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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第一章 エルフと結晶龍
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6.ショコラ、後悔する。




「暑い……」


 ティエラが額の汗を腕で拭いながら、地面にへばりつくような低い声で呟いた。やっぱり氷属性だと暑いのは堪えるのか、と思いながらエスの方を見ると、何とも涼しげな顔をして歩いていた。何の違いだろう。


「にーちゃん、暑くないの?」

「暑い」

「そうだね。全く顔に出ないだけだったね」


 表情の種類が少なかっただけだったみたい。それにしても分かりづらいけれど。


 私達は渓谷から出て逃亡の旅を始めた。二人を逃がすと決めたからには私の本来の目的は一旦後回しだ。

 今は結晶龍の捕獲令が出ている区域を出て隣国へと繋がる森の中を歩いている。湿度と気温の高い森。針のような葉を茂らせた木々が空を遮っているせいなのか、外なのに籠るような暑さは息苦しさを感じる程だ。私でもつらいくらいだから、二人の為にも早く抜けないと。


 思わず考えただけだけど、二人の為に、か。

 期間限定とは言え仲間が出来たのは初めてだから、こうやって誰かを気遣えるのが嬉しくてついつい口角が上がってしまっていた。エスに突っ込まれる前に弛んだ口許を押さえる。気が付けば歩く速度が落ちてしまっていたのか、二人は私との距離を引き離していた。

 立ち止まっては振り返ってくる二人の元へと急いで駆ける。


 それにしても静かだ。森の中には私達の足音だけ。こうも静かだと渓谷に初めて入った時のことを思い出す。

 この気候なら何かしら生息しているはずだけど、旅人達があまり利用しない道なのが引っ掛かる。何もなく突破出来ることを祈りたい。


 突然、二人が周りを警戒し始めた。猫のように縦に裂けた瞳孔が爛々と輝いていてちょっとびっくりした。人型の時のドラゴンの種族ってそういう瞳にもなるんだ。すごい、カッコいい……。

 そんなことを思っている間にも地面は揺れ始める。随分大きな生き物だと、視界が捉えたのは甲冑のような赤い肌。全貌が現れた時にはそれがドラゴンなのだと分かった。

 大きなドラゴンは私達を見据えて吼えるのかと思いきや、紅い色をした炎を吐き出してきた。物凄くまずい。その辺によくいるような炎属性の炎の色じゃない。温度が高過ぎる。


「やっぱり炎属性だった」


 咄嗟に炎を避けた先でエスがぼやいた。

 熱された空気が揺らいで一気に気温が上がる。木の陰に隠れているティエラが、淡い蒼の光をエスに降らせて魔力を上乗せしている。

 氷属性、何から何まで綺麗だ。でも見入っている場合じゃない。二人の弱点属性、しかもドラゴンに当たるなんて運が悪すぎる。こんなに遭遇出来なくてもいいのに。

 道中、ティエラは龍族にしては魔力が弱いという話を聞いていたところだ。どうやって切り抜ければいいのか。


「ショコラ、あいつ連れていつでも撤退出来るようにしろ。足止めに一撃だけ入れるけど、この気候じゃ勝つのは無理」


 初めて名前を呼んでもらえたのに、喜んでいる暇はなかった。直ぐに近くの木の幹を蹴って跳んだエスが、ドラゴンの首を目掛けて無数の氷の刃を振り翳す。容赦無くそれを振り下ろそうとすれば、ドラゴンは空かさず火炎放射で溶かした。一つだけ炎を逃れた刃が長い尾の根元に当たり、ドラゴンが木々を薙ぐ程の咆哮を上げた。

 尾でも少しは効いているのかと思いきや、こちらを向いて私を見下ろすドラゴンが口元から炎を零しながら笑っているのが視界に収まった。何で笑っているか、そんなの、本気で怒っているからだよね?

 これは逃げられない。次の瞬間には燃やされる。


「諦めて燃やされようとするな!」


 今にも燃やされそうになっていた私の腕を掴んでエスが走り出す。

 その瞬間、エスの空いていた手に炎が当たったように見えたのは、見間違いなんかじゃない。ティエラも後からついてきて私達三人は森の外へと全力疾走した。


 後ろからドラゴンが追って来ているかどうかより、炎を直に喰らったエスの手が気になった。

 状態が分からない程の火傷は、私が逃げる準備をせずにぼーっと立ち止まっていたから負ってしまったもの。私のせいだ。その手から滴る血の量が、走る度に増えていく。私がもっと考えて動けていたら、私が、もっと……。

 痛々しい手を見ていて、私は二人を渓谷から連れ出したことを深く後悔した。



 森の外に辿り着く頃には空が赤く染まっていた。走り続けた疲れと撤退せざるを得なかった後味の悪さが尾を引いて黙り込む。何度も火傷のことを謝ろうとしたのに、それ以上に怖くて何も言い出せなかった。

 エスの言うことを聞かなかった。ただ、遭遇したのがドラゴンで気が動転したなんて言い訳はこうなってしまったら全く意味がない。


 旅人用品のお店で買っていた、魔法で小型になっているテントを取り出す。買ってみたはいいけど使い捨てだし、勿体ないからなかなか使えなくて、一人で野宿の時は草むらに適当に寝転んでたけど今日は使おう。

 ……うん、三人じゃこの大きさは小さいって広げて分かった。何をしてるんだろう、私。


「テント小さいし、ティエラだけでも……」


 今も酷い火傷を治した後で、連続して魔力を使って疲れているはずだ。

 エスの代わりに、座ったまま寝ているティエラを抱きかかえようとすれば、先に軽々と抱えてテントの中に連れ込んで行ってしまった。


 そのまま私達の間には口数が少ないまま夜が更けて、エスも寝転がると直ぐに眠ってしまった。

 エスは朝から魔法を放ち続けていた。魔力を連続して使い続けるにはそれなりに戦い慣れていないといけなくて、私もやり過ぎると具合が悪くなってしまう。

 二人はあの渓谷に棲んでいたのだから、今回のように捕獲令でも出ていない限り、戦うなんて滅多にないことなんじゃないだろうか。なら、あの気候も相俟って、疲れ切ってしまってもおかしくない。


 今日一日、私は二人に何かしてあげられたことはあったかな。

 ……一つも思いつかない。今のところ何か貰えているのは私だけだ。なのに、私は二人に無理ばかりをさせた。


「ごめんなさい……連れ出しておいて、私、全く、何も、出来なくて……」


 小さく懺悔した声は情けないことに涙で震えた。

 仲間を作るって嬉しいことと同時に、こんなに心が痛くなることがあるんだってよく分かった。仲間を守れないことがこんなにも苦しい。


 テントで眠るティエラに、治癒魔法の応用で癒しの魔法を掛ければ、疲れた寝顔が少し和らいだように見える。まだ小さいのに、こんなにしんどい旅に連れ出してごめんね。

 続いてエスにも手を翳す。一晩寝て元気になってほしいから、元気になったエスにちゃんと謝りたいから。恩返しにもならない、気休め程度の弱々しい魔法だけど、効くことを願って。

 視界がぼんやりと黒く靄掛かる気がする。出来ないことはないからって無理して即時展開にするんじゃなかった。


 疲労感がどっと押し寄せてくる。私もそろそろ寝ようと、鞄を枕に引き寄せた時、視界の端に紅い灯りが映り込む。

 気のせいかと思いつつ、暗い森を眺めていると、また灯りが点った。何かを探すように動くそれが、昼間のドラゴンの炎ではないかと気付いた時、私は疲れも忘れて立ち上がっていた。

 私達を捜しているのだとしたら、どうしても二人には近付けたくない。


「行ってきます」


 夢の中にいる二人に囁き声でそう告げて、足早に森へと向かう。もう一度森の中へと足を踏み入れると、夜のじっとりとした湿気と、月明かりすら入らなくて暗い視界に恐怖心を煽られた。夜の森は昼間とは全く表情を変えていて、足が竦む。

 それでも引き下がれない。このままではゆっくり眠れない。




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