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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
最終章 真相と顛末
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1.ショコラ、目覚める。




 普段よりも寝台に深く沈みこんでいるとしか思えない。

 陽の光の眩しさに目を覚ました私は、ほとんど金縛りに近い状態でなかなか動けずにいた。

 指一つ動かすのも億劫に感じるひどい疲労感。このまま気怠さに甘えてもう一度瞼を閉じてしまえば、次に開くのは何時間後になるのか。


 鉛のように重たい身体を無理矢理に起こすと、下腹部に鈍い痛みが甦った。それに小さく呻いて、同時に昨夜のことを思い出した私は両手で顔を覆う。

 顔が、燃えるように熱い。


 一度じゃ、終わらなかった……。

 二度目の途中からの記憶が朧気だし、それに、その、一晩に何度もするものだったとは思わなかったから……。

 私の記憶と視覚からの情報が正しいのだとしたら、エスにはまだ余裕が残っていた。私の体力が先に切れたせいでそこからは分からないだけで、もしかしたら、もっと、いっぱい――

 鮮明に思い出してしまって、頭の中が沸騰を通り越して爆発しそうになる。あれ以上なんて、恥ずかしくて死んでしまう。

 昨日だって、エスが好きだからどんなに限界を超えていても頑張れた。きっと、好きでも頑張れないこともある、と思う。


 それなのに私ときたら、ちゃんと教えてもらうまでそれが何なのかすらも分からなかった癖に、途中からもう何だか訳が分からなくなって、自分からもたくさん、求めていたような気がする。

 尋常ではないくらいに顔が熱い。エスには昨夜の私の言葉は全部忘れていてほしい。


 ふと、隣で寝息を立てているエスを見下ろして息を飲んだ。

 前に見たような何処となく幼い寝顔には程遠い、美貌の上に重ねられた恐ろしいまでの色気に、思わず鳥肌が立つ。

 寝ていて無意識で垂れ流している状態で、昨夜の残滓でこれだなんて。

 毎日どれだけ見ていても、度々新たな美しさを見せてくれるエスには驚かされる。こんなに綺麗な人は、エス以外にいないに違いない。


 乱れた水色髪をすきながら撫でる。

 絡まることを知らない指通りを楽しんでから、頬を擽ると胸の内が温かくなってくる。

 こんなに愛しくて好きな人と想いを通わせられたなんて、今でも夢みたいだ。

 形の良い唇を指の背で撫でてみたり、頬を包んでみたり。これだけ遊んでいるのに、エスは時折長い睫毛を震わせるものの、まだ起きそうにない。


 好きなだけエスの寝顔を愛でて、恥ずかしさや、エスを見た瞬間から激しくなった動悸が落ち着いてきた頃。

 何も纏っていないのに寒くないことに気が付いて、自分の身体を見下ろすと毛布が巻き付けられていた。


 私の意識がない時にエスがしてくれたのだろうか。それに、どうやら枕も私が独占している。……大変なことになっていたはずの身体も、全然不快感がないからちゃんと浄化されているらしい。

 エスは私だけ丁寧に寝かせて、自分は私と一緒に上掛けを掛けただけで適当に寝ていた。


 寒さに強い種族でも、これだと私が寝返りを打つだけで上掛けを巻き込んで取ってしまうかもしれないのに。

 くるまっていた毛布をエスにも分けようとして、自分の身体から取り去った私は声に鳴らない悲鳴を上げた。


 胸やお腹に点々と散らばる赤い鬱血痕。

 その位置を目で追う程に、エスに一体何をされたのかを思い出して暴れたくなった。

 まさかと思って上掛けを捲って下肢を見ると、内股から脚の付け根に掛けてたくさんの痕が残されていた。私は今度こそ堪えきれなくなってじたばたと悶える。


 エスの馬鹿! えっち……! こんなにいっぱいされているとは思わなかった!

 じっとしていられなくなってエスに枕をぶつけたけれど、それでも起きる気配はない。いつもは他の人の気配で目を覚ますくらいなのに、こんな時だけしっかり寝過ぎだ。


 それにしてもこの痕、全部服で隠せるの……?

 早く確かめないとどうにかなりそうで、私は急いで寝台から足を下ろす。


 両足を下ろしていざ立ち上がろうとしたところで、それは叶わなくなってしまった。


「何処に行くんだよ」


 寝起きで掠れているせいで、耳から脳が溶けて出そうになる程の色気を纏った低い声。

 お腹に回された腕に引き寄せられて、お互いの素肌が触れた。それだけで頭だけでなく身体の中の全てが滾る。


 素直に、床に落ちている服を取りに行こうとしていたのだと言っても、エスの腕は緩むことはなかった。

 いつから起きていたのかと問えば、「お前の気配が遠ざかった時」と答えながら、もう片方の腕を回されてまた恥ずかしくなる。

 遠ざかるも何も、まだエスの腕が届く距離までしか動いていないのに。


 どうにも動けないので大人しくしていると、身体はつらくないのか、痛みは大丈夫なのか、とエスは心配し始めた。

 エスの片手に臍の下まで撫で下ろされて、羞恥で忘れかけていた鈍痛を思い出した私は、その痛みに顔をしかめる。エスの手が淡い蒼の光を放ちながら私のお腹を撫でてきて、少し痛みが和らいだ。


「これ以上はどうにも出来ない」

「あ、ありがとう」


 御礼を言いつつ振り返ると、目と鼻の先で視線が絡み合う。

 あんな夜を共にしておいて、まだこんなことで恥じらいながら目を逸らしてしまう。このまま前に向き直ってもいいだろうかと思っていると、そっと触れるだけのキスをされた。

 ……まるでそこに私の顔があったから、と言われても納得出来るくらいの気軽さだった。更に顔に熱が集まってくるのを感じながら、今度こそ前を向く。


 もう治癒魔法は掛けられていないはずなのに、優しい温度の掌をお腹に当てられているだけで痛みが消えていくような気がする。

 少しくらい痛くても、それが証だから嬉しいんだけれど、エスは優しいから気に掛けてくれるのだろう。


 エスの体温を味わっていて、自分がどうして寝台を離れようとしたのか忘れそうになっていた。


「……エス、この痕、隠れなかったら消してくれるの、かな」

「嫌だ」


 即答。今の答えではエスに消す気があれば、消してもらえる痕なのだというのは分かった。

 何とか説得を試みるも、「消さない」「残しておく」と全く聞き入れてくれそうにない。

 困った人だ。普段はそんなことないのに。むしろ私が駄々を捏ねる側なのに。


「お前が俺のものだって証が欲しい」


 ああ、今になって、エスは手の掛かる人だという意味が分かった。

 エスは自分の懐に入れたものはとても大事にしている。例え、もうこの世にいない人であっても。

 そこに加えてもらえたことが嬉しいという気持ちと、それでもこれは誰かに見られたら恥ずかしい気持ちがせめぎ合う。


「ショコラ」


 ひどく甘い呼び声に反応して下腹部が疼く。

 首筋に顔を埋めてきたエスは、強請るように私の身体を抱き寄せて甘えてきた。肌が密着するだけでそこから燃えそうに熱くなって、そのまま身を預けてしまいそうになる。


「そ、そろそろ着替えないと、ティエラが、戻ってくるかもしれないし……」

「全員集めて説明するなら、龍体でも戻るのに最短で後二日は掛かる距離だから」


 つまり、後二日はエスと二人っきりということだ。

 冷静に告げながらも、エスはその心地の良い声から艶を消してくれない。

 逃がさないと言わんばかりにきつく抱き締められると、意識をしていなくてもお尻にその存在を感じてしまう。


「ショコラ、……注ぎ足りない」


 とんでもなく直接的に求愛されて、恥ずかしくて心臓が止まりそうになった。

 下腹部を撫でていた手が更に下っていって、回されていた腕がゆっくりと撫で上げてくる。

 やっぱり、昨日もエスは分かっていて、そのつもりで、私の中に……。

 また昨夜のことを思い出して逆上せそうになりながら、何とか流されずに自我を保てた私は、エスの腕を掴んで勢いよく引き剥がした。

 硬い胸板に手をついて押し返す。


「っ! そのっ、まだ、やることがあるから、全部終わったら、いっぱい……」

「いっぱい……?」


 鼓膜を震わせるその声はどこから出しているのか。お腹の奥がどうしようもなく切なくなって、目先の欲に負けてしまいそうになる。

 そして、私は遅れて自分の失言に気が付いた。

 これじゃ、また自分から欲しがっているみたいに聞こえる。


 何とかエスの誘惑を振り払った私は、毛布を身体に巻き付けて今度こそ寝台から逃げ出した。

 急激に熱くなる頬を誤魔化す為に必死で服を拾い集めていると、微かにだけど背中越しに嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。


 今回も、逃げられたんじゃなくて、逃がされた。

 本当にとんでもない人を好きになってしまった。心臓が幾つあっても足りない。




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