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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第六章 愛称と真の恐怖
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5.ショコラ、迷い悩む。




 お話が一段落したところで、リプカさんがニヤニヤと笑っている。何だろう、私また何か変なことしたかな……。

 思い当たる節はないかと考えていると、リプカさんが笑いながら私の髪をそっと後ろに払った。「ちゃんと上書きしてもらったのね。」と言われて、恥ずかしく思いながらそれに頷くと、同時に雨宿りでの記憶が呼び起こされる。

 普通ならば痛みだけを感じる行為のはずが、甘さを覚えて息を上げた変態な自分のこと。エスの手が服をたくし上げて寸でで止めたこと。

 ここ最近特に心臓が幾つあっても足りない。瞬間湯沸し器にでもなった気分だ。


「その様子だと、本当に噛むだけにしてくれたのね」

「なんだそれ。エストレアの下半身はどうなってんだ」


 プロミネが不可解そうに目を細めると、リプカさんは汚いものを見るような目をして、プロミネに掴み掛かった。

 いつものことなので全く動じていないプロミネに、「あんたほんとその口閉まらないの? あの子は紳士的にやり遂げたんじゃないかしら」と吹っ掛けるリプカさん。

 リプカさんの服は掴むところがないからなのか、細い顎を掴み返して「何が紳士だか。てめえの入れ知恵で一頭の雄が迷惑被ったっつー話だろーが」と言い返していた。


 あの、えっと、そうでもなくて……。否定の言葉を頭の中で呟いたつもりが口から出ていたのか、二人が顔を見合わせて目を丸くしながらこちらを向く。

 思わず口を押さえたけれどもう遅い。


「あら、我慢出来てなかったの?」

「今程アイツを可哀想だと思ったことはねぇな……」


 本当に酷いことをさせてしまったんだ。一度ならず二度までも。

 どう御詫びしていいのか分からない。だけど謝ったりしたら怒りそうだし、かと言ってどうしたらいいのか。

 さっきだって結局逃げ出してきた。あのままあそこに留まっていたらどうなっていたのだろう。抱き締められて、あちこちにたくさんキスをされて……。

 人型ならどう考えても恋人同士でなければしないことだ。そう、人型ならば。


「私がここにいたいって言ったら、エスはどう思うかな……」


 例えここに残れたとしても、エスが受け入れてくれなかったら、この世界で生きることがつらくなるかもしれない。

 ただ、エスに御礼を言って、ただお父様に会いに異世界に行く。それだけの旅だったはずなのに、どうしてこんなに悩んでいるのだろう。


「さあな。アイツ何考えてるか分かんねぇし。聞いたところで理解出来ないかもな」


 プロミネの言う通りだ。私は何を言っているのだろう。エスの考えていることなんてエスにしか分からない。本人に言ってみるしかそれを知る方法はない。

 私の心、ずっとぐじぐじしてて嫌だ。


「知りたいのに怖い……。前まで、あんなにただ好きでいられたのに、自分でも嫌になる」


 引く程自虐的だとペトラにも言われた。改めて自分でもそう思う。好きであることが怖くて仕方ない。欲しい、なんて思い始めてからどんどん気持ちが黒く濁って渦巻いていく。


 リプカさんは一度頭を抱えてから髪を掻き上げて、「雌だから多少は理解出来るけど、人型の恋愛感情って複雑過ぎるわ」と困惑していた。

 ほとんどのことを理解しようとしてくれるリプカさんに伝わらないのなら、きっと誰にも、エスにも伝わらない。

 黒い気持ちを一度飲み込んだ。もっと綺麗で無ければと、踏み潰すようにして無理矢理打ち消す。

 すると、暫く黙っていたプロミネが口を開いた。


「なあ、その『好き』かどうかってそんなに重要か? エストレアがお前を食いたいと思った心を無視してやるな。そっから先は、俺もわかんねぇけどよ」


 ああ、そっか、私から下手なお願いをしたからとは言え、食べたいとは思われたってことなのか。何でそう思えなかったのだろう。

 今のエスがどうかより、私が傍にいても迷惑にならないか、邪魔だと思われないか、自分のことばかりが気になっていた。

 プロミネの言う通り、無視するのは良くない。今だって充分大事にしてもらっている。約束だって、ずっと守ってくれている。

 御礼を返せば、プロミネは満更でも無さそうにしつつも「やめろ。痒いんだよ」と苦笑いした。


「『好き』の程度がショコラちゃんにもよく分からないから悩んでるんでしょ?」


 そう、そうかもしれない。何度も頷くとリプカさんは優しく微笑んでくれた。

 うだうだ考えていたところで、結局、私の想いは簡単な形に集約する。プロミネの言う、『お前はどうしたいか』をここでも応用するのなら、エスは関係なく、私は……。


「私、エスを自分だけのものにしたいの。全部……エス丸ごと全部欲しいの」


 浅ましくて自分勝手な気持ちを吐き出せば、さすがに二人とも目を見開いて固まっていた。

 先に反応を示してくれたのはプロミネで、元々赤めの肌を次第に紅潮させたかと思えば、「何だよ。くっそ……アイツ羨ましすぎだろ。一発殴らせてもらうしかねえ」と行き場の無さそうな、不貞腐れた声色で吐き捨てた。

 リプカさんは「それを理解出来てなければ、当然難儀するわよね……」と何か上手く解釈が出来たのか納得していた。


「……そう言えばね、その痕の窪み、わざとよ。色以外は治せるもの」


 疑問に思っていた話題を出してくれたから、反射的に痕に指を沿わせた。

 治せるのなら、エスはどうして窪みを残したのだろう?

 全く分からなくて首を傾げていると、「だから言ったでしょ? あの子は手が掛かるって」と言われたけれど更に分からなくなった。


「だよねー。にーちゃん、重そうだもん」


 考え込んでいると、いつの間にか物凄く自然にティエラが混ざってきていた。

 驚いている私に、三人揃って「結構前からいた」と声を合わせる。私、ティエラの存在に気付かないなんて、どれだけ思い悩んでいたんだろう。


 ティエラは、エスは龍に近い生き物だから至極龍らしいのだと教えてくれる。

 人型で言う『嫉妬深い』『独占欲が強い』『寂しがり屋』なのだと。『手が掛かる』とはそこに掛かる意味だと、分かりやすく噛み砕いて変換してくれた。

 それを雄としてめんどくさいと結論付けたティエラに、私は「そう感じたことないな」と首を振ると物凄く驚かれた。


 そもそも、並べられた言葉に当て嵌まることは龍族の習性の範囲だと思う程度だった。

 寂しいのは、気付けなかったけれど、私で拭えるなら取り去ってあげたい。


「……それ、ショコラが変わってるよ。最初は突き放されたのに、束縛されると自由がなくてしんどくならない?」

「それも、思ったことない」


 束縛って言い方にもなるんだ。そう思うとちょっと嬉しいような気もしてくるのだから、私はとっくに何処かおかしいのかもしれない。

 ティエラだけじゃなく、プロミネとリプカさんも意外そうな顔をしている。ペトラも踏み込んで話すとこの顔をしていた。


「まあ、私達に臆することなく話してくれるショコラちゃんだものね。多少の理不尽も理不尽と思ってなさそうだわ」

「いっそすげえよ。異種族のこの反応は最初で最後だろ」


 私には何が何だか分かっていない。龍族ってそんなに仲良くしちゃいけない種族なのかな。皆強くて優しいし、ドラゴンの姿はカッコいいし綺麗だし可愛い。こんな素敵な種族、私は憧れてしまうのに。


「ショコラは、氷龍族の残虐性が何処にあるのか知らないままでしょ? 教えてあげる」


 今まで氷龍族が一番怖いと言われていた原因が全く分からなかった。それを教えてもらえるなら、この無知な頭に叩き込みたい。


「前に地龍族がお墓参りしてたけど、僕達にはお墓を作る習性すら無いんだ。誰かが死んでも大して何とも思わない。場合に寄っては親兄弟ですらね」


 前にエスが言っていた。ティエラを守って国を滅ぼした時、それだけのことをしたのに何とも思わなかったのだと。

 多分、エスは自分の親を殺した相手がベルクだと知っている。それでもその件で怒っているように見える時は無かった。それが、感情が稀薄と言われている最大の部分なのかな。


「『同族には情に厚い』とかって言葉も氷龍族発祥の言葉だからな。大事に思う奴以外基本どうでもいいんだろ」


 何だかそれってすごくしんどいんじゃないかな。エスは小さな頃から人型についても学んでいた。それに、一度は感情を理解しそうになっていた。

 理解しようとすればする程、元の習性が邪魔をして理解を妨げてくるんじゃないの? そんなの、疲れるどころじゃない。


「氷龍族に幻滅した?」

「ううん、私のせいでエスはすごくしんどいんじゃないかなって」


 あれ、皆どうして黙り込むの?


「……お前はすげえな。悪く言えば頭おかしいが、良く言えばまじで女神だわ」


 プロミネの言葉を合図に、三人共が揃って困ったように眉を下げた。

 そこに一度嬉しそうな色を混ぜたティエラが、表情を真剣なものに変えて私の前に跪く。流れるような優美な動きに、思わず息をするのを忘れる。


「ショコラ、ありがとう。これからも自分嫌いなにーちゃんの代わりに、にーちゃんを好きでいてくれたら嬉しいよ」


 小さな王子様からのお願いに、私は考えるまでもなく大きく頷いた。

 初めてエスを見た日から、エスの美しさと優しさに一瞬で恋に落ち、何処までも深く好きになり続ける程。

 私にとってエスがとても大事で、突き詰めれば一番になってしまうこと。エスが自分を嫌いだと言うなら、それが消えて無くなるくらい私が好きでいる。

 黒い靄に邪魔されて辿り着けなかった真実だ。私は、ずっとエスを好きでいる。

 例えこの世界から、弾き出されたとしても。




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