まるには狭い。各自何とか間隔を保ち、自分の立ち位置を確保している状態だ。
だから、皆が皆すぐ側で私達を見てはにやにやとしている。
フルミネは少し離れた位置で寂しそうにしているけれど、会って一番最初に「良かったな」と笑ってくれたのはフルミネだった。フルミネは本当に優しい。
どうやってエスを傷付けずにこの腕から逃れようかと模索していた時、にやにや笑いに紛れて温かな視線を注いでくるユビテルと目が合った。
暫く無言で私をじっと見つめてきていたかと思えば、「……良かったですね。本当に」と、何かを確信して安堵したとばかりの声色で泣きそうに笑うから驚いた。
まるで自分のことのように嬉しそうで、ここ最近は特に私の為に奔走してくれていたことと合わせて疑問が広がる。
ユビテルはとても良い人だ。笑顔に隠されがちで何を考えているのか分からない時もあるけれど、それは悪いことを隠匿しているわけじゃない。沢山の選択肢の中から最善を選ぼうとしているだけだ。
約九年前のあの日の後、国王に即位して間もないユビテル率いる雷龍族が、この亡国の処理を任されていたという話をティエラから聞いた。
ユビテルがまだ私達に話せないと言っていた話は、一体何処に繋がっているものなんだろう。
「ティエラ、全員連れてくるとか聞いてない」
「んー、ちょっと問題があって緊急の手段っていうか、にーちゃん……僕そこまで空気の読めない弟じゃないからね」
更に、「本当ならうっかり手違いで一週間くらい戻ってこないつもりだったんだからね!」と続けるティエラに、どれだけ気を遣わせているのかと思うと申し訳なくて小さな頭に手を伸ばした。
エスと同じ艶やかな髪の流れに従って撫でると、ティエラははにかみつつ大人しく撫でられていてくれる。
御礼を言えば、「僕はにーちゃんとショコラの幸せの為なら何でも出来るよ」と胸を張って返してくれる。頼もしい小さな身体は、いつの間にか少しだけ背が伸びていた。
「若造、私とて誇り高き地龍の王、蜜月の巣をただ踏み荒らしにくる程暇ではないぞ」
「み……っ!?」
「ベルク様のそういう堅物そうなお顔で、真っ正面から弄りにいく姿勢をお慕いしております」
とんでもない言葉を処理し切れずにいるところにペトラが茶化しに入ってくれて、私の心臓はほんの少し落ち着いてくれた。
代わりにペトラがベルクに睨まれてしまったけれど、本人は何処吹く風で私に視線を寄越してはしてやったりとばかりに舌を出す。さすが、こういう時のペトラには敵わない。
冗談も程々に、ベルクはこの二日間の出来事を順を追って説明してくれた。
まず、ティエラが戻ってきてから簡単に事情を聞き、ユビテル達と華の国に向かってプロミネ達と合流したらしい。そこでティエラの話を整理していたところ、昨夜になって亡国の上空に巨大な魔法陣が出現した。
ここまでの説明で、エスは一度窓の外を確認しては溜め息を吐いた。
真顔ながら深く落胆している様子だけれど、気が付かなかったのは仕方ないと思う。私達は外も見ずに二人仲良く眠っていたから。
それから数刻の間、交代で睡眠を取りつつ経過を見ていたベルク達だけれど、あまりにも代わり映えのしないそれが厭に不気味で、今朝私達と合流することを決めたそうだ。
今のところはまだ何も起きてはいないけれど、確実にこのまま何もなく終わるわけがない。
「この革命に、悪役はこれ以上要らねぇよな」
眠そうに気だるい空気を纏ったまま、プロミネは幾らか低い声で静かに呟く。
「それも頭カッチカチの化石共のくっだらねえ理由ときた。混ざりもんの何が悪いっつーんだよ。俺らも、雷龍も、元を辿れば混ざりもんだ。エルフ族も大して立場は変わらねえ」
プロミネの金色の瞳の中に橙の炎が燃えている。激しい憤りをちらつかせながら、プロミネは私の前までやってきては私の頭に手を置く。
大きくて熱い手が、乱暴だけど優しく撫でてくれる。
「あちこち混ざって繁栄して、こうして今俺らは出会った。これほどの尊い革命はねぇよ。それも、お前が産まれてきたのが一番でかい」
見上げた先でプロミネが真剣な目をしている。
そっとエスに視線を動かせば、当然だと言わんばかりに頷かれて、皆を見回せば異論はないと言った具合に、不敵な笑みを返される。
急に明るくなった外を見れば、例の魔法陣が強い光を放っているらしかった。
これから、良くないことが起きようとしている。
「ま、余裕だな。エストレア、お前もそう思うだろ?」
空が破裂しそうな魔力量を光源から感じているのに、プロミネは愉しげに口角を引き上げてエスに同意を求めた。
エスはエスで、私の頭を抱えて少しだけ笑う。
「この十頭とお前がいるなら、負けようがない」
自信満々に紡がれる台詞に、「ええ、無敵ですわ」と鈴を転がすような声が、「最強のその上ですね」と地響きのように低い声が返す。
ここにいる各属性の最強の皆が同じ気持ちなら、私もどんな敵にも負ける気がしない。
「ショコラ、この後、お話したいことがあります。聞いていただけますか?」
近付いてきたユビテルが何処か不安げに聞いてくるものだから、大丈夫だと伝わるようにその手を握って笑顔で首肯する。
やっと話したいと思ってくれた。ユビテルが今までずっと一人で抱えていてくれたそれは、きっと、私にとって酷いものでも何でもないはずだ。
驚きに大きな翡翠の目を見開いたユビテルは、次には咲き誇る花の如く美しい笑みを浮かべた。
「強いですね。貴方は。……では、邪魔者はさっさと片付けてしまいましょう」
明るくそう良い放たれるのが早いか、皆で家を飛び出して光源へと向かった。




