表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第六章 愛称と真の恐怖
63/104

11.ショコラ、虹を作る。




 踏みしめる足音が変わった。

 前回、エスとベルクが対峙した時には渇いて灰色だった大地は潤いを取り戻し、しっとりと健康的な土色をしていた。先日の雨のお陰だ。この土の元でなら、また新たに植物も育つはず。

 それに、地龍族には九割のベルクがいる。植物を愛でることが出来るペトラが側で補佐をしている。彼等が居れば禿げ山一つ蘇らせるのにそこまで時間を要さないだろう。


 土の状態を確認しに来ていた私とエスとティエラ。これならいつこの国を去っても思い残すことはない。

 確認に行くと言って朝から二人を連れ出したけれど、私にはもう一つ予定がある。


「二人にもう一ヶ所付き合ってほしいところがあるの。……あのね、三人で地龍族のお墓参りに行こう」


 二人の表情が固まった。嫌がるとか拒否されるとか、そういう次元を越えて言い出し難かったから、今日は今まで黙っていた。

 ティエラから聞いていた氷龍族の残虐性。弔うという習性がないこと。私はどうしてもそこに訴えかけてみたい。


「敵地の、墓参り……」


 案の定エスは私から目を逸らした。エスは知識としてお墓参りがどういう意味を持つか、どう大事なのかは知っていると思う。

 覚えたことを本当の意味で理解出来ていなくても頭には入っているはずだ。


「幾ら先の戦争にエスは関わってない、悪くないって私が説得しても、エスは氷龍族の責任を取ろうとしちゃうでしょ? だからお墓参り。ティエラも氷龍だから連帯責任ね」


 ティエラは人型に近いから特に文句は無いんだろう。連帯責任、なんて言い方をしてしまっても、気を悪くした様子はなく次にはエスを見上げている。


 あと一歩渋っているのか、返事の無いエスの手を取った。

 嘗ての敵だと言いながら大地を元に戻すことを手伝ってくれたエス。そんな人のこの手はきっと優しい。


「エスは誰かが死んでも本当に何も感じない、そんな人じゃないの、初めから知ってるよ」


 ペトラと話している時、彼の狂気は感情があるから生まれてしまったものだと気付いた。

 思い起こせば、私がエスを更正させられると思ったのは、本当にただの恩返しだけだったのかな。ううん、違うと思う。

 人を殺す時のエスの瞳の暗さを思い出す。何とも思わない人はあんな瞳をしない。感情があるから『感じていない』『何も見ていない』って、何も映していないような瞳をするんだ。


「ショコラ、にーちゃんは多分、前回地龍族捜しでズカズカ入っちゃったから気にしてるんだと思う」


 そう言えば、そんなこともあった。それだけじゃない。ティエラは知らないけれど、私達、雨に降られた時も墓場の近くの木で……やめよう。思い出すと今すぐ逃げ出したくなる。

 罪の数も数えたくなるよね。ティエラに何か言われると即座に切り返すエスが、何も言わずに難しい顔をしているのだから。


「だっ、大丈夫だよエス! ちょっとお花に水やりをしに行くだけなの! 敵だからって祟られたりしないから!」


 そんなに責任重大な事じゃないはず。それを伝えようと必死で説得を試みると、傍らでティエラが噴き出していた。

 あれ、何で笑われているのだろう。いつの間にか停止状態が終わっていたエスが、私の掴んでいる自分の手を見下ろしていた。思わずパッと離す。


「ショコラ、単純に心持ちの話だよ。敵だからこそ冷やかしになるといけないからね」

「あ、そっか、ごめん……」


 何だか必死になってしまったことが恥ずかしい。滾って上がってしまった体温を落ち着かせようとしていると、頭の上にエスの手が乗ってくる。


「心配しなくても、祟られたら礼儀を持って祟り返す」

 

 龍族の礼儀って時々響きが違ってあんまり安心出来ない。



 墓場に辿り着いた時には土地が花で溢れかえっていた。

 色とりどりの花々が咲き乱れ、且つ墓石を邪魔することもなく、間合いを開けて咲かせている辺り何処までも行き届いていた。もう供えるという領域は突破している。

 お花畑の中にお墓が立てられているような状態のそこに、一つ一つ水やりをしていくのは容易では無さそうだ。

 一番端のお墓の花に掌を向けた時、エスが私の手首を掴んで掌を空に向けさせた。


「着いて来させて何もさせないつもりか」

「手伝ってくれるの?」

「そう。すぐ終わらせる」


 水属性に上乗せしようとしてくれているらしい。掌を上に向けられているのはどういうことなのか分からないけれど、私より先に何をするのか分かったらしいティエラがわくわくしながら私の腕を掴んでくる。


「ショコラ、僕も手伝うよ。僕もね、氷属性以外の魔力の上乗せ覚えてみたんだ」

「えっ! ティエラ、凄すぎる……」

「にーちゃんと同時期に始めて今だから別に凄くないよー」


 充分凄い。この兄弟は謙遜する場面がズレている。エスは凄い。これは今に始まったことじゃない。それに、ティエラも凄い。九歳でそんな高度な魔法が習得出来るなんて、元の魔力量が少ないと言っても才能はお兄さん同様しっかり引き継いでいるんだな。


 掌から水を生み出した時、二人の魔力が上乗せされる。空に向かって勢いよく飛んでいった大量の水が墓場全体に晴れの雨を降らせた。


「わあ、虹……!」


 キラキラと雨粒に反射して大きな虹が掛かる墓場は、以前の陰鬱とした空気をまるで感じさせなかった。

 瑞々しく頭を上げる花達と即席の虹。雨が止んだ頃には水やりが一度で終わってしまったことに気が付いた。

 二人のお陰で簡単だった上に虹まで見られるなんて、エスはこうなるのが分かって手伝ってくれたのかな。


「思ったより水って上乗せしにくいんだね」

「炎と出方違うから。集めて生産するのと有る物から消費するのなら、比べるまでもなく後者の方が楽」

「うーん。確かに。よく国一つ沈められたね」


 御礼を言おうと振り返ると兄弟は魔法の難しい話をしていた。よく分からないけれど、私も水属性魔法は発動するまでに数秒掛かる。それでも手伝ってくれる二人に感謝だ。



 花を踏まないように避けながら一つ一つお墓を回っていく。地龍族の方々は敵対していた氷龍族の二人がお墓参りをするのをどう感じるだろう。もう亡くなっている方々に問い掛けても仕方の無いことだけど。

 渋々でもエスはこうして来てくれたから。もう過去の惨劇は起こらない。今生き残っている氷龍族は違うって、戦争は終わったんだって、ベルクやペトラ越しに後世に渡って伝わっていったらいいな。


「私ね、氷龍族にお墓を作る文化がないなら取り入れちゃえばいいと思う。国を立て直したら氷龍族の皆のお墓も作ろうよ」


 小走りで墓場を回っていくティエラを追うように、私の先を歩くエスに語りかける。振り返ってくるエスは睫毛を伏せて目を細めた。憂いの滲む表情からは小さな諦めが見える。


「今更、何も変わらないと思うけど」

「変わらないかな。エスは残虐性が強いって言われてる氷龍族なのに、あんなに明るくて優しいティエラに育てられた。無かったものを取り入れたからだよね?」


 忙しなく動くティエラを目で追いながら続ける。

 頭が良くてその年齢とは思えない言動をすると言っても、ああやって元気に笑っている姿は人型の子どもと変わらない。

 それはエスが沢山人型について学んで、龍族には持ち合わせのないものも与えていったからだと思う。

 最初は形から入っただろうに、いつしかそれが本物になったのなら、それは間違いなく習性として取り込めた証だ。


「習性が邪魔をしても、きっといつかエスにも馴染んでいく。そのエスの遺伝子を引き継いで、この先もっと優しい種族になっていくよ」


 一方的に話し続けていると、一番大きな墓石の前に着いていた。丘から国の外が一望出来る場所だ。風が強くて髪が煽られる。

 この国を出たらまた先に進んで隣国に移る。この数週間、比較的平和に過ごせているのがすごく不思議。

 まるで、嵐の前の静けさみたいで。

 ……嫌なことを考えてしまった。


「お前の言う通り、もし馴染んだとしたら、その遺伝子――」


 エスは言いかけてやめる。見上げた時には口を一文字に引き結んでいた。その遺伝子……何?

 内容は分からなかったのに、僅かながらエスから生きてみようって感情が伝わってきた。希望が一筋差し込んだ。

 ほんの少しずつでも進んでいけるのなら、私もちゃんと覚悟を決めようと改めて考える。自信を持って、エスの傍にいたいって言えるように。



 強い風が墓場全体に舞い込み、花弁をもいで空に連れ去ったその時だった。



 隣にいたエスが胸を押さえ、前屈みに崩れ落ちた時、あの日お母様が死んだ瞬間の映像が脳内で重なって、心臓の音が一つ飛んだ。


「にーちゃん!!」

「エス……エス!! どうしたの!?」


 エスは胸元を強く掴んで荒い呼吸を繰り返す。何が、エスの身体に何が起きてるの? 

 その背中をさすって訳も分からずに治癒魔法を掛け続けていると、駆け寄ってきていたティエラが身体の向きを変えて、全身に氷属性魔法を纏っているのに気付いた。その冷たい視線の先を追う。


 ちょうど丘を下った先、白い仮面を付けた集団が佇んでいるのが見えた。その手は何やら紙を掴んでいる。魔力とは違う禍々しい力。碌でもない術式だ。

 その中の一人がこちらを仰ぎ見たかと思えば、未だ苦しみ続けるエスの姿を捉える。


「効果覿面か。やはり最強の龍は『動物』らしい」


 仮面の者は手元の紙を翻してこちらに見せる。隣でティエラが低い声で読み上げた言葉を受け入れたくなかった。


 動物向け、興奮作用。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いつも閲覧ありがとうございます!
ブクマ・評価・感想など、とても励みになっています!
clap! SSが4つあります。12/29追加
拍手代わりにマシュマロ投げる
感想・質問・生存確認などお待ちしております

他のお話の紹介
R15 中編 姫様は毒に侵されている。
謎多き下剋上侍従×病弱で気の強い最強姫+ミニドラゴン?

全年齢 短編 巫女姫は魔王を倒す為に結婚することにしました
絶対に消滅しない魔王×唯一の能力持ちの巫女姫


cont_access.php?citi_cont_id=978194949&s ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ