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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第五章 嘗ての爪痕と牙の味
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◎1.エストレア、核心を突かれる。





 発情期が早めに終わってくれたことにエストレアは安堵する。

 帰ってきたのは深夜だというのに、魔力で感付いていたのか、弟の低い声が「おかえり」と静かに出迎えてくれた。


 安否確認という名目で何度か帰ってきていた時、弟はいつ見ても大人の姿を取っていた。まさかずっとこの姿のままなのかと問えば、至極当然だという風に弟は頷く。

 弟の魔力量で九日もの間をそれは、現在恐ろしい疲労に苛まれているはずだ。


 その姿は色が違うだけの自分のようで憚られる気持ちはあるが、労わるつもりで弟の頭を撫でてやる。

 とてもほとんど同じ顔とは思えない程、子どもの姿のままの顔で笑う弟。性格や表情だけでもここまで顔が変わるとは、人型とは不思議なものだと思う。


「明日までは継続頑張ろうかな。にーちゃん、帰ってきたばかりで疲れてるし……あ、やっぱり女の子は食べてないね?」


 その点を嗅ぎ分けられてしまうのが何とも言えない。

 事実、垂れ流される魔力に釣られて雌が寄ってくる気配がすればその場から離れ、誰もいない場所まで逃げては堪え忍ぶ数日間だったが。


 よく我慢出来たものだと、少女からの猛攻撃の嵐の話には笑い転げたくなったと、思い出してか弟は噴き出す。とんでもない性格に育ったものだ。

 少女に、兄が他の雌のところに行くのは嫌かと聞けば、即答で嫌だと返された時も面白かったと。弟は目尻に滲む涙を拭った。


 あの少女は自分が何を言っているのか、それすらも分からないのだと、分からないまま生きているのが兄に似ていると。

 弟が紡いでいく言葉が腑に落ちないものを色濃く鮮明にしていくようだった。


 明らかにおかしい。鈍いという意味では追い付かない。

 あまりにも幼く、何故か経験にて理解して学習していく様子もない。今までその状態で危険な目に遭わなかったのが奇跡でしかない。


「何処かで成長が止まってる。それだけじゃない」

「元の性格もあるかもしれないけど、何か重なってるよね」


 龍族を知らない時点で何かしら抜け落ちている可能性は充分にあったが、果たして記憶が抜け落ちている程度でその先の成長まで抑制されてしまうものか。

 エルフ族の一件は自分のせいもあると思っていた。だが、少女は本人も分かっていない部分で確実に何かが違う。

 まだ、弟には少女の不思議な力について話していない。謎が幾重にも積み重なっている状態だ。どれも答えに行き着くまでにかなりの時間を要するだろう。


「あんまり考えると余計疲れるよ。ただでさえ、にーちゃんは感情を頭で変換していくので日々の消耗が激しいのに」

「それは大分慣れてきたからいい」


 龍族の中でも最も龍の血を濃く引き継ぐ氷龍族。

 その八割であるエストレアはほとんど感情を心で感じることが出来ない。感じたとしても、それが何か分かることは少ない。

 せめてもの対処として知識を詰め込み、その中から近似の言葉を引き出せるようにしている。弟が感情豊かであることから、昔から何もかも吸収して生きるのは習慣になっていた。

 それでも、ショコラの口にする感情の塊のような言葉、表情、全ての変化が大きく、移り変わりが早すぎて処理が間に合わない。

 全く腹が立つ。それも共に過ごすに連れて型が見え始め、少しずつ緩和されつつある。


 考えなければいけないことが多すぎる。

 この先に接触するのが確定している地龍族、少女の謎、ユビテル達に強引に背を押されつつある国の立て直し。問題とは一気にやって来るものなのか。


「全部を一人で処理しなくてもいいと思うよ。ショコラのお陰で二種の龍族が協力的だし、流れに任せちゃうところと本気出すところで重要性を見極めて……」

「お前、大きくなったな」

「わっ、な、何、やっぱり疲れてるって!」


 まだ、撫でていられる。

 弟の頭を撫でると、驚きつつも満更でも無さそうにする。この手はまだ、人の柔らかさを保っていられる。


「にーちゃん、少し前から撫で方が変わったよね。人型らしくなったというか」


 特に何かを変えたつもりはない。人型らしいという言葉もよく分からない。首を傾げながらも撫で続けていると、弟は恥ずかしそうに白銀の睫毛を伏せた。

 くしゃりと柔らかい感触が形容しがたい感情を引き起こす。それが何なのかは分からないが、その変化には自分でも気が付いていた。

 人型は触れ合うことで絆を深めるという知識を元に、手探りで弟を育てながら訳も分からずやっていた。少しでも、弟をこの種族の残虐性から遠ざけるために。


 習性とは、呪いのようなものだとエストレアは思う。

 産まれた時にはもう身体に刻み込まれているように、そうと決められているから仕方がないなんておかしな話だ。龍の当たり前は人では違う。

 最小限に力を加減して、その頬の丸みに従って撫でようとしていつ引き裂いてしまうか。いつ細い首を手折ることになるか、そうして命を奪って無条件に向けられる笑顔がいつ見られなくなってしまうか。

 自分のこの手が信用出来ない。

 何故、自分達のような種族に人型が与えられ、一摘まみ程の役に立たない感情まで付けられてしまったのか。


 ふと口に何か押し込まれ、暗闇から意識が引き上げられた。

 何を入れられたのかと咀嚼してみるが、何度噛み締めて味を確認してもそれが何なのか分からない。不味くはない。

 暫く口を動かしながら考えていたが、弟がそれは少女が作った何だか分からないが不思議と不味くはないものだと言う。道理で分からないはずだ。


 曰く、毎日のように少女は三人分の夕餉を用意しているらしい。連日不思議な料理に出会うことになるが不味い時はないのだと。

 帰ってきたとしても様子を見てすぐに出ていくというのに。

 朝、少女がエストレアの分を食べている姿が、どうにも寂し気で見ていられなかったと追い打ちを掛けられる。今晩の分は起きたら必ず食べると弟に約束し、どうにもならない疲れを取ろうと寝室へと向かった。

 後ろからついてきていた弟が、やけに嬉しそうに笑いながら回り込んでくる。


「ね、いつからなのかは知らないし、本当にもしかしてなんだけど」


 覗き込んでくる蒼い瞳が、悪戯な光を宿してエストレアを見据えた。


「……にーちゃんは、かなり前から『好き』っていう感情の意味をちゃんと理解してるよね?」




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