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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第一章 エルフと結晶龍
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4.ショコラ、正体を知る。




 私は朝から非常にご機嫌だった。握手と、名乗れたことと、名前を知れたこと。思い返すだけで嬉しくて。意気揚々と仕事を探していたというのに、なんということだろう。いつもならさすがに一件くらいは何とかなるのに、何も出来ないまま夕暮れを見つめることになるとは思わなかった。

 こんな日は早く寝てしまうしかない。一晩過ごしても大丈夫そうな場所を探していたら、段々と橙に藍が混ざって星が輝き始める。お腹は空いたし、宿に泊まるお金もないし、散々な一日だった。今日の不幸を差し引いてもお釣りが出るくらい、昨日は幸福だったから仕方無いかもしれない。良いことばかりも怖いから。


 雄大な草原のど真ん中、月明かりを頼りに安全を確認する。特に危険な生物も潜んでいないようだし、人通りもないから大丈夫だろう。何も食べていないせいか疲れがひどい。

 汚れは浄化魔法を使って落とす。本当はお風呂に入りたいけど仕方無い。おやすみなさい。




「おい、起きろ」


 風が吹く度に周りの草が揺れて顔を撫ぜる。半分寝ている状態なのか、男性の声が聞こえる気がする。それにしてもまるで温度のない声だ。混じり気なく硬質で心地良い低さの美声だけど、今はこのまま深く眠りたいから遠慮したい。

 反応を返さずに寝返りをうつと、頬に何かが当たってくる。手だろうか。大きくて少し固い。私の手とは全く違う質感だ。

 一日中外気に晒されていたせいですっかり冷えていたから、少し低めの人肌の温もりが気持ち良くて思わず擦り寄ると、その手は驚いたようにぴくりと跳ね、次の瞬間には頬を掴んで引っ張っていた。痛い痛い痛い。でも寝たい。


 声の主は一向に起きる気配のない私に痺れを切らしたのか、無理矢理に身体を持ち上げてきた。せっかく横になっていたところを縦にされたなら起きるしかない。薄目を開けると、暗闇の中でも何故か煌めく水色をぼんやりと捉えた。

 ……嘘だ。予想もしなかった人物が目の前にいる気がする。


 寝惚けているのかもしれないと思い、目を何度かごしごしと擦って確認すれば、間違いでも何でもなくエストレアがそこにいた。


「え、な、何でここに? 幻?」

「たまたま。勝手に幻にするな。お前は何でこんなところで寝てる」


 淡々とした口調のエストレアは渓谷で会った時とはまた雰囲気が違う気がした。冷酷で怖いと思っていたけれど、あれは周りの気温も手伝っていたように思う。しっかり全ての疑問符に回答を出してからのエストレアの疑問。何とも答えづらいし、恥ずかしい。


「えっと、今日はお仕事が出来なかったので、その、野宿を……」

「鈍臭いな」


 ただでさえ羞恥に苛まれながら答えたというのに、容赦のない返しが更に追い討ちをかけて心を抉ってくる。


「エストレアも、こんな時間にどうしたんですか?」

「調べものしてた」


 結晶龍の捕獲令についてだろうか。昨日出たばかりの発行令。今日は特に目新しい情報も無かったからエストレアに教えられることは何もない。


「ごめんなさい。私も何の情報も持ってないです」

「別に謝られるようなことされてない」


 無表情で真顔という状態をほとんど崩さず、出来る限り手短に切り返す。エストレアの特徴を掴んできた。氷属性魔法を操るのが似合い過ぎる性格をしている。

 そんなことを考えている最中、あろうことかお腹が鳴った。静かな草原に派手に響き渡る。ああもう、私のお腹、頼むから空気を読んで。更なる恥ずかしさが襲いかかってくる。


「……せめて毎日食える職種に就いたら?」

「ごもっともなんですけど、そういうわけにもいかなくて……」


 ああ、恥ずかしい。顔の熱が引かない。旅人は強ければ強い程楽に稼げる職業だけど、その分収入は安定しない。だけど私は旅人を辞めるわけにはいかない。


「とりあえず着込め」


 どうやら深くは突っ込んで聞かれなくて安心した。と思えば、次には理解し難い台詞が耳に届いた。首を傾げていると腕を掴まれて立たされる。

 そのまま私に背を向けて歩き出そうとするエストレア。ま、待って、まだどういうことか分かっていない。


「極寒でもいいなら泊めてやる」


 明らかに分かるはずの言葉の意味を飲み込むまでに少しの時間を要した。泊めてやるって、エストレアの家に泊めてもらえるってこと? でいいんだよね?


「どうするんだよ。早く決めろ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 頭を下げた時にはもうエストレアは渓谷に向けて歩き出していた。エストレアは背が高い分足が長い。その肩程までしかないちんちくりんな私は出遅れるとサクッと置いていかれてしまいそうになって、小走りでその背中を追い掛けた。




「お、お邪魔します……」


 渓谷の深奥は想像を絶する寒さだった。追い掛けている最中、エストレアの背中を見失わないようにしながらも手持ちの布という布を巻き付けたのに全く足りていない。大きく身震いする私を見て、エストレアは部屋の奥に行ってしまった。

 人様のお家に上げてもらうのが初めてだからどこに居ればいいか分からない。とりあえず立ち尽くしている。室内に入れたことでこれ以上冷えることはなくなった。凍えていた身体が何とか熱を取り戻していく。手足に感覚が戻ってくる。


「こんばんは! ねえ、ショコラ。にーちゃんの何になったの?」

「うん?」


 突如私の横に現れた白髪の男の子は、愛らしく首を傾けてそう問いながら私を見上げてくる。弟さん? だろうか? エストレアを小さくしたみたいな。顔が物凄く似ている。十歳前後だろうか。エストレアと一回り近く離れているように見える。

 それにしても、初めて会ったのに何故私の名前を知っているのか。見つめてくる蒼い瞳を見たことがある気がするのはどうしてだろう?

 男の子に何と返事をしていいか分からないままでいると、部屋の奥から戻ってきたエストレアは私に毛布を渡し、すぐにキッチンに向かって何やらごそごそとやっている。何をしているのかと見守っていると、様々な種類の果物と柔らかそうなパンが乗せられた盆を渡された。


「直ぐ出せるのはそれくらい。さっさと食べて寝て」


 果物は栄養価も高ければ値段も高いのに、こんなにいっぱい……。「気にせず食べていいんだよ」と男の子は笑顔で私に告げて、欠伸をしながら部屋の奥へと行ってしまった。不思議だ。あの男の子のこともだけど、どうして欠伸をして顔の造形が崩れないのか。

 そう思った側からエストレアも眠る準備をしていみたいだけれど、そこはソファーだ。……寝台で寝ないの? もしかして、私が使うの? それは恐れ多すぎる。


「あ、あの、小さな弟さんもいるのに、泊めてもらうなんて悪いことしましたね。それに食べる物までいただいちゃって……」


 口にすると思わず泣きそうになってしまう。一人になってから誰かに助けてもらうなんて、異種族の人に助けてもらえるなんて、今も昔もエストレアだけだ。

 視界が揺らいで俯いた時、肩に毛布が掛けられる。エストレアのことを見上げようとした時、口の中に林檎が押し込まれる。その時になって初めて、皮の部分が『兎』の耳の形に切られているのに気付いた。

 この無表情なお兄さんが切った林檎が、兎……。


「余計なこと考えずに食べて寝て。気遣いとかもいい。後は、いきなりその頭で理解するのは無理」


 兎の形に剥くという意外さに感動しそうになっていた頭が、馬鹿認定されたことにより多大なる衝撃を受けて停止した。口の中の林檎を飲み込む。


「た、確かに無理かもしれませんが、気になると眠れないです」

「普通、あいつ見て察するんだけど、龍族で理解出来ないとか……」


 私を見下ろす視線がひどく面倒臭そうだった。完全に残念なものを見るような目だ。

 そこまで言われるなら、私はどうして『龍族』を覚えていないのだろう。龍族と聞いただけで取り乱し、逃げ出した旅人達を思い返せば、その種族がどれだけの力を持つかは理解出来た。それを知らないのは私も不思議だ。


「……龍族って、なんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。分からないものは恥ずかしいけど教えてもらうしかない。エストレアはどう説明していいものか迷った様子で、ドラゴンと人の二つ姿を持つ種族だと教えてくれた。物凄く強そうだ。いや、多分強いのだろう。


「だからあいつは、ティエラはお前が助けたドラゴンだ」

「あ、そっか、二つ姿があるから……」


 言われてみれば。なら私の名前を知っていても、あの蒼い瞳に見覚えがあってもおかしくない。人型との見た目にあそこまで差が出るんだ。小さい男の子だからと言って、ドラゴンの姿も小さいわけじゃないんだな。


「それから、俺にもドラゴンの姿がある」


 急に周りの温度が低くなったかと思えばエストレアは蒼白い光をその身に纏い、静かに雪を散らせながらドラゴンに姿を変えた。ティエラとはまた違った細長い身体を器用に巻いて、家具を避けながらこちらを見下ろしている。

 まるで結晶で出来ているみたいに透き通った身体の美しい蒼いドラゴンだ。光を受けた部分がオーロラのように美しく輝いていて、急激に冷えていく空間さえも忘れて見とれてしまう。

 すごく綺麗。私の口から零れる言葉に、ドラゴンのエストレアは戸惑ったように身を捩った。

 ティエラは鋼鉄に見えてドラゴンらしい肌をしていたけれど、ここまで無機質で宝石じみていて透明感が強いと、生き物としてはどんな触り心地なのだろう。ひんやりと氷みたいに冷たいのかな。触れようとすれば、エストレアはまた瞬時に人の姿に戻ってしまった。


「ドラゴンの俺には絶対に触るな」

「わ、ごめんなさい」


 いきなり触ろうとして、無神経だった。エストレアは狭かったと一言零してから、またソファーに向かう。

 自分自身が捕獲令の出ている結晶龍だと、自分達は『氷龍族』と呼ばれる、名前の通り氷属性を持った龍族だと、私に分かるように教えてくれる。

 今、髪色の魔力について思い出した。人型を持つ人ではない種族は、その強い魔力を持つが故に髪色が鮮やかなものになること。エストレアの髪が水色の時点でそれに気付けば良かった。


「もう俺とティエラの二頭しかいない。お前と同じく捕らえられてた」


 あそこには、私以外にも捕まっていた種族がいたんだ。だからエストレアはあそこを壊した。ついでに私のいた場所も壊れたのだろう。だから、助けた覚えなんかない、という言い方を選んだのだろうか。


 教えてくれた御礼を言おうとすると、エストレアはもう寝転がって瞼を閉じていた。重力に従って流れ落ちる水色の髪に目を奪われる。

 私がそっちで寝ればいいはずなのに。エストレアは、私の頭では無理と言いながら、聞けばちゃんと分かるように教えてくれた。食べる物も、眠る場所も与えてくれた。やっぱり怖いだけじゃない。無表情で冷たい物言いをするけど、本当はすごく優しい人なんじゃないかな。

 色々と考えていると規則正しい息遣いが聞こえてくる。寝るの、早いな。眠かったのに、私に付き合ってくれていたのかもしれない。


 眠るエストレアは精巧な人形のようだ。何度も思ったことだけど、人型の顔はここまで完成度が高いものになるものだろうか。

 整列した長く濃密な睫毛は髪と同じ色をしていて、とてもじゃないけれど同じ生き物だとは思えない。

 綺麗な男の人、結晶龍の姿を思い返すと、あの姿を持っていることが理に敵っているように思った。


「……壊してくれて、本当にありがとうございます」


 もう寝ていて聞こえてないだろうからと、改めて静かに御礼を口にした。

 私に向けられた救いじゃなかったのだとしても、きっとこの恩と感謝は一生忘れない。夢を叶えてもう会うことが無くなるとしても。

 しっかりと食べた後、申し訳ないと思いながらも寝台に横になって目を瞑る。すごく寒い場所だけど、安い宿屋よりも心地良い眠りに誘われた。




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