1.ショコラ、夢を語る。
森の中での出来事もあって、予定より時間が押して隣国に到着した。もう日が高く登っていて、ここも気候はとても温かいから昼間となると結構暑い。
それにしても、水色髪と白髪の美形兄弟は途轍もなく目立つ。いや、私もすごく紫だし、目立つに含まれているかもしれないけど。
他にも色髪の人をちらほら見掛けるけれど、ここまで鮮やかな色を持つ人型は滅多にいない。更に二人揃って見た目の完成度が高すぎて、女性だけではなく男性すらも振り返って二人を見ている。ここまで視線を集めるとは思わなかった。どんな人が見ているか分からないから、早く通過した方がいいかもしれない。
地面が剥き出しで少々寂れていたこの間の街とは違って、しっかりと煉瓦で舗装されているこの国は大国の中に名を連ねる場所。とは言っても、その情報だけで私自身来るのは初めてだ。前の国から出る程動いてなかったなんて、随分狭い世界で生きていた。
門の前では風船を持った人達がいた。中も露店が沢山出ていて人々でごった返している。近づくに連れて何だか騒がしいと思っていたら、お祭りの日に当たったみたいだ。
何のお祭りかはわからないけど、この国にとって何かおめでたい日なのは間違いない。ふと視線をティエラに移すと目を輝かせて先の景色を見ていた。何だか、いつもよりも子どもらしく見えてすごく可愛い。
「ティエラ、回りながら進んでみる?」
早く進んだ方がいいのは分かっているけれど、せっかくだし、少しくらいは楽しんでもいいんじゃないかな。声を掛けるとティエラは花が咲いたような笑顔になり、大きく頷いた。
「やめた方がいいと思う」
というのに、エスの一言でティエラの元気はしょぼんと消え去ることとなる。ちょっと可哀想だな。
「あの、ちゃんと進むし、その、ちょっとだけ、お願いします!」
結局上手く纏められなくて頭を下げることになる始末。頭上ではエスが呆れかえっていることだと思うけど、少しでも楽しい旅にしたいから。「……ちょっとだけなら」という小さな声を聞いて頭を上げる。
ティエラと目を合わせて喜び合った時には鬱陶しそうにしていたけれど、結局は折れてくれるところに優しさを感じた。
国の門をくぐると一気に賑やかな空気に包まれた。露店が並ぶ道を進むと良い匂いに鼻孔を擽られる。
近くの露店に立ち寄れば気の良いおじさんがどんどん食べ物を渡してくれる。前いた辺りでは見たことのない食べ物ばかりだ。お財布を出そうとしたら要らないと制されてしまった。
無料で食べ放題になるのはすごく有り難いけれど、それじゃ採算が取れないどころの騒ぎじゃない。何か宣伝か何かでも組み込まれているのだろうか。
聞く前におじさんがこのお祭りについて説明してくれた。これは、華の国の平和を讃えて毎年開かれる一日自由な祭で、国の名産品の食べ放題に飲み放題、この国の文化を他国に広める為にお客を集めているものだと。
文化の宣伝とは言え、大国は気前が良い時があるものだな。何とか人混みの中を進みながら大通りに出るとパレードまでしていた。空から色とりどりの紙吹雪が降ってくる。
今にも一人で走り出してしまいそうなティエラの手を捕まえる。はぐれたら大変だ。
「にーちゃんも手繋ぐ?」
「三列は邪魔」
今の返しだと、邪魔じゃなければ繋いでくれるみたいで微笑ましかった。
暫くして、手にお菓子をいっぱいに持ったティエラとは手を離すことになってしまった。さすが子どもは元気で時々追い付けない。何とか視界にティエラを捉えながら進む。可愛いけどちょっと疲れてしまった。
素早く動き回るティエラを真顔で見守るエス。相変わらずの無表情だけど、やっぱり楽しそうな弟を見たら嬉しいはず。いや、この顔では分からないけれど、そうだったらいいな。
「お前ってさ、何で旅人なんてしてるの」
意外な話題を振られて驚いた。私のことに多少でも興味を持ってくれているのか。ああ、でも、正体不明のままも気持ち悪いよね。何も考えずに遠い夢があると答える。……回答が夢だなんてますます気持ち悪いだろうか。
なんて思ったのに、エスは完全に聞く体勢に入っていた。意外に意外が重なって、詳細を語ってしまってもいいのか迷ったけれど、馬鹿にされるのを覚悟で伝えることにした。もう、きつめの口調にも慣れてきたから少しくらいなら傷つかないとは思う。
「こことは別の世界……異世界にね、私のお父様がいるらしいの。お母様が昔転移して、そこでお父様と出会ったんだって」
普通に話そうものなら馬鹿にされて当然なくらい夢見がちな話だ。なのに、エスは黙って聞いてくれるものだから、先まで続けて話してしまう。
「この世界よりも平和で、色んな種族が生きてるって、だから、そんな場所なら私も一人じゃなくなるんじゃないかなって思ってるの」
この夢と、エスへの御礼だけが私のすべてだった。それだけで生きてきたなんて、なんて厚みのない人生だろうか。
エスからの反応に身構えた時、「この先どうしようか悩んでた」と返されて、俯きがちになっていた顔を上げる。そんなことを思っていたの? 物凄く無表情だから分からなかった。
「もう暫くは大人しくしてるつもりだったのに、なんか知らないけど狙われてるし」
淡々と綴られているせいか、言葉からは重みを感じない。それでも一つ私の中に罪悪感が募った。
今までひっそりと暮らしていたのを連れ出してしまった。捕獲令が出ているとは言え、殺させないなんて約束をしなければ、もしかしたらその『もう暫く』をやり過ごせていたのかもしれないのに。
「お前の言う通り、この世界に行き場が無いなら別の場所に行けばいいんだよな」
「…………。え、あの、もしかして、私の夢について来てくれるの?」
一瞬言われた言葉の意味が理解出来なくて、頭の中で何度か反芻した。間違っていたら大変な勘違いだ。うん、でも勘違いに違いない。そんなわけがないと納得しかけていたのに、なんとエスは頷いた。
「ダメなら勝手について行く」
え? ……エス、今行くって言った? 私の都合の良い幻聴でじゃなく? だんだん嬉しくて口角があがってくる。
「顔、溶けてるんだけど」
「嬉しくてつい……」
だって、今この瞬間に本格的に仲間ができたということなんだから。これで私、もう一人じゃない。
暫く喜びに浸って笑っているとエスに微妙な顔をされたけれど、もうどんな反応をされても大丈夫だ。
ややあって騒がしい街中に意識を引き戻された時、大変なことになっていることに気が付いた。嘘だ。あんなしっかりした子が離れるわけがない。だけど、周りを何度見回してもその姿は見つけられない。
ティエラがいない。