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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第一章 エルフと結晶龍
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3.ショコラ、もう一度頑張る。




 昨日の出来事があまりにも衝撃的で寝ても泣いていたみたいだ。

 乾いた涙が顔に貼り付いて痒い。洗面台の鏡の前に立ってみると、瞼もしっかり腫れて白目が充血していた。起き抜けからずっと痛いわけだ。

 濡らしたタオルで瞼を冷やしながら着替える。気乗りしなくても日銭を稼がないと生きていけない。今日も宿に備えてあった発行令に目を通す。


 簡単なお仕事に目を通しながら出来そうなものに丸を付けていると、新しいお仕事の中に一つ気になる文字が並べられていた。

 あの渓谷だ。場所の指定区域の中に、そう大きく記されている。あそこが指定区域に入っている発行令なんて初めて見た。しかも、駆除や狩りじゃなくて、捕獲令。その文字に急き立てられるものがあった。


 対象にされている『結晶龍』というのは、そのままドラゴンという意味でいいのだろうか。そう言った名前の変な生物だろうか。よく分からないけど、どのみち渓谷にいるのならば昨日のあのドラゴンも危険に晒される。

 昨日の今日で、またあの男性に会ってしまったらと考えただけで怖い。だけど、遭遇したのは一度だけとは言え、見知ったドラゴンがこの令で被害に遭うのは嫌だ。

 大して詳細も載っていない、ざっくりとした発行令を読みながら、私は覚悟を決めて荷物を手にした。



 昨日とは打って変わって、渓谷は狩りの令を見てきた人々で賑わっていた。私の存在に気付いた旅人達がこちらを見ながらこそこそと何かしらの噂を始める。

 こうして一ヶ所に集まる人口が多ければ、好奇な目を向けられることも多くなるから居心地は悪いけれど避けては通れない。


 今日はしっかり着込んできたのに、体感温度は大して変わらない。初めてじゃなくてもこの寒さはダメだ。

 もう何人もの旅人達が渓谷に居て、早くも武器を構えて移動している。昨日よりは霧が薄いけれど、ちゃんと足下見てゆっくり歩かないと危ないだろう。

 と、足下を確認した瞬間に遠くから叫び声が木霊して、近くにいた旅人達は何事かと一斉にそちらを向く。足を滑らせてしまったのか、誰かが谷底に落ちてしまったらしい。


 その音だけで恐怖心を駆り立てるのには充分だった。私の周辺にいた旅人達は何かに遭遇したわけでもないのに、一人が命を落とすのを身近に感じて錯乱し、怯えて声を上げながら出口に向かって走り出す。足場が凍っているから何度も何度もこけて、最終的には這ってでも渓谷から出ようと必死で手足を動かしている。

 立ち止まってそれを眺めていると、いつの間にか周りからは誰一人として居なくなってしまっていた。


 目的があって来たから逃げはしないものの、私だって笑えるほど足が震えていた。ただの興味本位なら絶対に逃げているところだ。

 一歩間違えば直ぐに死んでしまう。震える足を拳で叩いてまた歩き出す。大丈夫。ちゃんと足下を見て、体温が低下しないように動いていたらここでは死なない。



 この辺りが昨日来たところだと思う。霧に包まれている辺りを見回すと、昨日のドラゴンが小さく丸まって瞼を閉じていた。寝ているところを起こしちゃうのは悪いけど、緊急事態だから許してほしい。


 優しく鼻先を叩いてやればドラゴンは眠そうに瞼を持ち上げた。何度か瞼を瞬かせ、視界にいるのが昨日の私だって分かってくれたのか、ドラゴンは笑っているように愛らしく喉を鳴らしてから、どうしたの? と問い掛けてくるように小首を傾げた。


「いきなり起こしてごめんね。理由は話すと長いんだけど、危ないから誰にも見つからないように隠れて」


 周りに誰も来てないか警戒しながらドラゴンの銀の肌を撫でる。すると、気持ちよさそうに目を細めてからドラゴンは頷いた。それから私に背を向けて、もう行くのかと思いきや、私の方を振り返る。


「え? えっと、私もついて行くの?」


 問えばまた頷いて先を進み始める。隠れてくれるならそれで良かったけど、確かに隠れたのを見届けないと私も不安だ。


 奥に進めば進む程に霧は濃くなって、更に気温が下がったのか信じられないくらいに寒くなる。早くしないと、近くにも旅人達が来ているはず。


 ドラゴンの背に手を添えて早歩きで進んでいくと、後ろから第三者の声が聞こえてきて私の背筋は凍り付いた。声のした方を見やると旅人の男性達がいる。

 ドラゴンも目立つけれど、私の髪色もかなり目立つ。誰にも見つかってはいけない状況で、自分が如何に不利な見た目をしているか今になって気付いた。


 背を抱えるようにして小走りで遠ざかろうと試みるも、振り返りつつ確認すると旅人達がこちらを指差しているのが見えた。心臓が早鐘を打って耳にまで音が届く。


「私のことは置いていっていいから、早く逃げて!」


 寒さと焦りで震える声で促す。私が止まればドラゴンも止まって、心配そうに蒼い瞳を向けてくれる。

 あの旅人達は私が何とかするからと、語気が荒くなってしまいそうになるのを何とか取り繕って笑いかけ、ドラゴンの背を少し強めに押す。そうすれば何度か振り返りながらもドラゴンは駆け出した。

 良かった。後はあの旅人達を何とか撒くだけだ。


 ドラゴンの背を見送るのを止め、追ってくる旅人達の方へと向き直る。上級装備の旅人達との距離が近付く程に心臓の音が激しくなる。

 声がはっきりと聞き取れる距離になった時、しっかりと私を視界に収めて耳打ちしている旅人達の興味を惹くように、わざとそちらに向かって走り出した。


 驚愕の声を上げた旅人達は、横を全速力で通り過ぎる私を追い掛けてくる。「待てこのアマ」とか「営業妨害すんな」とか、分かりやすく罵詈雑言を浴びせられるけれど気にせず渓谷の入り口に向かって走る。

 走って逃げたら追ってくるような人達で良かった。何とか上手く撒けそうだ。


 確かに撒けそうだった。

 鋭く風を切る音が聞こえた次の瞬間、肩を貫く激痛を感じて倒れ込みさえしなければ。


 凍った地面に身体を打ち付け、肩を押さえて焼けるような痛みに耐える。毒矢でも仕込まれたのか、寒いはずのこの地が暑く感じて、汗までかき始める。

 追いついてきた旅人達が、至極怒った様子で腕を引っ張って立たせてきた。肩から走る痛みに呻く。

 噂と違って武装が弱いだとか、令も読めない馬鹿だとか、好き勝手に吐き捨てていたけれど、急に全員が黙り込んで空気が変わった。


 嫌な予感を感じて冷や汗をかいていると、無理矢理持ち上げられて近くの木に押さえ付けられ、動けないように手足を拘束される。下卑た笑みで私を見てくる旅人達。なんなのだろう。分からないけれど、物凄く怖い。

 一人の手が太腿の間に滑り込んで目を瞑った時、硬質な音を間近で聴いた。



「またお前か」


 ひどく澄んだ冷たい声が掛けられたと思えば、私の太腿に触れていた旅人は氷漬けで地面に転がされていた。他の旅人達の手が離れて私は垂直に落下する。勢いよくお尻をぶつけたはずなのに、痺れていて感覚がない。


 強力な即時展開魔法、鮮やかな色髪、人型離れした顔立ち。

 旅人達が恐怖心を露にしながらそれらを論い、次々と問い質そうとするのが癇に障ったのか、水色の髪の男性は心底面倒臭そうに溜め息を吐いた。


 何も言えないまま聞いていると、男性は『龍族』という種族の話に持ち込み、旅人達を震え上がらせている。恐怖に顔を歪めた旅人達は足元に転がる仲間の死体には目もくれず、一目散に走って逃げて行った。

 さっきから頭が上手く働いてくれない。龍族、龍族って何だったっけ……知っているはずなのに、記憶が靄掛かって思い出せない。

 脈拍と共に痛む肩を押さえながらそれを見届けた直後、改めて側で輝く死体を見て小さく悲鳴を上げた。男性はその死体を近くの崖から谷底に蹴り落とす。それが怖くて怖くて、私は身を固くして縮こまった。人が目の前で死ぬのは、何度見ても慣れない。


「あ、あの、別に殺さなくても良かったんじゃ……」

「は? 生き残りたいなら害なす者はさっさと殺せ。こっちが殺される」


 男性が言っていることは正論だ。基本中の基本だ。別の場所は知らないけれど治安が悪く物騒なこの辺りでは、人を殺すなんて日夜当たり前に行われている。

 この男性も、綺麗な顔をしてとんでもなく恐ろしいことも言う。美化、しすぎていたのかもしれない。

 更なる衝撃を受けながら、助けてもらえたのは事実だからと御礼を口にする。不服そうに私を持ち上げた男性がそのまま肩に手を添えた時、治癒魔法を掛けてくれたのか、痛みや痺れ、熱の全てが消えていった。


「そんなのであれからよく生き残ってたな」


 前回は助けた覚えはないと言われたのに、まるで幽閉されていた時の私を知っているような口振りに疑問を抱く。

 私のことを覚えているのかと、改めて問い質してみると男性は当然のように頷いた。

 首を傾げている私に「壊しただけで別に助けてない」と補足してくれたけれど、怪我も治してもらえたし、充分助けてもらっている。今も、昨日も、あの日も、思っていたよりも怖い人だと知ってしまったけど、助けてもらったことは間違いない。

 いつの間にか、男性は私から視線を逸らして銀色のドラゴンの頭を撫でていた。気持ちよさそうに目を細めて男性の手に頭を擦りつけている。


「こいつを逃がしてくれたんだろ。だから助けた」


 ドラゴンは男性の掌を堪能した後、私のお腹に擦り寄ってきた。この子は言うことを聞いて逃げてくれただけじゃなくて、私を助ける為にこの人を呼んできてくれた。

 大きな頭を鱗の向きに沿って撫でてやる。思わず可愛いと口にすると、男性とドラゴンは意外そうに目を見開いていた。そんなに変なことを言ってしまっただろうか。もしかして、可愛いって思うのはおかしいのかな。

 何だか怖くて痛い目にも遭ったけれど、ドラゴンは助けられたし、男性が私を覚えているのも分かったし、結果的には良かったと思う。ドラゴンの頭を撫でてあげながら、今回ここに来た理由を思い出した。


「あ! あの、結晶龍という種族? はご存知ですか?」


 そう問えば、男性は蒼玉の瞳により一層強い光を込めたように見えた。次いで眉根を寄せるのを見て、そのドラゴンも知っているのだと確信した。私は今朝見た発行令の、捕獲対象についての内容を話す。

 どうしてもそれだけは伝えたいと、見るからに強いこの人に託そうと、無い会話力を振り絞ってなんとか伝える。

 黙って聞いていてくれた男性が形の良い唇を開いた時、何かきついことを言われても大丈夫なように身構えた。


「ありがとう。教えてくれて」


 予想外の言葉に驚いていると、冷たい真顔が少しだけ柔らかくなったように見えた。私ときたら単純なもので、それだけで心が温かくなるような気がした。


「お前、名前は」

「ショコラです。もう死んでしまいましたが、お母様から頂いた大切な名前です」


 生まれて初めて、異種族の人に名乗ることが出来た。知ってもらえるのが嬉しくて笑顔になってしまう。


「エストレア」

「えす……」


 その名を反芻しようとすれば手を差し伸べられる。これは、もしかして握手というものだろうか。そっと手を握ると、優しく感じる低い体温に包み込まれて心臓が跳ねた。心がいっぱいになってしまいそうだ。


「同族と認めた奴には情に厚いつもり。こいつを救ってくれたお前だけは傷付けないと約束する」




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