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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第四章 龍族の発情期と感情
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7.ショコラ、初めてに気付く。





 結局よく眠れなくて、朝まで瞼は腫れて白目は充血していた。

 気が付いたティエラがすぐに治してくれたけれど、旅を続けているうちにティエラの魔力も少し強くなっているように思う。


 力が強いのは知らなかっただけで元々なのかもしれないけど、一度アスレチックの一部を見事に破壊してしまって二人でこっそり逃げたことがある。

 とても人型の手で一瞬にして出来るとは思えないような派手な壊しっぷりには、思わずお互い顔を見合わせて笑った。

 ……管理している雷龍族の方、本当にごめんなさい。


 もう七日もあの姿を保っているティエラ。

 前回よりも子どもな部分はあるけれど、あれは身体が大きいからこそそう感じるのか、撫でてくれる手も、笑った顔も、言葉の選び方も、何もかも九つの子には見えない。

 さすがはエスの弟と言うか、信じられないくらい聡慧だ。


 ティエラは大きな姿を取るようになってから、外に出る度女の子に捕まってしまう。

 その流れでティエラが側にいない日はすごく退屈だ。一人で武器や防具を見直しに回ってみたけれど、現状の装備が一番良いみたいで、結局は魔力が底をついた場合の薬とか予備のテントくらいしか買うものが無かった。


 今日は何をして過ごそうか。じっとしているとエスのことばかり考えてしまうから、何かしらやることを見つけて動いていたい。食材はまだ余っているし、罠用のデザートももう作ってしまった。と言っても、もう終わるまで帰ってこないよね。


「あら、ショコラちゃん。またあの子を取られてるのかしら?」


 外に出た瞬間にリプカさんと鉢合わせた。プロミネはいないみたいだけど、今日は別行動だろうか。珍しいな。なんだかんだで仲が良いのか、いつも一緒に行動しているから。

 あの子とはティエラのことだろう。頷くとすぐに腕を取られて、どこかに向かって引っ張って行かれる。


「ってことは今日こそ約束してた大浴場ね! 他の女相手してる男なんて放っておきましょ!」

「あっ、ちょっ……」


 ティエラに一言断らないと、と思ったけれど、振り返って見た感じ、私がいなくなっていることにも暫く気がつかなさそうだ。



 大浴場と聞いてもいまいちピンと来なかったけれど、こんな大きなお風呂がこんなところに有るものかと驚いた。

 まだ時間が早いということもあり、リプカさんと私で貸し切り状態になっている。


 そして、服を脱ぐという決心をするのがすごく大変だとここに来て初めて知った。

 何せ未だ嘗て一度もお母様以外の他人に裸なんて見せたことがない。大人になってからは初めてだ。


 今まで女の子の知り合いすらいなかったから、自分の身体がどんなものかも正直よく分からない。

 胸やお尻に限らず骨の配置とか手足や胴の長さとか、自覚が無かっただけで物凄く変だったらどうしよう。

 しかも、今日一緒にいるのはリプカさんだ。リプカさんは元々着ているものの布面積が少ないから、裸を見ずとも素晴らしい体型をしているのは知っている。脱衣場にして心折れそうになるとは思いもよらなかった。


「あ、あの……」

「どうしたの?」

「私、今まで女の人の知り合いもいなくて、こんなこと初めてで、もしかしたら変な身体なのかもしれなくて、笑わないでいてくれますか……?」


 震えそうになる声で打ち明けると、恥ずかしくて泣いてしまいそうになる。

 ちょっとこの歳で初めてなことが多すぎる。リプカさんは驚いたような顔をした後、何故か物凄い笑顔で抱き付いてきた。案の定、胸で鼻が塞がる。


「ショコラちゃん、可愛すぎるわ! 野郎共が聞いたら卒倒ものね! ああ、女に生まれて良かったわ!」


 卒倒しそうなのは私なのに、リプカさんはまた何かよく分からないことを口走りながら興奮し始めてしまった。

 何でこの人はこんなに残念なんだろう。物凄く美人なのに、モルニィヤもそうだけどどこかずれる。もしかして、私がおかしいの? 「先に入っているわね」とリプカさんは何故かわくわくした様子で、さっさと服を脱いで足早に大浴場に向かっていってしまう。その背中を見送ってから、私は鏡に映り込まない場所で何とか服を脱いでいくのだった。



 何とか決心がついた私は長い髪を纏め上げてタオルを手に大浴場に向かう。

 脱衣場にいた時に分かっていたけれど、本当に誰もいない。意を決して裸になったのだから、極力人が来ない内に上がってしまいたい。


 後ろ向きに湯に浸かっているリプカさんの燃えるような赤い髪が目立つ。

 うなじから首に掛けての美しい曲線、細くて綺麗な肩、私と違って大人の女性だ。もう私の決意は音を立てて崩れそうになっていた。



 こういう場で何をすべきなのかよく知らないけれど、タオルは浸けちゃダメだし、身体を洗ってから入るものだよね? もう少し早く脱ぐことが出来れば良かったのに。リプカさんを随分待たせている。

 身体を洗いながら焦る。それにしても湯煙がすごい。空間がほとんど靄掛かっているから、シャワーを浴びているうちに少しずつ恥ずかしさが薄れていった。


「お待たせしました」

「気にしないで。ショコラちゃん、やっぱり白いわね。湯上がりなんて絶対心に決めた男にしか見せちゃダメよ?」


 湯上りなんて、宿にいた時は毎日のように二人に見られていたけど、とりあえず頷いておく。リプカさんは少し大袈裟だ。


 肌を上気させているリプカさんは物凄く妖艶で、とてもじゃないけど同じ髪型をして一緒にお風呂に入っているとは思えない。

 それに、胸の大きな女の人と同じ湯に浸かるものじゃないと思った。自分の胸を見下ろして切ない気持ちに包まれる。究極に小さいわけでもないけど、特別目立つ程大きくもない。お湯に浸かっても多少持ち上がる程度であることに落胆する。

 これだけ自分の身体に自信もなくて、女性相手に裸になるのにここまで時間が掛かっておいて、昨晩はよくもあんな台詞が吐けたものだと思う。また溜め息が出る。


「リプカさん、仲間が欠けるって、こんなに寂しいんですね」

「今いないあっちの子かしら? いないなんて有り難いものよ。標的にされたら溜まったものじゃないわ」


 リプカさんは龍族だ。私なんかよりずっと雄の発情期にも遭遇してきただろう。聞く前から、苦々しげな顔をして過去あった話を教えてくれる。

 前回のプロミネの発情期に襲われかけた時、本気でぶっ飛ばして周りの木も一緒に薙ぎ倒したからがっつり気絶していたと。好みじゃない男に大人しく襲われる趣味もなければ弱くもない、と吐き捨てる様は恨みすら感じる。

 プロミネ、一体どんなひどい襲い方をしたのか。


「発情期の雄の噛み癖は本当にひどいから、首が傷だらけどころか最悪噛み千切られるの。私達龍族には瞳の幻惑があっても記憶はしっかり残るわ。そんなの御免でしょ?」


 噛み癖なんてものがあるんだ。昨晩、ティエラは私の首を隈なく確認していたのはそういうことか。それは人型が耐えられるものなのだろうか。最悪噛み千切られるだなんて、背筋が寒くなる。

 つらい状況にあるのだとしても、エスが何とか約束を守ってくれるわけだ。そういうことの初めては痛い、なんて噂で聞くけれど、それどころの騒ぎじゃなかったのだと思うと血の気が引く。


「龍族は通常期でも荒い方じゃないかしら。お勧めは出来ないわね。特に愛情を求めるときついわよ。人型みたいにキスとかもしないもの。そもそもそんな習性がないわ」

「え、キス、習性にないんですか?」

「ええ、他の部分なら戯れにするけど、唇には、人型には意味があるのを知ってるからか、余計しないわね」


 前にティエラの強制的な発情期に当たってしまった時のことを思い出す。ティエラが私を押し倒して真っ先に狙ったのは確かに首だった。

 そんな習性がないなら、昨日、エスは何故キスをしようとしたんだろう。いや、もしかして狙ってたのは首で私の勘違いとか? でも、あの距離なら経験値のない私じゃなくてもキスされると思うはず……。


「愛されたかったら違う種族にした方がいいわよ。それでもあっちの子が良いなら止めはしないけどね」


 ん?


「ちっ、違います! 私まだそういうのよく分からなくて!」


 思わず勢いよく立ち上がってしまうくらい動揺した。

 そんな勘違いをしてくるのはモルニィヤだけじゃなかったらしい。長い時間浸かっていたわけでもないのに、逆上せてしまったみたいに頭が痛くなって目眩がしてくる。


「あら違うの? にしても、変どころかむしろ良いわ。噛み後の目立ちそうな綺麗な身体ね」

「あ」


 今の自分が裸であることに気が付いた時にはもう遅い。上から下まで視線を滑らせたリプカさんは良い笑顔で頷いた。


 それから暫く、リプカさんの誤解は解けなかった。というより多分解けていないままだ。その後もエスのこととで散々からかわれて、本格的に逆上せるまで時間はそう掛からなかった。




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