5.ショコラ、特訓する。
この一週間、エスが私達の目の前に姿を現すことはなかった。
発情期は二週間くらい続くと聞いていたから、まだ半分しか終わっていない。それでも、これだけの時間姿を見ていないともう充分長く感じている。ティエラ曰く、何度かコテージには帰ってきているみたいだけど……。エスのことを考えるとあまり明るい気分にはなれない。沈んだ気持ちでコテージの外に座り込んでいると、唐突に後ろから肩を叩かれたりする。結構痛めだった。
肩を押さえながら振り向くと、予想した通りプロミネが私を見下ろしていた。
「よお、ショコラ、湿気た面してんなよ」
今日も綺麗にセットされた橙色の髪に、金色の瞳を細めている。ちょっと見た目が怖いけれど心配してくれているようだ。座り込んでいた私の両肩を掴んで、真上にひょいと持ち上げて立たせてくる。
「今日もいっちょ特訓すっか。あ、付き合った料金はエストレアに後々がっつり請求しておくからお前は気にすんな」
最近は連日、プロミネかリプカさんに練習試合というか、特訓をしてもらっている。エスを待っている間に少しでも強くなって、ちゃんと戦力として機能できるように。
それにしても、お金が掛かるなんて今初めて言われた。さすがはプロミネだ。後で言うって、立派な悪徳商法だよね。請求してくるプロミネの手を、間髪入れずに叩き落とすエスの姿が容易に思い浮かんで、ほんの少し笑ってしまった。
コテージから離れてだだっ広い殺風景の中に向かう。乾いた土と岩、それから枯れてしまっている草花だけが生えている場所だ。ここならばどれだけ暴れても誰にも迷惑が掛からない。
始めの合図などがあるわけでもなく、何の前触れもなく攻撃してくるプロミネの炎を地属性魔法で壁を作り上げて防ぎ、何とか距離を取って離れる。優しさみたいものは皆無に等しいのがプロミネとの特訓。極力実戦に近い形で戦いたいという私の要望を惜しみなく叶えてくれているそれは、終わった時には動けなくなってしまうくらいだ。
周りを取り囲むようにして燃え上がる炎から逃れる為に風属性魔法で空中に跳んで、水属性魔法で局所的な雨を降らせて鎮火させる。
「にしても、お前も結構強くなってきたよな。最初こそ弱っちかったが。ほら、余所見してんじゃねぇよっと!」
相手をしてくれているプロミネが操れるのは炎属性だけだというのに、わざわざ私が色んな属性の魔法を出せるように仕掛けてきてくれる。
急激に周りの温度を上げられるのを氷属性魔法を使って調整して、追い討ちで別の炎に攻め入られる前に樹属性魔法であちこちに根を張っては自分を引っ張って脱出する。
幾つもの属性を使っていて分かるのは、発動の早いものと遅いものがあることだ。
炎属性や雷属性は比較的早いけれど、氷属性や樹属性は遅れて展開される。同じ魔法で何が違うのかは分からない。ただ、後者の魔法を使うと疲労を感じるのも早い。
「気ぃ抜くんじゃねぇよ。この瞬間を狙われて殺されたくねぇならな」
疲れから気を緩めてしまった瞬間、拳を振り翳してくるプロミネを剣の柄で受け止めようとして、力で押し負けて地面に叩きつけられてしまう。魔法を駆使して戦っていながら、最後の物理攻撃に負けてしまうなんて。
地面にほんのりとめり込んでいる状態の、私の腕を掴んで引き上げてくれるプロミネは、あれだけ魔力を使っていたのにも関わらず息切れ一つしていない。これが戦い慣れしている人との違いか。まだまだその境地には至れそうにない。
「ありがとう、プロミネは優しいね」と御礼を口にすれば、一度驚いてから変なものを見るような目で、「はあ? お前は、相変わらずお花畑だな」と呆れた声で返してきた。
一旦休憩だ。適当な岩の上に腰掛ける。それが思ったより斜めでつるつるだったみたいで、綺麗に滑り落ちて地面に尻餅をついた。一連の流れを全て見ていたプロミネが指を差してまで大袈裟に笑う。ひどい。私だって自分が結構間抜けな自覚はある。
気を取り直して他に岩を探していると、先に良い大きさのものを見つけていたプロミネが隣を叩いて誘導してきた。ひどいのか優しいのか分からないな。どっちもだろうか。
「プロミネ達はいつまでここにいるの?」
「もう暫くだな。遊びついでに情報収集してるが、なかなか聞き出せねぇからもうお前らに着いて、閃の国まで行っちまうかもな」
情報収集? 何の情報だろう。閃の国まで、とわざわざ言うからには、地龍族関連で気になることでもあるのかな。首を傾げていると、プロミネは一度周りを見回してから、声を小さめに語り始めた。
ここ数年、沈黙を貫いていた地龍族に近頃動きがあるらしい。何故いきなり動き出したのかは分からないけれど、氷龍族で最も力のあるエスの魔力が国を一つ飛ばしても察知できるようになっている今、地龍族もそれに気付いているのは間違いない。
それに付け加え、長年遊び呆けてきた炎龍族すら活動を始め、こうして国外にまで出てきている。理由になりうる要素が多すぎて調べにきたのだそうだ。放っておいて被害をこうむるのは御免だと。
「ざっくり分かってきてるだろうが、俺ら龍族は雷龍が平和主義、炎龍が奔放主義。ここ二種は元々強い部類じゃねぇし、争い事は好まねぇんだよ。めんどくせぇしな。過去の怨みとか引き摺って良いことなんか一つもねえ」
争い事、数年の沈黙、滅んだことになっていた氷龍族。近い過去に戦争があったのかな。
何で覚えていないのだろう。そんな大きなこと、幾ら小さな頃の話だとしても覚えているはずなのに。
聞いている限りだと、地龍族はやっぱり怖い種族で間違いなさそうだ。なら、氷龍族は一体どんな種族だったのかな。エスに聞くにもいないし、聞いて教えてくれそうな話でもない。
「地龍族の方は何となく察してんだろ。お前が知りたいのは氷龍族の方だよな」
プロミネは頭の剃り込みに触れて、言ってもいいものかと考えながら、すごく言いにくそうに、でも話してくれようとしている。
「割合の話は知ってるか? 俺やリプカは龍が八割でまあまあ強ぇんだけどな、これはあくまで炎龍での話だ」
氷龍族の八割と炎龍族の八割は、厳密に言えば全く違う割合なのだと。氷龍族と地龍族の血筋は特別ドラゴンに近く、同じ龍族の括りであっても元々龍がきつく配合されている状態で、特に氷龍族は心がどれだけ『無』に近いのか分からないと。
その話を聞いて、エスが今まで会った龍族の皆に中で、誰よりも感情が薄く淡白に感じる理由が分かった。無表情が大きく変化を見せることは稀だし、それなりに長く一緒に居ても言葉選びはきついけれど、心が無いわけではないと思う。感じることは感じていると、信じたい。
「ま、だからいちいち人型らしく受け止めて傷付いても無駄だぞ。アイツが人型の時に自分で何言ってるか、やってるか、分かってない可能性の方が高いからな。やばいと思ったらさっさと自分の身を守れよ」
「う、うん……」
「喋りすぎたな。そろそろ続きするか? 勿論追加料金が発生するけどな」
プロミネらしい軌道の戻し方だ。龍族の難しい部分を教えてくれたついでに、私のことも励ましてくれるなんて、本当に優しいな。プロミネはあんまり褒めたり御礼を言いすぎると、照れるのか怒ってしまうのがここ数日で発覚している。
すごいね、優しいね、本当に良い人だね、と褒め殺した時には、「だあああああ! かゆいからやめろっつってんだろ!」と叫んで逃げられてしまった。今日はもう、一度口にしてしまったから、今回の御礼は心の中だけにした。




