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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第一章 エルフと結晶龍
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7.ショコラ、戦ってみる。




 入った時に感じた湿気は予想以上のものだった。暫く歩いていると、露になって濡れるくらいだ。

 気温は急激に下がっていて昼間よりは過ごしやすいけれど、濡れた状態だと少し寒い。


 夜の森は怖かった。入ってしまうと灯りも見つけられなくなって、ただただ闇に飲まれてしまう感覚で。

 赤いドラゴンのことを思い出して、膝が震え出すのを必死で抑え込んでまた一歩、それを繰り返して先に進む。


「こんな時間に、女で一人かよ?」


 不意に声を掛けられて背筋が冷えた。声の元を辿れば、そこには橙色の髪をした男性が立っていた。この暗さでもはっきりと分かる鮮やかな色髪。原色である時点で魔力の強さが窺える。ただの人型じゃない。

 しっかりと髪が盛られていて、左側の刈り上げている部分すらもよく見える。今は皆が寝静まる時間だ。寝る前には髪を整えたりなんてしない。

 それに、何の装備もせずにこんな森にいるなんて明らかに不審だ。私みたいにわざわざこの森に戻ってくる者を待っていたみたいだ。

 いつでも距離を取れるように、片足を後退させたその時だった。


「まあそんなに警戒するなよ。俺はさ」


 穏やかに言葉を紡いでいた男性が、素早く移動して近くの木の幹に私の背を押し付けてきた。声を出そうとしたらその前に掌で口を塞がれ、両腕を頭上で一纏めにされる。


「昼間の尻尾、どう落とし前付けてくれんのかなと思って、話し掛けただけだからよ」


 何かしら声を発しようにも、その手中に全て収まってしまう。鋭い金色の瞳があの赤いドラゴンと重なる。

 楽しそうに弧を描いた口元と怒りを湛えた瞳が、全く異なる表情を同時に表していて恐ろしい。


「もうすげぇ痛かったわけ。だから慰謝料? 払ってもらうつもりなんだよな」


 手を動かそうにも凄い力で掴まれていて、ほんの少しも動かせない。でも、このまま何も出来ずに言いなりになるつもりはない。

 口を押さえている掌を噛んでやったら離してもらえたから、その隙に私はドラゴンと距離を取る。その間に、手を痛そうにしていたドラゴンは怒りを露わにして魔力を溜めていた。その手に紅い灯りが点っている。


「慰謝料三倍な、お前。まじでキレたわ」


 瞬時にドラゴンの姿を取って襲い掛かってくるのを後ろに跳んで躱わせば、元居た場所が抉れる程の衝撃で地響きが起こる。攻撃の為に近付こうとすれば火炎放射、回り込もうとすれば尾が鞭のように飛んでくる。手も足も出ない。

 今までもっとちゃんと戦っていたら、エスは私の為に怪我をせずに済んだかもしれない。堂々と連れ出して、仲間だって呼べたかもしれない。


 自分の過去の行いを反省している内に、前足で掬い上げられて投げ飛ばされる。何とか着地して負傷は免れた。

 双剣じゃ近距離でしか戦えない。どうすればこの相手に勝てるのか。考えている間にもドラゴンは詰め寄ってきて私を踏み潰そうとする。その時に動きが大振りなのに気が付いて、後退じゃなく前進で躱してみた。すると上手く懐に飛び込めて、柔らかい皮膚を持つお腹を斬りつけることが出来た。


 喜んでいる暇はなかった。痛みに暴れ出すドラゴンに突き飛ばされ、近くの木で背中を打った。あまりの激痛に起き上がることすら出来ない。


「っお前……! ふざけんなよ!」


 再び人の姿になったドラゴンは血を吐き、倒れたままの私に近寄ってきた。腹部の大きな傷跡が真っ赤に染まっている。自分が付けた傷なのに、見ていられなくて目を背けた。


「い、た……っ!」


 髪を掴まれて持ち上げられる。信じられない痛さに動かないはずの身体が立とうと動く。その反動で背骨が鈍く嫌な音を立てた。


「あの亡国んとこの紫のエルフってやつか。噂ってまじで信用ならねぇな」


 視界が霞んできた。ドラゴンの顔がよく見えない。私、本当に馬鹿だな。今日一日疲れていたのは私も同じで、更に魔法も使っていて良い状態とは言えないのに、こんな勝ち目のない相手に挑むなんてどうかしている。


 閉じていく視界の中で、急に声をあげたドラゴンは私の髪から手を放したらしい。身体が落ちる。きっと物凄く痛いだろうと薄い意識で思ったのに、いつまで経っても痛みがくるどころか、優しい体温に包まれた気すらしてくる。


「人の話聞く癖、付けた方がいい」


 低めの声が耳に流れ込んできて、その心地良さに背中の痛みが和らぐような気さえした。ぐるぐる回る頭で何とか視界を確保しようと、僅かな魔法で回復する。

 ぼんやりと戻ってきた視界に映るのは綺麗な水色の髪。何だか安心して、ちょっとだけ笑った。


「何笑ってんだよ。お前はもっと考えてから行動しろ」


 近寄ってきたエスが治癒魔法を掛けながら背中を撫でてくれる。来てくれたのが嬉しいのに、しっかり休ませてあげる時間すら作れなかった。視界が涙で歪むのをエスの指が乱雑に拭う。


「泣かれると鬱陶しい。さっきといい、勝手に思い詰めるな」


 ……さっき? 前に私が泣いたのは森に入る前のことで……。それを問おうにも、私を地面に下したエスはもうドラゴンに向き直っていた。

 ドラゴンが治癒魔法と併用しながら炎属性攻撃を繰り出そうとしているのを見ていたエスは、静かに魔力を纏めて空気中に放つ。


「炎属性に相乗効果が現れるのは昼間の気温だから。今の湿度じゃこっちが有利」


 空気が煌いた瞬間、ドラゴンの周囲には氷の棘が大量に出現した。無数の氷柱に四方八方を囲まれ、さすがにドラゴンも焦りを見せる。

 凄い。凄いけど、ここまで隙が無い氷属性魔法に慈悲は残されているのだろうか。これはダメだ。ドラゴンが死んでしまう。私は無理矢理立ち上がって、ドラゴンに向かってふらふらと走り出した。


「エス、殺しちゃダメ……!」


 冷たく輝いた氷柱が全方位から串刺しにするように集中的に降り注ぐ。

 何とか間に合ってドラゴンを庇えば、それをまともに受けることになるのは当然だ。負傷したままの身体に連続して突き刺さる痛みに耐えきれるはずもなく、私はドラゴンと共に地面に倒れ込んだ。


「おい、お前、何して……」

「何やってんだお前は!」


 弱々しく掛けられる声。驚愕の視線をドラゴンから向けられると同じくして、背後から怒号が響く。ドラゴンと私に刺さった氷柱が一瞬にして大気に分散した。


「だって私、エスに殺させないって約束したから……」

「だから、今俺が本気だったらお前も死んでたって言ってる!」


 私を抱えてエスは声を荒げる。淡々としていて冷静なエスがこんなに怒ってくれる。ああ、仲間っていいなってこんな時に実感する。誰かに心配されるってとても幸せなことなんだ。そんなことも、知らなかった……。


「うん。加減、してくれてて、嬉しい」


 極度の痛みで息があまり続かなくなってくる。それでも笑えば、エスは怒るのをやめて呆れたように溜め息を吐き、私達に向かって手を翳した。淡い蒼色をした、治癒魔法の光が身体を包んで傷を癒していく。

 エスの魔法は不思議な程傷が塞がるのが早い。すぐに痛みも消える。でもさすがに、疲労困憊で眩暈が酷くて起き上がれなかった。


 横たわったままの私を抱え直してその肩に軽々と担ぐ。普段よりもかなり高い視界でドラゴンを見下ろせば、私が付けた傷まで治っていて安心した。


「あなたも、早く寝た方がいいよ。疲れたでしょ?」

「は!? あ、ああ、そうだな……」


 私の言葉があまりにも予想外だったのか、ドラゴンは戸惑いながらも頷いた。確かに、つい数分前まで戦っていた敵に掛ける言葉としては、会話力の低い私でも分かるくらいにはおかしい。

 呆然としているドラゴンを放って、エスは森の出口に向けて歩き出そうとした。ちょっと待って、と耳打ちして留まっていてもらう。


「縄張り、とかだったんだよね? だから攻撃してきたのならごめんなさい」


 昼間のことで、ドラゴンに勝たなければ、と思っていたけれど、何もなく攻撃されるとは思えない。

 周りに旅人がいない時点で、そういう場所なのだと気が付けば良かった。隣国まで一番近い道がこの森を通ることだと言っても、縄張りであるならドラゴンが怒っても仕方ない。

 それに、私がとろとろ歩いていたから警戒されたのかもしれないし。結局悪いのは私だ。


「私はショコラ。あなたの名前は?」

「……プロミネ」

「じゃあプロミネ、おやすみなさい」


 ちゃんと待っていてくれたエスが折りを見て歩き出す。知り合いが一人、いや、一頭? 増えた。プロミネも龍族なのかもしれない。エスだって旅人の侵入を迷惑がったんだから、プロミネだって似たような感じだろう。

 ところで、ずっと担がれたままでいいのだろうか。重くないのかな。私は背が低い方だけど、人一人は結構重いはずだ。だから、降りると言えば、「起き上がれもしない癖に」ともっともな返しをされる。重くないかと聞くと「別に重くない」と返されて、降りることは叶わなくなってしまった。

 本当に私は一体何をしているのだろう。結局、エスが来てくれなかったら勝てなかったし、今もこうして運んでもらって、してもらってばかりだ。


「エス、手、ごめんなさい」

「いい。それより、何でアレと仲良くなろうとしてる」

「プロミネ? 悪い人じゃないかもしれないなって」


 攻撃を仕掛けられて仲良くなろうとするのは普通に変だ。だけど、優しさを全く持っていない人なら、ほんの少し近付くだけでもっと怖いと思うはずだから。 


「今までずっと、話せる人もいなかったの。仲良くなれるなら仲良くなりたい」


 急激に疲労感が押し寄せてきた。眠ってしまいそうだ。でも、運んでもらっていながら寝るなんてこと出来ない。いくらなんでも迷惑かけ過ぎだ。

 力が抜けそうになるのを何度も持ち直して、何とか意識を保とうとしていると、エスは私を担ぐんじゃなくて、腕に座らせるように抱え直した。

 え、これすごく中途半端だけど、腕がしんどいんじゃ……それに、担がれているとそんなこと思わなかったのに、やけに近さを感じる。


「え、えっと、あの」

「眠いなら寝れば」

「で、でも……」

「今更遠慮とかいらない。それに、動かれる方が厄介なのはもう分かった」


 それは、私も気付きつつあった。遠慮がちに肩に凭れて、胸に手を置く。こんな風に、男性に甘えるなんて初めてだな。瞼を閉じて直ぐ眠気に誘われるなんて、どこまで子どものままなんだろう。

 微睡んでいると頭を撫でられた気がしたけれど、もう都合の良い夢でも見ているのかもしれない。




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