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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第六章 愛称と真の恐怖
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7.ショコラ、間違わなくなる。




 まだ残っている暗い灰色をした大地にて、一つの戦いが始まろうとしていた。

 一定の距離を開けて向かい合うエスとベルク。一触即発の空気が肌に触れてこちらにまで緊張感が走る。その様子を私達五人は手を出さず、離れた場所で見守っていた。


 今日になって突然白黒ハッキリ付けるだなんてベルクが言い出した時は驚いた。知らない内に二人の間に何かがあったのは聞かなくても分かる。

 二人が今回の同盟参加に頷いたのは、炎龍族と雷龍族の生み出す強引で後戻り出来ない空気に圧されて渋々のことだった。エスもベルクも、何処かで納得していないのだろう。


 地龍族は何十年も氷龍族に憎しみを抱いて生きていた。その相手である氷龍族のエスを易々と許すことなんて出来ないだろう。例え、その生き残りのエスが先の戦争に直接的には関係がなかったのだとしても。

 私の残念な頭でも何となく分かってきてはいた。何が、どうするのが正しいとか正しくないとかじゃなくて、もうそうするしかない状態というものが。


 実際、あれだけ生きてる年数に差があれば魔力量の問題じゃ無かったりするんじゃないか、と語る炎龍族の二人にティエラが同意している。エスだってそれを知っていて、本当はベルクと当たりたくなかったのではないかと。

 皆の話を聞きながら、今まさに戦いを始めようとしている二人をじっと見守っていると、エスが手を上げて口を開いた。


「あいつを助っ人にしたい」


 あいつとは。エスが指を差し示している先を振り返って見てみるけれど私しかいない。もう一度前を向くとエスと目が合った。

 お前だよ。そう言わんばかりに目を細めているエスに向かって自分を指差すと静かに首を縦に振った。え、わ、私?


「構わんが」


 えっ、いいの? あっさり了承するベルク。二重でびっくりした。何だか分からないうちに助っ人に選ばれてしまった私は、恐る恐る張り詰めた空気の中に近付いていった。

 いつになく魔力を研ぎ澄ませているエスには、近寄るだけで中てられてしまいそうだ。見上げた先で蒼い瞳と視線がぶつかる。


「最中、俺が結晶を砕く瞬間に全部溶かしてほしい」

「溶かす? ……水属性を被せて?」


 何となく、魔力の弱い私をわざわざ呼び寄せるからには炎属性以外がいいんだろうなって。エスは一つ頷いてから私の頭に手を乗せる。その瞬間に私の中で魔力がたぎるように動いた。


「任せた」

「う、うん。頑張る。エスも勝ってね?」


 エスの魔力が同期されたのかもしれない。私の中で別の魔力が私の魔力に出会い、ざわついている。多分、上乗せの応用だ。また高度なことを覚えたんだな。手を重ねられた時と同じ、エスの魔力を感じる。

 となると、私が水属性魔法を使う度、エスの魔力から引き出される。無駄遣いしないようにしないとエスが疲れてしまう。


「絶対勝つ」


 エスは無表情をそっと崩して、私を安心させるように僅かに微笑んだ。


「ショコラちゃーん! その子が勝ったら何かあげたらどう?」

「エストレアが負けたらショコラ、俺の言うこと聞け!」


 炎龍の二人から何かしら叫ばれたかと思えば、二人は地面にお金を置き始めた。賭け事が始まったみたいだ。

 然り気無くペトラも賭けに参加し始め、ティエラが皆のお金の上に大きめの岩を乗せた。皆してこの空気を楽しめるなんてすごいな。


「おいペトラ」

「大丈夫ですって! ちゃんとベルク様が勝つに賭けましたから!」


 ベルクの方を見ると物凄い勢いで呆れていた。プロミネと同じでペトラもベルクが勝つに賭けているということは、私はペトラにも何かしなきゃいけないのだろうか。


「ペトラもショコラに何かしてもらいたいの? にーちゃん! 負けたらショコラが二頭から何かやらしいこと要求されるよ!」

「お! そうだな。せっかくだからやらしいことにするか」

「うーん、妖精さんに何させようかな?」


 ティエラ! 余計なこと言った! 三人揃って悪い笑みを浮かべているところ、リプカさんが後ろから頭を叩いていた。三連続で良い音が響き渡る。


 おかしいな。皆のせいで空気がゆるいものになってしまった。もう一度エスに視線を移すと何やら思案しているようだ。明後日の方向を見ていたかと思えば、私の顔を見ては真顔で理屈を通した。


「俺が勝ったら、お前でやらしいことか……」

「エスまで悪ふざけに乗っからなくていいから!」


 ああもう、何だか今から戦いが始まる気がしない。変に疲れてしまった。エスの口から『やらしい』なんて単語を聞くことになるとは思わなかった。



 何とか空気を元に戻したベルクが大きめの溜め息を吐いてからルールを説明してくれた。魔法を身体に一度でも触れさせた方が勝者という簡単なものだ。この二人だからこそそんな簡単なことがすぐに決まる気がしない。

 ベルクは九割で二属性持ち、生きている時間と戦場での経験を考えると不安が込み上げるけれど、しっかりエスの助っ人をしながら祈ろう。



 ティエラの合図で戦いが始まる。


 直後に地面を蹴ったエスは周囲に結晶を纏い、あちこちを凍らせては柱を張り巡らせて空中に足場を作り、高く跳んだ。

 元々エスがいた場所は轟音と共に地割れが起き、一瞬で地面が無くなっていた。それを眉一つ動かさず一撃目としてやり遂げ、また地割れを閉じて直すのだからベルクの魔力は恐ろしい。


 背後に美しい蓮の花を咲かせるように結晶を背負ったエスも反撃に出る。防御壁を作りながらも鋭利な氷柱をベルク目掛けて撃ち込んでいく。

 それをベルクは軽く避けてかわし、大きな氷柱は地面を高く盛り上げて殴るようにして壊す。

 氷柱が弾け飛び、煌めいて砕け散った瞬間に私は水属性魔法を掛けた。氷の欠片を水に戻す。


 二人共防御も攻撃も最初から完璧だ。戦い慣れは大事だな。勉強になる。なんて暢気なことを考えていられるのも今の内だった。


 身体全体を丸く包み込み、結晶化させるというエスの防御はまるで隙が無いかと思われた。

 エスの周りからベルクが幾つもの岩の柱を伸ばし、蔦を巻き付けて補強しながら天高く聳える塔を作り上げた瞬間、私の隣でティエラがまずいと呟いた。


「地龍の二属性。一見僕達には勝てそうな属性で有りながら地属性には弱い理由だよ。氷属性は打撃に弱いんだ」


 エスは防御壁の厚みを増長させている。それもかなりの速度で。ティエラの言う通りまずい状況なのかな。

 次の瞬間、塔が崩れ始め、空から大量の隕石が降り注いだ。


「あれな、どの属性を持っても勝てる気がしねぇんだよ」

「我等地龍族が氷龍族に勝てたのはこの技があるお陰だからね」


 一つ二つ三つと、次から次へと落ちてくる隕石を何とか受け止めていたエスだったけれど、球体の防御壁に亀裂が入り始めた。

 エスの魔力を持ってしても無効にならない大技を、ベルクは何てことは無さそうに操っている。


 時期を見計らっていたエスは防御壁を破裂させて外側に飛び散らせ、隕石に当てて軌道を逸らし、無傷でその場に佇んでいた。

 大量の雪となって煌めき続ける氷を水に変える。量が多い。

 確かに、エスの魔力を使わせてもらえなかったら途中で魔力切れを起こす程の数。私が魔法を使う度、エスの中で過剰に魔力が削れる。それだけを心配しながら必死で水に戻していった。


「さっきの隕石を無傷で防ぐなんて化け物よね。……地龍の崩し技は苦手だわ」


 崩壊するお城を思い出してか、リプカさんはげんなりとした声を出す。


「……もしかして、にーちゃん」

「僕も気付いちゃったな。どうして妖精さんにこんなことをさせてるのか」


 私はティエラとペトラの声に疑問符を浮かべながら、今も必死で水属性魔法を掛け続けていた。エスの攻撃の回数が増える度に膨大な水が必要になる。

 膨大な、水の量……?


「ショコラも気付いた? にーちゃんはせっかく潤したこの土地の水を一滴も使わずに戦ってるんだ」


 氷属性魔法が砕けて消え去る前に水に戻せば、使った分の空気中の水分は無くなることなくそこに還る。

 本来消費することしか出来ない氷属性魔法は、水属性魔法を併用することによって悪では無くなる。


 すごいよエス。それだけ自分が疲れるのに、この国のこと、地龍族のことを考えてくれている。それから、その為に私に頼ってくれた。嬉しくて心が温かくなる。


「エストレア、すごいな」


 そう小さく口にしたペトラの声色は尊敬に満ちていた。

 嬉しいんだろうな。敵であるはずだった氷龍族が、今はこうして仲間になれるかもしれないんだから。


 全ての攻撃を防ぎ切るベルクに向けて、エスは先程までよりも多くの数の結晶の棘を出現させる。

 ベルクを中心に全方位に隙間なく並ぶそれを見てプロミネが蛙の潰れたような声を上げた。そっか、初めて会った時、あれのもう少し軽いものを私と二人で受けたもんね。

 さっきのベルクの隕石と言い、この無数の結晶の棘と言い、普通ならば簡単に殺せてしまうような高度な攻撃魔法だ。これもベルクは粉砕してしまうのだろう。


 降り注いでいるにも関わらず、片っ端から砕いていくベルク。エスの魔力を借りても溶かし切るのがつらい。

 氷の砕ける高い音が止まない。間に合わない。

 肩で息をする私にエスが目配せをし、私に向かって片手を差し出すと更なる魔力の上乗せになったのか楽になった。

 でも、それってエスは大丈夫なの? いつもと変わらないように見えるけど、実際はどうなのか分からない。今の私は氷を溶かす以外にエスに出来ることは無い。


 あれだけ大量にあった棘が残り僅かになっていくのを見て、エスが追加で用意しようとした時、ベルクが目を閉じて微かに笑った。

 エスが驚いて追加を中断する。

 最後の一つになった棘が勢いよくベルクを串刺しにしようとするのをエスは何とか逸れさせ、ベルクの頬を掠める程度に終わった。


「……何でわざと負けた」

「あのまま追加されるとさすがに歳だ。疲れる」


 頬を雑に拭って傷を直したベルクはその鋭い黄緑の瞳をふわりと細めた。


「エストレア、貴様の氷は何も傷付けないのだな」

「それは、殺そうとしたらうるさいやつがいるから」

「ならばその者に合わせている貴様は優しいのだろう。誠意を認める。全力で国を立て直すがいい。支援する」


 ベルクの言葉が嘘のようだ。

 エスが本当の意味で認められている。同盟が本物になろうとしている。


「そこの貴様。森、どの規模を望む?」

「え、森……」


 急に話を振られて驚いた。森、確かに私が欲しいなって軽い気持ちでエスに言ったことだ。

 勿論作れるなら本当に欲しい。国の周りが木々と綺麗な水でいっぱいになるのなら、エルフ族の私にとってこんなに嬉しいことはない。


「この若造はその為に戦ったんだぞ? 幾らでも欲しがるといい」


 私の願いの為? エスの方を見ると目を逸らされてしまう。

 一拍遅れて嬉しさが込み上げて、二人の元に走り出す。


「国の周りにぐるっと一周欲しいです!」

「了解した。その程度、雑作もない」


 得意分野だと笑うベルクは少年のようで、とても嬉しそうだった。 

 エスの傍に寄って顔を見上げるとやっぱり少しだけ疲れているように見える。そっとエスの手を取って自分の魔力で癒しの魔法を掛けた。


「エス、ありがとう」


 私の手を握り返したエスが魔力の同期を無効にしたようだ。エスの魔力が出ていってしまうのは何だか寂しい。

 しょんぼりしそうになった時、エスの目許がほんのちょっとだけど紅くなっているのに気付いた。


「……お前、最近間違わなくなってきた」


 何がだろう? エス、無口ではないけど端折って話す時があるから、今一意味が伝わってこない時があるな。


「いつまで自分達の世界にいるんだ。邪魔するぞ」


 ベルクに声を掛けられてハッと手を離した。うわ、恥ずかしい。周りに人がいてこんなやり取りしてたの初めてかもしれない。


「で、私が負けたわけだが、貴様単体の願いも聞いてやらんことはないぞ」

「私……ですか?」

「この戦い、エストレアの願いが条件だったが、要らぬ賭け事が発生していたからな」


 ベルクが示す先には一人勝ちをしては嬉しそうにお金を握るリプカさんの姿があった。悔しそうにしているプロミネを見てティエラとペトラは笑っている。

 

「あの、じゃあ、ドラゴンの姿が見たいです」

「は? そんなことでいいのか?」


 ベルクは心底訳が分からなさそうな顔をしながらも、大きく頷く私を見て直ぐに淡い緑の光を纏う。

 瞬時にドラゴンの姿に変わったベルク。その威厳は姿が変わっても顕在だ。

 髪と同じ灰色で岩のように厳めしい身体をしなやかに巻き、何処となく行儀良く、それでいて雄々しいのがあまりにもベルクらしい。


「物凄くカッコいい……」


 その硬そうな肌に触れようとすると後ろから腕を引っ張られ、同時にベルクも人型に戻ってしまった。振り返るとエスが私の腕を掴んでいる。怒気を含んだ視線が痛い。


「あ、そっか、ごめんなさい。いきなり触ろうなんて失礼でしたよね」

「いや、ドラゴンに臆せず触れようとする人型に少々驚いたのでな。そんな奇特な人型は貴様が最初で最後ではないか?」


 え、失礼なことだけど、カッコいいものや可愛いものを見ると触りたくならないかな? 表情の変化に乏しいベルクですらも焦っている。私はそんなに変わっているのだろうか。



 皆でお城に戻る最中、空にはまた暗い雲が近付いてきていた。この調子だとまた雨が降る。この土地もきっとこの雨で完全に潤いを取り戻すだろう。


 炎龍二人とティエラ、地龍の二人、私とエスの順番でかなり前との距離を開けて歩いている。早く追い付かないとまた降られてしまいそうだと思いながらも、膨大な魔力を消費したエスのことを思うと言い出せない。きっと疲れているから。


「あ、そう言えば賭け。エスが勝ったから変なことは無くなったんだね!」


 …………あ。黙っておけば良かった。

 そう言えばエスも私に何かするとか便乗していた気がする。


「あからさまに『しまった』って顔されると微妙なんだけど、俺は何もしない」

「そうだよね! エスには何の得もないもんね!」


 ホッとして息を吐くもすぐに追い掛けてくる残念だという感情はなんなのか。それら二つが入り交じって心が痛み出す。

 それにしても、エスが冗談に混じるなんて意外な一面が見れた。炎龍の二人と長い時間一緒にいるからやっぱり仲良くなれたのだろうか。


 二、三歩程先を歩くエスの背中を見てから、視線を肩に、腕に、そして手に向ける。

 気が付いた時には吸い寄せられるように手を伸ばして、その手の甲に触れていた。エスが疑問符を浮かべて振り返ってくる。


「あの、エス……手、繋いでもいい?」


 私は何を言っているんだろう。何もされなければ温もりが足りないなんてとんでもないことを考えている。

 嬉しいのに恥ずかしいからそれを感じるのが怖い。エスも分からない感情を感じるのが怖いんだっけ。

 感情に薄いも濃いも関係ないのかもしれないな。真っ正面から自分の感情が受け止められなかったら、感じていても表面的には無いのと同じ。

 伸ばした手がしっかりと握られるのを見るだけで簡単に笑顔になってしまう。この低くて優しい体温と、大きな手が好きだ。


「……ずっと覚えておかないと」


 無意識に呟いた言葉に自分でも驚いた。

 ここにいたい。エスの傍にいたい。その言葉は怖くて言えない代わりに、不安がる本心が突いて出たのかもしれない。


 この温もりを味わうことが出来なくなるかもしれない。そう予感するから怖いのか、単純にエスが好きだから好きになりすぎるのが怖いのかも分からないけれど。


 私は臆病だ。折角プロミネが励ましてくれたのに。また深い闇に落ちそうになっている。この状態の私は何を選んでも『逃げ』になってしまうのだろう。つらい方が怖くなかったりするから。

 呟きが聞こえてしまったのか繋ぎ直される手の指が絡んで力が込められるのを、大きく脈打つ心臓の音を聴きながら息を飲んだ。


 少しずつ距離を詰めて、無情にも足音は近付いてくる。

 私がエスを、この世界を求める程に早く。




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