8.ショコラ、起源に迫る。
泣くのは私じゃないと分かっていても、なかなか涙は止まらなかった。朝に顔を合わせたフルミネがいつも通りだったから、どれだけ気を遣わせているのかと考えると余計につらくなる。だけど、フルミネが普通でいてくれるなら私も普通でいないといけない。そんな気がして何とか笑顔を作った。
不思議なことに、昨日までとは打って変わってエスの距離が近い気がする。私がフルミネにちょっかいを出されると後処理が面倒だからだろうか。近くにいられるのは嬉しいけど、今は何だか複雑だ。
ユビテルとモルニィヤ、そして新たに合流したフルミネの準備も終わり、今日はユビテルのお誘い通り、エルフ族の起源を探ろうと精霊に纏わる森の近くまで来ていた。
自分もエルフ族だというのに、例によって記憶が欠け落ちているのか元々知らないのか、エルフ族についてはあまりよく知らない。体重が軽いことすら指摘されるまで気付かなかったのだから、知らないことはまだまだ山程あるのだろう。
炎龍族の棲む森とはまた違う、冷たい空気と高い湿度が心地良い。起源に近づいているから好ましい気候になっているのか、単純に私が寒すぎない程度に涼しいのが好きなのか。
いつの間にか隣に来ていたユビテルが今日も穏やかな笑みを浮かべている。他の皆の様子を窺うと、エスはティエラの面倒を見ているようだし、モルニィヤとフルミネは口喧嘩をしながら進んでいるし、それぞれ何やらやっていた。一人でボーっと歩いていたから気に掛けてくれたのかな。
「ショコラは神話を知っていますか?」
「神話、ですか?」
聞いたことがないわけでもないけれど、詳細に知っているわけでもない。
ユビテルは突拍子もないことを話し始めたかと思えば、いつも何かに関連させてくる。神話に何か繋がる話があるのだろうか。ここまで来るとどこまで大逸れていても驚かないだろうな。
「エーテルのみで構成された身体を有する四大精霊というものがいまして、エルフの祖先は水か風の精霊ではないかという説が今の僕の頭にあります」
……思っていたより大逸れていて、どうも追いついていけない気がしている。
エーテルのみ、ということはそこにあってないような存在なのに、それがどうして私の今の人型のような姿を成すことが出来たのか。そんなことを考え始めると、龍族もどんな経緯を経て人型を手に入れたのか、という話にもなるけれど。
「これは僕が子どもの頃から考えていた夢物語のような仮説ですので、聞き流していただいて結構ですよ」
曖昧な返事を返しつつも聞き流せる話だとは思えなかった。他の誰でもないユビテルの仮説、どれだけ突拍子もない繋がりに思えても、何かしらの根拠があったりする。
まるで物語を紡ぐように、声を風に乗せて語るユビテルの言葉に耳を傾ける。
幼い日のユビテルは自分の祖先について考えていたらしい。エスといい、ユビテルといい、どうして頭の良い子どもは大人でも滅多に考えないだろうことまで考えてしまうのか。
龍族の祖先は確かに仮面の組織から聞いた通り、氷と地の兄弟からだというのに、何がどうしてそこから派生し、自分達雷龍族、そして炎龍族が生まれたのか。ユビテルはとにかくそこが気になったのだという。
何を調べてもさすがに起源までは分からず、そこまで古い文献も残っていない。後は同じく気になった学者達の憶測飛び交う著書だけになり、信憑性の高い情報を集めては組み合わせ、ユビテルなりに答えに近いのでは、と思うものに突き当たった時、同時にエルフ族の存在を知ったのだと。
「氷龍族はエルフ族の存在を隠していたのか、それとも彼らも詳しくは知らなかったのか。どちらにせよ、近い過去、こちらはエルフ族を知りませんでした」
ユビテルの話を聞きながら、記憶を掘り起こせば、私達エルフ族はとにかく森の中に引きこもって生活していた。
他の種族に遭うことはほとんどなく、街に出ても様々な種族に紛れてしまい。耳がとがっていたり肌が白い程度の特徴は特に気にされる様子もなかった。これでは、意識的に私達をエルフだと思って探さない限りは見つからない。国内でその調子なのだから、国外であれば猶更。
「金髪が僕達雷龍の証です。少なくともこの世界には他にはいません。ですが、エルフは基本的には金髪碧眼だと。これは、先祖が近いことになりませんか?」
「それは、確かに……」
ユビテルやモルニィヤに会ったばかりの頃、そう言えば同じ色を持つ種族もいるんだな、なんて簡単に受け流していたけれど、ユビテルの言う通り金髪はエルフ族と雷龍族以外に見たことがない。
「エルフの祖先が精霊であるなら、僕達派生の龍族は元の二種に何か混ざっていると考えるのが妥当です。例えば炎龍、明らかに火の精霊でしょう。彼等も森が好きですしね」
言われてみれば、重なる部分が浮き上がってくる。ユビテルは地龍族に火の要素が入ったのではないかと推測しているようだ。雷龍族は元々天候を操れる龍族で、攻撃に特化するようになってから属性が雷に定まったらしい。氷龍族が元ではないかと考えていると。
「どうして氷龍族なんですか?」
「エストレアは天候も操れますよね。そういうことです」
当然知っていることのように言われて戸惑った。
エスは雪を降らせることが出来る。それから、これは私の魔法の上乗せだけど、雨もエスが関わり出してから降るようになった。そんなとんでもない魔力が宿っていることをユビテルは何故知っているのか。
混ざるにしても生き物であって生き物でないような存在――精霊が関わっているのなら、未知の領域であることから、遺伝子が大きく組み換えられてもおかしな話ではないと以前からユビテルは考えていたと。
そこでエルフ族全体が水属性を隠し持っているとしたら、水の精霊の加護を受けている可能性が高いのだと。今回私が実際に水属性を使っているという報告が上がって、結果に大きく近づいたらしい。
だけど、私は異世界のお父様という遺伝子との混ざりものだ。全属性持ちが異世界では普通のことで、水属性も、本当にそこが原因で私しか持っていなかった場合、ユビテルには残念な結果になってしまう。
それでも、ユビテルは別の部分でも結果を出しているように思った。何かを含んだ笑みがどこまでも楽しそうに見える。
「何か欠けていませんか? 身体的なもので」
「身体的……あ、体重が、すごく軽いです。ティエラより軽いそうです」
決定打だったらしい。ユビテルは満足そうに微笑んで、確認の為か私を持ち上げようとする。小さく悲鳴を上げてしまいながらもユビテルに身を任せていると、耳元で「警戒心を欠いているのが、ショコラの最も楽しいところですよね」と意地悪く囁かれ、次の瞬間には視界が移り変わり、もう少し高い位置に抱え直されていた。
状況を確認しようと周りを見下ろせば、どうも真顔ながら怒っている様子のエスと、嬉しそうに傍らにいるティエラが目に入ってきた。片腕に私を抱え、もう片手にはティエラと手を繋いでいるエス。完全にお父様な図だ。
「ショコラはあなたの魔力を保有していますよね。なら、多分大丈夫だと思いますよ。まだ、多分、ですけどね」
どういう意味だろう。先程までの精霊の話と魔力を保有しているから大丈夫という話はまた繋がっているのだろうか。何が大丈夫なのかいまいちよく分からない。
どこか安堵している表情を描いた弧に乗せているユビテルの考えは、エスにも見透かせないらしく、難しそうな顔をして静かにユビテルを見据えていた。
私を下す様子がないということは、まだ何か不安要素でもあるのか。ティエラが、大人しくそこに居た方がいい、と諭してくるものだから、とりあえずは言われた通り大人しく抱き上げられていることにした。
いくら軽いのだとしても恥ずかしい。離すと碌なことにならないと思われているなら、私はまだまだエスの中で子どもなのだと思う。ちょっと不満だ。
「エス、私はちゃんと大人なんだよ」
「知ってる。大人だから離せないんだよ」
難解だ。私が大人なのにこうだから、という意味だろうか。隣を歩きたいのに抱えられてばかりだなんて、まだまだ子どもな証拠だ。
暫く森の景色を眺めていると、途中に泉と洞窟が現れた。底まで見えそうに透き通った水を囲む緑の木々、先の見えない暗い洞窟。来たことがない場所のはずなのに、どことなく懐かしくて、どうしてだかとても寂しかった。
せっかく辿り着いたのに、私は一人だなんて、思ってしまった。




