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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第六章 愛称と真の恐怖
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9.ショコラ、取り返される。




 空気が堅く研ぎ澄まされている。三種の龍族がテーブルを囲み、小さな会議を開こうとしている。

 私は場違いな気がする。特に何か意見を言えるわけでもないし、座って話を聞くだけに終わってしまいそうだ。というより、この空気で口を開く勇気はない。

 今まで皆のゆるい面ばかりを見ていたからか、こうして真面目に席に着いているのを見ると背筋が伸びる。


「…………やっぱ、怠ぃな。よいしょっとー、のわあっ!?」


 一瞬で空気に耐え兼ねたらしいプロミネがテーブルの上に足を置き、それをまた一瞬でひっくり返すベルク。椅子の足に蔦が巻き付いている。


「おいジジイ! 危ねぇだろ」

「これだから躾のなっていない頭の悪い者は嫌いだ」

「あーはいはい」


 派手に転けたプロミネは膨れっ面を作ってから再度真面目に座り直す。だけど、プロミネのお陰で私は僅かながら楽に息が出来るようになった。大きく深呼吸をして会議に挑む。


「では、三種での会議を始める。議題は正体不明の組織についてだ。水面下で何かしら引っ掻き回しているのは事実だろう。今後の対策を考える」


 ベルクの堅くて通る声はこういう場にぴったりだな。

 さすがに第一声を上げて何か言えるわけじゃないから皆の出方を窺っていると、すぐにプロミネが手を挙げた。


「三種集まってる内に片っ端から叩けばいいんじゃねぇの? 俺は直接当たってねぇけど、雷龍んとこ曰く、かなり弱いんだろ?」


 そう言えば、プロミネ達炎龍は仮面の組織と直接対峙していない事に今更ながら気付く。


「いや、『弱い』という点が引っ掛かる。数が多ければそれなりの種族のはずだが、今のところ特定出来そうな種族はいない。傀儡が大半なのではないかと思う」

「僕もベルク様と同意見です。傀儡だと思いますね。接触した時、話を聞くだけ聞いて一匹殺して剥いでみたけど塵になるし、人型の死体に施せる術式とは思えない」


 うっすらと笑顔を浮かべてそれを言うペトラの声色には背筋に冷たいものが走る。

 心があるからこその狂気を持っているペトラは、仕事となるとしっかりこなすから怖いところがある。あんなに見た目は可愛らしいのに。


「雲を掴むようなものね。仮面なんて派手な成りをしておいて集団、なのに不明点が多すぎないかしら。エストレアはどう思うの? 龍族以下ならあんた一頭で片付くでしょ」

「俺は接触出来るなら一度接触したい。それからどう動くか決める」


 結局、接触しないことには何も分からないという状態だ。皆の最初の言葉ではそんな感じだ。

 私も、仲間を虐殺されて、それから数年飼われていたようなものなのに、大してあの人達のことはよく分からない。


「うーん、僕も全く分からないけど、疑問点は嫌になる程見えてくるよね。まず、何故逃がしておきながら今更にーちゃんを欲しがっているのか」


 ティエラの高い声が静かな部屋に響く。そもそも疑問しかないようなものなんだよね。エスやティエラは氷龍族の末裔だから価値があるのは分かるけれど、私なんて本当に色が特殊なだけだ。

 あの頃は弱点が見えるなんて不思議な力も無ければ、全属性を扱える程魔力もなかった。


「私も、何で生かされたのか、皆を殺されたのかも分からない」

「……小娘、幼少期の貴様には何か無かったか? 童の頃は扱えて、成長と共に消える力もあるのではないか?」

「そうだよ妖精さん。妖精さんってエルフ族でしょ? 他種族纏めてる僕達からしても、エルフ族は謎な部分が多いんだよ」


 皆が興味深そうに私を見ているけれど、私の子どもの頃なんて何の変哲もないただの子どもだったと思う。

 色が変わっていて足が早い。それ以外は平均より劣るくらい。こんなに凄い龍族の皆みたいに秀でたものはない。

 私は考えてから首を横に振った。


「ううん、私は何処にでもいるような子どもだった。他種族に目を付けられる程、森からも出ていなかったし……」

「まあ、殺すのが惜しいくらいにはお前のちっこい頃は可愛かったんだろうけどよ」


 プロミネが暗くなる空気に冗談を添えてくれる。

 本当に謎だな。私の小さな頃、エスの話で虐殺の時のことは思い出したけれど、すごく断片的だ。それだけ幽閉期間に衝撃を受けていたのかな。

 時々思い出すお母様の言葉と、皆から虐げられていた記憶しかない。子どもの頃の記憶なんてそんなものだって思っていたけれど、いくらなんでも九つより前の記憶がほとんどないなんておかしい気がする。


「『今更』仕掛けておきながら泳がされてるのは時期を見てるとしか。何が目的かは分からない。ただ、九年使ってるんだから碌でもないだろうな」


 エスは、幽閉期間も合わせて九年使ったって考えるんだ。ここに来て突然、やっぱり欲しくなった、なんておかしいもんね。

 掛けられた時間が長い。目的は何にせよ怨みとか良くないものが含まれているかもしれない。ちょうど戦争が終わった頃からなんだから、龍族以外の種族は不満も溜まっている。

 それに、氷龍族の国は敗戦国だ。特定出来ない程色んな種族から悪意の目を向けられていてもおかしくない。

 ただ、結晶龍『捕獲』令だった。怨みだったら生かして捕まえたい意味が分からない。私程度の頭では大した仮説も立てられない。


「議題にする程情報がねぇな。でも、接触は間近って予感もするな」

「何も分からないままだし、私達は一旦戻るわ。迎えも呼んであるから、あ、心配しなくても代わりに喧しいのを寄越すから大丈夫よ」


 喧しいの? というか、炎龍の二人とまたお別れになるんだ……。考えていた難しいことはさっさと頭から抜け落ちてしまった。その穴から溢れ出る勢いで寂しさが埋め尽くす。

 俯きがちになっていたところ、椅子から立ち上がる音がした。真っ直ぐに私のところに向かってきた足音は座っている私の目線に合わせてしゃがみ込んでくる。


「……湿気た面してんじゃねぇよ。キスすんぞ」

「へっ? ん……?」


 強引に顔を掴まれたかと思うと唇のすぐ傍にキスをされた。

 一瞬の出来事が衝撃的過ぎて何が起こったのか頭で上手く処理出来ない。


「次、今生の別れみたいな面したら舌入れてやるからな。人型はキスが好きなんだろ? やっぱり炎龍が良いって言うまで愛してやる」


 舌!? それに、わざわざ人型の私に伝わりやすいような言葉選び。遅れて羞恥が込み上げる私に、横から別の手が伸びてくる。頬に押し付けられる小さな唇と妖艶な女性の香り。


「ずるいわよ。私にも権利があるの、忘れたかしら?」

「てめぇもちっとは女らしく出来ねぇのか。しおらしく出来んなら可愛くないことはねぇってのに」

「あんたに可愛いと思ってもらわなくても結構よ」


 ああ、また喧嘩に発展してしまった。帰っちゃう前までこの二人はこの二人らしい。仲が良いんだよね。笑うとつらくて涙が出てきそうだ。

 最後じゃないといい。またいつでも会いに行けたらいい。そう思う程に深い部分から悲しみが込み上げる。

 別れる相手がエスやティエラになった時、私はこの苦しさを耐え抜くことが出来るのだろうか。


「全く、纏まる前に暴れ出してどうする。話にならんな」


 呆れているベルクの声色が少しだけ柔らかい。それに気付いたのか、ペトラは嬉しそうに微笑んでいた。

 地龍族の二人ともお別れが近付いているんだった。心臓がギュッと握り締められるような苦しい痛みが走る。息が止まる。

 暫く息を止めたまま痛みに耐えていると、頭の上に優しい温もりが乗ってきて、意識を引き戻された。


 重みを感じない程軽く乗せられているエスの手。見上げると滑り落ちるようにゆっくりと撫でられて、耐え切ろうとした感情が外に押し出てきた。


「寂しいよ……」

「そうだな」


 そうだな、って……エスも寂しいと思っているの? 蒼い瞳にはちゃんと『寂しい』って感情が宿っていた。

 プロミネとリプカさんと一緒に過ごして、ティエラは早くからだけど、エスもきっと二人と仲良くなれた。ベルクとペトラとだって、いつかもっと歩み寄れる日が来る。


 エスに同じ寂しさを分かってもらえただけで楽になった。一人で抱えなくてもいいんだなって。……ダメだな。充分縋りついている。この世界に依存している。

 一度箍が外れて、思いっきり甘えてしまえば覚悟なんて決められなくなる。現在進行形で皆から離れる決意を固めていっていても、そんな些細な努力は無駄になる。


 何とか撫でてくれるエスの手に甘えずに踏み留まった時、赤い炎が宙を舞って部屋に入ってきた。

 一度大きく燃え上がったかと思えば、大きな人型を形成する。


「失礼致します。炎龍族、長候補のお二人の補佐をさせていただいているフェゴと申します」


 大きな人型――フェゴさんは人型になって直ぐ様頭を垂れ、ベルクに挨拶をしたけれど、頭を上げた瞬間にきょとんとして、それからオロオロとし始めた。


「ああ、早く着きすぎましたか……! 会議中とはいざ知らず! 大変申し訳――」

「フェゴとやら、さっさとその五月蝿いのを連れ帰れ」

「はい! ただいま! ……また場所を弁えずに喧嘩なさって……!」


 ビシッと背筋を伸ばして更に大きくなったフェゴさんは、取っ組み合いになっている二人の間に割って入っては喧嘩を止めようとする。

 再度頭を抱えたベルクは、小さく「炎龍は極端だ……」と呟いていた。フェゴさんは二人の保護者のように最終的に仲直りをさせ、またベルクの元に向き直る。


「ベルク様、この度は我等炎龍族と同盟を結んでいただき有難う御座います。今後も御迷惑をお掛けするかと思いますが、末長く宜しくお願い致します」

「今更畏まられても遅い。此方こそ宜しく頼む」


 素っ気ないながらも快い返事にフェゴさんは感極まったのか、その金の瞳を潤ませた。


「エストレア様、この度はまたもやお二人が御迷惑を……」

「もう慣れてきたからいい」

「お心が広い……さすがはその若さで王になる決意をされた御方です」


 丁寧なフェゴさんはエスにも同盟の感謝を告げていた。エスがその苦労を気にかける度に強面が泣きそうに歪む。

 そっか、同盟を組むって、国を立て直すって、王になる決意をしたってことだもんね。言葉にすると簡単だけど、エスはまだ二十代になったばかりなのに本当にすごい。私もずっと悩んでばかり要られないな。



 嵐が去っていくように、二人はフェゴさんに連れて行かれてしまった。

 忙しいんだろうな。私にも笑顔で頭を下げて来られたけれど、あんまり話せなかった。

 別れを惜しむ時間もないのがプロミネ達らしい。今生の別れなんかじゃない。また会えるように、確信を持てる何かが欲しい。



 まともな会議にならなかったものは中断して、一先ず部屋に戻る最中、急にエスに引き寄せられて両手で頬を挟まれる。


「顔色、ずっと悪いな。最近悩みすぎだろ」


 そんなに顔色悪いのかな。エスの言う通り、ずっと同じところを往き来してはぐじぐじと悩んでばかりいる。

 本当のところはここに居られるかどうかじゃなくて、皆と居る時間の温かさが怖いんだ。

 あまりにも幸せすぎて逃げたくなる。ずっと一人だった時に戻りたくなる。寂しさの中には何も失わない安心感があるから。

 長年刷り込まれてきた『一人で大丈夫』が強く根付いて受け入れられないんだ。まだ受け入れる気にならないのか。自分でも嫌になる。


 心配してくれている、エスのそんな顔、今まで見られなかったのに、あんなに分かりづらい程の表情の変化しかなかったのに、今なら目を合わせるだけで分かる。

 この温もりが嬉しいのに、この人が好きなのに、大好きなのに、私にはまだ手を広げて受け入れることが出来ない。

 怖い。ただただ怖い。


「ありがとう。心配してくれて」


 エスの手をそっと包み込んでその掌に擦り寄った。分からないのに甘えてしまう。勝手でワガママなのに、欲しがってしまう。

 近寄っては離れて、信じたようで突き放しているみたいだ。大事に扱ってくれるエスからすれば、残酷以外の何物でもない。

 怖いを乗り越えたら次は恥ずかしいが待っている。全部受け止めたいのも本当、それでエスが欲しがってくれたら嬉しいのも本当。だから皆の言う通り、逃げないことを頑張りたいと思う。


「言っても聞かないのは分かってるから先に言っとく。倒れたら勝手に運ぶから」


 優しいな。いつも私が何をしても尊重して受け入れてくれる。エスの器は大きい。

 頷いて笑った時、そっと額に唇が落とされた。何の流れでのキスかと目を瞬かせていると、続いて鼻にも柔らかな感触が当たる。


「二回、取り返した」


 ほんのちょっとだけ真顔よりも悪い顔をしたエスが私から離れていく。ああ、やっぱり炎龍の二人のキスの分、忘れてなかったんだ。

 時間差で訪れる羞恥で顔に熱を溜めていると、ティエラが私の服の裾を掴んでくる。


「ショコラ、にーちゃん、人目を憚らなくなってる」

「あ……」


 エス、弟の目の前で何てことを! その恥ずかしさに思わず怒ってしまいそうになっている私の隣で、ティエラはいつものように茶化すことなくとても幸せそうに笑っていた。




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