◎7.エストレア、呪いをかける。
情報共有の為、地龍は会議と称する時間を設けた。他でもない、洞窟内調査での結果と見解を報せるべく、炎龍を除く三種の龍達は集められた。
地龍の二頭、雷龍の三頭、そして氷龍のエストレアとティエラのみ。ここに少女の姿はない。
その場の全員を見渡したところ、明らかにユビテルの体調が悪そうなのが気掛かりだ。普段あれだけ尊敬され慕われているというのに、愚兄と呼ばれてしまうだけのことはしたらしい。
「情報共有の名目で集まってもらったが、本題は別にある。情報についてはペトラが纏めているものを頭に入れておくように」
一頭一頭の目の前に書類を配っていくペトラ。受け取って目を通せば、昨日少女が曖昧に口にしていたことの意味が分かった。
雷龍達は口々に驚きの声を上げているようだが、あの男にも調べが足りない部分があったのか。単純に過労が祟っているのか。
それとも、己がそこまでする程重大な何かを隠しているからこそ、見落としたのか。
とは言え、纏めてある事実はエストレアを心の底から安心させる内容だった。
書き足されていた術式は記憶と警告で、少女の身体が透けたのは警告の術式がそうさせたもの。つまりは、少女の言う通り、まだ時間はあるということだ。
ここまでは良かった。
問題はその書き足された術式が比較的新しく、十年以上経っているとは思えなかったこと。踏み込んだ仮定をすれば、少女の母親が亡くなった、九年前の可能性が高いこと。
……殴り書きに近い筆跡だったのが、気になると。
年長のベルク曰く、転移用魔法陣自体は二十年前の時点で既に往復が可能なものが開発されているらしい。隣で弟が「これ、おかしいよね」と呟いた。
往復転移用魔法陣が二十年前、書き足された術式は推定九年前。ならば、少女の母親がその魔法陣を知らないのはおかしい。こちらに連れ戻されても父親には何度でも会えたはずだ。なのに会えていない。
少女から聞いた悲劇的な内容を、死の瀬戸際に遺して警告までしている状態はおかしい。
母親は父親に会う方法を知らない。
「陰謀、でしょうか」
青ざめた顔をした男が戸惑いの声を上げる。
少女の話の中で『逃げてきた』という台詞があったのも引っ掛かっていたが、当時から少女の母親は何か問題を抱えていた。それが今現在、続いているかもしれない。
「小娘は過去の記憶が混濁、若しくは欠落しているのだったな。だから問い質した。明確な返事はなかったが、本人も何かしらに気付いてはいると思われる」
洞窟から出てきた直後、何処と無く顔色が悪かったのはそういうことか。
当時のことを問われたところで少女は反応出来ないだろう。今までずっと、聞いてきた限りではどうにも曖昧な内容だった。その記憶を信じてきたのに、全部混濁により作り替えられた嘘だったとしたら、少女の心労は計り知れない。
「まだ驚きに整理は追い付いておりませんが、経緯は理解しましてよ。で、ベルク様のおっしゃる本題というのは何ですの?」
これが本題ではないというのなら、何が本題なのか。一様に疲れた顔をした龍達がベルクに詰め寄る。
ベルクはペトラを呼び、重厚な作りの箱を開けさせると、その中から小さな銀の板が現れた。
「ここに『こちら』へ帰る為の転移用魔法陣を刻んでおいた。が、加える手は多いに越したことはない。貴様らには上からなぞるか、何か術式を追加してもらいたい」
更にベルクは説明を続ける。一度刻んだ術式を記憶する金属を使っているらしく、上書きしようが効果は上乗せになるだけのようだ。
この場にいる全員が各々術式を刻んで、これが『こちら』の物である証拠を増やして精度を上げれば、少女が『あちら』に飛ばされた際、より簡単に、正確に戻って来られると。
地龍の洞窟内調査から数日、何やら忙しそうにしていると思えば、これを作っていたらしい。
魔法陣の周りには、やたらと達筆な『強化』の術式が彫り込まれていたり、『妖精さーん、絶対連れ戻してあげるからねー』とただの伝言が刻まれている。
他にも三つ並んでいるところ、二つは叱咤激励なのは分かるが、もう一つは読み解けない。
この場にいる全員が頭を捻っていたところ、「あ、そのきったない字はオレンジのやつのね」とペトラが告げる。
自分にも見覚えのない古代文字があるのかと、無駄に焦らされた。何故請求書は綺麗に作れて普段の書き文字は汚くなるのか。
どうやら、わさわざ炎龍にも彫らせに行っていたようだ。
勝手が分かったところで彫っていく。雷龍のうち二頭は伝言を、一頭は『あちら』の世界の理を考えてか『無条件』の術式を刻んでいた。
続いて弟は、『ショコラの居場所はここだよ!』という言葉と共に、『帰還』の術式を彫っていた。
文字で一杯になっている板に術式を彫り入れていく。
強化や無条件とは異なる独立した術式は長い、彫るのに時間が掛かっていると、覗き込んできていたペトラが「……エストレア、これ、素なの?」と頬を引き攣らせている。
距離を取られながら「エストレアが苦労してるかと思えば、妖精さんの方が苦労するみたいだね……」と付け足されたせいか、他の龍も集まってきた。
術式を目で追ったユビテルが笑い出す。
「あはは、まさか呪術を彫るとは思いませんでした」
「にーちゃん、これショコラだからいいだけど他の女の子だったらドン引きだからね」
弟同様に引いているのが地龍の二頭、「お前の気持ちはすげー分かる」と頷きながら肩に手を置いてくる雷龍が一頭、頬に両手を当てて「さすがはエストレア様、情熱的ですわ!」と悶えている雷龍が一頭。
弟からも擁護出来ないと断言されてしまった術式は、『一蓮托生』という呪術だ。
呪う先は自分。少女が別の世界に飛ばされた時、強制的に同行させる内容になっている。
「ダメなのか。これであいつは、知らない世界で一人にはならない」
「いや、貴様はあれか、アホなんだな。これは魔法陣どころか生死に関わらず永久作用すると思うが」
それの何が問題なのか。
首を傾げていると、弟が「これで何で分からないの!? いくらなんでもひどいよね!」と頭を抱えて叫んだ。隣にいたペトラが、「うん分かるよ君の気持ち」と弟の肩を抱きながら生暖かい視線を送ってくる。
その後、禁呪にすべきか、これを正確に覚えているのは王族くらいだから後にも先にも今回限りでは、と別の会議が開かれたが、少女に関わる全員が銀の板に自分の文字を刻み終えた。
「危険なのは重々承知で、真相を明かす為に、妖精さんを囮に使うよ」
もう一度板を仕舞い込んだペトラが不穏な言葉を口にする。
反射的に否定しようと口を開きかけた時、今まで大人しくしていたフルミネが立ち上がる。
「それは、あいつを傷付けることか?」
「そうだね。真実をひた隠しにするのが優しさだと、本気でそう思う?」
「っ、だけど、人の心に耐えられるものなのか」
ペトラの言葉も、フルミネの言葉も理解出来る。
真相はすぐ目の前に迫っていて、このまま葬ることは出来ない段階まで来ている。しかし、少女の現在の心境を考えると、機械的には頷けない。
この薄い心でも、想定している結果は残酷なものだと認識する。これを感受性豊かな人の心で、当事者として受け止めるのは、どれ程の覚悟が必要か。
不安げな空気を隠そうともしない面々に、「別に一人でとは言ってないよ。氷龍兄弟も道連れだよ」と続けるが、平然と計画に混ぜられている。勿論初耳だ。
簡単に説明される、ただ誘き出すだけの計画に、雷龍達も溜飲を下げたところで、ペトラは困ったように眉を下ろす。
「真実を暴いた上で、妖精さんを守るよ」
短時間ながら密度の高い会議が終わる。
同様に、短期間で高まった龍族同士の結束は全て少女が一因だ。誰もが真相と結末を知る為に、この世界を安寧へと導く為に。
そして、全ては少女を守る為に。




