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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第八章 激情と記憶
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5.ショコラ、一つの答えに辿り着く。




「なるほどな、洞窟内での経緯は理解した。では、現地に向かおうか」


 左隣から落ち着いた低い声を浴びせてくるのはベルクだ。

 こんなに近くで聞くのは初めてだけど、龍族は姿形も美しければその声帯も素晴らしいのだろうか。良い声に鼓膜を揺らされると肩が震える。


「ねえ妖精さん、まさかベルク様からのお誘いを無下にしたりしないよね?」


 右隣からはペトラが高めの声で恐ろしい問い掛けをしてくる。ペトラはわざと私の耳に口を近付けて囁いている。

 本当に意地悪だ。脅迫だ。顔はすごく可愛いのに……。


 私は長椅子の上で地龍の二人に挟まれている。いつかにもあった状態だ。確か、炎龍のプロミネとリプカさんにもされた。

 前回のそれで学習していた私は、私の持っている情報を全て吐くまでは二人から解放されないのが分かっていた。でも、両隣が男の人なのはもう今回限りにしてほしい。



 あれから、倒れたユビテルの代わりということでモルニィヤから話を聞いた。

 エスやティエラにも同様に伝えてあるということで、現状、私に関連する情報は炎龍族以外の皆に伝達されている。

 エルフ族について知る為とは言え、洞窟に向かった時はこんなに深刻なことになるとは思わなかった。


 倒れるまで情報収集をさせてしまったユビテルには申し訳なくて、一度お見舞いに顔を出したら何事もないとでも言うように笑顔で起き上がろうとしていた。その直後、側にいたモルニィヤに押さえ付けられ、フルミネに無理矢理昏倒させられていた。

 誰かが手刀を首に叩き込まれて落ちるところなんて見たのは初めてだから、気絶しても尚優雅に崩れ落ちるユビテルが、糸の切れた人形のようで少し怖かった。

 見事一撃で気絶させたフルミネは「この馬鹿はこうでもしなきゃまともに寝もしねーからな」と鼻を鳴らしていた。


 残るところは、洞窟内の出来事を詳細には知らされていないままだった地龍族の二人だけ。

 エスもどうやら寝ていなかったらしく、ティエラが付いているということで私から話しに行こうとした。そんな時に、愛らしい笑顔に狂気を滲ませていたペトラに捕獲されたのだった。



「その魔法陣の場所まで案内しろ。私が調べる」

「あの、私の道順だと一度派手に落ちますけど、それでもいいですか……?」

「大方妖精さんが何か踏んづけて、エストレアに庇ってもらったんじゃないの?」


 ペトラはあの場面を間近で見ていたのだろうか。

 肯定すると、「苦労させられる女の子の方が魅力的って、妖精さんは知っててやってるのかなって思う時あるもんね」と答えにくい形で返された。そんなことは知らなければ意図的にやることじゃない。


「ならばその役割、私が引き受けよう」


 ベルクもベルクで当然のように名乗り出るけれど、落ちて下敷きになる役を一国の王様にさせるのはどうなんだろう。断じてエスは下敷きにしても大丈夫というわけじゃなく。


「案ずるな。抱えて着地すればいいのだろう。容易なことだ」

「さすがはベルク様です」


 何故この二人は落下するのを楽しみにしているのか。

 なんやかんやと言い訳をしたところで、私を案内係から外すという選択はしてもらえそうになかった。いつの間にか二人揃って外套を身に付けているし、部屋からも連れ出されていた。



 強引に事が運ばれていくのにただただ流されていると、城を出るまでにエスと遭遇した。

 確かに、言われてみるとやつれているように見える。あれだけ死なないにしても寝なきゃいけないって言ってるのに。眉を吊り上げて顔を見上げると、エスは珍しく狼狽える様子を見せた。


「私達は洞窟内調査に向かう。若造、暫く小娘を借りていくぞ」


 エスから私を引き剥がしたベルクは、別段に断りを入れる必要はないのにそんなことを言う。

 どの言葉が引っ掛かったのか、エスは僅かに目を細める。まともに寝ていないからかそれだけでも至極不機嫌そうで、その鋭利な矛先がしっかりとベルクに向けられているのが分かる。


「こいつから話を聞いていて、それでも連れていくのを良しとするのか」


 無機質な低い声に苛立ちが滲んでいる。エスは私を心配しているだけだった。

 エスの言う通り、話した流れを辿っても私が洞窟に行くのは、あの魔法陣に近付くのは良いこととは言えない。でも、今行くのなら動けるのは私だけだ。


「貴様を含めて愚か者ばかりだからな。そのやつれた面を何とかしておけ。心配せずとも、貴様のショコラは私が守ると誓う」


 ベルクの大きな硬い手が頭の上に乗せられて、そのまま雑に撫でられた時、耳に届いた言葉に心臓が大きく脈打った。

 初めてその冷たい声を聞いた日からは考えられない優しい声。それも全てエスを安心して寝かせる為に発せられた音で、まるで父親のような温かさがあった。


「……分かった。任せる」


 暫くベルクを見据えていたエスは、一つ息を吐いてから長い睫毛を伏せた。

 つい最近まで敵対していたとは思えない。長年の確執を経て、確かに結ばれている信頼関係を目の当たりにして嬉しくなる。

 エスはどんどん誰かにとって必要な存在になっていく。孤独を抱えて一人鬱ぎ込んでいくのを許されない、皆の大事な人になっていく。


「エス、行ってくるね。ちゃんと寝てね。寝ないと怒るから」

「妖精さんが怒っても全然怖くないよ。エストレアにしてみれば可愛いだけだよ」


 またペトラが隣で余計なことを言い始めた。そんな冷やかしに対して、眠いのか「そうだな」と当たり前のように答えるエスのせいで私は顔が熱くなる。

 間接的とは言っても、エスに可愛いと言われた。本人は自覚がないのか、それに首肯するのが何でもないことだと思っているのか、濃密な睫毛をしょぼしょぼと瞬かせているだけだ。


 エスが大人しく頷いているうちに、と思ったのか、そのまま私は地龍の二人に城の外へと連れて行かれた。



 問題は中なのであって、洞窟まではすぐだ。

 頭の中でどの辺りを踏むと罠が発動したかを思い起こしていると、洞窟近くに立てた墓に気が付いたらしいベルクに質問された。

 エスとフルミネに作るのを手伝ってもらった。お母様とお父様、それからエルフ族の墓だと答えれば、二人揃って花を供えてくれた。

 色とりどりの花に囲まれた墓石が、悲しげなだけのものではなくなったのが嬉しくて、私も二人が咲かせてくれた花に水をやった。


 お母様、お父様、私が出会った龍族の皆は優しい人達ばかりです。

 そんな報告をしてから、私達は問題の洞窟内に足を踏み入れた。


 一定の場所まで進めば何処かしら踏むように出来ているのか、最初の錆びた矢の罠は発動した。

 瞬時に剣を抜いた二人からすれば数が少なかったようで、何度か金属音を打ち鳴らした後、「なんだ終わりか」と残念そうに呟くベルクがいた。元々軍人気質のベルクは、やっぱりその腕を奮う場所が欲しいのだろうか。


 私以外は誰も変な場所を踏む動きはしないし、私が踏みそうな時は「ベルク様、楽しみですね」とペトラが嬉々としてベルクに報告するからすごく歩きづらい。

 結果、前回より踏む回数が多かった為にベルクとペトラはとても楽しそうだった。

 道幅いっぱいに転がってくる岩を、息を合わせて粉砕していく二人の剣技は舞を見ているようだったし、土砂降りの槍も私を抱えて避けるベルクには余裕さえあった。

 戦争を経験して、幾度も死線を潜り抜けてきたベルクにとってはどれも体慣らし程度だったようだ。そんなベルクの側近であるペトラも息一つ乱していない。


 私が落下した場所に近付くと、ベルクは私を担ぎ上げて、ペトラはあちこちを踏み荒らしていく。幾ら踏んでもなかなか発動しない罠に痺れを切らしたペトラに、「むしろどうやって踏んだの?」と聞かれる始末。

 それに答えようと口を開いた時、急に浮遊感に襲われた。「あ、これか」と呟くペトラの声が遠くに聞こえて、ベルクが華麗に着地を決めた。

 数秒遅れてペトラも降りてきたらしく、軽い足音が固い地面を鳴らす。


「事前に情報がなければ怪我も免れぬ深い穴だったな」

「打ち所が悪かったら、龍族でも分かりませんね」


 真っ暗闇の中でも平然と突き進んでいく二人が、前回を彷彿とさせる恐ろしい会話を交わした。

 打ち所が悪かったら……あれでも充分悪かったと思うのに、もし、エスが打ったのが肩じゃなくて頭だったら……。考えただけで怖くなってきてベルクの肩辺りを掴む手に力が入ってしまう。


 躊躇いなく進んでいく二人は魔法陣を見つけた。私は少し離れた場所で下ろされて、魔法陣を近くで調べているのは二人だけになる。

 私が見ても何が何だか分からない訳の分からない文字列も「古い転移用で間違いないな」と呟くベルクや、「書き足されている分に別の術式が組み込まれているようですね」とお母様の筆跡を確認するペトラからすれば簡単に読めるものに見えた。


 一頻り魔法陣を見ていた二人からまとめた意見を聞かされた。

 この魔法陣が何十年も前の型で、一度あちらに飛ぶとどうなるかは保証出来ないものだったらしく、お母様がこれを使ったのだとしたら、五体満足で飛べているのは運が良かっただけに過ぎないそうだ。

 現在は行き来が可能なものが出来ていて、自分の世界に連れ戻されようと一度行った異世界に戻ることは充分可能で、永住は無理でもお父様に会うことは出来たはずだった。

 それが、何等かの理由でお母様に知らされず、あちらに向かうことが出来なくなったのではないかとベルクは推測する。


 ペトラからは、書き足されていた部分に記憶の術式が組まれていると告げられた。

 誰かに教えるというよりは、自分が覚えていたいから術式として残していたものを、比較的最近……亡くなる直前にここに記したように見えると。

 つまり誰か、私が見つけた時に知らせる役割があったらしく、身体が透けたのはあちらに飛ばされる前触れではなく、お母様からの警鐘だったのではないかと仮定された。


 聞いた通り、私はあれ以来指先や身体が透ける体験はしていないし、もしかしたらまだ少し猶予があるのかもしれない。

 ほんの少し安心してへたり込む私に、険しい顔をしたままのベルクが近付いてきて、私の前で片膝を付いた。


「貴様に一つ確認がある」


 深刻そうな声色に首を傾ぎながら続きを待つ。


「エルフ族は、本当に絶滅したんだろうな?」


 心臓が嫌な音を立てる。

 私は、その質問に自信を持って頷けない。

 皆に出会ってから、私の記憶は抜け落ちや間違いが多いことが分かっていた分、九年も前の話を何一つ間違いがないとは言い切れなかった。

 そもそも私は、皆が虐殺された後、一体誰に幽閉されたのだろう。私しか当事者はいなかったはずなのに、世間に虐殺の噂を回したのは誰なのだろう。あれらは、何という種族の者達だったんだろう。

 考えれば矛盾だらけで、そのおかしさに吐き気が込み上げてくる。


「妖精さん、僕からも一つだけ。僕達はもう妖精さんを同族だと思ってる。だから、捨てられるものは全部捨てておいで」


 ペトラの言葉が優しいようで核心を突いていたのが苦しかった。

 お母様とエルフ族の間にあった、相対していたと思われる証拠。私が知らない過去に、お母様が受けていたと思われる仕打ちが明るみに出ようとしている。


 過去に私が見ていたものは、何一つ真実じゃない。

 なら、私が生かされていたのは、ただ、殺す理由もなかったからに過ぎない。




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