4.ショコラ、本音を口にする。
強いて言えば反応が見たいから、か……。
応接室を出てからというもの、特にやることもなくて悶々とお城の中を歩き回っていた。
龍族に恋愛感情はない。思えばもう随分前にフルミネに教えてもらった言葉だった。
それを踏まえて考えれば、ただ仲間と戯れているだけなのだから私にも予想出来る範囲の答えが来た。なのに、思ったよりも深く打ちのめされている自分がいる。
私の身体でエスの唇が触れていない場所がどんどん減っていく。
首筋や耳がくすぐったいのは分かっていたけれど、手首や指までがそうだとは思わなかった。……考えるのやめよう。唇の感触を思い出すと顔が火照ってくる。
エスにそんな感覚はないんだろうけど、面白がられる為にあちこちにキスされたら堪ったものじゃない。
「はい、ショコラちゃん捕獲ー!」
「でかしたリプカ! これで連絡待ちの暇は凌げる!」
いきなり後ろから勢いよく羽交い締めにされたと思えば、炎龍の二人が楽しそうに笑っていた。驚いて危うく心臓が止まるところだった。
二人は私に聞きたいことが二つ程あるらしい。
そう言えば、色んなことに必死で忘れていた。私も炎龍族の二人には問い質さなければといけないことがある。
広間のソファーに誘導されて、何故か二人に挟まれるように真ん中に座らされる。
背の高い二人に挟まれると足の長さの違いがよく分かる。私の膝の位置の短さと低さときたら……なんてまたしても落胆する出来事に遭遇してしまう。
二人の質問は二つだからと、私の用件が先になったけれど、主にプロミネから伝わってくる威圧感が原因ですごく言い出しづらい。
私が聞きたいのは、同盟を結ぶ交渉にエスにどんな条件を提示したのかだ。
勇気を出して声に出せば、「悪いがそれについては答えられねぇ」と間髪入れずに叩き落とされてしまった。
「そんなに不安そうな顔しないで。別に双方にとって悪い話じゃないし、変な条件は付けてないわ。やり方が汚いことは謝るけどね」
そうならいいけれど、国を立て直すなんて実際には想像もつかないくらいに大変なことだ。
エスが一人で何もかもを背負ってないかが心配だった。
「……ねえ、ショコラちゃん、あなたはどうして異世界に行きたいのかしら? これは私達の聞きたいことの一つよ。勿論話せないならプロミネみたいに答えなくていいわ」
言われて気付いた。この二人にもどうして行きたいかは話してなかったかもしれない。
私は今までずっと一人でいたから、異世界にいるらしい顔も名前も知らないお父様に会いたいと思っていた。
久しぶりに夢を口にすると情けない程に幼さを感じた。止まっていた心に嵌まった歯車が急速に回っている証拠だ。
実年齢に追い付こうと私の意思さえ無視して回る歯車。気が付けば自分が何に期待して、希望を見出だしていたのかすら薄れて感じられなくなっていた。
幼くて的の絞れていない夢ですら、この二人は馬鹿にするどころか驚く程あっさりと納得してくれた。
お父様に会いたいと思うことは、おかしなことでも何でもないらしい。
「でも、分からないんです。会ったことのないお父様より、龍族の皆に愛着が湧いてる……」
ずっと溜まり続けていたもやもやを吐き出す。
同時に罪悪感が募ったけれど、口に出せて幾らか楽になったのも事実だ。人の心は時に欲にまみれて本当に汚い。
「懺悔することじゃねぇよ。そう感じるのは当然だ。親っつーのは大事だが、生きてく中で一番大事なものは自分で見つけていくもんだからな」
「……やだ。プロミネにしては良いこと言うから感心しちゃったじゃない」
いつものように言い争いになりそうな二人の間で考えた。
プロミネの言う、一番大事なものについて。最初に思い浮かぶのは、一瞬の迷いすらなくエスとティエラの姿だった。
初めて出来た私の仲間。自分で見つけて手に入れた大事な仲間だ。そう考えると、優先順位が高くなるのも頷けるかもしれない。
「ありがとう。プロミネはやっぱり優しいね」
「あんまりこの馬鹿を調子に乗せちゃダメよ」
間に私を入れて隔てていても二人は何度も口喧嘩に発展する。
お互いのあちこちを掴んだりとじゃれ合い程度の暴力も加わったりするけれど、普段はご飯を相手に食べさせてあげたりと新婚さんみたいに仲は良い。
そう考えると、エスの言うエスは龍族では触らない方だって言葉にも信憑性が出てきた。さすがにエスもそこまではしてこない。
「となると問題は一つ解決されたも同然ね」
「そうなるな。フェゴに連絡取っとく」
どちらかが合図でもしたかのように喧嘩を止めて、プロミネは何かしらの魔法か術式かでフェゴさんに連絡を取っているらしい。問題解決とはなんだろう?
「ショコラちゃんのお父様は私達が捜すわ。あなたがここに残りたいって思うなら、居場所が特定出来ればたまに会いに行けばいいものね」
「本当ですか?」
「……っと、ユビテルが片っ端から捜索かけて洗い出すってよ」
こんなことってあるのかな。私の夢を誰かが叶えようとしてくれるなんて!
「どうして、こんなに協力してくれるんですか……?」
「龍族は同族には情に厚いって言葉知ってるか? それだよそれ。ショコラはもうエストレアだけじゃなくて俺らの同族だろ」
同族って、必ずしも種族が同じだけの人に使うんじゃない、仲間に用いる言葉なの?
嬉しくて笑顔になると、プロミネが少し乱暴な手付きで頭を撫でてくれた。照れているみたいだ。その温度が温かくて更に嬉しくなる。
「じゃあ、ショコラちゃんはこの世界に残る、で確定ね」
そういうわけにもいかない。言葉を飲み込んだ。
本来、異世界に行きたかった理由はお母様を亡くした寂しさから。その寂しさを埋める為が大きな理由だったように思う。だから、寂しさはもう、エスに再会出来た時には埋まってしまっている。
もっと大きな問題が残っている。ううん、ここにいてはいけない理由がある。
うっすらと気付き始めてはいた。ユビテルの世界の在り方の話を聞いて、大人になりつつある私がそれを本当の意味で理解出来るようになってきた頃から。
私は、この世界の――――じゃないかって。
「ショコラ、お前自身はどうしたいんだよ?」
「私自身?」
「辛気臭ぇ顔して、お前といいアイツといい、何に気付いてんのか、何を予測してるのか知らねぇけどな。頭で考えても無駄なんだよ。何も進みやしねぇ」
プロミネの金色の瞳がいつになく真剣に射抜いてくる。
思い返せば、エスに出会って皆に出会って、少しずつ知り合いが増えてきた時、私は深く考えずに行動していた。単純に頭が悪いんだとも思うけれど。
大人に近付き始めて考え事が多くなって、何もかもに不安ばかりが纏わりついて、自分が汚くて仕方なくなっていった。
「そうだね。プロミネの言う通りだね」
「だろ? 頭脳担当はエストレアにでも任せとけ。言ったら俺やユビテルもお前程馬鹿じゃねぇから、お前は安心して馬鹿のままで居たらいいんだよ」
馬鹿のままでいい。何だかすごく心が楽になってきた。
山間のコテージを出てからずっと胸が詰まるようで苦しかった。自分が自分でなくなっていくようで、大人になるのがしんどかった。
「私、ずっとここにいたい」
プロミネとリプカさんが視線を通わせて笑う。
この気持ちは絶対に言っちゃいけないと思っていた。でももう、言ってしまった。罪悪感は勿論あるけど、本心を口に出来て気持ちが軽くなった。
「まあ、後は俺らに任せとけばいいんじゃねぇの? 今回の相談料は上乗せで請求するけどな」
プロミネらしい。いつも私に優しくしてくれて、最後はいつも通り締める。始めて会った時はこんなに仲良くなれると思っていなかった。
不思議だな。これで、私は私でいられる気がする。
子どものまま、馬鹿なまま大人になる私に。




