◎11.ティエラ、過去を振り返る。
光る草花が暗いはずの洞窟の中を明るく照らしていた。
薄闇でも尚輝き続ける金糸の髪はどういう仕組みなのか、ティエラは恨めしげにユビテルを見上げた。
今のところ罠らしい罠には掛かっていない。というよりも、ユビテルが何かを踏んで暢気に笑い出す度に対処しているからか、奇跡的に大事にはなっていないだけだが。
戦う意思がないのであれば、自分より前を歩くのはいい加減止めてくれないかと溜め息を吐きながら、謎に満ち溢れたこの男に疑問を投げていくことにした。
「 …… ユビテルは、僕が生まれたばかりの頃は何をしていたの?」
ゆるりと振り返ってくるユビテルが微笑みを浮かべたまま首を傾げる。
回りくどい聞き方になり過ぎただろうか。逆算してみれば、自分が生まれた頃のユビテルは十六。その年の他国の王族がどこまで兄のこと、そして嘗てあった国のことを知っているかは分からないが、ユビテルはまだ何か重要な鍵を隠しているように思えてならない。
これはきっと兄も、少女も感付いていることだ。
「王様ですよ。まだ右も左も分からない、ね」
それは即位したばかりという意味か。それにしても、人型ならばいざ知らず、龍族が十六で頂点に立つなど、早過ぎはしないだろうか。
当時は戦争をしていた。直接的に当たっていないとしてもそうならざるを得ない事態に陥ったのか。……そうでもないのか。謎に包まれ過ぎている。
「エストレアについて聞きたいんでしょう? 大丈夫ですよ。もう隠している期間は過ぎました」
「あーあ。ユビテルには敵わないね」
「皆が何を知りたがっているかなんて大体分かります」
観念したティエラは、兄が当時出来そうな仕事について聞いてみることにした。
自分を育てる為に、まだ少年であった兄は一体何をしていたのか。もう深く踏み込んで知ってもいいと思っていた。どんな事実でも受け止めたかった。
それに対する答えを、ユビテルが知っているかもしれないというのがもうおかしな話だが、ユビテルはその恐ろしい分析力をもって答えを導き出した。それは、手に負えない犯罪者の断罪だ。
嘗ては存在した氷龍族の国が無くなり、勢力の均衡は崩れ、今や旅人が賊に近い地域もあると。それは自分もよく知っている。
だから兄は人型で外に出るのを禁じていた。あの渓谷付近は特にひどいのではないかと感じていたが、正しくはもう『亡国全体』が駄目になっていたのだろう。
凶悪犯罪者を始末する仕事は危険だが金額は跳ね上がる。殺すことが出来るなら年齢は問わない。まさに、それしかなかったと思われる道だった。
想像していた通りだが、答えにしてしまうとやはりつらいと思ってしまうのは勝手だろうか。
危険で誰もやりたがるはずもない仕事を、兄は自分の責任でもあるとしてこなしたはずだ。兄は、そういう男だから。
「でもエストレアは、仕事以外で『自分から』は手を下してないと思いますよ。彼の性格上、何の罪もない人を手にかける程無慈悲とは思えません」
「ユビテルは、なんでそこまでにーちゃんを庇うの?」
「内緒です」
人差し指を唇に当てて笑ってみせるが、結局隠し事はあるんじゃないかと頬を膨らませた。
「僕は王になってまだ大した経験もなかったあの頃、亡国の後処理を担当していたんです」
秘密主義はまだ破られないと思っていたところ、こちらから何か質問する前にユビテルは話し始めた。
瓦礫と死体の山と化し、見た目にも悲惨としか言い様のない光景だったと。大国が滅んだ瞬間だ。この世の終わりを表すとすれば、あの時見たものがそうだと言えたと。
それの処理をユビテルが指示を出して片づけていたという。兄の過去も惨たらしいものだが、直接的に関係していないのにも関わらず、まだ若い王がそんな仕事をさせられていたと思うと龍族の闇の深さを実感する。
話しながら、何度も言葉尻が消えるのは、言葉を選びながら話すのは、ユビテルの中でまだ整理がついていないからなのか。それとも、まだ言えない話があるからなのか。
それでも、自分の知らない過去が繋がり始める感覚を追いたかった。
「すべてあそこに答えがあるのは分かっています。でも、僕は最近になって一つ大きな失敗を犯した。だから、隠しても仕方はないのですが、時期が今ではないのも分かるんです」
大きな失敗。ユビテルのような、何もかも考えて動く男でも計算違いが起こるのか。この男は、一体何をしようとして失敗したのか。
それが聞けるのが間近だからこそ、今こうして話してくれるのだろう。ただ、その内容がちょっとやそっとの失敗ではないのはティエラも肌で感じていた。
自分のような子どもに罠の対応をさせても普段通り笑っているような、策が幾らでもある男だ。それが、ここまで頭を悩ませて話してくる。その間近が迫るのが怖いと思う程に。
「ここからが昔話の怖いところですよ」
にこりと柔らかい笑みを向けてくるユビテルは相変わらず恐ろしい。
この男はどこまで考えて行動しているのか、当時に、今に、何を繋げてきたのか。
「僕は当時、既にあの国にある種族が棲んでいると認識していましたから、処理と同時進行で捜していたんですよ。なのに、生存者も遺体も見つからなかった」
背筋を冷たいものが滑り落ちる。
もう少し自分の勘が鈍ければ、この嫌な予感はそこへとは繋がらなかったはずなのに。出来れば繋がらない方がもう暫くは楽でいられたのに。
「僕達雷龍族の遠い親戚に当たる種族……エルフ族だけがあの国の何処にもいませんでした」
そっか、とほとんど息に近い声を吐き出して、ティエラは諦めるように瞼を下ろした。
ユビテルがそっと頭の上に手を乗せてくる。この男は、ずっと前からこの嫌な予感を抱え続けてきたのか。そして、それが確信に変わっていくのを、自分達に関わりながら笑顔という真顔で誤魔化し続けてきたのか。
まだ、兄と少女には伝えたくない。




